目が覚めると、少女はベッドの上だった。
柔らかい天蓋付のベッドで寝た経験なんて無かったため、沈み込む体におっかなびっくりしながら上半身を起こす。大きな吸血鬼の気配が複数あることと、お城のような雰囲気の室内から、恐らくどこかの吸血鬼の邸宅なのだろうと少女は推測する。ただ、ものごとを考えられたのはそこまでで、どうにも頭がぼうっとして思考が上手くまとまらない。頭の中はいつもよりずっと静かで頭痛もかなり和らいでいるのに、残った肉眼で見えるものさえもなかなか捉えられないのだ。
自分の不調に気がつくと、途端に布団を着ているのが暑く、しかし寒気もして、体を起こしていることさえ困難になる。
もう少しで願いが叶うと急く気持ちがあるのに、どうにも体が言うことを聞かない。少女も流石に自分が熱を出していることは分かったが、分かったとてどうにかなるものでもなかった。
ずっと健康とは言い難い体調ではあったものの、こんな風に明らかに体が動かなくなるのは初めてで、少女は次第に不安にかられはじめる。目前にして志半ばで私は死ぬのだろうか、とそんな風に熱のとき特有のネガティブに支配されながら、弱った情緒と涙腺でフワフワの枕を濡らす。ついでに付け加えるなら、寝落ちる前は抱き上げられていたせいか、今ひとりでいることが際立って心細く感じた。
そのように少女がベッドの上で芋虫になっていると、部屋のドアがノックされた。気配で向こうに吸血鬼がいることだけは察しながら、じっとしているとドラルクによく似た吸血鬼が現れる。何度か見たことはあるが、ドラルクや御真祖様ほど熱心に見ようとしていた相手ではなかったため、熱に侵された頭では思い出すのも難しい。確か、ドラウス、だったろうか。警戒する必要はない相手だろうということだけ把握した。
「おや、目が覚めたのかい?」
ドラウスはベッドの縁に腰掛けて、少女の額に手を当てる。元々の体温が違うのでよく分からないが、どうにもまだ熱は高そうだ。
「そんなに泣いてどうしたんだい?どこか痛い?」
こぼれ落ちる涙を親指で拭ってやりながら問うと、少女は首を横に振った。
「じゃあ、怖い夢でもみた?」
また首を振る。
「……寂しい?」
少女はもう一度否定しようとして、しかし、この漠然とした心細さに寂しいという名前は合っている気がした。返答に迷っていると優しく頭を撫でられる。
「君がもう一度眠るまで、私がここにいるよ」
落ち着いた低い声でそう諭されて、ずっと悲しかったどこかが慰められた気がした。ただ、どうにも眠ってしまうことが恐ろしい。次に起きるとロンドンの路上か、故郷の土の上か、あるいはあの世にでもいるのではないかと思ってしまう。
「わたし、ドラルクさんに」
なんとか絞り出した声は酷く掠れていた。
とにかく伝えなければ。伝えれさえすれば、もう後悔はないから。目が覚めなくなったって怖いものはないから。少女はそういう気持ちだったのだ。
「聞いたよ。君、とっても頑張ったのだろう?だから今は少し休憩が必要なだけ。大丈夫、すぐに良くなるよ」
あやす様に背中を優しく叩かれながら、少女はイヤイヤと言わんばかりに首を振る。
「ドラルクは逃げやしないさ。なんたって私の自慢の息子だからね、女性を待つくらいの甲斐性はある。それとも君の知るドラルクはそうではなかったかい?」
何度も何度も、制御の効かない視界の中を探した彼を思う。どうだろう、楽しそうなことがあれば割とあちこち行ってしまいそうな雰囲気があるが。しかし、彼は優しいひとだと思うから、確かに待っててくれるかも。そこまで考えて、やっと瞼を下ろす事を是とする。
やっと落ち着いらしい少女を見てドラウスは静かに溜息を零した。
「安心して早く良くおなり」
もう一度頭を撫でて、暫くすると穏やかな寝息が聞こえ始める。ドラウスはその幼い寝顔を少し眉間に皺を寄せながら眺め、どうしようもなく頭を抱えた。
ジジイが小さな女の子、それも人間を攫ってきたときはどうしたものかと思ったが、こうして看病をしていれば愛着が湧きもする。少女がここに来て三日、意識があるところに会ったのは初めてだが、言葉を交わしてしまうと正直もう見捨てられる気はしない。同胞の血を強く引いたダンピールの少女、間違いなく時代の被害者だろう彼女がドラルクに何を言いたいのか、実はよく分かっていない。
ただ、抱き上げた体の軽さを知って、脆い命が生きようと藻掻く三日間を見守り、その涙の熱さを感じた今、悪いことにだけはなって欲しくないと願っていた。
少女の成したいそれが我らにとって良いことなのかの判断は未だ付かず、個人的にダンピールという存在に思うところもある。今まで吸血鬼やその使い魔などとしか密に接してこなかったドラルクに、この死が近くにある少女を引き合わせるのも正直なところ不安だ。
しかし、これらの事情は少女にとっては関係ない。目的を果たすため彼女が行ったその献身にも等しい努力、それを無に帰すことがドラウスには出来そうもなかった。