久しぶりの文なので至らないこともあると思います、ご容赦ください。
開けた空間にぽつりとある小さな社。
皓々と月が清らかに包み込んでいる中、狼メイドの彼女はただ祈る。
――どうか、どこまでも行けますように……。
――どうか、いつまでも一緒にいられますように……。
――どうか…………。
――………………。
――
一陣の風が彼女の想いを乗せるように通り過ぎていく。
まるで、祈りをどこかへ届けるように。
これは、とある狼メイドの出陣前夜に起きたちょっと不思議なお話。
「また明日、お会いできるのを楽しみにしております❣ と。これでよしですね」
Twitterの投稿ボタンを押し、まだ見ぬあるじさまのことを思いながら一息つく。
そう、やっと……やっとこの日が来るのだ。
【八月五日】この日はみゆりのデビュー配信の日。ここに至るまでやれることはやってきた。
やっと動いている姿をあるじさまたちに見せられるのだ。
ここまでいろいろな準備をしてきた。
待機画面、トランジション、エンディング……。何よりがんばった配信画面。
その他にも恥ずかしいですけど腱鞘炎になるまで毎日あるじさま達とお話もしてきました。
「ふふふ」
明日のことを思い自然と笑みがこぼれる。
どんなことをお話しようかな?ほかにどんなあるじさま達が来てくれるかな?
きっと楽しいに違いない。違いないのだが……不安がないといったら嘘になるだろう。
それでもきっと明日は絶対忘れられない日になる。
いや、違いますね。絶対忘れられない日にする!
目を瞑り、ふぅ……と軽く両腕を上にあげ縮こまった筋肉を伸ばす。
「座りっぱなしというのも少し疲れますね」
椅子から離れそろそろ眠ろうかなと思うもふと考える。
このまま眠ったほうがいいはずなのは間違いないのだが、明日がデビュー配信ということもあり気持ちが昂って眠れそうにもない。
背もたれに寄りかかり、どうしましょうかと悩みながら時計に目をやる。
時刻は二十二時を廻り、あと二時間もせずに日付を跨ぐ。
そうしたらもう当日。
「あーダメですね。少し気持ちを落ち着かせましょう」
やれることはやった。明日もとても楽しみだ。しかし、人間(狼?)一度考え出すと中々抜けだせないもの。
こういう時は気分転換にかぎりますね、そう呟き何やら準備を始める。
紫色のベルトのついたカチューシャ。
藤色、桃色桜色。三種類の花がついたつまみかんざしを付け、反対には黄色の花がつけられたビラかんざし。
「よし、お散歩に行くといっても身だしなみは大事ですよね」
いつものみゆりの恰好。ママがくれた大切な髪飾り。
「あ、お外に行くならこの子達も持って行かないとですね!」
パタパタと駆け、床の間に置いてある『あの子達』を迎えに行く。
掛け軸の下に静かに鎮座している刀が二振り。
桜色の柄と紫色に所々金色で装飾のかかった鞘に納まった真神丸。
藤色の柄と狗芝よりは短い至極色の鞘、名前は狗芝。
この二振りの刀もママからもらった大切なもの。
「ただ気分転換でお散歩にいくだけですけど、お外は何かと物騒なこともありますしね」
真神丸と狗芝を腰に差し、準備は万端。
みゆり、いざ出陣です❣
ガチャりとドアを開け夜の世界へと足を踏み入れる。
八月にしては気温がやや冷たく、あたる風が少し肌寒い。部屋に戻り上着でも羽織ろうか悩んだが、少し高揚した身体を冷ますは丁度いいかもしれない。
家を出て気ままに散策を始める。
空は雲が多いが所々切れ間から月明かりが漏れでていた。
いつもは通いなれた道も、夜であるだけでどこか不思議な感覚に陥る。
音がないからかな?それとも周りに誰もいないから?
