やはり俺の行きつけがリコリコなのはまちがっている。   作:百合の間に八幡挟む

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意外にも中原ミズキはお節介を焼くことがある。

 

 今日も今日とて錦糸町へと足を運ぶ。とはいえ本日の目的地は『喫茶リコリコ』では無かった。

 時刻は十二時少し前、お昼時だ。

 つまり俺は、昼食を摂る為にここまでやってきたのであった──無論、昼食なんて幅の広い言葉を使ってしまえば、それこそ喫茶店でも良いじゃんと思われるかもしれないので、それではダメなのだと先んじで言っておこう。

 喫茶リコリコは「まかない」という形で客にまでお昼ご飯を提供してくれる稀有なお店ではあるが、そうだとしてもダメなのだと。

 俺は今日、最強の食べ物を食べに来たのだから。

 では、最強の食べ物とは何か?

 焼肉、しゃぶしゃぶ、寿司、天麩羅、ピザ、カレー、うどん、お蕎麦。……全て違う。

 正解は……そう! ラーメンだね。

 いつだって男子高校生の傍に寄り添ってくれる、完全無欠の最強食。それがラーメンである。

 放課後、帰り道にフラッと寄るも良し。

 適当に街中を散策して開拓するのも良し。

 雑にお腹を満たす為にお湯を沸かすも良し。

 ラーメンとはそういう、無限の可能性に満たされた食でありながら、何よりもぼっち推奨の食であることが八幡的にポイント高い。

 そう、ラーメンとは一人で入り、一人で味わい、一人で満足する為のものである。

 ダラダラと会話なんかしてみろ、麺は伸びるしスープは冷める。ついでに回転率も悪くなって後ろの客に睨まれるし、悪いことづくめだ。良いことなんて一つもありゃしない。

 孤高の頂に立つ者にそっと寄り添い癒してくれる、最高の一杯。

 それこそが、この比企谷八幡に相応しい食。つまりラーメンなのであった。

 

 

 

 夏休みにおける寝すぎは最早学生の特権だ。それは俺も例外ではなく、当然のように昼近い時刻に目が覚めた。

 なのでもちろん、寝起きからお腹が減っていた。ぼんやりとした頭で、では何を食べよう? と考える。

 ラーメンだな。ラーメンが食べたい。

 一度そう思えば口はもうラーメンしか受け付けない。

 思い立ったら即行動だ。これが集団ならノロノロうだうだと話し合いが始まるところだが、俺はぼっちだからそんなこととは無縁である。

 自分の意思に従い、スピーディに行動できる。やはり全人類はぼっちであるべきだ、効率的だからな。

 

 顔を洗い、歯を磨いて適当に着替える。

 専業主夫を目指しているのならそれこそ、自分で作った方が良いのではと言う意見もあるかもしれないが、専業主夫、あるいは専業主婦なんてのは、働きに出る人にはお昼用にワンコイン渡し、自分は悠々と外食するものだ。多分。

 俺が目指すところはそこなのでなんら問題はない。

 そういう訳で早速家を出て電車へと乗る。今日は新しい店でも開拓しようかなと一人ウキウキしていたのだが、途中で腹の虫に耐え兼ね錦糸町で降りてしまった。

 贔屓にしてる店が最近こっちでもオープンしたんだよな。

 実際、知っている店とは言えども支店ごとに雰囲気等が違ったりするので、これはこれで楽しみだ。

 ここを教えてくれた平塚先生(我が奉仕部顧問。俺を奉仕部に叩き込んだ張本人であり、得意技は超長文メール・ラインを連続で送ってくることだ。だから結婚出来ないんだよ、この人)には感謝と同時に畏怖の念を覚えながら道を行く。

 

 じめじめと熱された空気と夏の直射日光。うんざりするような暑さにもまけずテクテクと進んでいけば怨霊がいた。

 いやマジで、道の端っこにこの世のものとは思えないほど陰鬱なオーラを纏った”何か”がいるんだけど。

 やっべー、超こえーよ。近寄ったら呪われちゃうんじゃない?

