水星武闘伝Aガンダム   作:足洗

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我は影なり!鍛えるべきはその心

 

 

 

 潮騒が聞こえる。

 疎らに立ち並ぶ背の高い樹幹。防風林なのだろう。

 その針葉樹に見下ろされながら、グエルは息を荒げた。

 松の林の只中で、筋骨に走る痛みすら忘れさせるほどの重圧、緊張が全身を支配する。

 

「どうした少年。お前の意地はその程度か」

「っ!」

 

 眼前に男が一人佇んでいる。今はただ何をするでもなく腕を組み、静かにグエルを見下ろすばかり。

 自然体。余計な力みもなく、無節操に威圧を振り撒くでもない。

 緊張や動揺の対極に在って静謐。今のグエルとはどこまでも対照的だった。

 

「来ないのか。ならばまたこちらから行くぞ!」

「くっ」

 

 突如純白から松林へと変化した風景、相対するドイツカラーの覆面男、そして問答無用の対決。

 全て意味不明だ。

 

「クソッ! なんなんだこれは!?」

「隙有りぃ!!」

「ぐおあ!?」

 

 まさに瞬きの間。

 気付けば至近距離でトレンチコートがはためき、グエルの左腕を蹴り抜いた。

 地面を転がり、松の幹に背中からぶつかる。衝撃で肺の中から気息を残らず吐き出した。

 

「が、は……!?」

「防御は多少心得ているようだな。だが受け身がまるでなっちゃいない。そんな様ではガンダムに勝利するなど……まして! 流派東方不敗によって鍛え込まれたあの少女に想いを届かせるなど夢のまた夢!」

「んなっ、あんたなんで、それを……!?」

 

 かっと火を入れたように赤くなったグエルを、男は覆面の下でニヤリと笑う。

 

「さてな。あの時、プラント・クエタ宙域で、ガンダム・エアリアルに宿ったU細胞と怒りのスーパーモードによって活性化したパーメットとが共振し、あらゆる情報が氾濫を起こした。お前も浴びた筈だグエル・ジェターク。エアリアルの発する光を」

「!」

 

 朧げながら覚えていた。敵機の砲火によって損壊したデミトレーナーから、父の腕の中から、グエルは恐ろしい光を放つガンダム・エアリアルを見た。虚空に轟く、怒り狂った少女の絶叫を聞いた。

 あれは……憎しみの光だった。

 

「……」

「データストームによって断片的ながら意識と記憶が共有された。まあ、お前の父は息子の窮状でそれどころではなく、怒りに囚われたスレッタ・マーキュリーに至っては言わずもがな……」

「記憶の件は、わかった……いや正直かなり訳わからんがわかった、と思う……だが依然としてお前が何者なのかについてはさっぱりわからんぞ!」

「私は所詮“影”、あるいはそのさらなる残影に過ぎん。エアリアルに移植されたU細胞が、まさかこの期に及んでまだ私の人格情報を保管……いや記憶していたとはな」

「?? 一体、なんの話をしているんだ?」

「理屈などどうでもいい!」

 

 男の軍靴が踏み込む。グエルに詰め寄る。やはりそれは単純な直進でしかない。

 しかし、その速度が桁外れなのだ。

 残像を見たその瞬間に、実体は既に肉薄している。

 気付けば膝蹴りがグエルの腹にめり込んでいた。

 

「ぐはっ!?」

「グエル・ジェターク。強さを追い求めるお前の意志が、私を現世に呼び出したのだ」

「お、俺の、意志だと……!?」

「そうだ。己が未熟と無力に対する憤りは、ひとえにあの少女への恋心ゆえ! 違うか!? グエル・ジェターク!」

「う、うるさい! いちいち声に出すな!!」

 

 腹の痛みを捻じ伏せて、グエルは跳ぶように立ち上がる。

 拳を固めてがむしゃらに殴りかかる。

 グエルとて伊達や酔狂でホルダーの称号を張っていた訳ではない。ベネリットグループ直下MS特殊戦闘団ドミニコス隊のエースパイロットを目指し日夜研鑽に明け暮れて来た。

 重力下における生身での格闘術も幾らかは習得している。

 鋭角に、コンパクトに、素早く、速く、ひたすら速く。軍隊格闘の基礎的な打撃を繰り出し。

 対する男に、その尽くを躱される。

 

「フハハハ! 小手先の技術だけは一丁前だな。だがそんな付け焼刃ではファイターに指一本触れられんぞ!」

「くっ、はあッ! だあッ!」

「お前がこの空間で鍛えねばならないのは即物的な力でも技でもない。その煮え切らない心だ! とぉあああ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 学園を周遊するモノレールの線路を二つの影が走り抜けた。

 それらは走行中の車両に追い付き、その屋根の上を跳び越え遂にはモノレールを追い越して行く。

 スレッタと東方不敗マスターアジア。二者のファイターによる高速戦闘。

 瀑布のような拳打が弾け、止めとばかり蹴撃が交錯する。

 両者は、芝生の広場の只中に降り立った。

 

「どうした。拳が迷っておるぞスレッタ! 打ち込む一撃一撃から気を抜いてはならんと幾度となく教えた筈であろうが!」

「っ!」

「それとも、恐ろしくなったか?」

 

 スレッタは構えを取ったまま硬直した。それはファイターにあるまじき行為。失態。模擬(かり)にも闘争の場に在って、集中を解き無防備な隙を晒すことの危うさ。

 スレッタとてもよくよく心得ている。

 しかし、それでもなお、今の少女にそれは避け得ない。どうしようもない。

 

