もう限界なので休ませてください。。。 作:オティヌス
283プロダクションには”怪物”がいる。
それは決してアイドルという表舞台に立つ陽の存在ではない。
寧ろ裏方である陰の存在で、その人物は周囲からはプロデューサーと呼ばれていた。
その人物、彼のことを表す記号でもあり、通称とも言うべきか(283さんとも呼ばれる)。
そんな彼は業界でもかなりの有名人になっていた。
『プロデューサーさん、めちゃくちゃ良い人だよね』
『仕事が凄い出来る方なんで、とてもやりやすいですよ。英語の翻訳とか偶に参考として聞きますよ』
『全く賢しい男だよ。このワタシに”交渉”を仕掛けて来るなんてネ』
『イケメンで嫌いだったけど、話したら普通に良い人てか結構面白い人でこんな捻くれた自分が嫌になる......』
『色んなところに目が届く人って言うか、気づかい上手って印象かな』
『海外の話しとか面白おかしく話してくれたよ。東南アジアで危ないクスリを売られそうになったとか、人攫いに襲われたとか。笑えない状況なんだけど笑えるっていうか』
『顔が良いですよね! 他のスタッフと話題に上がりますよ!』
『現場一緒だとラッキーって感じで、女の先輩にそれ言ったら羨ましがられましたよ』
『聞いてくださいよ! 283さんとお話し出来たんですよ! この現場大変ですよねって会話だったけど、あたし的にはこれはお話しカウントです! よし!』
『この前、ご飯誘ってみたら忙しいみたいで断られちゃって......ちょっとショック......』
『......この前、某女優さんと楽しそうに話してるの見ましたよ。名前は言えませんけど』
『女殴ってそうな顔ですよね、良い意味で! いや〜良いっ!』
『女性スタッフの中だと下手な男性アイドルとか俳優より人気みたいっすよ。うちの女の後輩がキャーキャー言ってましたし』
『キャストさんのメイクしてる時にあの人どこの人なのって聞かれましたよ。実はスタッフさんなんですよって言ったらびっくりしてましたね、あのタレントさん』
等など、このような声が各方面から様々上がっていた。
途中変な声が紛れていたような気がするが、概ね彼の良い評判を語っていたであろう。
彼の評判を集めれば以下のものになる。
芸能人顔負けの顔面を持った仕事が出来て面白い人。
そのため、世間一般的には283プロダクションと言えば、アルストロメリアや放課後クライマックスガールズなどのアイドルグループが真っ先に上がるが(当たり前ではある)、現場のスタッフ間では寧ろプロデューサーが先に上ることが多い。
それ程までに知れ渡るくらいに彼は有能であったのだ。
「______しっかし大変になりましたね。まさかドームライブなんて」
そこはあるテレビ局の喫煙所。
もうすっかり時間は21時を過ぎているのもあるが、その喫煙所は建物内で少し遠い所にあるために人影は2人しかいない。
オフィスカジュアルと言えるポロシャツにスラックスを履いた30代中ばの男は電子タバコを吹かせながら隣にいる若い男を見た。
「ははは、びっくりでしたよ。なんかどこかのお偉いさんがうちのファンみたいで是非やって欲しいって社長に直談判したみたいで」
スティック状の電子タバコから吸った煙を吐きながらスーツを着た彼、プロデューサーは苦笑した。
メインで動くことになる彼からしたら寝耳に水というべきか、相当な苦労が伺える。
自分より歳下なのに自分より仕事をこなしている彼を見て、ポロシャツの男は頭が上がらなかった。
故に男は彼へタメ口は効かないことにしている。
「企画とか準備とか間に合うんですか? 相当時間があれだって聞きましたけど」
「まあ、ギリギリって感じですかねー。でも間に合わせれば費用もかなり持ってくれるって話しらしいんで、そこはまあ適当に間に合わせますよ」
そう語る彼の表情は一切焦りというものは見えず、ギリギリという割にはかなり余裕そうであった。
恐らく彼は今の時点で企画も準備も既に順調に進んでいるのだろう。
