やはり俺の行きつけがリコリコなのはまちがっている。   作:百合の間に八幡挟む

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もしかしたら挟めないかもしれません。


しかしながら井ノ上たきなは堅物である。

 

「比企谷さん。お願いがあるのですが、聞いていただけませんか?」

「は?」

 

 休日、数週間ぶりにやってきた『喫茶リコリコ』。まだ開店したばかりであり、俺以外の客もまだ見受けられない時間帯。

 読書ついでに宿題もやってしまうかと足を運んだ俺に、コーヒーを運んできてくれた店員──井ノ上はそう言った。

 あまりにも突然のことで疑問符を浮かべれば、井ノ上はもう一度俺を見据える。

 

「ですから、比企谷さんにお願いしたいことがあるんです。聞いていただけませんか?」

「まあ、一先ず聞くだけなら」

 

 思わず俺が素直にそう言ってしまったのは、やはり相手が井ノ上だからと言うのが大きいだろう。

 井ノ上──本名、井ノ上たきな。『喫茶リコリコ』期待の新人であり、看板娘の片翼を担う黒髪の少女である。

 もう片翼を担う錦木千束とは全くタイプが違う美少女であり、良く言えば真面目、悪く言えば堅物と言うべきだろう。

 

 基本的に冷静沈着であり、職務に忠実。合理的過ぎる行動が目には着くものの言及するほどではない。

 とは言ってもコミュニケーション能力が低いということはなく、また不愛想と言う訳ではない。

 錦木のフリーダムさにやや隠れ気味ではあるが(というか錦木がおかしいだけではあるのだが)、彼女もまた充分以上な対人スキルは獲得しているようで、瞬く間に喫茶リコリコに馴染み切った。

 今では常連さんも交えたボードゲーム大会には全然参加するほどで、日が経つにつれ柔軟性を獲得していく様は、最初から見ていた者の親心のようなものさえくすぐるだろう。

 

 とはいえ俺は常連と言うには頻繁に足を運んでないし、通い始めたのも一年ほど前からだ。

 なので俺からすれば、いつの間にか増えていて、いつの間にか馴染んでおり、いつの間にか活躍してる店員さん、というイメージしかなかった。

 言葉も数回交わしたくらいで、とてもではないが親し気に世間話をするような仲ではない。

 そんな彼女が「お願い」しに来たのである。

 多少なりとも気にならないと言えば嘘になった。それに錦木と違って、無茶振りするやつでもないのは知っている。

 

「実は……料理を教えていただきたくて」

「なんて?」

「ですから! その、料理をですね、教えて欲しいのです……」

「何で俺?」

 

 人選ミスとかいうレベルではない。料理を学びたいのならばそれこそ、喫茶店なのだから店長や他の店員に頼めば良いことだろう。

 ねぇ? 店長さん? とカウンターの方へ目を向ければ、店長はパチリとウィンクを返してきた。それはどういう意味なんだよ。

 全然伝わってないよ? ただ煽られただけなんじゃねぇのこれ、という感想だけが残った。

 

「千束から、比企谷さんは料理が上手だと聞きましたので」

「いや、そうじゃなくてだな……」

「それに、奉仕部という学生の悩みを解決する部活に入っているとも」

「何で知ってんだよ……」

 

 思わず絞り出したような声を出してしまう俺だった。奉仕部とは俺が通う、千葉市立総武高校に存在する小さな部活のことである。

 とはいえ字面から想像できるような、ボランティアに身を扮する部活ではなく、またアダルティな方面の部活でもない。

 何と言うか……ざっくりと言ってしまえば、お悩み解決部みたいなものだ。詳細はまた違うが、一言で纏めるならこうなるだろう。

 そして俺はその部活の部員であった。ご存知の通りアホな作文を書いた俺は、先生の手によって強制入部させられた次第であった。

 そう言えば以前、錦木に絡まれて少しだけ話してしまっていたか。

 

「リコリコでは、毎日交代でお昼ご飯のまかないを作るんです」

「ああ、あるな。たまにご馳走になってる」

「そこでは当然、私にも担当が回ってくるのですが、その、ですね……」

 

