やはり俺の行きつけがリコリコなのはまちがっている。   作:百合の間に八幡挟む

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やはり彼と彼女は移ろう季節の中にいる。

 

 8月が終わりを告げて、9月がやってくる。あれほど傍にいて、俺を優しく包んでくれていた夏休みという名の長期休暇は過ぎ去ってしまい、いつも通りの学生らしい日々が戻ってきた。

 少しだけ肌寒くなった外を歩くと、あれほど鬱陶しかった蒸し暑さにも少しだけ懐かしく、感慨深さを感じるというものである。

 終わったんだなあ、夏……。

 そして儚く短い秋とご対面という訳だ。いやね、四季とか言うくせに秋だけいつも短すぎじゃない?

 温暖化の煽りを受けているのか急に夏に戻ったりするし、かといって油断していたらいつの間にか冬になっている。

 秋とはそういう、移ろう季節だ。

 他の季節と比べて肩が狭いことだろう。

 とはいえそんな秋も、人間様にとっては愛されやすい季節である。羽虫は減るし、過ごしやすい季節になるからな。

 読書の秋だったり、食欲の秋だったりと色々と都合のいい女ばりに使われる季節とも言える。

 しかし悲しいかな、俺は総武高校の学生であり、総武高校の秋と言えば即ち、『文化祭の秋』であるのだった。

 

「それで、ヒッキーはめでたく実行委員に選ばれちゃった訳だ!」

「全然めでたくねぇ……むしろいたわしいんだよ」

 

 何なら惨たらしい仕打ちを受けていると言っても良いレベル。信じられますか? 俺がちょっと保健室で休んでる間に勝手に決められてたんですよ?

 確かにテキトーな役職で良いとは言ったが、それはこう……もうちょっとどうでも良いような役職であるべきで、文化祭実行委員なんて大役はもっと出来るやつがやるべきだろう。

 よりにもよって何故俺なのか……。決めたのが平塚先生だからですね、はい。分かります。

 

 まあ文化祭ってのは基本的にクラスで準備をしていた方が楽しいと感じる連中の方が多い。時間ギリギリまで決まらず、仕方なく俺をぶち込んだという事情であった。

 席を外して任せていた以上、文句を言える訳も無い。

 とはいえ愚痴くらいは言いたくなるというもので。

 これからは暫く来れないであろうことも加味して寄った喫茶リコリコで、これまたいつものように絡んできた錦木とダラダラ会話しているのであった。

 いや仕事しろよ──などという小言はもう今更である。今は俺以外の客といえば、熱心にキーボードを叩いてる人と、熱心に漫画を描いている大人の二人くらいだしな。

 

「ていうか、それならヒッキー忙しいんじゃないの? 大丈夫? もしかして……サボり!? だとしたら許さないぞぉ~?」

「何でお前が許さねぇんだよ……俺の役職は記録雑務だからな、現段階じゃあんまりやることがねぇんだよ」

 

 今のところ判明している作業と言えば、文化祭当日に各出し物の様子だったりを写真に撮るくらいなもので、それ以外の作業が無い。

 お陰で役割分担の時とか積極性の墓場みたいになっており、自己紹介時ですら沈黙が大半を占めていたレベル。

 まあ、それも副委員長に就任することとなった雪ノ下により、多大な作業が振られることが予想されるのだが……。

 どうして俺ってばこう、意図せず社畜の道を進んじゃうのかしら……。

 

「ただまあ、そういう訳だから、今月は此処に来るのはこれが最後だろうな」

「うっそ、そんなに忙しいものなの?」

「ま、良くも悪くも一大イベントだからな──っつーか、お前のところもそうだったんじゃねぇの」

「えっ? うーん、確かにそうだった……かも?」

「何で疑問形なんだよ……」

 

 それともあれか? 楽しいって気持ちが先行しすぎて忙しいとか感じたことがないタイプなのか?

