「イレギュラーの俺に力を貸して欲しいんだ」
今の梨花ちゃんは俺に相談したことすら知らないだろう。タイムスリップの説明をするのは難しい。冬夜はタイムスリップの説明をして信じてくれるとは思っていなかった。
「・・・何を言いたいのですか?」
「梨花ちゃんにとって俺はイレギュラーなんだろう?俺は前原君を助けるには力不足だ。どうすれば良い?」
ここで前原君の名前を言っていいのか分からなかった。梨花ちゃんは明らかに目を見開いている。驚いているのだろう。
「それを知っているということは、覚えていますのですか?」
「・・・」
何を覚えているというのか。まさか梨花ちゃんもタイムスリップをしていて記憶を持っているということなのだろうか。
「答えて欲しいのです。なぜ圭一を助けたいと思っているのですか?」
「・・・前原君はおはぎの中に針が入っていると言って慌てるんだ。今はまだ起きていないけれど」
「そうやって私に話をしにきたということは、奇跡なのでしょうね。覚えている人がまさか貴方だなんて」
「もっと強い人なら良かったんだけどね。まさか俺がタイムスリップをするとは思わなかったよ」
そういうと彼女はタイムスリップね、と呟く。それを冬夜は気づかない。冬夜は今の彼女の姿に慣れておらず一瞬呆けてしまったのだ。もう彼女の大人びた雰囲気を何回か見たが、未だに慣れていない。
「前の俺は間違ったことをしてしまった。それは避けたい。だからこそどうすれば良いのか教えて欲しいんだ」
「・・・今回圭一は惨劇を起こさない」
それは一体どういうことなのだろうか。タイムスリップなのであれば同じようにおはぎ事件が起こるはずである。もちろん、俺が早く学校の講師になるという変化はあるが。しかし、冬夜にはもっと根本に関わるようなことまで考えることができない。深く考えたら理解できたのだろうが、それよりも古手梨花が言っている惨劇が起きないという言葉を信じて喜んだからである。
「それなら、もう大丈夫か。あとは安心して綿流しに備えるだけか」
「・・・」
梨花ちゃんは訝し気に冬夜を見るが、すぐに理解したらしい。
「そういえば貴方、前回は行方不明になっていたようだけれど、何が遭ったのかしら?」
「行方不明になってたのか!?俺は最後に梨花ちゃんと話をした後の記憶は全く無いんだ!」
確かにタイムスリップした理由は分からないし、あの後何が起きたのかすら分からない。分からないごと尽くしだった。それは梨花ちゃんも同じなのだろう、私に言われても分からないわ、と素っ気なく言われてしまった。
「貴方は貴方の思う通りに過ごせば良いわ。運命は既に決まっているもの」
それは重みのある言葉だった。そういえば前回の梨花ちゃんも諦めていた節がある。そして先ほどの発言からするに、俺は戦力外通告を受けたらしい。一度失敗してしまっていることが原因なのだということはすぐに理解できた。
このまま彼女に根掘り葉掘り聞くことはできないだろうと直感で理解する。それほどまでに彼女の目は濁りきっていたのだ。少し思考しようと空を見上げると、完全に日が傾き、そろそろ夜になるのではという時間になっていた。
「ごめんね、だいぶ時間が経ってしまった。そういえば北条さんはまだ帰らないのかな?」
「確かに遅いわね・・・」
古手梨花もどうやら北条沙都子の帰りが遅いことを心配しているらしい。このまま小学生が夜に一人で帰宅するというのは不用心だろう。
「北条さんのお家に行ってくるよ。雛見沢といえども、不用心にもほどがある」
「それなら私も行くわ。突然教師が訪問しても驚くだけでしょ。ほら、急ぐわよ」
完全に扱いは召使だが仕方ない。完全に暗くなる前に北条家に向かうべきだろう。冬夜と古手梨花は急いで目的地へ向かった。
北条家へ着くと、建物内から明かりが見える。どうやらまだ家にいたらしい。掃除がなかなか終わらないのだろうかと思ったが、何か様子がおかしい。
男の声がする。どこか聞いたことのある野太い声だった。冬夜は背中に嫌な汗がつたうのを感じる。横にいる古手梨花を見ると、彼女は明らかに慌てた様子だった。
冬夜はインターホンを押す。まさか強盗だろうか。いや、考えたくないということを捨てるべきだ。この声は間違いなくあの男に違いない。
「なんね、晩に来る阿呆は」
「すみません。雛見沢分校で講師をさせていただいております、地田冬夜と申します。北条沙都子さんはいますか?」
「あぁ!先生が何のようね。沙都子は今買い物に出とるんよ。今はおらんわ」
玄関から出てきたのは北条鉄平だった。葛西さんが雛見沢だけでなく興宮にすらいないだろうと言っていたのに、なぜこの男が今ここにいるのだろうか。今は本当に北条さんが買い物に出ているのか分からない状態だった。
「北条さんと本日進路の話をする予定だったのですが、一度ご帰宅されてから学校に来られませんでしたので・・・。今は買い物に出られているということですが、明日は通常通り学校がありますので―――」
「しつこいヤツじゃのう!今は沙都子はおらんっちゅうとるだろうが!」
ぐっと抑える。ここで何か行動しても北条さんのためにはならないと思った。腹の立つ男ではあるが、園崎家から追われているということを知ってなお居座り続ける根性はある。何かしらの秘策があるのかは分からないが、得策が思いつかない以上下手な行動は失敗に繋がると感じた。
「かしこまりました。それでは明日は放課後に北条さんと話をしますので、ご帰宅が遅くなることを承知いただきますようお願いします」
「あぁもううっさいんね!分かったわい!」
それを機に北条鉄平は玄関の扉を閉めた。これはすぐに葛西さんに連絡を取る必要がある。あとは誰に連絡すればいいだろうか、そう考えていると古手梨花は冬夜の服を握った。彼女も緊急事態であることを察しているようだ。
「もう、もう諦めましょう。今回は運が悪かったのよ」
「・・・」
もう全てを投げ出した彼女を見ていたたまれない気持ちで全身が支配される。脳裏に北条君の姿が映った。彼が叔母を殺めたように、このままだと誰かが悲しい目に遭うのではないかと不安になる。
すると足音がした。どこか力の抜けたような足音の方向に目を向ける。そこにいたのは北条沙都子。生気のない表情をした少女がそこにいた。
「沙都子!」
古手梨花は北条沙都子に抱きつく。その様子を冬夜は見ていた。手に持っているのは大きな荷物。ここ数日分の食事だろうか結構買い込んでいることが分かる。しかし顔には暴力を振るわれた痕が見つからなかった。それは虐待を疑われないように北条鉄平が顔には痕を残さないようにしているのかどうか分からない。
そもそも一つの可能性として北条鉄平が改心しているということも有るのだろうが、目の前の生気のない顔をされると、その可能性が霧散する。
その間にも二人は何かしら話をしていたようで、北条鉄平の機嫌を損ねないように早く帰らなければということだった。
「北条さん。明日の放課後時間をくれるかな。叔父さんには進路の話で帰宅に遅れることは伝えているんだけど」
「先生・・・。それは難しいかもしれませんわね。にーにーの・・・兄の部屋が・・・」
「地田。鉄平の機嫌を損ねると悟史の部屋が荒らされる可能性があるのです」
他人からしたら断わるほどの理由ではないと言うのだろうが、そこまでして二人が引き留めるということはよほど大事な事なのだろう。北条さんにとっては人質と同じような物であろう。
結局今の状況では打開する策を思いつけず、諦めて帰宅をするしかなかった。