やはり俺の行きつけがリコリコなのはまちがっている。 作:百合の間に八幡挟む
やってもやってもなくならないものってなーんだ。
仕事。
あれから喫茶リコリコに顔を出すことがなくなった俺は、それはそれは社畜のモデルとして雑誌に乗れるんじゃねぇかってくらい模範的に文化祭準備を粛々と進めていた。
まあ、色々とイレギュラーであったり、ごたごたがあったりしたのだが……。
具体的には実行委員が途中からほぼ全員不参加になったり。
実質委員長と化していた副委員長の雪ノ下が風邪でダウンしたり。
どこぞの誰かさんが文化祭のスローガンで素晴らしい提案をして全員のやる気に点火しちゃったりな。
まあ、点火しちゃったのは俺への嫌悪だけであり、それが勢い余って仕事にも注がれるようになったと言った方が正解であるのだが……。
やれやれ、人気者ってのも大変だな。
この調子でドンドン俺から仕事を奪って行って欲しいのだが、残念ながら俺の元には未だに大量のタスクが残されているのであった。
お陰であれれー、おかしいよー? と俺の脳内に住んでる少年探偵も首を傾げちゃってるんだけど……。
かと言って、与えられた仕事を放棄する訳にもいかない。
ふふっ、社畜って逆らわないから社畜って言うんですよ。
そんなことをつらつらと考えながら議事録等を作成していく、これも元は三年の作業だったはずなんだけどなぁ。
いつの間にか俺の仕事になっていたので「ほげぇぇぇ!? 俺の仕事増えちゃってますよ! 何ですかこれは!?」と内心で絶叫したものである。
「雑務、目を加速度的に腐らせる暇があるのなら作業に集中しなさい」
「いや、してるしてる。超手ぇ動いてんだろ。良く見ろ」
「手は動いていても集中できてないでしょう……ほら、誤字ばっかり。それとも人里に降りてきたばかりで文字が分からなかったかしら?」
「ちょっと? 俺を村に降りてきた山中の妖怪みたいな風に言うのやめようね?」
「誰もそこまで言っていないでしょう、引き窓覗きが谷」
「言ってる言ってる、超妖怪扱いしてんじゃねぇか」
引き窓覗き、屋根上から窓に手をかけて覗いてくるだけの妖怪。一応な。
雪ノ下、ちょっと妖怪に詳しすぎんだろ。妖怪ウォッチでも見てたのか? その内ようかい体操とか踊り出しそうで怖いんだけど。
よーでるよーでるつってな。
何でも妖怪のせいに出来るってのはセールスポイントだと今でも思っている。
そう! 俺が中学時代フラれたのも、俺がぼっちなのも、全ては妖怪のせいなのです! なんつってな。
何でもかんでも妖怪のせいにされちゃ、妖怪もたまったものではないだろう……ハッ! つい妖怪側で物事考えちゃったじゃねぇか。
許すまじ雪ノ下。
がるるるーっと威嚇すれば、雪ノ下から帰ってきたのは絶対零度の目線だけだった。俺のビーストソウルもこれには冷え冷えである。
「それで、今は何をしているところだったのかしら」
「議事録の作成だ……スローガン変更の通達メールはこの後送る」
「そう……ではついでに、企画申請書類もサーバーにアップしておいて。PDFでお願いするわね」
「何でシレッと仕事増やしてんだよ……。しかも全然ついでじゃないし、せめて関連してる作業にしろよ……」
「あら? 比企谷君、貴方の役職名は何だったかしら?」
「あ? 記録雑務だろ」
「そう、雑務よ。雑務とは『こまごました種々の事務』であるのだから、事務関係は全て貴方の仕事とも言えると思うのだけれども?」
おい、こいつ滅茶苦茶こと言い出したぞ。雑務の二文字にあらゆる意味が収束され過ぎてるだろ。
これじゃあ何でも出来る万能スーパーマンになっちまうぞ。いや、事実それが、以前までの雪ノ下の状態と言えばそれはそうであるのだが……。
それとこれとでは話が別だ。
これもう俺にとにかく仕事を任せたいだけなんじゃないの? ねぇ……。
明らかに別の席でダラダラPCの相手をしている先輩方を使った方が良いと思いました、まる。
ま、俺の方から仕事振れば良いだろ。今の記録雑務とりまとめ、実質俺みたいになってるからな……。
「もちろん、今日中にお願いね」
「ハードル高すぎんだろ……」
これが社会に出たら度々遭遇するという鬼上司とかいうやつなのだろうか。
