やはり俺の行きつけがリコリコなのはまちがっている。 作:百合の間に八幡挟む
ヴィーッ、ヴィーッというスマホから鳴る音で目を覚ます。
夏休みという、学生にだけ与えられた超特権の長期休暇に馴染み切ってしまった我が肉体は更なる惰眠を求めていたが、俺のスマホが鳴ることなんてそれ自体がもう珍しい。
とはいえアマゾンの発送メールだろうが……これで小町か親からの連絡だったら無視するわけにもいかないからな。
パッと画面を見れば、『ち・さ・と♡』という名前の謎の人間から大量のメッセージが届きまくっていた。電源ボタンを押して、そっとスマホをスリープ状態へと戻す。
ふぅ、これで良し。全然知らない人からのメッセージは無視するに限るからな。
いやあ、LINEってやつもメールと同じで迷惑メッセージとか飛んでくるんだな。
恐ろしい時代である、俺のアカウントのIDだったりなんだりってのもネットに放流されているのだろうか……。
怖くて夜しか眠れないぜ、と布団にもぐり直せば再びスマホが鳴った。例の『ち・さ・と♡』とかいう人間からである。スタンプが連打されており、否が応でもスマホは鳴りまくっている。ので、そっと枕の下へと押し込んだ
今時の迷惑メッセージを送ってくるやつってのは随分とアグレッシブなんだな。
くわばらくわばら。十字とか切りながら二度寝の態勢へと入る。
再びスマホが鳴った。何なんだよ、いい加減諦めろよと思えば電話に切り替えたらしい。
見なくても分かる。先程と同じ、『ち・さ・と♡』とやらからだろう。
でもなー、全然知らん人だからなー、連絡先とか交換した覚えないからなー。
……いや、マジで何であいつ俺の連絡先知ってんの? 怖いよ、かつてないほどに怖いよ!
何なら軽いトラウマになりそうな怖さだった。あいつは俺の何なの?
俺の個人情報を他人に提供することに定評のある我が妹、小町も今年は受験生だ。家での勉強に励んでおり、この夏は一度もリコリコに足を運んではいない。
要するに、俺の連絡先が割れる訳が無いのだが……。
まあ、あの喫茶店だしな。
普通の喫茶店に見えて、そのくせ何だかファンタジーとかが混ざってそうなあの喫茶店である。そういうこともあるだろう。
仕方ないので電話のコールが切れた頃合いでスマホを取り出し、メッセージを確認する。
顔文字絵文字スタンプの連打で「何これ新手の暗号? あるいは新言語?」と思ったものの、解読できる部分のみ流し読みすれば、どうにも「一緒に出掛けよう」といった内容だった。しかも今日。
なるほどなあ、と独り言ちながらシームレスに電源を落とす。冷静に考えたら親からの連絡とか無視しても小町の方に行くだろうし、その小町も絶賛お家で勉強中だ。
そしてそれ以外から連絡が来る可能性のない俺にデメリットは無かった。あー! ぼっちで良かったー!
綺麗さっぱり悩み事も解決したところで、気分も晴れやかになったので起床することにした。
トントンと一階へと降りればリビングには小町の姿が。勉強していたようだが、格好自体は寝間着のままらしく、俺のおさがりのダボダボTシャツを下着の上に着ただけだ。
これが親父か母ちゃんであれば小言の一つや二つ言ったかもしれないが、俺としては別にどうでも良い。見慣れているし、今更だ。
そこに何か特別な感情を持つこともないし、何なら下着がその辺に落ちてても「布だなあ」しか思わないほどである。現実の妹なんてこんなもんだ。
「あ、お兄ちゃんおはよう」
「おう、そっちは勉強中か?」
「ん~、今は休憩中~」
「そうか、それなら何か飲むか? 生憎今はMAXコーヒーしかなかったと思うが……」
「お兄ちゃん、アレ箱買いしすぎだよ……。牛乳あったと思うから、それお願い」
げんなりとした様子で見てくる小町だった。やれやれ、MAXコーヒーの良さが分からないなんて、小町もまだまだだな。
いつかしっかりと布教しなければならないだろう……。そんなことを考えながら冷蔵庫を開き、MAXコーヒーを一本、牛乳を一本取り出しコップに注ぐ。
「ほい」
「ほいさ」
コップを渡し、二人並んでゴクゴクと飲み干す。ぷはーっ! やっぱり寝起きのMAXコーヒーは最高だな!