 確かに錦木は絵に描いたような陽キャであるので、そうだと言われても納得ものではあるのだが……。

 ま、この辺は学校にも寄るか。

 盛大にやるところと、大人しめにやるところがあるものだ。

 大体の場合において、生徒数に左右されがちなところがある気はするが。

 

 その点で見れば、まあ総武高校の文化祭というのはそれなりに派手なものであるのだろう。

 学内だけでなく、有志なんかも募集して地域を丸ごと巻き込んでる訳だしな。

 生憎どれほどの盛り上がりになるのかは、俺は良く知らないのだが……去年の文化祭とか教室の隅っこにいただけだからな、俺。

 退屈だなーとか思ってた記憶しか残ってない。

 

「……その有志ってさ、私たちみたいな部外者でも出られるものなの?」

「は? ああ、まあ……出られなくはない、のか? つっても、完全な部外者ってのは無理だな。PTAだとか、OBOGだったりだとか、そういう繋がり限定だ」

「そっかぁ~、そうだよねぇ……」

「何ガッカリしてんだよ、ちゃっかりうちの文化祭に参加する画策してんじゃねぇ」

「えぇ~、だぁってさぁ、文化祭だよ!?」

「理由になってないんですけど……」

 

 自分の学校ではっちゃけろよ、何で人の文化祭を隅から隅まで楽しみつくそうとしてんだ。

 楽しめそうなところを発見したら一目散に駆け付けるような女であることはもう理解しているが、流石に節操がなさすぎるだろ……。

 そのパッションをもうちょっと自校に向けてやったら良いんじゃないのかな、と思った。

 井ノ上もそうなんだが、どうにもこいつら自分の学校があんまり好きじゃない……というか、興味がないっぽいんだよな。

 俺みたいなぼっちでもあるまいし、もっと楽しんでも良さそうなものである。

 

「ま、そんなに来たいなら一般客で来い。二日目から一般公開だ」

「本当!? 良いの!?」

「良いっつーか、好きにしろって話だ。うちは招待チケットとかいらないから、自由に出入りできるんだよ」

「ぃやったー! ね、ね、ヒッキーのクラスは何やるの?」

「『ミュージカル 星の王子さま』だ」

「なんて?」

 

 聞き間違えたかもしれない、みたいな顔をする錦木だった。残念ながら聞き間違いではないんだよなあ。

 因みに脚本自体も原作をかなり曲解したものとなっており、大分こう……腐女子寄りのものとなっていた。そうだね、概要を作ったのが海老名さん(葉山グループの一人であり、由比ヶ浜の友人。特徴は腐女子であり、頻繁に俺と葉山を脳内カップリングしている変人なことである)だからだね。

 

「星の王子さまを題材としたミュージカル……ってよりは演劇をやるんだよ」

「へぇ、ヒッキーは誰の役やるの?」

「いや、俺は出ない。言ったろ、実行委員だって」

「あぁ~、ざんねぇん。ヒッキーが舞台に立つところ見たかったのになあ」

「俺が出たところで盛り上がるもんでもねぇからな、良いんだよ」

 

 むしろこれについては、実行委員で良かったと思ったほどである。その代わりに戸塚(クラスメイトの一人。本名は戸塚彩加であり、何度見ても同じ男性かと疑ってしまうほど可愛らしい次期テニス部部長である。多分別の世界線じゃ大天使トツカエルとか呼ばれているくらいには可愛いと俺の中で評判だ)が、『王子様役』となってしまったのだが……。

 『ぼく役』が葉山であるので、そこはかとない寝取られ感を感じる俺であった。

 

「寝取られって……ヒッキーって本当、その戸塚って人のこと好きだよね」

「ば、ばばばばばばっかお前、戸塚なんてじぇんっじぇ、全然好きじゃないが!? ちょっと見かけたら声かけたくなったり、遊びに誘われたウキウキで夜寝れなくなっちゃうくらいなんだが!?」

「それもうガチ恋なやつじゃん!?」

 

 おっしゃる通りだった。何なら夏休み中、遊びに誘われた時とか楽しみすぎて三時間くらい早く待ち合わせ場所に着いちゃったからね。

 今年の夏、一番楽しかった日と言えば間違いなくあの日になることだろう。

 まあ、途中から材……財津くん? に乱入されてしまったのだが。

 それも込みで悪くない思い出だ。

 