こんなのがあちこちにいるとなったらもう、本気で社会には出たくなくなってきた。
やはり専業主夫こそが望ましい。
しかし、それもダメとなったら……そうだな。
俺もリコリコに雇ってもらうか。厨房担当で──なんて、本気で思ってもいない妄想を広げながら画面と向き合い直す。
文化祭が始まるまで、もうそう日が遠くない。
祭囃子ならそろそろ聞こえてくる頃合いだ。
特段俺は、文化祭自体に入れ込んでいる訳ではない。実行委員会なんて、自業自得とは言え針の筵みたいなものだ。
けれども、それだけではない。
だからまあ、成功するように最後まで最善を尽くすのが俺の仕事なのだろう。
……それに、知り合いも来るらしいからな。
半端な出来の文化祭を見せるのも、心苦しいというものだ。
そんな訳で迎えた文化祭。その二日目。
一日目は一般公開していなかったので、どことなくリハーサル感があったというか、内輪ノリのような雰囲気であったのだが、二日目ともなれば学生教師どちらとも気合の入り方が違う。
かく言う俺も、一日目はほとんど──どころか全く手伝えてなかったクラスの出し物の受け付けとして、のんべんだらりと時間を潰していたほどであるが、今日ばかりは文化祭実行委員の腕章をつけ、カメラ片手に校内を練り歩いていた。
うん、そうだね。仕事だね。
本来であれば唯一と言って良いはずだった記録雑務の仕事、つまりは写真撮影である。
パシャパシャと各クラスの出し物であったり、騒ぎ騒いで盛り上がっている様子だったりを記録に残す業務。
皆々が祭に浮かれる中、一人業務を遂行する様は立派な社畜である。やだなー。
しかもこれ、腕章を強調しておかないとカメラを向けた瞬間「あの、ちょと撮影は……」とか言われるので、明らかに俺に向いていない業務だった。
シンプルに傷ついちゃうんだけど……。
そこはかとない哀愁を漂わせながらノロノロと校舎内を練り歩いていれば、
「待っていましたよ、比企谷さん」
待たれていた。
実に見覚えがあるというか、流石に見慣れたというか、何というか。
喫茶リコリコの看板娘が一人、井ノ上たきなである。
どっちかって言うと俺の方が待っていた側だと思うんだけどな。
まあ、どっちでも良いか。
「おう、来てたのか」
「ええ、比企谷さんに招待されましたので」
「別に招待した覚えはないんだが……」
どうやら錦木の下で事実が不当に歪められていたらしかった。
しかし、ふむ……。
妙な違和感があるなと思ったが、そうか、こいつ今日私服なのか。
初めて見たな、と思う。
店の制服か、学校の制服のどちらかしか見たことがなかったらな。
「あの、比企谷さん。そうマジマジと見られると……千束に選んでもらったのですが、どこか変でしょうか?」
「ん、ああ、悪い。つい珍しくてな……ま、何だ。似合ってんじゃねぇの」
「! ふふっ、そうですか。良かったです」
キュッと小さくガッツポーズを取る井ノ上だった。こういうところは普通の女子高生と変わんないんだけどな。
たまーに暗殺者か何かなんじゃねぇのって目する時あるからな、こいつ……。
「今日は一人で来たのか?」
「いえ、千束とクルミも一緒に来てますよ。誰が最初に比企谷さんを見つけられるか、勝負をしていたんです。人の多いところで比企谷さんを見つけるのは大変ですからね」
「それは俺の存在感のなさを揶揄しているのか」
「まさか、そんなつもりはありませんよ。ところでさっきからどこにいるんでしょうか? 声は聞こえるのですか……」
「めっちゃ揶揄してんじゃねぇか、目の前目の前。見えてなかったらお前、何を待ってたんだって話だろ」
くすくすと楽し気に笑う井ノ上に、軽いため息を吐く。
小学生の時幽霊扱いされたこと思い出しちゃったじゃねぇか。
何で幽霊なのに比企谷菌とか存在するんだろうな。
「それで、比企谷さんはこんなところで何をしていたんですか? 一人なのはいつも通りだとは思いますが」
「……仕事だ」
「……???」
俺の返答に、可愛らしく疑問符を撒き散らかす井ノ上だった。何でだよ。
パチパチと瞬きを繰り返し、次いで頭のてっぺんから足先まで視線を動かした。
「それで、何をしているんですか?」
「そこまで念入りに観察しておいて分かんなかったのかよ、仕事だって言ってんだろ」
