やはり俺の行きつけがリコリコなのはまちがっている。   作:百合の間に八幡挟む

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どう見てもクルミは謎めいた幼女である。

 

 クルミと呼ばれる少女は、この『喫茶リコリコ』の従業員の中でもトップクラスにミステリアスな幼女である。

 店長も錦木も井ノ上も、どいつこいつも微妙な不審さを兼ね備えてはいるのだが、こいつに限っては段違いの不審さだ。

 まず上記の通り、幼女である。

 店長が知り合いから預かっているとのことであったから、店の手伝いをしていること自体は特に問題視するようなことではないのだが、彼女は学校に通っている様子すら見受けられない。

 とはいえ頭が悪いという訳ではなく、むしろ賢いと言った方が適切だろう。それも、異様なまでに。

 基本的にPCをカタカタと触り倒しているし、雑学や知識も豊富で良く小難しい話を客としている。

 少し前に奉仕部の活動の一環として千葉村に行き、小学生と多少なりとも戯れた俺である。

 今までは「最近の小学生ってすげー」なんて思っていたが、単純にクルミが天才幼女であるだけということを突き付けられたのだった。

 

 しかし、ちょっと待って欲しい。

 いくら天才幼女と言えども、日本語と英語を流暢に喋り、持ち歩いているPCでは何かしらのプログラミング等を高速で行い、当然のように経済やら論文について語るのは少しばかり変ではないだろうか?

 何なら名字も年齢も不詳だ。

 ラノベだったら盛り過ぎだと叩かれてもおかしくないレベル。

 その上、真っ白な肌に金髪を長く伸ばしている彼女は控えめに言って美少女……いや、美幼女なのである。

 フィクションから飛び出てきましたと言われた方がまだ納得できるだろう。

 

 まあ、だからと言ってなんだという話ではあるのだが。

 家族でもなければ友人でもない。もちろんバイト仲間という訳でも無いし、知り合いとすらギリギリ呼べないだろう。

 俺からすれば良く行く喫茶店にいる謎の幼女で、クルミからすれば店に良く来る高校生。

 そこから何かしらの関係に発展することはない。

 現実は創作のように上手くはいかないもんだからな──いや、上手くとか言うと如何にも俺がそういったことを望んでいるようで語弊があるな。

 全然そんなことは望んでない。関わりたいと思ったことすらないレベル。

 小町とは良く話している姿を見かけるので、精々仲良くしてやって欲しいと思うくらいだ。

 

「おいおい、冷たいこと言うなよ八幡。そうやってボクを追い出そうとしても無駄だぞ?」

「別にそういうつもりはねぇよ……」

 

 テコでもボクは動かないぞ~? とだらけきった顔を引き締めて言うのは、そのクルミであった。

 いつも通りの喫茶リコリコ。いつも通りの端の席。

 今日は席がすべて埋まっているくらいには繁盛している日なようで、先程から錦木たちも忙しなく行ったり来たりしている。

 お陰で絡まれることがなくて快適だった。

 放課後にこうしてゆったりできるのはいつ振りだろうか、なんてことを思っていたのだが。

 目の前のクルミは「肉体労働は専門外なんだ、匿ってくれぇ」と俺に告げた後に、有無を言わさず対面へと座ったのだった。

 

「ま、邪魔しないなら俺からは文句ねぇよ」

「それは助かる。で? 今何やってたんだ?」

「邪魔しないんじゃなかったのかよ……」

「分かってないな、これは邪魔じゃなくてコミュニケーションだ。そんなことも分からないのか?」

「生憎、まともにコミュニケーションを取れた試しが無いからな」

 

 言いながらプリントを見せる。作文の書き直しと言う訳ではない、これは今日出された宿題だ。

 

「ほう、数学か。実に高校生らしいな、苦戦してるのか?」

「お前はどっから目線なんだよ……別に苦戦はしてない。こんなもん、答え引き写せば終わりだからな」

「なんだ、八幡は数学苦手なのか」

「うっせ、いいんだよ。俺は私立文系だから、数学はいらないんだ」

 

 その代わり国語は超頑張ってるからな。実力テスト文系コースも学年で三位である。

 身近に雪ノ下(我が奉仕部の部長。全教科においてトップに君臨する才女である。特技は人をこき下ろすことだ)がいるので霞んでしまうが、それなり以上の成績は俺は保持しているのである。

