前原君は大石さんの所へ手帳を渡しに行った。大石さん。彼が味方なのかどうか分からない。もし他の警察が突入してくれる状態なら助かるのだが。
その間竜宮さんは何か再度取りに行ったのか、教室から出る。もしかして今しかないのか。
「俺を置いて、今のうちに外に出るんだ。縄跳びなら力を込めたら千切れるはずだ」
「それが出来たとしても、冬夜さんを置いてはいけないでしょ!」
俺も生きたいけれど、ここで全滅するよりは良いんだ。出来るかどうか分からないが、窓枠ごと壊して逃げてやろうじゃないか。絶対できないというわけじゃない、やってみないと分からないもんだ。
「冬夜、皆で生きる方法を探すのです」
「梨花ちゃん・・・」
「それに今は圭一もいます。今の圭一なら大丈夫なのです」
「・・・」
「冬夜はいつも大人だから任せろと言っていますが、本当の理由はそうじゃないはず」
いつの間にか彼女は大人びた口調で話す。その異様な雰囲気に近くにいた園崎魅音は古手梨花という少女の特異性に気づいただろう。
それに比べて冬夜の顔はどこか落ち着いていた。いや、諦めているのだろうか。しかし人生に絶望をしたかのような顔をしていない。そう、あれは次世代に託すような大人の目だ。
「俺は死なない」
「嘘を言わないで。そんな顔をされても信じないわ」
「そんな顔に出てる?」
「そうね。いつもの貴方なら真顔で言うのにね」
思わず頬をペタペタと触ろうとしたが、U字ロックが指に当たり突き指のような痛みが走る。まぁ痛いわ。
冬夜はいつも大人だからと言って色々と動いてきた。もちろん梨花ちゃんから助けてほしいという願いが有ったことは間違いない。しかし、それだけで命を張れるような精神を人は普通はしない。
「何をお話しているのかな、かな?」
「こんな状況だと皆疲れるだろう?俺が面白い話をしてあげてたのさ」
「ふーん、下手な嘘。まぁ良いや。先生は『オヤシロ様の代弁者』だから痛めつけるだけにしてあげる」
「えぇ・・・」
竜宮さんはどうやら固定電話を取りに行っていたらしい。職員室の物だということは分かった。外部との連絡手段であろうけれど、誰と話そうというのか。
またもや殴られ続けるのだが、これ以上鉈で殴れば死ぬという判断か分からない。次は殴る蹴るの暴行が続いた。人は殴られても死ぬ生き物なのだが。耐え忍ぶ時、それを決意していると前原君が戻ってきた。
「れ、レナ!それ以上やると本当に死んじまうぞ!」
「これは罰なの。『オヤシロ様の代弁者』って言われているのに!先生は何も代弁者として動いていない!雛見沢が宇宙人に全員殺されるんだよ!」
これも鷹野さんが妙な手帳を渡したからなのだが、彼女はなぜそこまで信じているのか。それもやはり雛見沢症候群の恐ろしいところなのだろう。この状態で入江先生も死んだ今、薬は手に入るのだろうか。
「レナ、なんか聞こえなかったか?」
「私は何も聞こえなかったけど」
「いや、間違いない。今廊下から物音がしたぞ」
「・・・じゃあ圭一君が見に行ってよ」
冬夜には廊下から物音は聞こえなかった。彼が嘘を吐いて竜宮さんを離れさせようという魂胆だったのだろうか。それも無駄になったようだ。
前原君が廊下へ出ていき数分。静寂な空気が教室を支配している中、たったの数分だというのに気が気じゃなくなったのか、竜宮さんも廊下へ出ていった。
「みんな、縄をほどいて。静かに・・・」
「魅音ちゃん、それだと前原君が」
「圭ちゃんなら大丈夫です。それよりも皆をここから逃がします」
園崎魅音は真剣な顔をしていた。その雰囲気に圧倒される。そもそも冬夜は反論するほどの気力が無かった。次々に生徒たちは縄をほどいていく。梨花ちゃんも沙都子ちゃんもいつの間にか抜け出していた。沙都子ちゃんがU字ロックの開錠に取り掛かる。
「北条さん、さすがにそれは無理だよ」
「そろそろ・・・」
「うん?」
「恩返しの一つもできないようではレディ失格ですわ」
「ほ・・・
「全く、ケガをするのもほどほどになさいませ」
北条沙都子と冬夜はお互い薄っすらと笑う。まさかこのような形で名前を呼ぶとは思わなかった。古手梨花は目を見開いて目の前の軌跡を見逃さないようにしていた。しかしそれも一瞬の事。そろそろ前原圭一が竜宮レナに襲われてしまうだろう。急いで彼女は廊下へと向かう。それにつられて園崎魅音も廊下へ向かった。
すぐにU字ロックは外れた。まさか鍵開けの知識を持っているだなんて思いもよらない。彼女はいつものようなトラップを仕掛けるように鮮やかに開錠する。そして沙都子ちゃんは窓を開き、生徒たちが外へ出られるように誘導する。
冬夜もU字ロックが外れたおかげで立ち上がることができたのだが、想像以上にケガを負っているのか立てたは良いものの歩くことができない状態だ。壁に寄りかかることしかできない。
「今だ!子どもたちを保護しろ!」
子ども達が外へ逃げると同時に、外から聞き覚えのある野太い声が聞こえた。大石さん、あんたって人は・・・。疑っていたのが申し訳ない気持ちになる。ドタバタと外から音が聞こえる。警察も多くいるらしい。
「それでは私、レナさんの元へ向かいますわ」
「沙都子ちゃん、それは駄目だ。皆逃げないと・・・」
「大丈夫ですの。これでも私たち、部活メンバーなのですから」
「・・・」
全く正論になっていない状況。しかし彼女は自信満々な口ぶりで笑う。廊下側では部活メンバーが戦っているのだろうか、物音もしてくる。
「その状態では上手く動けないでしょう?さっさと外へ出なさいな」
「いや、でも―――うわっ!」
一歩も引きそうにない冬夜に苛立ちを覚えたのか、沙都子ちゃんは冬夜が窓へ体重がかかるように突き飛ばした。もはや立つことが限界だった冬夜は簡単に外へドサッと背中から落ちた。
「あ、あら。ごめんあそばせ」
「ぜ、全部終わったら説教だ」
「お、おーほっほっほ!」
沙都子ちゃんが逃げるように廊下へ向かう足音がする。冬夜は仰向けのまま動けない状態で、近くにいた警察に保護されるのだった。