もう限界なので休ませてください。。。 作:オティヌス
あれ俺がんばりすぎじゃね?
それを男が思ったのは21時を過ぎた事務所のデスクで一人次の企画を纏めていたときのことだった。
283プロダクション。
7グループ計25人の女性アイドルが所属しており、全員が全国区の知名度を誇る中々な規模の芸能事務所である。
それを支えるのはこの芸能事務所の社長と事務員兼トレーナー、そしてこの283プロで唯一の正社員(当時)であり、プロデューサー兼マネージャー兼運転手兼事務員兼トレーナーの彼である。
ここで恐ろしいことに気づいた人はいるかもしれない。
そう従業員が実質2名しかいないのである。
いやいやおかしいだろと男は自身へツッコんだ。
なんで俺一人で25人のアイドルをプロデュースしなくちゃいけないんだよと。
てかプラスでマネージャーも運転手も合わせてすることじゃないだろと。
分身どころか多重影分身でないと間に合わないレベルの激務である。
しかもである。
アルバイトに大きな負担を強いるのは正社員であるこちらの立場からしても心が痛いので、担当してくれていたボーカルやダンスレッスンも最近では男も担当している。
会議もテレワークで済ませ、外出もできるだけ最低限に抑えた。
これは営業をしていた最初の方はこちらから出向かなくてはいけなかったが、所属アイドルが売れている今では寧ろ先方から来ることが多いため営業活動もあまりしなくて済むようになった。
ここまで来れたのはアイドルの魅力やその努力が評価されたのはあるが、裏方である男や事務員さん、社長の力でもある。
いや、だいぶ俺じゃないだろうか。
男はそう思っていた。
そもそもアイドルのグループ名や編成、方向性など企画したのは俺だし、アイドルのスカウトもオーディションの面接も全部俺じゃなかっただろうか、と。
曲や振り付けはプロに発注して作ってもらっていたが、最近では一部ではあるが男が作曲してそこに歌詞と振り付けを依頼することも多くなった。
あれ、俺ってよくこの仕事量こなしているなってか死ぬんじゃね?
しかも所属しているアイドルも中々に癖が強い子達が多い。
明るく元気な子や真面目な子、しっかりした子もいるが中にはめちゃくちゃ暴言を吐いてくる子や何を考えているか分からない子、くそ生意気な子、めちゃくちゃ我が強い子など常人ならメンタルが砕かれていてもおかしくない面子が結構いる。
中にはオーディション合格後、未成年には親御さんの許可が必要なのだがそれを偽造してくる子や、男にスカウトしてもらうために個室に監禁し、スカウトしないと襲われたと声を上げると脅迫してくる子などよくよく考えたら普通に犯罪行為をされていた。
特に前者はマジで事務所存続の危機までいきかけたので本当に危なかった。
そしてそんなアイドル達にの中には色々なバックボーンを抱えている子たちがたくさんいたのだ。
詳細は省くが、例を挙げれば親と上手くいっていない子などは親御さんへ必死にアイドル活動のメリットや活動方針など懇切丁寧に説明し、ライブへのチケットを手配し見てもらうなどの対応を行い、アイドル自身にはひたすらに話しを聞いてその子が今何を思って何をしたいのか、不安なことは何なのかを聞き出して一緒に解決していった。
勿論、その子だけじゃなく他のアイドル全員へ同じ対応をした。
不公平は反発を喰らい雰囲気を悪くするからである。
そう男は頑張ったのだ。
給料のために。
男が金を欲しがるのは一つ早期リタイアの為であった。
彼は根っからの働いたら負けの精神の持ち主であり、できれば家でゴロゴロしていたいのが本音であったがそんなこと到底無理なのは分かっていた。
故に金を稼いで余生はひっそりゆっくり過ごすのが夢であった。
話しは戻るが結果的に全員がかなりの売れっ子アイドルになり男の懐は潤った。
その代償のこの激務ではあるのだが。
そして問題はアイドルだけではなく、事務所自体も曰く付きであったのだ(言い方は酷いが)。
この事務所の社長と事務員さんは実は単なる雇用主とアルバイト(当時)ではなかった。
別段愛人関係であるとかそういったドロドロしたものではなく、事務員さんの父親が社長と親友であったのだ(さらに言えば事務員さんの妹がこの事務所でアイドルをしている上、男を監禁脅迫したとんでもガールなのだがここでは割愛する)。
それだけだったら縁故採用という奴なのかぐらいにしか思わないが、その事務員さんの父親が10年程前に亡くなっていたのだ。
死因は過労死で、しかも母親は病気で入院しており家の経済状況を支えるために結果的に事務員さんは掛け持ちで色々なところでアルバイトをしているとのことだった(だから正社員ではなかったのかと聞いたときに少し納得した)。
ここまで聞いたら分かると思うがめちゃくちゃに関係性が面倒くさいのだ。
捻れて捻れて解けないゴルディオスの結び目みたいになっていたのだ。
社長は負い目を感じていて事務員さんは同情して欲しくないとか、傍から見たらというか誰しもが深く関わりたくないものだった。
だが、男は頑張ったのだ。
事務所運営を円滑にするために本人や関係者からの情報収集、そして飲みや食事、雑談などで必死に心の扉を開けて(特に社長は大変だった)漸くその真意を聞き出し、二人を引き合わせどうにか円満に解決させたのだ。
事務員さんの労働環境を改善するのは本当に大変だったと男は染み染みと思っていた。
なぜか事務員さんの母親のお見舞いに同行し挨拶する謎イベントはあったがその甲斐あって凝りは消滅し、事務員さんもつい最近漸くアルバイトから正式に正社員(事務処理の都合上来月から)になり、掛け持ちをしないで済むようになった。
合わせて事務所の雰囲気も元から明るくはあったのだが違和感が消え、本当の意味で明るくなったのだ。
アイドル達や裏方メンバーもそうだが、彼はプライベートのほぼ全てを利用して漸く働きやすい職場(雰囲気)を作り出したのだ
そしてここまで来て男は思った。
「もう限界なので休ませてください......」
有給はたっぷり残っているし、この日のために業務関連の引き継ぎ資料も毎日更新し続けていたのだ。
最低でも3日は休みが欲しい。
今思えばここに転職してからまとまった休みは一回も取っていなかった気がする。
「よし決めた。来週いや再来週......半年後に連休とって旅行に行こう」
とりあえず京都かな?
そうと決まれば引き継ぎ資料をもっと見やすくしておかないと、男は現状の業務の見直し作業へ入る。
アイドル達は既に独り立ちしもう俺なしでも十分芸能界で活躍できるのだが、もし辞めるとしてももう少し貯金をしなくていけない。
だがそれまでに限界が来ては意味がない。
そう、この旅行は必要経費なのである。
この作業の後、男は自宅へと帰還する。
その時間なんと23時。
更に翌日紆余曲折あってこの引き継ぎ資料がある人物に漏洩し、不穏が波及していくのを男はまだ知らない。
そしてそれが後に283プロダクション全員を巻き込む大騒動になるのだがそれはまた別の話。
なお、裏ではバチバチである。
以下簡単なプロフィール。
プロデューサー
男
26歳
顔良い。
身長高い。
仕事できる。
気配りできる。
お菓子作り上手。
一級フラグ建築士。