 代償的に数学のテストは常に赤点だが、必要な犠牲というやつだった。

 

「それって大丈夫なのか? 確か……総武高校だったか。結構な進学校だろ、あそこ」

「何でお前が俺の学校知ってんだよ……」

「それは、そのぉ……あれだ、そう! 小町から聞いたんだ」

「あいつは俺の個人情報を何だと思ってんだ」

 

 気付けば俺の連絡先等を教えたりしているし、本格的に心配になってきた。

 もうね、その内自分の連絡先とかもホイホイ渡すようになりそうでお兄ちゃん心配です。

 ただでさえ脳内お花畑気味なのだ、我が妹は。

 

「シスコンめ」

「ばっか、知らないのか? 千葉の兄妹はこれが普通なんだよ」

「当たり前のような顔をして嘘を吹き込もうとするな」

 

 調べずとも分かるぞそのくらい、と呆れた目をするクルミだった。

 やれやれ、小学生(多分)には難しい話だったな。

 

「それより、さっさとプリント返せ」

「まあ待て待て、特別だ。このボクが教えてやっても良いぞ?」

「はぁ? 何言ってんだお前」

「匿ってもらってるお礼ってやつだよ。それにほら、ボクは数字が好きだからな」

 

 なあなあ、良いだろう? とクルミが目を輝かせて言う。面倒くせぇな……。

 これもう井ノ上あたりを呼んで引き取ってもらった方が良いんじゃないの?

 

「良いじゃないかよー、暇なんだ、相手しろよー」

「暇ならサボるなよ……。ほれ、働かざる者食うべからずとも言うだろ?」

「はっ、バイトを三日でバックレたやつの台詞とは思えないな」

「ちょっと? それどこ知ったの? 極秘情報なんだけど?」

 

 思っていたより俺の個人情報が筒抜けだった。何でそんなことまで知ってるんだよ。

 まさかこの俺にそんな話をするような他人は一人たりともいないし、何なら家族にだって告げてはいない。

 小町には若干怪しまれはしたが、あれはもう俺の黒歴史である。

 なに? 何なの? 超怖いんだけど……。

 

「ふっふっふっ、ボクの情報収集能力を甘く見たな。『私は君のことなどすっかりお見通しだぞ。』という訳だ」

「ジェイムズ・ジョイスの恩寵かよ。マニアックすぎんだろ」

 

 中二病時代に履修して無かったら分からなかったからね? 今の。

 

「意外と博識だよなー、八幡は」

「意外とは余計だ……」

「だが残念、それもボクを止めることは出来ない。集めることが出来るんだから当然、ばら撒くことも出来るからな」

「おいガキ……嘗めるなよ。俺が本気を出せば土下座して靴舐めなんて余裕なんだぞ」

「どういう角度の脅しだそれは……」

 

 はぁ、と小さくクルミがため息を吐き、「本当に変なやつだな」と笑った。

 それから何を思ったのか、プリントを持って対面から隣へとやってきた。

 俺の使っていたシャーペンをカチカチと数回鳴らして芯を出す。

 

「土下座も靴舐めもしなくて良い。ただボクに教えられろ、八幡」

「なに? 教師か何か目指してんの?」

「そんな訳ないだろ、単純にボクの自尊心を満たしたいだけだ」

「さいですか……」

 

 シレッと俺の学力等はどうでも良いといったようなことを言うクルミだった。有難くもなければ迷惑でしかない。

 しかしここで拒絶し、錦木なんて呼ばれようものなら、それこそ一巻の終わりである。

 まあ、その場合はクルミも強制連行になるだろうが……。

 こいつの自爆になんざ付き合ってられん。

 それに、答えを写すだけの作業がちょっと手間になるだけだ。こういう日があっても良いだろう、と割り切ることにした。

 

「仕方ねぇな……ま、何だ。よろしく頼む」

「承った! さてと、じゃあまず一問目からなんだがな、解けるか?」

「ふっ、解ける訳ねぇだろ。文系なめんな」

「流石だな、数学9点」

「だから何で知ってるんだよ……やだ、なに? ストーカー?」

「誰の真似か知らないが、かなり気持ち悪いからやめた方が良いぞ」

 