「ちょいちょい、私との思い出は~?」

「あ? あー、まあ、それも悪くなかったんじゃねぇの。ぶっちゃけ、歩き疲れた記憶しか残ってないけど」

「ヒッキーが体力なさすぎなんだよぉ~……あっ、これからちょっと散歩とかしない? 良いでしょ!?」

「嫌に決まってんだろ」

 

 良い要素が欠片たりとも存在していなかった。だから俺はここに休みに来てるんだって言ってんだろ。

 何で再び出かけなきゃならねぇんだ。

 

「えぇ~、良いじゃんかよ~。ケチぃ」

「あのだな、大体お前仕事中だろ……」

「それは良いのー、今はお客さんもこの通りだし、暫く暇だし。それにヒッキーは暫く来れないんでしょ?」

「まあ、そりゃそうだが……」

 

 良いんですか? と目配せすれば、ニコリと笑う店長だった。

 この人本当、錦木の自由さを全部許容してんな……。

 親馬鹿ならず、店長馬鹿とでも言うべきなのだろか。

 他にも井ノ上やクルミやら、中原さんの方にも視線をやるが、特段こちらを気にすらしていなかった。嘘、中原さんだけ

 

『店でイチャついてんじゃねーよ!』

 

 とでも言いたげに恐ろしい睨みを利かしてきていた。

 こ、こえー……。

 思わず「ごごごごごめんなさい!」と俺が謝りそうになっちゃったんだけど。

 別にイチャついてないし、俺が困らされてるだけなんだけどな。

 これ以上ここでウダウダと言い合っていたら、それこそ物理的に襲われそうなものである。

 ま、何事も諦めが肝心だな。まだ少しだけ余っていたコーヒーをグイッと煽り、それから話しかけられる前まで読んでいた小説を鞄に仕舞う。

 

「じゃ、会計頼むわ」

「えっ、帰るの?」

「は? そうじゃなくて、付き合うっつってんだ。会計もせずに出る訳にはいかねーだろ」

「! さっすがヒッキー! ここは私の奢りで良い……ぜっ」

「結構だ、俺は養われる気はあっても施しを受けるつもりはねーからな」

 

 それに、そもそも今日頼んだのはコーヒー二杯だけである。その内一杯がいつも通りのサービスなので、実質一杯分だ。

 奢られるほどの金額でもない。

 ちゃっちゃと会計を済ませて店外へと出れば、素早く着替えてきた錦木が姿を現した。

 

「へへっ、お待たせ」

「特に待ってない。で、どこに行くとか決まってんのか?」

「んーん、ノープラン! でも歩いてるだけで楽しいし、放課後にぶらつきながら買い食いなんて、学生の特権だと思わない?」

「それもそうか」

 

 言って、のんびりと二人並んで歩き始める。

 夏と比べて日の沈みは随分と早くなっていて、既に空は紅く染まっていた。

 秋の色だ、と思う。

 夏と冬に挟まれ、いつの間にか来ており、いつの間にか去ってしまう秋が、俺は嫌いじゃない。

 だからこの、秋の訪れを感じさせる静かな肌寒さも割と気に入っていた。 

 

「すっかり秋だねぇ」

「だな、これからもっと寒くなるのかと思えば憂鬱だ」

「そーやってすぐネガティブな思考の仕方するぅ~、もっと前向きに考えてみないっ?」

「前向きつったってなあ」

 

 今のところ、直近であるイベントと言えば文化祭とか言う退屈な祭であり、その先にあるのは修学旅行だ。

 参ったな、あまりワクワクしてこない。

 

「ヒッキーって旅行嫌いなんだっけ?」

「いや、そういう訳じゃねぇよ。むしろ知らん場所に行くのは好きなまである。ただな、集団行動ってのが嫌なんだ」

「あー……ヒッキーの場合、グループじゃなくてグループ+1みたいになるもんねぇ」

「そういうこった」

 