 上手く作れないんです、と井ノ上は言う。

 かと言って、由比ヶ浜(奉仕部部員の一人であるアホ。特技はクッキーの材料で木炭を練成することだ)とは違い、井ノ上は料理下手という訳ではない。

 というか、そうでもなければホールと調理どちらもこなすなど不可能だろう。

 手間と豊富な材料と時間。それさえかければ井ノ上は基本的に上等なものを作れる人間だ。

 ただ、それらのコストを削るとどうにも上手くいかないらしかった。

 

 実際、先週はおにぎりと卵焼き、それからウィンナーを焼いたらしいがウィンナー以外はかなり不格好であったらしい。

 おにぎりはピラミッド型となり、卵焼きはスクランブルエッグと化したとのことだ。

 何だかんだとそれは好評であったらしいが、それでも次は完璧に仕上げたい……というのが井ノ上の要望である。

 ネットを見ながら何度かチャレンジはしたものの、思うように上達せず、藁にも縋りたい気持ちだったとか何とか。

 

 とはいえ、そういう事情なら確かに錦木辺りには頼みづらいよな……。

 懇切丁寧に教えてはくれそうだが、普通にうざいだろうし。

 加えて錦木と井ノ上は仲がいい、驚かせたいという気持ちもあるのだろう。

 そういう訳で、消去法で俺になったという予想が容易にできた。

 まあ、あるいは店長の入れ知恵かもしれないのだが……何せ今でさえ、微笑ましく生暖かい目を向けてきているのである。

 ハッキリ言ってクソ面倒だし断りたいが、奉仕部として頼まれたのであればかなり断りづらい。

 しかし今日は休日だ、部活動もクソもない──んだけど。

 瞳を揺らす井ノ上にため息を一つ。ま、後で小町に知られでもしたら、それこそ面倒だからな。

 

「わかったよ……今からってことで良いのか?」

 

 渋々ながら了承すれば、井ノ上は元気良く頭を下げる。

 

「っ! はい、ありがとうございます! よろしくお願いします!」

 

 

 

 

 当然ながら、料理を教えるにはキッチンが必要だ。しかし、だからと言ってまさか、井ノ上の家にお邪魔する訳にもいかないし、俺の家も同様だ。

 なので喫茶リコリコの調理場を借りることとなった。

 おい、部外者の俺入れちゃって良いのかよ、と思ったが店長は快諾してくれた。客はまだ他に来ていないし、来ても店長の方で相手できるとも。

 そこまでして俺に面倒見させたいのかよ……とは思わないでもないが、まああちらも考えがあるのだろう。

 一先ずエプロン──は無かったので制服を借りた。赤青緑黄と様々なカラーが用意されていたが、手近なものを取ったら黒だった。

 因みに井ノ上は青色で、店長は紫色である。

 

「っつっても基礎から教える必要はなさそうだし、取り敢えず作ってみてくれないか?」

 

 バタバタガチャガチャと器具と材料、調味料を用意した上で言う。

 作るのは先ほど聞いたものと同じ、おにぎりと卵焼きだ。ウィンナーは焼くだけだしいらないと判断した結果である。

 何度もやることは大切だが、今は出来ないことを出来るようにする、一回目をこなす時間だからな。

 何かしらミスりそうな雰囲気があったら、ちょっとアドバイスするくらいのスタンスが井ノ上にはちょうど良いだろう。

 

「はい、わかりました」

 

 井ノ上は慣れた手付きで塩とダシ、それから少量の水を混ぜ、そこに卵を投入。カチャカチャと丁寧にかき混ぜていく。

 関西風の卵焼きが作りたいらしい。

 京都出身である為、という実に可愛らしい理由だったか。

 

「あー、それな。あんまり溶かさなくて良いぞ。ちょっと白身が残っているくらいで良い」

「なるほど……」

 

 手を止め、手早くメモする井ノ上だった。律儀だな。

 こういう小まめさは井ノ上らしい、とでも言うべきところなんだろう。

 

「それから、焼く時は弱火で良い」

「しかし、レシピには中火と……」

「確かに中火の方が早いんだが、慣れてないと焦がしたりするからな。最初は弱火で落ち着いてやった方が失敗しない」

「た、確かにそうですね。ありがとうございます」

 