身体の隅々まで糖分が行き渡り、全身が活性化されている様な感覚すら覚える。
今日はこれから二度寝してゲーム三昧しても良さそうな具合の良さだ。
「そこが出かけるとかじゃない辺り、お兄ちゃんだよね……」
「まあな、星座占いもしし座が最下位だったし、今日は出ない方が良いんだよ」
「お兄ちゃんってしし座だったんだっけ?」
「ちょっと? 小町ちゃん? お兄ちゃんの誕生日も忘れちゃったの?」
まあ、クラスメイトにはそもそも忘れられるどころか、認知すらされなかった俺である。
この手のダメージには慣れ過ぎて最早ノーダメージと言って良い。因みに俺の誕生日は8月8日だ。
こうやって偶に再確認しないと、自分でも忘れちゃいかねないんだよな。
「んー、でもねお兄ちゃん。小町はお兄ちゃんにお願いがあるのです」
「何だ? 残念だが俺は理数系は死んでるから教えられないぞ」
「いや、うん、お兄ちゃんにそこは期待してないから……。そうじゃなくってね、問題集を買ってきて欲しくって」
「ほう……」
率直に言えば珍しい。だが、勉強にここまで精力的なのは疑う以前に褒めるべきことだろう。
何せ小町は基本的に馬鹿だ、それだというのに問題集が欲しいだなんて言い出すのは相当本気である証左である。
ここは兄としても協力せざるを得ないだろう。
「仕方ねぇな、何が欲しいとか決まってんのか?」
「そこをお兄ちゃんに選んでもらおうかと思いまして!」
「おい……」
大丈夫? 本当にその辺俺に任せて平気なの? ねぇ……不安になってきちゃったんだけど……。
「英語系の買ってきてくれたら文句はないよ」
「ん、そうか」
それなら俺でも役に立てるだろう。
短いやり取りをしてから、あれこれと手早く身支度を済ませ、ついでに欲しかった本なんかも脳内にリストアップする。
玄関で靴を履きながら、見送りの小町へと声をかけた
「じゃあ、行ってくるわ」
「はーい、行ってらっしゃーい! あ、帰りは遅くても大丈夫だよ! 何なら朝帰りでもオッケー!」
「はいはい……」
この子は本当に兄を何だと思ってるんですかね……。
大体、幾ら暇を潰すのが得意中の得意な俺とは言え、朝まで耐えるというのは……いや、出来なくもなさそうではあるが。
見ようによってはこれ、体の良い文句で追い出されただけなんじゃないだろうか……。ち、違うよね? ねっ? 小町ちゃん?
益体もなくそんなことを考えながら家を出る。
瞬間、
「ヒッキー、おっそ~い」
という間延びした、実に俺を非難するような声が飛び掛かってきた。真正面から。
見慣れない私服に身を包んだ、やたらと見覚えのある少女によって。
はぁ?
「……錦木、お前何でここにいるんだよ」
「え? だってほら、言ったでしょ? デートしようぜ☆って」
「見覚えがねぇな」
「平然と嘘を吐く!? 既読めっちゃついてんぞぉ~!?」
「うぜぇ……」
おいおいおい~っと小突いてくる錦木だった。何でこいつがここにいて、しかも俺を待ち構えているんだよ……。
意味が分からねぇ、と言うほどではなかった。俺も馬鹿ではない、ここまでくれば小町の根回しであろうことは最早明白である。
くっ、卑怯だぞ……! 小町に頼まれたら不承不承でも出かけてしまう妹への愛情を利用しやがって……!
