公由さんとは話ができる距離で問題は無いのだが、魅音ちゃんの位置が分からない。鎖を最後まで延ばして確認するも、牢屋まではまだ更に距離がある。ただ、ここが地下にある施設でそこまで複雑な道ではないことは分かる。
「どうしたものか・・・」
「公由さん。とりあえずここから脱出するために、園崎詩音を刺激しないように考えていきましょう」
「何か当てはあるのか」
「おそらく警察は動いてくれているはずです。警察がここを見つけるまでは生き残りましょう」
希望的観測だった。誰にも連絡が取れず、希望に任せるしかない状態に嫌気がさす。問題なのは、三人で脱出できるかどうか。
まず冬夜の両手は杭が取られて自由になったものの、指が上手く動かない。右足は錠がかけられており、錠を確認すると鍵穴のような物がある。周囲を確認するが、鍵のような物は見つからなかった。
次に公由さん。公由さんの首にはロープがかけられており、両手両足も同様にロープで縛られていた。これなら時間はかかるものの公由さんは助けられるだろう。
最後に魅音ちゃん。これが一番難解だ。魅音ちゃんは拘束されていないものの、牢屋は鉄牢らしくこじ開ける事はできない。そして鍵で開け閉めするらしいのだが、その鍵は園崎詩音が持っているらしい。おそらく冬夜の足錠も持っているのだろう。
例えば、公由さんを助けて警察に行ってもらうとする。それが一番良いのだが、公由さんが警察へ行っている間に園崎詩音が戻ってきたら・・・。おそらく殺されるだろう。正直言って死にたくない。たとえループができるとしても死にたくない。
できればあと一人分人手が欲しい。手詰まりだ。
「捜査令状が出せないというのは、どういう事なのですか!」
古手梨花は大きな声を出す。今いるのは冬夜の自室。冬夜の祖母と大石、古手梨花と北条沙都子の四人はテーブルを囲んで話をしていた。
「上からストップがかかったんですよ。どうやら家宅捜索もさせてくれないらしい」
「それはどういう意味ですの?」
警察は二の足を踏んでいた。何も行動を起こせない状態なのである。現在興宮署でお上から捜査を中断するようにという要請が出ており、手足を封じ込められた状態である。園崎家の誰かが止めたのか、あるいは他の勢力が止めているのか、それを誰もが分からなかった。
「何か良い手はないのですか?」
「有るには有ります。ただ・・・」
大石はどこか言い辛そうにしている。後ろめたいことでもするつもりなのだろうか。
「例えば古手さん、北条さんが園崎家へ行き、そこで悲鳴を上げると我々警察も突入ができます」
以前の大石であれば、そのような囮ぐらい別に後ろめたく思うことはなかっただろう。それを変えたのは、やはり地田冬夜という人物の存在が大きい。定年が近づいていて連続殺人事件の真相を追えなくなる可能性がある今、それを託せそうな人は地田冬夜しかいなかった。そんな彼の前で良く話をしていたのは、警察魂について。警察の仕事の責務と強さを冬夜の前で語っていた大石にとって、今の囮作戦は外道にも近いことであった。
「かまわないのです。丁度お醤油が切れかけていた頃なのです」
「梨花ちゃま、そんな危険な事をしなくても・・・」
「冬夜には諦めない事を教えてもらったのです。ぼくはもう、諦めたくないのです」
それは運命に対しての宣戦布告であった。しかも、今回は古手梨花一人ではなく警察も付いているのだ。これだけでも大きく安心できる。
今の古手梨花に足りないのは協力してくれる仲間の存在だ。全てを話してと信じてくれる存在、そういった仲間を募る必要があるというのに、まさかこんな事態に陥るとは・・・。
「梨花、いつ行きましょう?」
「早い内に行きましょうです。夜だと上手く動けないので、明日の朝にしますのです」
「いや、夜にしましょう。醤油が切れたから貰いに来た。そう言って園崎家へ入ります。夜であれば、警察も暗闇に紛れて園崎家の敷地近くまで行けます」
なるほど、確かにその通りだ。それならば夜にでも動こう。そういって、古手梨花と北条沙都子は頷いた。
あれから何時間経ったか、もしかしたら夜になったのか。結局三人とも、誰もが脱出について妙案を思い付くことができなかった。いっそのこと、ここを閉鎖してみようかと考えたのだが、扉付近をよく見ると閂でもするかのような取手のようなものが付いてある。しかし、扉を完全に閉鎖するような物は見つからなかった。
この状況では、いつか三人とも死んでしまうだろう。そうやって辟易していると、突然扉が開いた。
扉の先には園崎詩音と北条沙都子の二人がいた。まさか捕まってしまったと言うのだろうか?