 卵焼き用のフライパンにさっと油を引き、少しの時間熱する。

 それから卵液の三分の一をほどを流し込み、ぐーるぐーるぐるぐるぐるとかき回し始めた。

 なるほど、スクランブルエッグになる訳だ。

 

「かき回し過ぎだ、ある程度固まってきたらそのままで良い……それにだな、混ぜる時は空気が混ざるようにした方が良いぞ」

「あ、そうなんですね。ほどほどで良い、と……」

「ま、一回目なんて多少失敗しても全然カバーできるんだがな」

「……以前やった時は、まとめられませんでした。巨大なスクランブルエッグが出来ただけです」

「お、おぉ、何かすまん。まあそうならない為の俺だから」

 

 ズゥン、と見るからに士気が下がった井ノ上を励ましてからフライパンを見る。頃合いだ。

 井ノ上も同じことを思ったようで、そのまま箸を伸ばした。のでその手を止める。

 

「最初の内はヘラ使った方が良いだろうな。箸でやるのも、慣れて来てからで良い」

「言われてみればそうですね。ヘラ、ヘラ……」

「いやあるから、さっき出してただろ? 何で見失うんだ、ほれ」

「あっ、ありがとう、ございます」

 

 恥ずかしさからか、頬を朱色に染める井ノ上。段々と分かってきたのだが、井ノ上は一度イレギュラーが起こるとつい気持ちを優先してしまい、視野が狭くなりやすいタイプらしい。

 前回失敗したというのも、小さな失敗が重なり焦った結果なのだろう。

 落ち着いてやれば上手く行く。その証拠に、一度深呼吸してから挑んだ卵焼きの一枚目はクルクルと回った。

 

「で、出来ました! 比企谷さん、巻けましたよ!」

「良し、そうしたらもう一度油を引いて、同じくらいの量を投入だ」

「はいっ」

 

 パァァと表情を明るくした井ノ上が、先程と同じ行程を辿る。

 今度は何も言わずとも一人だけでこなして見せ、そのままクルクルと卵焼きを完成させてしまった。

 一口大になるよう包丁を入れて完成だ。

 目立って焦げた箇所も無いし、味も申し分ない。完璧だな。

 

「次は……おにぎりだっけか。むしろこれ、どうやって失敗すんだよって感じなんだが……うわっ、睨むな睨むな。怖いから」

 

 軽く人でも殺せそうな目をする井ノ上だった。やっべー、マジで怖いんだけど。

 確実に人を殺したことがある人間の目だった。俺、もしかしてここで死ぬのか?

 気を逸らす為に、炊かれたばかりと思われる米と塩で軽くおにぎりを作った。

 うむ、我ながら文句の付け所が無い出来だ。

 おにぎり如きで何をと言う話ではあるのだが、当の井ノ上は驚愕を露にする。

 

「……何故三角形になるのですか?」

「え? いや、そうなるよう握ったからとしか言えないんだけど」

「有り得ません! 良いですか? 見ててくださいっ」

 

 意気揚々と米を手に取り握る井ノ上。それはそれは見事な力のこもりっぷりだった。

 押し固めて整形する! という強い意志を感じる圧縮具合だ。

 そんなにカチカチにしたら誰だって好きな形に出来ちゃうだろ、と思ったが何故か出来上がったのはピラミッド型だった。

 何でなのん?

 

「ほら、こうなるんですよ」

「ドヤ顔で言うことじゃねぇだろ……そうだな、井ノ上。おにぎりってのはな、握るものじゃないんだよ」

「はい?」

 

 井ノ上が「何言ってんだこいつ馬鹿なんじゃねぇの?」みたいな顔をする。

 それを鼻で笑った俺は、まず片手で直角を作った。

 

「まず手をこうしてみろ」

「? はい、こうですか」

「そうそう、この直角部分で米に角度をつけるんだ。後はもう片方の手に乗せたお米を、優しく直角部分に押してやるんだよ」

 

 あとはポンポンポン、とリズム良く形を整えるだけで良い。それだけで、あっという間に綺麗なおにぎりの完成である。

 おぉ……と井ノ上が嘆息した。

 