連係プレーまでされたら打つ手なしに決まってんだろ。
「初めに言っとくが、俺に集ろうとしても無駄だぞ。小町の問題集を買ったら残るのは500円程度だ」
「集ることすらできないじゃん!? でもね、ふっふっふ、安心したまえよ八幡くん。この千束様を何だと思っているのかね?」
「変なストーカー?」
「だぁれがストーカーだ! まったく……来る日も来る日もリコリコの看板娘として活躍している千束様は今や軽い富豪なのだよ、この意味が分かるかね?」
「へえ、そいつは良かったな。じゃ、またな」
「あぁん、もうヒッキーってばドライすぎぃ~。良いじゃんかよー、今日は私と遊ぼうよぉ~」
駅へと向かい始めた俺の周りをウロチョロとする錦木に、小さくため息を吐く。
このまま放置しても良いが、人通りの多いところに出たらやたらめったらと目立ってしまうだろう。
それはあまりよろしくない。ただでさえ、こいつの見た目は相応以上だし、言動の喧しさも相応以上だ。
「分かった、分かったから派手に動くな、目にうるさい。今日はお前に付き合えば良いんだろ」
「さっすがヒッキー! 話が早い!」
「つっても、小町の問題集の他にも、俺も欲しい本があるしな……海浜幕張駅とかで良いか?」
「良いよ良いよ~。ていうか私、そっちは行ったことないから楽しみかも」
「へぇ、何か意外だな」
錦木は見ての通りの陽キャである。騒がしいところ、派手なところは飽きるほど足を運んでいるんだと思っていたのだが、そうでもないらしい。
まあ、それならそれで都合が良い。下手をすれば今から目的地を決めて、プランを練ったりなんかしなくちゃいけなくなるところだったからな。
ぼっちを極めている俺には難しい。だが海浜幕張駅は行き慣れている俺でも時間を大いに潰せる場所だ──ショッピングモールはあるし映画もある。海も近いし夏はマリンスポーツが盛んで、近くでは花火も上がる。
初見であるのなら、半日なんて一瞬で過ぎ去ること間違いなしだ。
何なら二手に分かれて自由行動しても良いレベル。むしろ推奨したいまであるね。
「ま、ヒッキーが連れて行ってくれるならどこでも良いんだけどね~。あっ、今の千束的にポイント高いんじゃない?」
「なに? そのポイント制度流行ってんの?」
小町の影響力の高さに震えることしかできない俺だった。流石は小町、俺の妹とは思えないな。
俺にもそのくらいのコミュ力が備わっていたら良かったのだろうが……なんてことを考えながらも、他愛のない会話をしていれば駅前に到着。そこから並んでバスに揺られて十分程度。
海浜幕張駅に到着すると同時にスルスルと、ぼっち特有の回避スキルを全開に発動させて人混みを躱していれば、がっ! と手首を掴まれた。
「ちょ~っ、ちょちょちょい! ヒッキー、完全に私のこと忘れてない!?」
「おっと、悪いな。これまでの人生であまり誰かと出かけるってことをしてこなかったからよ」
「何て悲しい理由……今日は私がずっと傍にいてあげるからね?」
「変な優しさやめろよ……」
泣いちゃうだろうが。俺にあんまり優しくするんじゃない、と手を振りほどこうとしたができなかった。
え? 何こいつ、握力ヤバすぎない?
ちょっと数秒努力してみたが全然ほどけなかった。
スルリと手が伸びて来て、そのまま手を握り合う形になる。
「ちょっ、おまっ」
「こうでもしないとヒッキー、どっかにふわふわ行っちゃいそうじゃん?」
「人を風船みたいに言うんじゃねぇよ」
「実際、風船みたいなものでしょ?」
「どういうことなのそれは……」
俺の抗議は露知らず、ニヤリとした笑みを向けてくる錦木に抵抗を諦める。
こうなってしまったらもう何をしても無駄だ。同年代の女子に力で負けるのは、些かながら悲しくはあるが仕方ないだろう。
こいつ、超スポーツマンだからな。
運動と言えば体育くらいしかしていない俺である、負けるのも道理と言えば道理だった。
「……人混みに呑まれてる間だけだからな」
「分かってる分かってる♪」
随分とご機嫌な様子の錦木を連れて、アウトレットモールの方。お買い物特化なエリアの方へと進んでいく。
前述の通り、人を避けるのが得意な俺ではあるが、意外なことに錦木も、俺と同じかそれ以上くらいには人を躱すのが上手だった。
流石は人の多いところを良く好む習性のある人種である。
陰キャを極めた俺と、陽キャを極めた錦木。もしかしたら行きつく先は同じなのかもしれない……。
これが陰陽道、か。
死ぬほど下らないことを考えながらモール内へと入る。
「おっ? ヒッキー。あれヒッキーに手を振ってるんじゃない? 知り合い?」
「は?」
何言ってんだお前、と目を向ければロングコートに身を包み、黒ぶちの四角い眼鏡をつけた、少々ぽっちゃり気味の男性がいた。
キラキラと俺達の方を見ている……ように見える。なるほど。
「知らない人だな。うん、知らない。真夏にコートを着てるやつなんて俺の知り合いにはいない」
「それ絶対知ってる人の口振りじゃん!? わっ、凄い形相になってるって、ほら、ヒッキー」
「ばっかお前、あんまり見るな。呪われるぞ」
「怨霊の類なんだ!?」
まあ、ヒッキーもゾンビ並みに目が腐ってるもんねぇ、と囁く錦木だった。喧しすぎるだろ。あと近いし、耳に口元近づけるな。
そもそもあの真夏コート……材木座(学校ではよく体育でペアを組んでいる程度の知人。一応物書きを目指しているらしい。特徴は中二病であるということだ)の形相が変わったのだって、錦木がいるせいなのは間違いない。
今頃「この半端イケメンが!」「わ、我を裏切ったのか!?」等と内心叫んでいることだろう。マジでめんどくさいんだけど?