「沙都子ちゃん・・・?」
「子ども二人に暴れられてはいけませんから、牢屋に入れようかと」
状況が読めない。子ども二人?まさか梨花ちゃんもいるのだろうか?
しかし、目の前にいるのは園崎詩音と北条沙都子のみ。どこかで梨花ちゃんが殺されたというのか、それとも別の地下牢があって捕まっているのか・・・。
沙都子ちゃんは、見るからに項垂れたような様子をしている。しかし、どこか様子が違った。
目が、その瞳に移る目が燃えているのだ。位置的に園崎詩音は気づいていない。あの目は・・・つまり・・・。
まるで、全てを察したかのように冬夜は次にするべき行動を脳でシミュレーションなどせず、思うがままに身体を動かした。
目の前にいる園崎詩音を、この場で組み伏せることである。大の大人のタックルを食らい、園崎詩音は身体を地面に打ち付けた。
「冬夜さん!」
「俺はいい!公由さんと魅音ちゃんを!」
上手く動かない両手で全体重を乗せて園崎詩音を拘束する。
「くっ・・・この!」
「うおぉおおお!」
もはや言葉にすらならない取っ組み合い。園崎詩音は忍び込ませていたであろうスタンガンを手に、冬夜を昏倒させようとする。それは当然の如く冬夜は予見していた。
力の持てる限りを、スタンガンの持っている手を払い除けるために使う。それが功を奏したのか、スタンガンは手から離れ遠くへ飛んでいく。
ぐさっ
嫌な音がした。しかし、それを気にする暇はない。今は他の皆が逃げるのを優先しなければならないのだ。
ぐさっ
「早く逃げましてよ!」
「でも、冬夜さんが!」
「あの人は簡単には死にませんですことよ!早く!!」
ぐさっ
どうやら取っ組み合いをしている間に、うまく沙都子ちゃんが牢屋の鍵を開けたらしい。さすが沙都子ちゃん、前原君にトラップだとかの遊びをしているだけのことはある。
ぐさっ
ドンドン!と扉から音がする。誰かが無理矢理扉を開けようとしたいるらしい。誰か助けに来てくれたか。よかった・・・。のこるはりかちゃんだけ・・・。
ぐさっ
少し気が緩んだその時、先程からうるさかった音の正体が目に見えた。スタンガンを持っていた手とは違う、もう片方の手で、いつの間にか持っていたナイフを冬夜に何度も、何度も刺しているのだ。
もうもはや痛みなど感じない。すでに自分の身体は死んでいるのか、いや、死んではいけない。みんなのために、そして自分のために。
「確保!確保ー!」
遠くから大石さんの野太い声が聞こえる。まったく警察の人はいつも対応が遅いのは困ったものである。
「冬夜さん!冬夜さん!いかん、救急車呼べ!息が止まってるぞ!」
「冬夜!目を覚まして!私を助けてくれるのでしょう!?」
更に遠くから二人の声がする。この声は大石さんと梨花ちゃんか。そうか、梨花ちゃんが警察に助けを呼んだのか。
まるで夜更けに頭が虚ろになって、今ならゆっくり眠れそうだと確信が持てるほど、今は心地の良い気分であった。
沙都子ちゃん、鍵開けのスペシャリストですよね。U字ロックの鍵も開けられますし