 耳をすませば「男どもは見る目が無い」だの「結婚したい」だの「ふざけんじゃないわよ」だのと如何にもな恨み言が聞こえてくる。

 

 うん、そうだね、知っている人だね。

 俺の知る限りこんな風になる人間は二人しか知らない。いや二人もいるのかよ。

 まあ、何だ。平塚先生と中原さん──喫茶リコリコ従業員、中原ミズキ──くらいである。

 そして今回は後者であった。未だに格ゲーで連敗しまくったゲーマーの如く打ち震えているそれには流石に関わりたくない。

 目が合う前に退散しようと踵を返せば、

 

「なぁに逃げようとしてんのよぉ、比企谷ぁ~」

 

 ガッ! と気持ち強めに掴まれた。いや気持ちどころじゃないわ、俺のキュートな肩がギチギチ鳴っちゃってるんだけど?

 俺が高校生球児だったら危うく選手人生を終わらせられそうな握力だった。

 あまりにもビビってしまい、震えながら怨霊の方へと振り返る。

 ……こうして間近で見ると怨霊感が多少は薄れるな。制服でも無ければドレス姿でもないが、如何にも大人のお姉さんといった格好の彼女は、確かに美女言って差し支えないだろう。

 道端で偶然美人なお姉さんと出会って絡まれる。

 字面だけならラノベチックなラブコメでも始まりそうなものである。しかし悲しきかな、相手は行き遅れのアラサーだった。

 

「そりゃ道端であんだけ負のオーラまき散らしてたら避けたくなりますよ。何やってんですか、中原さん」

「アタシだって今頃こんなことしてる予定じゃなかったっつーの……!」

 

 キィーッ! と怒りをあらわにする中原さん。このままでは野生に帰った挙句、登った木をゆさゆさと揺らして周囲を威嚇し始めかねない。

 ハッキリ言って面倒な上にお腹が空いたので無視したいのだが、そうもいかないので話を聞くと、どうやら婚活パーティーの帰りだったらしい。

 そういうのって夜とかにやるものじゃないんだと思ったが、

 

「今は色々あんのよ。今日はカジュアルなティーパーティだったの」

 

 とのことであった。そういうのもあるのかと納得する。いやあ、大人は知識が豊富だなあ。

 

「喧しいわ、アタシだって別にこんなこと詳しくなりたくなかったわよ! ただねぇ、人ってのは社会に出たら自然と出会いがなくなんのよ。そしたら、ほら、こういう場に出なきゃいけないじゃない?」

「それで成果はあったんですか?」

「あったら今頃こんなところでアンタと喋ってないわよ!」

 

 見て分かれや! と叫ばれる。正しく見ての通り、凄惨な敗北をかましてきたらしい。

 平塚先生と言い、中原さんと言い、黙ってればこんなにも美人なのにな……。

 口を開けば残念なのが共通項だった。

 いつかそんな貴女たちを受け容れてくれる男性が現れますよ、とはちょっと言えなかったので曖昧な表情で濁すことにした。

 中原さんがはぁぁ~、という長々としたため息を吐く。

 

「それで、アンタはこんなところで何してんのよ。店、こっちじゃなくない?」

「いえ、今日はそっちじゃなくて、ラーメン食べに行こうとしてたんすよ」

「へぇ、ラーメン……良いわね」

 

 中原さんがキラッと赤縁の眼鏡を光らせる。怨霊にすら見えたオーラは既に消えつつあり、かなり人間らしさを取り戻していた。

 

「その口振りならもう店は決めてんでしょ? 良いじゃない、アタシも連れて行きなさいよ」

「まあ、俺は別に良いですけど。その、ティパーティー? とやらで食べたんじゃないんですか。太りますよ」

「じゃかあしいわ! 大体ねぇ、あんな茶と茶菓子だけで腹膨れるわけねーっつの!」

「さいですか……んじゃ、まあ行きますか」

 

 俺が先導する形で車道側を歩き、その隣を中原さんが歩く。

 

「アンタって散々ぼっちだなんだって言ってるくせに、そういう気遣いは出来るのね……」

「まあ、妹が優秀なんで。しっかり躾けられてんですよ」

「あー、小町ね。はいはい、納得だわ。アンタ、兄の威厳とかないもんね」

「残念ながら、比企谷家内カースト最上位は小町で、最下位は俺ですからね」

 

 因みに学校内カーストでも最下位は俺だ。言うまでもない? うん、そうだね……。

 しかし、小町は学校内でも最上位カーストに位置しているので、兄妹で上手くバランスが取れていると言っても過言ではないのではなかろうか。

 