 白けた面でバシッと直截的なことを言うクルミ。おかしいな、意外と由比ヶ浜には好評だったのだが。

 しかし、ストーカーというのもあながち言いたかったことと外れている訳ではない。

 ここまで俺の個人情報を詳らかにされているとなれば、クルミが超天才ハッカーであり、俺の個人情報を一から十まで調べ上げてる可能性があった。あるか? ある訳ないですね。

 ただでさえ情報過多みたいな幼女なのだ。これに加えて天才ハッカーなんて厨二チックな属性が付加されてしまっては、それこそフィクションである。

 

 残念ながら現実みがない。

 小町から聞いたか、あるいは錦木か井ノ上あたりと雑談した際にぽろっと零してしまったのだろう。

 まあ、仮にそうであるのなら、何故俺の情報をリコリコ内で共有してるんだという話ではあるのだが……。

 有り得ないと断言するほどの話でもないし、特に掘り下げたい話でもなかった。

 

「というか、何だ? もしかして本当に全問分からないのか?」

「当たり前だろ、ったく。言わせんな、照れるだろ」

「恥ずべきはそこじゃなくて、数学の出来なさ加減だろ」

 

 嘘だろー、なんて言いながらもクルミは教え始めてくれた。

 そしてこれまた意外なことに、解説等が分かりやすい。数学なんてとうに捨てた俺が思わず「なるほど!」と頷いちゃうレベル。

 お陰で幼女に勉強教わる男子高校生という、かなり俺の尊厳が失われかねない構図が生まれてしまったのだが、それを差し引いてもギリギリマイナスになることだろう。いやマイナスになっちゃうのかよ。

 

「それでだな、こことここの数字をかけて……」

「最後にここと引き算する訳か」

「そう! そうだ、やればできるじゃないか、八幡」

「ま、これでも進学校の生徒だからな」

 

 今となっては文系に振り切ることで数学をドブに捨て、数学の授業=睡眠時間と思うようになった俺も、かつては頑張っていた時代があった。

 受験の時なんかそりゃもう死ぬ気だったくらいだ。中学のやつらがいる高校には絶対に入りたくなかったので、それはそれは本気で勉強したものである。

 入学後も事故に遭い、入院したことを取り戻さんとばかりに勉学に励んだことすらあった。

 つまり、得意ではないがそれなり以上の成績は取れていた時はあった。基本高スペックだからな、俺は。

 まあ、ある日「あ、これ私立文系入れば楽じゃん」と気付いたので一切手を付けなくなったのだが。

 

「今からそう割り切らなくたっていいんじゃないか? 突然、数学者になりたくなるかもしれないぞ?」

「ふっ、愚問だな。今では理系の授業で先生が何言ってるかも分からない俺だぞ? そんなことは有り得ない」

「捻くれた自信だな……っと、良し。出来たぞ八幡、もう一回だ」

「は?」

 

 もう一回? 何が? と思えば手元にやってくるプリント。それは間違いなく先程まで、教えられながら全問答えを導き出した数学の宿題である。

 ただ一つだけ差異があるとするのならば、書き込んだ計算式や答えが丸っとなくなっていることだろうか。

 おい、何だこれは……? とクルミを見れば、片手には消しゴム。机には広がる大量の消しカス。

 そしてニヤリと笑ったクルミ。

 

「クルミ、お前な……」

「何事も教えてもらった後の方が大切なんだ。ふふ、ちゃんと学べたかの確認という訳だな」

「お前は教師かよ」

「ふっ、クルミ先生と呼んでくれたって良いんだぞ?」

 

 ふふーんとドヤ顔したクルミを横目にプリントへと取り掛かる。そうすれば「おいっ、何か言えよー」とちょっかいをかけてくるのだから、俺に宿題をやらせたいのかやらせたくないのか分からない幼女である。

 いつもであれば「なるほど、分からん」とコンマ0.2秒で判断して答えを写すものの、教えてもらったばかりの俺の脳は「分かるぞ、私にも分かる……!」とどこぞの赤い彗星のようにはしゃいでいた。

 お陰でいつもの三倍速で解答できる……ような気がした。

 

「お~い、八幡。ところでなんだが、ちょっと質問しても良いか?」

「質問? まあ、答えられることなら」

「彼女とか出来たりしたか?」

「…………」

「うわっ、急に目をドロドロとさせるな!」

 

 中々理不尽なことを言いながらクルミが俺から少し距離を取る。あの、ちょっとクルミさん? 俺に失礼過ぎるでしょう?