「そんな……! 働いたら負けと、アレほど真顔で仰られていた比企谷さんが、仕事だなんて……!」
「人ってのはな、どうしても抗えないものってのがあるんだよ」
上司の命令とかな。
文化祭の準備が始まってから、すっかり身も心も社畜に染まっている俺だった。嫌すぎる……。
「俺は文化祭の実行委員だからな。こうして文化祭の様子を撮って回ってる訳だ」
「なるほど、その為のカメラでしたか」
「そういうこった。ま、楽しんでってくれや」
言って、ナチュラルに別れようとしたらグッと襟を掴まれた。
ぐぇっと情けない声が口端から零れ落ちる。何でお前らは人を止める時襟をつかむんだよ……。
肩とかで良かったろ。
「どこ行くんですか、比企谷さん」
「どこも何も、仕事中だって言ってんだろ……」
「それなら別に、単独行動じゃなくても良いじゃないですか。ほら、そろそろ来ますよ」
「えー……」
何が? と聞く必要はなかった。もうね、井ノ上が片手でスマホぽちぽちしてるだけでわかるもんな。
会話している間もやり取りしていたのだろう。加えて、あのウルトラスポーツウーマンなあいつであれば、駆け付けるのは容易だろう。
「逃げちゃダメか?」
「もう手遅れだと思いますよ」
「だよなー……」
めんどくさー、と包み隠さず表情に出したのと。
喧しい足音が聞こえてきたのは同時だった。
「いたぁー! ヒッキー! 千束が来ましたよ──!」
周りの注目をガンガン集めることもお構いなしに錦木は現れた。
シレッと遊び倒していたのか、袋にはタコ焼きだったり焼きそばだったりが入っているのが見える。
エンジョイしてんな……。
「ついでにボクもな。やっ、ちゃんと仕事はしていたか? 八幡」
「見りゃ分かんだろ」
「だから聞いてるんだろー?」
分からないらしかった。まあ、今は特に仕事してねぇからな……。
カメラ片手に他校の女子と雑談していた図にしかなっていなかった。
でもこれで俺が井ノ上にカメラを構えていたら、それはそれで問題があるような気がしないでも無い。
やだ、俺ってばこの仕事向いて無さすぎ……!? この仕事どころか、仕事全般に対して適性が無いの間違いだな。
「ヒッキーってば本当にぼっちなんだねぇ」
「出し抜けに何だ、喧嘩売ってんのか?」
「いやさぁ、ヒッキーどこにいるかなって聞き込みしてたんだけど、みーんな『比企谷? 誰?』しか言わなくてさ。もうビックリしちゃった」
「ふっ、俺は孤高の男だからな……」
「クラスの方にも顔出したのにいないしさぁ~」
「……彷徨える孤高の魂は拠り所を必要としねぇからな」
「何それ、ちょっとかっこいいじゃん。腹立つぅ」
大分理不尽なことを言いながらベシベシと俺の足を蹴る錦木だった。
テンションたけぇな……。
「千束は久し振りに八幡に会えて嬉しいんだろ、察してやれ」
「なぁっ!? クルミ、何言ってんの!?」
「おや、違うんですか? 千束」
「ちっ、ちちち違いますぅ~~!」
「何でも良いが、お前らちょっと騒ぎ過ぎだ……」
女三人寄れば姦しいと言うように、明らかに注目を集めていた。
まあ、ただでさえこいつら見た目は良いからな……。
お陰で突き刺さってくる視線がちょいちょい痛い。チラホラ見覚えはあるクラスメイトなんかは、有り得ないものを見たような目をしていた。
それに流石に錦木たちも気付いたのか、へへっと笑って声のボリュームを落とす。
「流石のステルスヒッキーでも私たちまで隠し通すのは無理だったようだねぇ」
「何でその呼称お前が知ってるんだよ……しかも透明マントみたいな役割じゃねぇし」
ただ俺の存在感が薄いと言うだけのことである。ちょっとこうやって自分で解説させられるの恥ずかしいからやめてくれませんかね。
最早一種の刑罰なんだよな。
それより、と錦木の持つ食べ物を指さす。
「それ、さっさと食った方が良いんじゃねぇの。冷めてもアレだろ」
「おっと、そうだったそうだった。ね、ヒッキー。この辺に座れるところとかある?」
「ああ、休憩スペースだけどな」
例えば奉仕部で使っている様な空き教室が、総武高校には幾つか存在する。
それらをまとめて休憩スペースとしたり、あるいは空き教室を展示場所にし、本来使われている教室を休憩スペースとしていたりもする。