「ま、確かにあの子は良い子よね。アンタと兄妹とは思えないくらい可愛いし」

「でしょう? 俺もつくづく思いますよ。自慢の妹です」

「そしてアンタは相変わらずのシスコンね……」

「千葉の兄妹ですからね」

 

 アンタは千葉を何だと思ってんのよ……と軽く引いた目を向けてくる中原さんだった。全く、これだから東京育ちは。

 分かっちゃないな、と肩を竦めるにとどめておいた。店に着いちゃったからな。

 とはいえすぐ入れる訳でも無く、少しばかり並びそうだった。俺はぼっち故に時間を潰すのは得意中の得意ではあるが、中原さんがどうか分からない。

 かと言って振れるような話題も無かったので、少々考えた後に「まあ良いか」と切り捨て益体のないことを考え始めた。

 

「こういう時に女性を退屈させないのが良い男ってもんよ?」

「流石、良い男を逃してばかりの人が言うことは違いますね」

 

 きぇーっ! と野生に帰る中原さんだった。俺の頭にチョップを落とし、「次はないわよ」みたいな顔をする。

 次も何も既に一撃落とされてんですけど……。何? 次は殺されちゃったりするのん?

 中原さんならやりかねないな、と身構えてしまった。

 

「馬鹿ね、素人がアタシに勝てるわけないじゃない」

「プロなんですか……!? 人殺しの!?」

「そうよ? これでどんな男もイチコロだったんだから」

 

 パキューンと手で作った銃で撃つ振りをする中原さん。ちょっと年齢を考えて欲しかった。

 露骨にそんな顔をすれば鋭く足を蹴られる。錦木の暴力癖ってもしかしてこの人から伝染したんじゃねぇの? ってくらい痛かった。

 

「でも、意外ね。比企谷ってあんまり外食とかしないんだと思ってたわ」

「何言ってるんですか、リコリコにだって結構行ってるでしょ」

「うちはまた別じゃない? そもそも初めて来た時がちょっとイレギュラー気味だったわけだし。そう考えると、外食ってより外に出てるのが珍しいって感じかしら」

「俺は引きこもりかなんかかよ……」

「実際、似たようなものでしょ? ヒッキー♡」

「うぜぇ……」

 

 特に錦木の声真似がちょっと上手かった辺りかなりイラついた。確実に練習してただろ、アレ。

 俺も雪ノ下の真似をしていただけに同族嫌悪を発生させてしまった。仕方ないね、ぼっちは基本的に馴れ合わない生命体だからね。

 というか別に、俺は外出が嫌いではない。何なら喫茶リコリコを見つけたように町の散策自体は好きな方だ。

 知らない店とかも開拓できるしな。ぼっちは単独行動が基本なので怪しげな店も冒険できるのでオススメだ。

 

「たまには千束とかも連れて来てやったらいいじゃない、喜ぶわよ~?」

「いやあいつ基本的に仕事でしょ……仕事中に何故か外出が許されてるのがおかしいんですよ」

「言われてみればそうね……」

 

 慣れっこだからもう誰も言わなくなっちゃったのよねぇ、とか他人事のような口振りで語る中原さんであるが、この人も仕事中に酒を飲んでいたりするので他人事では全く無かった。

 どうなってんだよあの喫茶店。ちょっと自由すぎんだろ。

 

「でも許されてるんだし? 役得よ、役得。千束もアンタのことは気に入ってるみたいだし」

「……ま、機会あれば考えるよう、前向きに努力するよう善処しますよ」

「欠片もやる気を感じられないわね……アンタらしいと言やアンタらしいけど」

 

 ちょっとは千束のことも考えてやりなさいよねーとか言い出す中原さんであった。何を考えろってんだよ……。

 錦木の場合、ちょっと距離感がバグっているだけで、基本的に俺達は客と店員だ。良くも悪くもそこを逸脱することはない。あってはならない。

 思い違えてはいけないし、ましてや勘違いなんてしたら最悪だ。

 適切な関係は適切な距離と適切な感情があってこそ保たれる。

 どちらかが傾きすぎてはいけない。もしそうなったとしたら、結局痛い目を見るのは自分自身なのだから。

 

「自己保身にかけては最硬よね、アンタ」

「誰も俺を守ってはくれませんからね、俺だけが俺を守ってあげられる……!」

「何なのよその使命感は……」

 

 少々引いたような目線を受けながら列を進み、ようやく店内へと入る。 

 サクッと互いに食券を購入してカウンターへ。

 