「……こうも教えたろう、スレッタ。我が身を痛めぬ勝利などないのだ。闘いというものの本質。それは痛みを伴わずして通れぬ道。拳に打たれる時と同じほど、打つ己自身にもそれは返って来る。あるいは、打たれる以上の強さでな」

「……わかってた、筈でした。師匠の教え。ガンダムファイトは命の遣り取りで……私が体得した力は、そういうものなんだって……でも、あの時、私は……私は……!」

 

 師はじっと穏やかな眼差しでスレッタを見据えている。

 スレッタの迷い、惑い、慟哭に耳を傾けている。

 少女の叫びは、まるで溢れ出すようだった。

 

「守りたかったんです。地球寮の皆を、大事な人を、ミオリネさんを……でもだからって、あんなことしていい筈がなかった! 私が師匠から教わった流派東方不敗は、あんなことの為に使うものじゃなかった! 結局私、守れなくて、許せなくて、ただ、相手を、こ、こ────殺す為だけに、剣を振るった」

「……」

 

 芝生に膝を屈し、スレッタは自分の両手を見下ろした。見えはしないが紛れもなく、確実に、血に塗れてしまった己が両の掌を。

 そうして縋るように目の前に在る屈強な姿を見上げた。全幅の信頼に足る人を。

 

「師匠、私……どうしたらいいんでしょうか……? どうしたら、よかったんでしょうか……?」

「答えはない」

「な、い……?」

 

 師の応えは端的だった。そしてそれは決してスレッタを慰めるものではなかった。

 そっと静かな歩みでスレッタの傍に近寄る。

 厳格さが人の形を成したようなその顔が、今はこんなにも優しい。労しげで、痛ましげで。

 

「鉄火を以て闘争を臨まんとする者共に相対し、己が背には大切な守るべき者を負うている。宇宙空間の只中に浮かぶプラントは絶対零度に囲まれた謂わば牢獄。仲間達の安否も居所も知れず、眼前の敵はこちらが迷いに割くその一刹那にも銃爪を引こう。その状況、おぬしならばどうする? 闘うか、逃げるか」

「私は……」

「闘えば血が流れる。容易に人は命を落とす。戦場に絶対などない。ましてや絶対的な力など持たない人の所業なればなおのこと。ならば逃げるか? それも一つの道よ。幸いにして花嫁はすぐ傍。一人を連れて宇宙の暗黒へ逃げ込めば、自己一身ともう一人ぐらいは救えよう。他の仲間達を置き捨てて行けば……」

「そっ、そんなことできません!! できるわけ、ない……!!」

 

 スレッタは間髪入れず首を左右する。子供の駄々同然に。

 

「そうだな。おぬしにはできまい。おぬしはあまりに優し過ぎる」

「……逃げれば一つ、進めば二つ、手に入るって。だから、私、進みました。私が進まなきゃ、私が……」

「……プロスペラの教えか。それもまた真理よ。選ばぬ者、決断せぬ者に何かを得られよう筈もなし。あやつがその生涯を懸けて見出した理念……だが、得ることと喪うことは不可分なのだ。勇気を振り絞り進み続けた先に幸福だけが待っているとは限らぬ。あるいは逃避するよりさらに惨たらしい結果だけが待ち受けているやもしれん」

「そんな」

 

 スレッタは途方に暮れた。断崖に立ち、奈落の闇を見せ付けられたかのような絶望。

 師の言葉はあくまでも残酷だった。

 しかし。

 

「それでもなお、おぬしは選んだのだ! 自らの意志で選び進んだ! 闘うと決めた!」

 

 師は弟子を決して突き放しはしなかった。誤魔化しも慰めもせず事実を告げる。

 スレッタの傍らに同じく膝を着き、震える肩に手をやる。

 

「そして今、己が選択に苦悩し続けている。どうすればよかったのかとひたすらに考え続けておる。闘争の理非を云々することもできたろう。仕方なかったのだと言い訳し、守る為だったとお為ごかしを抜かすこともできたろう。開き直り恥知らずに徹すればいずれ痛みなど忘れられたろうに、まったく……愚直な娘よ。この馬鹿弟子め」

「うっ、く、うぅ……」

「そぉら見てみろ」

「えっ」

 

 師の指差す方向をスレッタは見やる。

 溢れ出した涙で滲む視界の向こう、彼ら彼女らが駆け寄って来る。地球寮の皆が。

 

「仲間達は誰一人欠けることなくここにおる。どうしてだと思う? おぬしが決断し、闘ったからなのだ。戦場に正解などあろう筈もないが、おぬしは守り通した! これは揺るがぬ事実ぞ!」

「……あぁっ」

「ようやった。よう頑張ったな、スレッタ」

 

 そんな飾り気のない言葉は、重くスレッタの胸に響いた。それは断じて犯した罪を赦す為のものではないと理解して。

 それでも、師はスレッタの決断と苦悩を認め、そして尊んだ。

 スレッタは泣いた。

 答えのない問いを胸に抱き、泣いて泣いて泣き抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 地球寮の面々、集団の最後尾に一人。キャスケットを目深に被った少年が佇んでいる。

 子供のように泣き崩れる少女。彼女を見下ろす師の老いた優しげな眼差し。

 この結末を少年は疑わなかった。マスターアジアはきっとスレッタ・マーキュリーに道を示すと。

 氷のように透き通った少年の瞳には安堵の灯が点る。

 

「……よふぁった」

「あの、心配で見に来たのはわかるんだけど……せめて食べるの、やめない?」

「ん?」

 

 マルタンの遠慮がちな言にエランは肉まんを頬張りながら首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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