時間は少しだけ遡り、古手梨花と北条沙都子は園崎家へ訪問した。監視カメラが園崎家周辺にあるが、それでも死角は存在する。闇夜に紛れて警察は少しずつ園崎家の敷地へ近づいていた。
古手梨花はインターホンを押す。少しだけ手が震えているのに気づいた。それを北条沙都子も気づいたのだろう、梨花の肩に手を置いた。
その何気なしにした行為が、古手梨花の心を奮い立たせた。もう逃げたくない、それを支えてくれる友達が、たった一人だけなのにまるで巨木かのような存在感を放つ。
『はい?』
インターホン越しに声がする。まるでその声は園崎魅音なのだが、それは違う。本当の鬼を背負った園崎詩音なのだ。
「みぃ、お醤油が切れてしまったので、分けて欲しいのですよ」
「・・・分かった。ちょっと待ってて」
上手く騙せただろうか?そんな緊張が脳髄を駆け巡る。今まで、園崎詩音が惨劇を起こした時、同じようにして園崎家へ侵入をしたことはある。何度も何度も挑戦して、しかし残念なことに返り討ちで死んでしまった。
そんな以前の状況とは違う。今回は悲鳴を上げるだけで良いのだ。
頭の中で、自身のやるべきことを反復する。間違えないように、間違えないように。
そう反復していると、犯人が入り口から出てきた。緊張で声が出ない。
「こんばんはですわ。突然で申し訳ないのですけれど、お醤油を分けてくださいませんこと?」
「み、みぃ」
沙都子が上手く伝えてくれた。これほどまでに自身は弱かっただろうか。何百年も生きてきたというのに、記憶を継承していない沙都子よりも心が弱いのだ。
「あぁ、それなら構わないよ」
まるで魅音のように話す彼女に、心底恐怖を覚える。一つでも失敗すれば、そこで皆死んでしまうかもしれない。
沙都子がいつものように語ったためか、園崎詩音は簡単に騙された。蔵にある醤油を一緒に取りに行くことになった。
三人が蔵へ向かう。どのタイミングで悲鳴を上げるべきか。そう思った瞬間、古手梨花に衝撃が走る。
スタンガンを押し付けられた。そう思った瞬間には古手梨花は大きく身体を震わせて気絶する。
「梨花!?」
「動くな」
沙都子は動揺し、気絶した梨花を助けようと動くが、それを制された。園崎詩音の手に持つのはナイフ。それを古手梨花に押し付けていたのだ。
「まさか御三家の一人がのこのこと来るなんてね。おかげで誘拐する手間が省けたよ」
「み、魅音さん。なんで・・・」
「命が惜しいなら、付いてきてもらおうか。っち!」
園崎詩音は古手梨花を無理矢理連れていこうとしたが、気絶した人間を担いでしまうと、目の前のクソガキに逃げられる可能性がある。早々に古手梨花を捨てる。クソガキも気絶させようか・・・。
「・・・!」
園崎詩音は目の前の現実に衝撃を受けた。まさか悟史君を追いやったクソガキが、古手梨花の前に助けるかのように立ち塞がったのだ。口を震わせて立つ姿に、どこか頼りなさを感じるものの、その目は違った。
悟史君と同じ目をしている。助けようとしている、あの優しい目を・・・。
園崎詩音は手に持つスタンガンを沙都子に押し付けず、言う。
「殺されたくなければ、大人しく着いてきてもらおうか」
「分かりましたわ」
古手梨花が目を覚ましたのは、意外とすぐのことであった。もう既に死んだしまったと思っていたのに、まさか生きているとは・・・。
「誰か!?誰か助けて!!」
古手梨花は声を出す。それを聞いて大石たち警察は敷地内周辺から一気に突入した。
「古手さん。大丈夫ですか!?」
「沙都子が地下に!」
気絶から目覚めてすぐのことだったからか、足取りがうまく動かない。しかし、それを無理矢理奮い立ち、大石と共に地下施設へ向かうのだった。
父と母は、勉強熱心な人だった。色々な参考書や本を買っては読ませる家庭だった。
「すまない、すまんなぁ○○」
父はよく謝る人であった。その理由は小さい頃は分からなかったものの、よく言っていた言葉を察することはできる。
「お前を生まれの悪い地で産ませてしまった・・・」
既に廃れたことである。この日本という地には、産まれた場所で良し悪しが決まることが昔あった。その地で産まれたというだけのこと。そして父も母も同じであった。
そしてそれが理由で苦労をしたからこそ、子どもには色々と勉強をさせて出世をしてほしいのだ。
子どもであった自分には、その理由は分からない。勉強は好きだった。良い点数を取れば父も母も喜んでくれた。それで良かったのだが、それでも自分は窮屈だと思っていた。
ある日のことである。田舎に住んでいる自分の家から離れた林の中。なぜ見つけたのか、そこには朽ちた祠があった。木で作られた祠は木の根や雑草が覆い、初見では祠とすら思えない。だが、自分は直感的にこれが祠だと分かったのだ。