状況は停滞していないものの一向に真相にたどり着けないことに焦りを感じていた頃のことである。突然大石さんから連絡があった。何か情報を得たのか、それとも前線を引くのか。指定された興宮のエンジェルモートへ向かった。
「冬夜さん、ここのケーキは美味しいですよねぇ」
「そうですね・・・」
正直に言うと、最近は食事を満足にとっていない。もちろん、食べなければ生きていけないために必要最低限は食べている。だが、それ以上の食事をするのを脳が否定して食べることができないのだ。
「何にします?」
「・・・ショートケーキとコーヒーを」
口から出たのは、いつも頼んでいた商品。そういえば長いことエンジェルモートはおろか甘味すら取っていない気がする。
少しばかりすると、頼んでいたショートケーキとコーヒーが運ばれた。大石さんはパフェを頼んだらしい。結構大きいパフェだ。
「ん・・・?」
「どうしました?」
いや、コーヒーを頼んだのだが、その横には大量のミルクとシロップが置かれている。そういえばブラックは苦手だから大量のミルクとシロップをいつも頼んでいた。店員は少しだけ冬夜を見て言った。
「冬夜さん、ですよね」
「え?」
思わず店員を見た。よく見るとエンジェルモートで長く働いている女性スタッフさんだった。鼻の下を伸ばして自己紹介をしたことがある。
「見た目がだいぶ変わって、見違えました」
そんな変わっただろうか。思わず頬に手を当てると、無精ひげのチクチクとした感触が掌に伝わる。何度も触ってみると痩せたのか、頬が少しだけこけているような気がする。確かに食事を余り取っていないから仕方がないかもしれない。
「ありがとうございます」
「な、なんで?」
「生きていてくださって、ありがとうございます!」
ヒュッっと息を吸った。生きている事を責めていた自分にありがとうと言われるとは思わなかった。唇がカタカタと震え、思わず涙が落ちてしまう。
「私は生きていて良かったんでしょうか?」
「えぇ、生きて良いんです。生き残った貴方がいることで亡くなってしまった方の無念を晴らせるんです」
生きていいと思うことは無かった。皆が死んでしまった中で、のうのうと生きている自身を強く呪っていた。時折ぺたぺたと聞こえる足音は、おそらく亡くなった皆があの世へと手招きをしているのだと、そう思っていた。そうか、そうなのか。
「ありがとうございます」
「おや、良い男の眼差しに戻りましたね」
「いや、少しだけ吹っ切れたのかもしれません。私は色々な人に生かされているんですね」
「そうです。そうやって支え合うのが人なのですから」
赤坂さんは『許す』ことを伝えた。南井さんを見ると自信を投影してしまいそうで怖かった。しかし、そうではないのだ。冬夜はそれを少しばかり理解した。誰もが冬夜を気にかけていたのである。
所詮ループをするのだから、自分が死んでも問題は無い。そう考えていたというのに。
「多くの人が犠牲になりました」
雛見沢住民2000名。残念ながら雛見沢に住む人の名前を一人一人覚えていたわけではない。
「魅音ちゃんも、梨花ちゃんも、沙都子ちゃんも。雛見沢分校に通う生徒も先生も、私を孫のように可愛がってくれた祖母も。お魎さんも」
「・・・」
「私は生きていいのでしょうか」
気づけば冬夜ではなく、目の前にいる大石さんが大きな涙を流していた。彼はダム戦争の時に雛見沢の人と対立していた人だ。そこに大きな悲しみを背負っているとは思わなかった。
「冬夜さん!生きて良いんです!」
エンジェルモートという場違いの中で、大の大人が二人大泣きをしながらケーキにがっついた。冬夜は初めて記憶を失ってから初めて知ったのである。今生きている意味を。自身がどれだけ弱いかを。そして、自身がどれだけ支えられているか本当の意味で知ったのである。
あれからというもの、誰かが見ているという感覚がなくなった。変な幻聴も聞こえない。それは冬夜が一つ大人になったからなのか、それともふっきれたのかは分からない。
ただ一つ分かることがあるのは、自身が生きることである。ループをすることも考える時はあるが、必要な情報を知って自殺をするよりも大往生をしたいという気持ちであったのだ。
今回、大石さん、赤坂さん、南井さんの三人と合流をしてお互いの情報を共有することになった。今更であるが、この三人の存在は大変大きな存在であると言えた。
「では、私から話しますね」
赤坂さんが一番に報告をした。彼は公安という立場であるというのに、この仕事に対して人一倍に働いていた。その思いは十分に全員に伝わっている。
「まず、公由家についてですが。どうやら公由夏美氏は薬を使っているようです」
「薬、ですか」
「えぇ、公由祖母から貰った薬ですが、どうやら市販や病院で使われている物では無い可能性が有ります。こちらです」
赤坂さんが取り出した薬は、見るからに毒々しい見た目をしている。これは一体なんだろうか。
「公由夏美氏は精神疾患だそうです。一般では貧血ということですが、こちらは鎮静剤と思われます」
「それは日本で認可を受けているものでしょうか。それにしはカプセルの色がおかしいですが」
南井さんが突っ込みを入れる。認可を受けているのであれば問題なし。認可を受けていないのであれば・・・。
「もし認可を受けていないのであれば、雛見沢症候群に効く薬の可能性があります」
そうだ。現状薬の一つでも怪しむ必要がある。それに、認可を受けていない薬であればそれはそれで大問題と言える。
「続きまして私も。今回『オヤシロ様の祟り』の犠牲者である鷹野三四ですが、検死のメンバーに聞いたところ、改竄の可能性が大きくあります」
「確証は得られませんでしたか?」
「残念ながら・・・。歯形が一致しているので鷹野三四の死体であることに間違いはないと思いますが・・・」
歯形が一致すれば本人と分かるのだろうか。指紋のようなもので、歯形も同様のものとして見るのであれば、鷹野三四の死体は間違いないのだろう。残念ながら綿流しの日に実在したという事実は覆せなさそうである。
「私は園崎家について調べました」
「そうでしたか」
「すみませんねぇ。どうしても疑念を解消できませんでしたから」
どうだったか。そう聞くのは野暮なのかもしれない。彼は、大石は明らかにすがすがしい顔をしていた。
「ダム現場監督、つまり最初の『オヤシロ様の祟り』の犠牲者ですが。彼の墓前に命日の前日にはお参りをしていたようです」
それだけを言って、大石さんは黙ってしまった。それが彼なりの確証ということなのだろう。彼は憑き物が落ちたかのように落ち着いた顔をしている、あぁ、彼も踏ん切りがついたのだろう。冬夜はその事実に大変喜んだ。彼が本物の犯人に対して意欲を出しているのだ。それを喜ばずにはいられない。
しかし、残念ながら細かい犯人の詳細までは絞ることができなかった。公由家の薬については今後調べるとして、他にどう行動をすれば良いのか。それだけは定まることはなく、後日会議を開くことになった。