とはいえ、あいつの目的地はゲーセンだろうし、この先出会うこともないと考えられる。
無視してオーケー。一つも問題は無い。
「つーかお前、そろそろ手離せ」
「えー? 良くない?」
「ダメだ。そもそも歩きづらいだろうが……」
言えば、「えー、良いじゃんかよー」なんて言いながら手を離される。ふー、やれやれ。
少しだけ手に残った温もりを振り払うようにして、本屋へと突入した。
コミックだったり、ラノベだったりの場所は分かるんだけどな……。
問題集の類がある棚が何処か分からず、少しだけ呆然としていればクイクイッと手を引かれる。
「折角だし、一通り周らない? ついでに私、ヒッキーのオススメの本とか知りたいな~?」
「お前、普段本とか読むタイプかよ……」
「おぉっと~? もしかしてだけどヒッキー、私を馬鹿だと思ってない!? 全然読むから! 何なら映画とかめっちゃ好きだし!?」
「映画は関係ねぇだろ……」
それはただのお前の趣味だ、なんて言いながらも提案には頷いて、二人で本屋を回る。
本は好きだし、本屋も好きだ。居心地が良い。
それに、物語に触れるというのは存外心地が良く、視野を広げてくれるものだ。
そういえば、以前はここで雪ノ下に会ったっけか。完全に無視どころか、目が合って数秒経ったにも関わらず無言で去られたが。
流石の俺も一言くらいあって良かったんじゃないの? とか思うレベルだった。
「んっ、ヒッキー。私といる時に他の女の子のこと考えるのはマナー違反だぞ~?」
「何で分かるんだよ、なに? エスパーなの?」
「女の子は皆エスパーなんだ……ぜっ☆」
「そうかよ……」
言いながら本を一冊抜き取る。題名は『こころ』。言わずと知れた夏目漱石の書いた小説である。
「ほれ、俺からのオススメだ」
「ほほぅ、因みにどの辺がオススメなの?」
「そうだな……絶対的なぼっち小説って辺りがオススメポイントだな」
「絶対嘘だ!? しかもそれ、絶対にオススメポイントじゃないよ!?」
キャンキャンと喚く錦木であったが、文句は読んだ後にでも言ってもらおうかと押し付ければ、不思議にも嬉しそうに表情を崩した。
良い心がけである、これを読んで少しでもぼっちの気持ちを分かって欲しいところだな。
くひひっ、と笑った錦木が俺を見た。
「ヒッキーからのプレゼントとか初めてじゃない? 嬉しい、嬉しい」
「なにナチュラルに集ろうとしてんだよ……」
さっき自分で懐は暖かいとか言ってたのは嘘だったのかよ……。仕方ないのでひょいっと『こころ』を取り上げてから、既に捕獲していた欲しかった小説の上に重ねる。
まあ、ああは言ったが俺も余裕はある方だからな。一冊くらいであれば、どうってことはない。
「いやいやいやっ、悪いって。ヒッキー!」
「あん? 別に良いって、こんくらい。ただ……そうだな。負い目があるなら今度サービスしてくれや、小町に」
「それは小町ちゃんなんだ!?」
「当たり前だ、千葉の兄妹をなめるなよ」
「千葉って言っとけば何でも通ると思ってない!? ……でも、ありがと」
「……おう」
ほんのりと頬を赤らめた錦木に、何でかこちらまで照れてしまう。
何なら再び握られた手を振り払えなかったレベル。これは物理的な意味合いなんですけどね?
「へへっ、ダメ?」
「ダメっつーか、邪魔だ」
言えば露骨にしょんぼりと肩を落とす錦木。
それを眺めて数秒、今日何度目かのため息を吐いた。
「まあ、何だ。会計済ませたあととかなら、良いんじゃねぇの。今日は休日だし、人も多いしな」
「っ! う、うん! さっすがヒッキー、わかってるぅ!」
「いきなり喧しいなお前は……」
ようやっと見つけた問題集を、検索しながらも二人で吟味し一冊選び抜く。
手早く会計を済ませて、店を出れば錦木が満面の笑みを向けながら手を差し伸べてきた。
「夜はこれからだよ、ヒッキー。今日は寝かさないぜ~?」
「まだ真昼間だろうが……」
お前の夜判定はどこからなんだよ、とツッコミを入れる前に手を取られる。
どうにも遊ぶ気自体は満々らしいが、当然ながら朝帰りするつもりもない。
なるべく早めに解散したいなあ、という思いは届くはずもなく、奔放に歩き始めた錦木に連れられるように歩き始めた。