 突然脈絡のないことを聞いてきといてこれである。

 俺には何をしても良いとか思ってない? 俺、一応お客様だからね?

 

「まあ、何て言うかだな。見たって言うんだよ、千束が」

「何をだよ、幽霊とか? 何? あいつ霊感とかあるの?」

「だとしたら夢があって良かったんだけどな。そうじゃなくて、八幡が女子といるところを見たんだと」

「はぁ?」

 

 おいおい、あいつマジで霊感あんじゃねーの? ちょっと怖いし、幽霊に取り憑かれでもしたら困るから近寄らないで欲しかった。

 いや、でもそうなると既に俺が取り憑かれていることになっちゃうな……。

 美少女の幽霊とかだったら良いな。ラブコメの波動を感じる。

 

「何だ、本当に身に覚えが無いのか?」

「いや、同じ部活のやつだろうな。この前途中まで一緒に帰ったから、その時のことだろ」

「へぇ、青春って感じだな。で? それが彼女って訳か?」

「なわけねーだろ……」

 

 何でもかんでも恋愛に繋げるんじゃありません、と頭にチョップを落とす。

 大体、雪ノ下然り、由比ヶ浜然り、付き合うだなんて有り得ないんだよ。

 特に雪ノ下とかヤバいよ? そんな勘違いされた日には巻き添えで俺まで殺されかねないレベル。

 

「なーんだ、それじゃ千束の勘違いってことか」

「ま、そうなるな。まず何で勘違いするんだって話だが」

「その方が面白いからじゃないか? 何せ、あの八幡に彼女だぞ? 千束なんて混乱して暫く使い物にならなかったくらいだ」

「俺に恋人が出来るのはそんなに意外なことなのかよ……」

 

 まあ、俺からしても意外過ぎるくらい意外なことであるのだから、反論しづらいところではあるのだが。

 残念ながら今のところそういう気配なかったし、これから先もなさそうだった。

 良いんだよ、俺は大学に入ってからが強い。そのはずだ。

 

「大体、色恋でキャイキャイしたいなら、それこそ錦木だったり井ノ上だったりを見てた方が楽しいだろ。中身はともかく、見た目は良いんだからな。その手の話は幾らでもあったろ?」

「そこでミズキを出さない辺り、八幡らしいな」

「あの人は色恋っつー歳じゃねぇだろ……」

 

 恋愛とかすっ飛ばして結婚したい! という欲を丸出しな人である、中原さんは。どうにも我が奉仕部顧問である、平塚先生とダブっちゃうんだよな。

 両方とも早く誰か貰ってあげて欲しい。そうじゃないとうっかり俺が貰ってしまいかねない。

 

「八幡は年上好き、と……」

「何アホくせぇことメモしてんだ」

「なんだ、それなら年下好きなのか? はっ、さてはボクをそういう目で……!? 悪いな、無理だ。八幡のことは嫌いじゃないがそういう目で見たことはない」

「何でそうなるんだよ……」

 

 告白しても無いのにフラれていた。負けることにかけては最強の俺ではあるが、戦ってもいないのに負けたのは初めてである。こんな初体験いらなかったなぁ。

 にやけた面を見せてくるクルミを見ながら、解き終わったプリントをしまう。答え合わせは帰ってからで良いだろう。

 そういう訳で、チリーンと卓上のベルを鳴らした。

 

「なっ、あっ、何をしてるんだ八幡っ」

「何って、帰るには会計しなきゃいけないだろーが」

「そうじゃなくて、このままでサボってるのがバレ──」

 

 クルミが言い切る前に、彼女の肩に手が乗せられる。中原さん──中原ミズキ。この喫茶リコリコの従業員の一人だ。

 青筋を立てた中原さんに、クルミは顔を青くした。

 

「じゃあな、精々仕事頑張れよ」

「こっ、この裏切者~!?」

 

 悲壮に染まった声を背に受けながら会計へと向かう。

 まあ、何だ。メスガキってのは懲らしめられないといけないって古事記にも書いてあるからな。

 諦めろと手を振り、合掌をした。

 

 

 

 

 


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