「ハリガネで」

「はり……えっ? 何? 呪文?」

「こっちの人は普通でお願いします」

 

 あいよ! という店主の声を聞きながら、訝し気な目を中原さんが向けてくる。

 中原さんはあまりラーメン屋には来たことがないようだった。居酒屋には死ぬほど出没してそうなのにな。

 

「麵の硬さですよ、色々指定できるんです」

「へぇ、来慣れてんのね」

 

 言葉を交わしたのはそれっきりで、丼が来てからは一心不乱に麺を啜り、スープを味わい、各種トッピングを楽しむ時間へと突入した。

 うーん、美味しい。やっぱりとんこつ味噌だよな。

 こってりとした油と極太の麺、それにがつんと濃いスープが絡んだ最高の一杯である。

 さくっとお腹を満たし、揃って店を出る。んーっと背を伸ばした中原さんに話しかけられた。

 

「さっきの話だけど」

「さっき?」

「千束と遊ぶとか遊ばないとか言う話よ」

「ああ……」

 

 いや別に遊ぶ遊ばないの話ではなかったような気はするが……。

 まあ良いだろう、と寛大な心で流す。

 

「つまり、仕事中じゃなきゃ良いのよね?」

「え? あー、まあ、そうなりますね。プライベートで会うことはなさそうですけど」

 

 俺が錦糸町に来る理由なんて、それこそリコリコにでも行くかと思った時くらいである。

 プライベートでの行動範囲が特段被ってないんだよな、多分。

 そりゃ都市部に行くことはあるが、あそこは人が多すぎるので偶然会うなんてことは滅多に無いし。

 予定を一緒に立てれば問題ないだろうが、そもそも俺は錦木の連絡先とか知らないからな。何なら知らないままで良いまである。

 飽くまで俺達は客と店員だ。それ以上でも無ければ、それ以下でもない。

 

「まどろっこしいわねぇ、良いじゃない。どうせアンタら子供なんだし、休みの日に遊ぶのも思い出になるもんよ~?」

「はぁ……そうですか」

「思ってたよりドライな反応するわね……」

「生憎、誰かと出かけるってことを鮮明にイメージできないんですよね」

 

 昔から単独行動が多かった俺である。集団で動く時は影を消し、存在感を消し、最後方を歩いたものである。なので誰かと出かけること自体、拒絶感があった。

 二人で行動するってなったら、大体の場合小町だしな。

 

「そういう偏屈な物の見方も多少は改善されるでしょうし、オススメよ。つーか学生の内に相手は見つけておくべきだわ、絶対に……」

「うわっ、情感込めすぎでしょ」

 

 かなりおどろおどろしい気持ちの込められた一言だった。重すぎるだろ。

 経験が反映され過ぎてて軽く受け取れない呪いの言葉になっちゃってるよ。その内、呪言使いとかになっちゃうんじゃねぇの?

 

「大体、休みも何もリコリコほとんど休みないでしょ」

「そこは、その、なに? シフト調整したりするわよ。多分」

「何で働いてる人が分かってねぇんだ……」

 

 大丈夫? あの店本当に大丈夫? 実は超ブラックなんじゃないの?

 休みと言えば、年齢的に錦木も井ノ上も夏休みだろうし、そんな様子が欠片も見受けられないし……。

 喫茶リコリコの謎は深まっていくばかりだった。

 

「まあ、何て言うの? 人の好意は素直に受け取っても良いんじゃないのって話よ。アンタら、子供なんだから。子供らしくおままごとしてアタシを楽しませてちょうだい」

「最終的には自己中的な理由が来るのが行き遅れる理由なんじゃないですか?」

「余計なお世話よ! ったく、何でアタシがこんなこと言ってんだか……」

 

 ガラじゃないのよ、なんて良く分からんことを言いながら頭をかき、それから「はぁ」と息を吐く。

 

「まあ良いわ。とにかく、今日は悪かったわね、ありがと。美味しかったわよ」

 

 んじゃね~、なんて軽い言葉と共に中原さんが背を向ける。

 カツカツと歩いて去って行く背を見ながら、一つ思った。

 

「昼済ませたら行くつもりだったんだけどな……」

 

 この流れで後を追うのもアレだ。

 今日は家でゆっくりしろと神様が言っているんだなと思い、駅へと足を向けた。

 

 

 

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