そのようなことを考えつつ普段通らない道に歩を進めていくと、ふと
――チリン
澄んだような音が耳元に届いた。
「鈴の音……?いったいどこからでしょうか」
キョロキョロと辺りを伺い音の発信元を探してみる。
見渡す限りでは何も見えず薄暗い道と外灯の明かり。
耳を澄ましてみるともう一度 ――チリン と。
「みゆりは耳がいい方なんですよー。さてさて、多分こちらから聞こえたような気がするのですが」
白い狼耳をピコピコとさせ、音のなる方へと近づいてみる。
茂みの中から ガサガサ と何かが動く音。
その音は段々とこちらに近づいているような。
少しの間身動きはとらずに音の主がでてくるのを待つことにする。
ニャー
チリンチリンと鈴の音と共に姿を現したのは一匹の桃色の毛並みをした猫だった。
その猫はもう一度鳴き、足で顔を搔きながらじっと見つめてくる。
「ん-?この猫ちゃんどーも誰かに似ているような……?」
全身が桃色の毛に覆われており、尻尾の先に赤いリボンが結んである。
ピンと立った耳にも同じようなリボンが付けられ、その中央にある小さい鈴が2個動くたびに揺れている。
「なんかどこかで見たことがあるような毛色の猫ちゃんですね」
ほら、おいでーおいでーと口を鳴らし猫に向かってアプローチをかけてみるも、こちらにはなびかず何処かへと歩き出し始める。
「あらあら、振られちゃいました……ん?」
数m程進んだ先でこちらを振り向き何かを待っている様子。
まるでついて来てと言っているかのようにその猫は少し歩き振り返るを繰り返す。
特にあてもない夜の散歩。ちょっと面白そうじゃないですか、と後をついていくことにする。
――チリン チリン
先を歩いてはこちらを振り返る猫。
ちゃんとついてきてる?と言わんばかりにちょこちょこ確認する猫が少し可愛らしい。
みゆりはちゃんとついて行ってますよ、と目を細め呟き、蝉の声と鈴の音を感じつつ不規則に揺れる尻尾を見ながらゆっくりと後ろをついて行く。
決して無為無策に歩いているようには見えないしっかりとした足取り。
しばらく進み、もともと少ない家並みもほとんどなくなってきた。
家を出るころにあった雲はなくなり、皓々と月が辺りを照らしている。
そのような中、猫はあるところで座り一点を見つめ始める。
生い茂った木々の間に緩やかな角度の石畳の階段。どうやらその先にあるものを見つめているようだ。
目を凝らし奥を見ようとするも、さすがに月明かり程度では何があるかまでは見えなかった。
ん~、この石段ですし、あるのは神社とかそこらへんですよね?ただこの付近に神社なんてありましたっけ?
ちらりと顔を向けるも猫は変わらずその先にある物を見つめ続けている。
「これは、進めということでいいんですかね」
うーん、と悩んでいるとこちらの思っていることが伝わったのか猫は一声鳴いた。
まるで、そうだよ、と言っているかのように。
これは行くしかありませんね。まぁ折角ここまできたというのもありますし、と階段上りはじめる。
「いっちだん、にっだん、さんだん――」
ぴょんぴょんとステップを踏みながら一歩、また一歩と石畳を蹴っていく。
シンと静まり返っている道。どこまでも続いていそうな参道。
足を運ぶ度、不思議な感覚に陥っていき、どこか現実と離れていくような、隔離されていくような何とも言えない感じに襲われる。
そんな意識が自分の中に現れてしまったせいか急な不安になってくる。
本当にこのまま進んでいいの?まさか戻ってこれないってことは……ないですよね?
浮世離れした空間にいるせいなのか、それとも自分の中で感じている以上に明日のことに思うところがあるのか。
いつもは思わないであろうことで心細くなっていく。
でも、あの猫から悪意なんてなんにも感じなかった。
ただここに案内をしたかっただけ、そう思えた。
「だめだめ、ここまで来たのですから日和ってどうするの、みゆり!」
両手でペシンと頬を叩き自分を鼓舞する。ここまで来た以上戻るという選択肢はない。
少し強くやりすぎたか若干ヒリヒリするも再び歩みを戻す。
そのヒリヒリする感じが少し現実に戻させてくれたのか足取りは先ほどよりは軽くなった気がした。
気を取り直し再び歩いていくと開けた場所に辿り着く。
そこで目についたのが道の両脇に佇む二体の石像。
最初は狛犬とも思ったがよく見てみると全く違うものだった。
ピンと立った長い耳。前足は短く後ろ足がやや長い。
「狛犬……ではなく、うさぎ……ですね。いやまぁ必ずしもそうであらなければいけないこともないと思いますけど」
特徴的なのは片方の兎は端にリボンのついたベレー帽のような帽子を被っており、もう片方は耳のあたりに細いリボンが付けられていることだ。
どこかで見たことがあるような兎の像。
普通狛犬は守るべき寺社などを背にするものなのだが、この像は違っていた。
真逆の置き方。参道を背にし進む道の方へと顔を向けている。
ここまで連れてきてくれた猫と同じように一点を見つめているようだ。
この先にいったい何があるというのでしょう?
