何があって少女は前原君が凶行に及ぶのか、決定的な理由と言うものは分からなかった。まさか、中学生が殺人をするなどと考えたくもない。
そこで思い至るのが、去年の綿流し。北条悟史の存在であった。北条悟史君の叔母が撲殺死体となって発見された時、冬夜は犯人が北条悟史であると思っていた(その後真犯人が自首をしたのだが)。
「じゃあ、俺は前原君を止めないといけない。梨花ちゃんの内容だと、魅音ちゃんがお裾分けした日から様子が変わったのなら、その真実を知る必要がある」
「・・・」
先ほどまでは饒舌だったというのに、次は口を閉じてしまった古手梨花を見る。これ以上少女が話そうという気配がない。どうやら残念な事に本心を話しても少女の心には響かなかったようである。
「夜遅くまで引き留めてごめんね。明日も学校だからゆっくり寝てくれ」
「・・・分かったのですよ」
完全に無視をされているわけではなかった。冬夜も軽く話が聞ければという気持ちであったが、まさか古手梨花の闇を垣間見ることになるとは思いもしなかった。何が彼女をそこまで変えてしまったのか分からない。小学生とは思えない気迫であった。
その後二人は別れる。古手梨花は自宅へ、そして冬夜は帰宅する前に、前原屋敷へと向かった。この地域は昔ながらの住宅が多いのだが、前原屋敷は今時風の家といえる。金持ちなのだろうか、広い敷地に大きい家が建っていることから、雛見沢の人は前原屋敷と呼んでいた。
前原屋敷のインターホンを押す。しっかりと鍵を閉めた家というものが都会から来た人という印象を受ける。いや、雛見沢の人々は鍵をかけない。危機感が無いと言われたらそうなのだが・・・。
「は、はい・・・」
インターホン越しに声が聞こえる。どうやら前原君のようだ。
「前原君、地田です。夜分遅くに申し訳ありません。今大丈夫ですか?」
「地田先生!す、少し待ってください」
そういって音声が切れる。前原君の声が少々怪しい。何か慌てているかのような印象を受けた。前原君が玄関から出てくる。どこか調子でも崩したのか、顔は真っ青になっていた。
「風邪かい?顔が真っ青だよ」
「い、いえ。大丈夫です。それよりも先生、それは・・・」
前原君が指さしてきたのは、今日魅音ちゃんに貰ったおはぎの入った箱。そういえば前原君もお裾分けをもらっているはずだ。
「綿流しの会議をしていた時に魅音ちゃんからおはぎを貰ったんだ。帰ったら食べようかと思って」
「先生!そのおはぎ・・・食べない方が良いです」
「まさか!毒でも入っているわけでもないし」
軽く受け答えした時、前原君の肩が大きく揺れた。いやまさか、園崎家が極道関係者だとしても知り合いに毒は入れないでしょ。
「近々綿流し、お祭りがあるだろう?多分部活の子たちと一緒に遊ぶと思うんだけど、俺とも一緒に行動しないかい?ほら、俺も綿流しは今回で2回目だから、新人の前原君にオススメスポットとか教えたいんだよ」
「そ、それは良いですけど・・・」
「ふむ。やはり顔色が悪いな。さっきのおはぎの件もそうだけど、何か困っていることでもあるなら、いつでも相談するよ。そのための講師なのだから」
例え梨花ちゃんの言うように、前原君が問題を起こすというのであれば、未然に防ぐことは可能である。念には念を入れて。それで何も起こらなければ万々歳で終わるのだ。
前原君は、その真っ青の顔をしながらも冬夜を見る。まるで推し量っているかのような目線に、保護された時の頃の自身を思い出す。なぜかは知らないが不安なのだ。
「・・・どうぞ」
陰鬱な声で家に招かれた。やはり様子がおかしい。快活なイメージがある前原君が正反対である。そのまま玄関先で話をすることになるかと思いきや、リビングまで入れてくれた。今日はご両親がいないのだろうか、どうやら前原君は留守番をしていたようだ。
新築特有の綺麗なリビングであるが、その中で衝撃的な物を見た。壁に打ち付けられたおはぎ。そこだけが異様な気配を出していた。まさか投げ捨てたとでも言うのだろうか。カッと怒りが込みあがるが、すぐに沈下する。梨花ちゃんの言葉を思い出したからだ。
そう、どうやら前原君はお裾分けをした日から様子が変わったのである。
「前原君、あれは?」
何とか平静に保てたと思う。何があったのか、それをまずは聞くべきだと感じた。
「おはぎの中に・・・」
「中に?」
「針が・・・入ってたんです!」
「針ぃ!?」
おはぎの中に針。針だなんて入れるだろうか。
「その針は、今手元に持ってる?」
「あ・・・」
そう言って彼はおはぎの叩きつけられた壁を見た。どうやら勢い余って針ごと投げ捨てたらしい。その叩きつけられた壁を見て、ふと思考を巡らせる。もしも誰かが針を入れたとすれば、である。そもそもおはぎを作った三人、お魎さんと魅音ちゃん、竜宮さんの三人とも針を入れるような危険人物とは思えなかった。もしふざけて針を入れようとしたとしても、それはお魎さんが止めるだろう。しかし、そう思っても前原君の鬼気迫る顔を見ると、信憑性が増してくる。
「まずは針を探そう」
一度前原君の話に合わせる。叩きつけられたおはぎの中に、前原君が針だと思ったものが分かるはずである。前原君と一緒に探すことになった。
少しばかりおはぎを探していると、気になるものが見つかった。おはぎのモチ米部分が赤くなっているものがある。
「前原君、これ・・・」
「それ!もしかしたら俺が食べた時の血かもしれません」
これは血なのだろうか。血ってもう少し赤色というよりも赤黒い印象があったのだけど・・・。恐る恐る匂いを嗅いでみる。・・・酸っぱい匂いがする。おはぎの甘い匂いの中に、酸っぱい匂いが混じり込んでいた。
前原圭一は冬夜を凝視する。おはぎをどうするのか心配しているらしい。冬夜はおもむろに赤色になっているおはぎのを摘まんで食べた。
「かっら!辛い!」
「辛い!?なんでですか!?」
「分からないけど、タバスコとか唐辛子とか、そんなのを練り込んでやがる・・・。間違いなく魅音ちゃんのお遊びだな」
お魎さん止めてくれよ、普通に驚いてしまったじゃないか。
「前原君、もしかして・・・」
「そんなわけないです。俺は確かにはっきりと針が入ってるのを見たんです!」
てっきりこの赤色を見て戸惑ったのかと思ったが、どうやら違うらしい。それなら針を探すしかない。とりあえず前原圭一と冬夜は徹夜で針を探すものの一向に見つからなかった。
もしかしたら、針が服に刺さっているかもしれない、そう前原君が荒唐無稽なことを言ったが、大人しく従って服を確認するも見つからないのだった。
「前原君、とりあえず今日はもう寝なさい。もう深夜だ」
「はい・・・」
ひとまず汚くなってしまった壁を掃除してみれば、いつの間にか深夜を回っていた。これでは明日の学校に障るだろう。
「明日の学校だけど、俺に時間をくれないか」
「それは別に良いですけど・・・」
針が見つからないことに対して、前原君がどう思っているのか分からない状態ではあるが、最初の危機感迫る表情よりかは少し落ち着いているのではないだろうか。とりあえず針は見つからなかったことに安心しながら明日の大事な話に備えよう。