 修学旅行の班というのは、大体が仲良しこよしな連中で組むものだ。しかしどこだってピッタリ班として成り立つ数でグループを組んでいる訳ではない。

 必然、俺のような異物が押し込まれる班が出来上がる訳であり、そこで微妙な気遣いだったりが発生するのである。

 で、それすらも無くなると今度は俺の存在がないかのように計画等が立てられ、そのまま出発……といった風になる。

 別にそれ自体に不満はない。だが、それが楽しいかと言われればそりゃ答えはノーだ。

 出来るのならば単独行動……いやいっそ一人旅にさせて欲しいまであった。

 

「それじゃあ今度、私と旅行に行っちゃう!?」

「何でそうなんだよ、話聞いてた? 一人旅が良いっつってんだけど……」

「だってさぁ、それってちょっと寂しくない? というか、私が寂しいよ」

「お前今無茶苦茶な主張してるんだけど自覚ある? ねぇ……」

 

 呆れた声を出す俺に、「分かってませんなあ」とでも言いたげに肩をすくめる錦木だった。何だこいつ腹立つな……。

 

「だぁって、ヒッキーに旅行行ってきたぜーって事後報告なんてされたら、私だって行きたくなるに決まってるでしょ!?」

「事後報告しなきゃ済みそうだな」

「それはダメっ。だからそう、私が一緒に行くことで解決な訳だよ。どう? 天才的だろ」

「天才的っつーか、ただの自己中だそりゃ……」

 

 ただ、まあ。下手にうるさい高校生と一緒に行くよりかはマシではあるかなと思った。

 錦木はやたらと明るく喧しいやつではあるが、空気は読めるし上手いこと人に気を遣える人間だ。

 一人で浸ってる時に邪魔をされることもないだろう。

 

「ま、錦木と行くくらいなら小町と行くけどな」

「出たよブラコン……そんなんだから、ごみいちゃんとか言われちゃうんだぞー?」

「ぐっ、痛いところ突きやがって……!」

 

 良いんだよ、あれは愛情の裏返しだから……だ、だよね? 小町ちゃん、そうですよね?

 

「何ちょっと不安になってんの……」

「うるせ、千葉の兄妹に死角はないんだよ。ついでに旅行はリコリコのメンバーで行け」

「おっ、名案だ! ヒッキーも一緒に来てくれれば完璧っ!」

「いやだから……」

 

 俺は一人で行きたいんだっつの、という言葉を呑み込んでしまったのは、きっと隣に並ぶ彼女が実に楽しそうだったからなのだろう。

 何の変哲もない、どこにでもあるような道だ。

 すれ違う人もいれば、同じ方向に歩む人だっている。

 特別なことは何一つない。そう見える予兆も前触れもなかった。

 だというのに、その瞬間俺の目には、錦木千束という少女が特別に見えてしまった。

 夕陽に照らし出された、普通の街中で。

 俺の隣で今笑う少女はきっと、最期までそう笑っているのだろうと、何となくそう思ってしまうほどには。

 ピタリと、身体も精神も止まってしまった──こういうのを、見惚れてしまったと言うのだろうか。

 

「おーい、ヒッキーどした? 生きてる? あっ、それとも何? この千束様に見惚れちゃったか~?」

「……ま、そうだな」

「へぇっ!?」

 

 素っ頓狂な声を上げた錦木を置いていくように、歩を少し早めた。

 はー、やれやれ。秋だってのに暑いな。

 緩やかに吹く秋風が、ちょうど良く色々と冷やしてくれる。

 やっぱり秋って最高だわ。

 クールダウンをしていれば、少しだけ走ったらしい錦木が隣に戻ってきた。

 少しだけ頬を染めた錦木は、少しだけ俺を睨んだのちに、「ふぅ」と笑うように息を吐く。

 

「私、秋って結構好きかも。だって、理由が作れるから」

「理由?」

「うん──ね、ヒッキー。私、手が冷えちゃったなー」

 

 こちらを見ずに、片手だけ差し出す錦木。それを数秒眺めてから、ふいと視線を逸らした。

 同時に、その手を取る。

 

「……寒くなってきたからな。次からは手袋なりしろよ」

「えへへ……うんっ」

 

 喜色に満ちた返事をした錦木が、強く握り返してくる。

 ……前言撤回。

 寒くなるってのも、悪くないもんだな。

 

 

 

 


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