先を進み広々とした空間に足を運ぶ。
参道の周りを生い茂っていた木々たちは姿を消し、その中心付近には1つの小さな社だけがぽつんと置いてあった。
お社だけ?
神社だとしてもその他にもいろいろと建物があるはずなのだが、ここにはただお社があるだけだ。
傍から見れば異質な光景なのだが、どうしてか嫌な感じはまったくせず。
「むしろ妙に安心するような?なんなんでしょうこの感じ」
月が皓々と照らす中、社へと歩んでいく。
こぢんまりとしたお社だ。外装はどこにでもありそうなよくみる形。
小さいながらもしっかりとしめ縄があり、そこには白く稲妻型に折られている紙はついている。
「いったい何を祀っているのでしょう?神社にしては鳥居とかもなにもなかったですし」
辺りを見渡せば見渡すほど、この場所に違和感しかない。
小さな社以外になにもないし鳥居や手水舎ましてや拝殿なんてもってのほか。
「うさぎの像ということはそっち系なのでしょうけど、ここにそんなのがあるという記憶はないのですよね」
大きなところだと因幡の白兎を祀ってるところもあるとか聞いたことありますけど……
考えていてもしかたがない。これもきっと何かの御縁だ。
運命という言葉で言い表したくはないですけど。今この時この場所にいるということはそういうことなのでしょう。
そうと決まればやることはひとつ。自分の想い、願いを祈ろう。
参道の真ん中を避けつつ静かに歩んでいく。きちんとした作法なら他にも行わなければならないことは多々あるが、物がなければどうしようもない。
「お賽銭は……どうしましょう?小銭とか持ち合わせていませんし、なにより賽銭箱も……」
ん~と指を顎にあて考える。こういうのは気持ちの問題だ、必ずしもお賽銭が必要というわけでもない。だけどそれでは自分の気が収まらない。
少し悩み、一個の案が浮かぶ。
「あ……これが果たしていいことかどうかはわかりませんが、ここはこれで勘弁してもらいましょうか」
おもむろにかんざしについているさがりの一本を取る。
大切な物の一部……これなら神様もきっと許してくれるでしょう。
そっと、心を込めて、丁寧にお社に置く。
軽く咳ばらいをした後、一度姿勢を正し、深いお辞儀を二度行う。
胸の高さで手を合わせ二度手を打つ。
そして両手をきちんと合わせ、静かに祈る。
――明日の初出陣が上手くいきますように。
――みゆりの決めた目標が達成できますように。
いいえ、こんなことじゃありませんね。みゆりの願いは……。
――どうか、どこまでも行けますように……。
――どうか、いつまでも一緒にいられますように……。
――どうか…………。
祈り終わり、最後に深くお辞儀をする際一陣の風が吹き抜けていく。
突然の大風にキャッと髪を抑え、空を見つめる。
ここに来るまでの間に燻っていた少しの思い、少しの不安。
それらがもう自分の心の中に感じなくなっていた。
まるで先ほどの風が祈りと共にそういった思いまでも飛ばしてくれたような、そんな気がした。
自然と笑みがこぼれる。
何を悩んでいたのだろう。そう、みゆりはみゆりのことを信じただ進むだけ。
「さて、そろそろ帰りましょう」
最後にもう一度深くお辞儀をし、小さなお社を後にする。
来た時と違い足取りが軽い。もちろん全ての不安がなくなったわけではないと思う。
それでも、数時間前の自分との違いは明らかだった。
出口に差し掛かった時、目の前には一匹の猫が静かに座りながらこちらを見つめている。
「あらあら、あなたずっと待っていてくれたんですか?」
ニャー
猫は一言返事をし、行きの時と同様にこちらの様子を伺いながら歩き出す。
どうやらまた道案内をしてくれるみたいだ。
「ふふふ、またよろしくお願いしますね」
尻尾をピンと立てて数m先を闊歩している猫の後を追いながら来た道の逆を淡々と進んでいく。
その間、先程起こったことを思い出せば思い出すほどいったい何だったのだろうかと疑問に思う。
考えながら歩いていると段々と見慣れた景色へと戻っていく。
目の前を歩く猫がピタリと止まり、こちらに振り返る。どうやらここまでで案内は終了のようだ。
あとはもう帰れるよね?そう言いたげに見つめた後、桃色の猫は闇夜の中へと駆けて消えていく。
「ありがとうございました。みゆりもお家に戻って明日に備えましょう」
我が家へと帰路に着き、こうして夜の散歩の幕を終えた。
カーテンの隙間から日が差し、ぼやけていた意識が徐々に起き始める。
あれ……?朝……?ここは……いつの間にお家に戻って寝たのでしょうか?