まあ、これでもかなり大きめの学校だからな。
それに見合っただけの休憩場所も用意されていた。
そういう訳で、長机と椅子が雑に用意されただけのは部屋へと辿り着く。
「じゃ、あんまりはしゃぎすぎんなよ」
「ちょーいちょいちょいちょい! 何去ろうとしてるの!」
「あのな、俺は今仕事中だって言ってんだろ……」
「良いじゃないか、小休憩だって大切だぞ? それにお昼時なんだ、八幡も食べてけば良い」
特に損はないだろー? といつも通り、間延びした声でクルミが言う。その隣では井ノ上がもう、四人分の席を用意していた。
少し逡巡の後に、「むむぅ~っ」と睨んでくる錦木にこちらが折れる。
「わーったよ、でも足りるのか?」
「もっちろん! そこは想定済みですぜ、旦那」
「お前は何処の誰なんだよ……」
ルンルン気分で錦木が買い回ったのであろうものを取り出していく。
こいつめっちゃ買ってんな……と思いながら財布を取り出した。
「悪いな、幾らだった?」
「いやいや、いらないよ──って言って引き下がるヒッキーじゃないからなあ……そうだ! 今日は一日、私たちに学校を案内してよっ」
「は?」
「確かに、校舎内を見て回れるのは貴重ですからね。賛成です」
「受験生みたいなこと言ってんぞ、お前……」
去年受験を終わらせたばかりだろうに、微妙に意識が高い井ノ上だった。
でも、まあ、そうだな。
他校の校舎なんてそうそう入れるものでもない。
そう考えれば確かに、貴重ではあるのかもしれなかった。
「それに、私達がいたら警戒もされづらいでしょうし、仕事もしやすくなると思いますよ?」
「ふむ、一理あるな……でもアレだ、俺途中からずっと体育館にいないとだからな」
「有志の発表ってやつか?」
「ああ、これでも記録・雑務なんでな。そっちも残しとかなきゃいけないんだよ」
「ふふーんっ、それなら問題ないよ。私達もそれ見に行くつもりだったし!」
むしろ都合があってラッキーラッキー、と言う錦木。まあ、こいつの場合、元より有志に出れないかって打診してきたくらいだからな。
そう考えるのも当然と言えば当然だった。
「それよりはいっ、あーん」
「するかよ……」
「……」
「……」
「……」
「……おい、無言の抵抗やめろ。怖くなってきちゃっただろうが」
それでもなおジッと見つめてくる錦木であった。ヤダこの子、何か今日圧が強くない……?
井ノ上とクルミに助けを求めようとしたが、二人は二人できゃいきゃいと後ろではしゃぎ始めており、こちらに見向きすらしない。
そうして視線を戻せば、やはりタコ焼きを差し出したままの錦木である。
はぁ、とため息を吐いた。
ま、今日はお祭りだからな。気が緩んでも仕方ないだろう。
そんな言い訳を並べながら、パクリと一口いただいた。
「へへっ、どう? どう?」
「……ま、美味しいよ」
「はい美味しー! 全く、ヒッキーったらこんなの初めてじゃないのに、いっつも照れるんだからあ」
「うるせぇな」
「でも、そういう照れ屋なヒッキー。私好きだよ」
「そうかよ……」
ニヤニヤとしたままの錦木から、ふいと目を逸らす。
参ったな。
何だか最近は、錦木といるだけでどうにも心が浮ついている。
良くないことだ、と思った。
錦木千束は優しい女の子だ。誰にでも、どこまでも優しい少女──けれども、本当にそれだけなのだろうか?
人との距離感を間違えてはならない、抱かれている感情を勘違いしてはいけない。
もう一年もの付き合いになるのに──いいや、まだたったの一年の付き合いだからこそ、錦木の優しさの由来なんて分かりはしない。
だけど、そうだとするのならば。
俺は、それを知らなければならないのではないだろうか。
至って理性的に、何事も適切に処理し、距離感は適当に保つ──だから。
だから、もう少しくらいは、俺から歩み寄ることを、許されるんじゃないだろうか。
そんなことを考える自分に一抹の驚きを覚えながら、言い訳を用意した。
今日は祭りだ。祭とは非日常だ。
ほんの一時の、瞬きような時間にのみ許される時間。
そんな中にいるのだから、まあ、流石の俺もちょっとくらい、いつも通りの判断を下せないのかもしれないな、と。