「とにかく井ノ上は力を込めすぎないように気を付ければ良い。ちょうど良い力加減で、ってやつだな」

「ちょうど良く、ですか……」

「……まあ、自分が思ってるより更に力を抜いたくらいで良いと思うぞ」

 

 ちょうど良いってなんだよ……というシリアスな顔をされたので言葉をつけ足しておく。

 井ノ上は暫く訝し気に俺と米を交互に見ていたが、やがて意を決したように握り出した。

 そうして出来上がったのは少々歪ながらも、ちゃんとした三角形のおにぎりである。

 

「ほらな? 簡単だろ?」

「凄い……こんなあっさりできるだなんて」

「そんな感動することでもないんだけどな」

 

 何なら低学年でも作れる程度のものだ。とはいえ、何だって出来た瞬間が嬉しいのはそうだからな。

 取り憑かれたようにポンポンとおにぎりを作っていく井ノ上。

 一つ作る度にレベルアップでもしてるのか出来映えが良くなっていた。

 まあ、料理なんてコツを掴めば急に楽勝になるもんだからな。

 最後まで握り終えた井ノ上が皿にラップをかけて冷蔵庫に仕舞う。今日のまかないとなるのだろう。

 ペコリと井ノ上は頭を下げた。

 

「ありがとうございます、比企谷さん。お陰でちゃんと出来ました!」

「ん、まあ依頼だったからな。解決できたなら何よりだ」

「本当にお料理が上手だったんですね」

「いや、上手ってほどじゃないんだけどな……」

 

 精々俺の料理力なんて小学六年生レベルである。

 それも家に親がいないことが多かったから、否が応でも身に着いたというだけで、今では家のご飯担当は妹の小町だ。

 とはいえ俺も専業主夫を目指す身である。今日からはまた料理を始めても良いかもしれないな、と思った。

 

「ふふっ、でしたらリコリコの調理場担当とかどうですか?」

「お断りだ。俺の信条は──」

「──働いたら負け、ですもんね」

 

 くすくすと井ノ上が面白そうに笑う。分かってるなら誘うなよな。

 何だか少しだけ恥ずかしさを感じてしまい、視線を逸らした。

 

「それに、リコリコは飽くまで俺の憩いの場だからな。錦木がいなかったら毎日入り浸ってるレベル」

「それ、千束が聞いたらまたうるさいですよ」

「だから今言ってんだろうが。てか、今日はあいつどうしたんだ?」

「千束は今日は遅刻です」

「じゃあ、そろそろ来る頃合いか」

 

 時計を見てから、小さくため息を吐く。さっさと着替えて席に戻らないと、喧しさが五割は増すことだろう。

 あっはははは! ヒッキー制服似合ってなーい! なんて笑われるのが目に見えている。

 それだけは勘弁願いたい。何せまだまともに読書が出来ていないどころか、宿題だって手を付けれてないのである。

 そんなウザさ極まった絡み方をされたらげんなりすること間違いなしだ。

 

「そうでしょうか? 千束は結構、正直に感想を告げてくれますよ」

「正直だから俺が傷つくんだろ……」

「いえ、そうではなくですね」

 

 パシャリ、と井ノ上がスマホをこちらに向けてシャッターを切った。

 悪戯っぽい笑みを浮かべられる。

 

「似合ってますよ、比企谷さん」

「……さいですか。お前、後で絶対にそれ消せよ」

「んー、えへへ、どうしましょう?」

「ちょっ、おま」

 

 皆さんにも見てもらいましょうか、なんて言い出した井ノ上を追いかけようとすれば、カランカランと鳴り響くベル。

 あー、終わった……。

 俺の平穏な一日が崩れ去ったことを理解した瞬間、元気のいい声が響き渡った。

 

「千束が来ましたァ────!! ってうぇぇぇえ!? ヒッキー何やってんの!?」

「あー、ほら、どうすんだあれ」

「ふふ、大丈夫です。秘密にしておきますから」

「いや秘密ってお前な……」

「なになになに!? 秘密って何だよぅ~! それからヒッキーは何してんの~!?」

「……ま、色々とあったんだよ」

 

 色々って何さー! と元気いっぱいに言う千束に、井ノ上と揃って背を向けた。

 さて、今日はもう帰った方が良いかもしれないな、なんてことを思いながら。

 

 

 

 

 

 

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