頭が混乱している。昨日何があったのかイマイチうろ覚えなのだ。
何かがあったはずなのどうも視界がかすんでいるかのように不鮮明。
昨日のことは本当に夢だった?そうなるとどこからが夢……?
ひとしきり考えるも埒が明かない為、とりあえずは起床し身支度を整えることにする。
いつものように朝食をすませた後、かんざしをつける際にサガリがひとつないことに気づく。
「あれ?一本足りない?何で……あっ」
その瞬間、昨日の出来事がパッと花咲いたように思い出される。
そうだ……昨日、夜お散歩に出かけて、そこで猫にあってそれから変なお社に案内されたんだ。
そこで願ったのだ。これからずっとして行きたいこと、自分の想いを。
チラリと時刻を確認し修行にはまだまだ時間がある。一度確かめてみたくなり残りの身支度をささっと済ませ足早に家を後にする。
出来事は思い出したが道順まで正確に覚えているかどうかは定かではない。
でも何故か家を出てからというものの足取りはしっかりとしていた。
角を曲がって、細い道を通り抜けて。次はこっちで……。
そう、ここら辺から家並みが消えていく。
多分、あそこの木が沢山あるところ。
道の途中で止まり辺りを確認するも、そこに道などなくただ木々があるだけ。
「おかしいですね……確かにここに道があったはず……」
もとから何もなかったと言わんばかりに鬱蒼と生い茂っている。
さすがに道無き道を通ってまでは確認はできないしそこまでの時間はなかった。
時計を確認すると修行開始まで数刻と迫っていた。
「あぁーもうこんな時間?!少し急がないと間に合いません!」
駆け足でその場を去る時、どこからともなく声が聞こえたような、そんな気がした。
それは本当に微かで、風の音でかき消されるくらいの。
――大丈夫だよ。みゆみゆならきっと。
今、声がしたような?
振り返って見てみるも、そこにあるのは風に揺らされている木々の音のみ。
気のせいですかね?ってそう言ってる場合じゃないです!急がないと。
晴天の青空。燦燦ときらめく太陽。
いつものように蝉たちの歌を聞き今日も修行へと向かう。
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時は経ち、時刻は二十一時に差し掛かる頃。
運命の瞬間はやってくる。
~~♪~♩~~♪~~
軽やかなBGMが鳴り渡り自分の周りを包み込んでいく。
高鳴る鼓動、沸きあがる高揚。
そっと目を閉じ、これまでのことに思い耽る。
この襖が開く時、やっとはじまる。
やっと逢える。
何を恐れることがあろうか。
何を不安になることがあろうか。
そうだ。
何も恐れることはない。
何も不安になることなんてない。
あるじさま……みゆりは今……出陣します……!
バタンッ!
バタンッ!
バタンッ!
襖が一枚、また一枚と開けられていく。
そして最後の一枚を豪快に斬り開く!
一刀両断される襖。そこから眼前に広がる光あふれる世界。
皆の、あるじさま達の声が聞こえる。
大きく深呼吸をし呼吸を整え……いざ参る!
「はぁぁぁ――。皆さん!初めまして。荒野の長侍が一人、狼メイド侍の都みゆりです!」
今日という日を忘れないようにしよう。
今日という日をかけがえのないものにしよう。
そう、八月五日。
この日、都みゆりは出陣します!