でなければこんな所でタバコなど吸っていないはずだ。
「めちゃくちゃ太っ腹なスポンサーじゃないですか。いやでも俺が283さんの立場だったら勘弁って感じだなあ。流石にそこまで大規模なライブなのに期間が短すぎますよ」
普通に考えて、10ヶ月という期間で東京ドームでのオールスターライブなど普通に考えて間に合うわけがない。
無理難題にも程があった。
スタッフや衣装、舞台制作や照明、音響など準備が必要不可欠だ。
その準備を10ヶ月で間に合わせるには方面への緻密な連携が重要になってくる。
さらに言えばたくさんお金が掛かってくる。
それはもうとんでもないお金が動く。
ドームを一日貸し切りにするだけで、デイ◯ナのアイスブルーが買える程だ。
それだけでやばいことが分かるだろう。
そんな莫大な金額をスポンサーが補填してくれるのであれば是が非でも間に合わせるのは会社として当然である。
ドームライブはアイドルたちの名前を広めるのとそれを成功させたという実績が会社にとって一番重要になってくる。
売上はと思うかもしれないが、そのお金は基本的にライブの準備費に消え去るので少しでも黒字になれば御の字と言うべきか。
ドームライブは桁違いに準備費がかかるため、基本的にグッズ等をたくさん売り上げないと黒字にはならない。
寧ろ大赤字なのである。
今回はお偉いさんという件のスポンサーがかなりお金を出してくれるとのことで現状黒字になるのは確定はしているのだが。
「まあ、慣れれば誰だっていけますよ......うちは少数精鋭なんで他社さんと比べたら経験値が積めるからそれだと思いますね」
そんな風に笑って言ってのけるプロデューサーに、ポロシャツの男は凄いと思いつつも怖いとさえ思ってしまった。
彼の仕事能力の高さは勿論知っている。
しかしそんな彼が疲れている表情も弱音を吐いているところも見たことがなかったし、何より体調不良で休んでいるところも見たことがなかった。
”怪物”(フリークス)、というのはポロシャツの男が心の中で呼んでいる彼のあだ名である。
彼の能力は人間の域を超えている、とポロシャツの男は常々思っていた。
しかし、周囲は彼を完璧超人と持て囃し、”そういった部分”に目を向けていないように男は見えた。
彼のその本質とも呼ぶべき部分は周囲の人は誰も読み取れていないようだし、男も底が見えなかった。
故に男は彼を尊敬すると同時に恐れていたのだ。
自分と同じ人間に見えない彼へ。
「まあ、283さんが大丈夫って言うなら良いんですけどね。力になれるか分からないですけど何かあったら言ってくださいよ」
「ありがとうございます。もし何かあったら連絡しますね」
きっと連絡など来ないのだろうが、プロデューサーの穏やかな表情に男は少しだけ嬉しかった。
男はただのADで彼の力になれるかと言ったらないのであるが、時たまこうやってプロデューサーと話すことが多かった。
彼との出会いはいつだったか。
その存在は以前から知っており、凄い超人みたいな人がいると。
そうなんだ程度にしか思っておらず、現場で見かけたくらいで話したことはなく、一方的にこちらが知っているという状態であった。
そんな折、休日に街の喫煙所でタバコを吸っていたときになんとそのプロデューサーがやってきたのだ。
まさか彼が喫煙者だとは思ってもいなかったため、とても驚いたのを男は覚えていた。
『ははは、すみません。内緒にしてくださいね』
困ったように苦笑する彼を見て、男は首を縦に振った。
いやそれより、彼から自身の存在を認知されているとは思ってもいなかった。
話した事ありましたっけと失礼な感じで問いかけたのだが、そんな言葉に彼はあっけらかんとこう答えた。
『え、だって。先日の現場にいらっしゃいましたよね。とても仕事が丁寧な人だなって思ってましたよ』
ご挨拶はできませんでしたけど、そう彼は続ける。
男は少し泣きそうになっていた。
こんな歳になってもAD止まりで後輩は自分より上のポジションに既に行っていて、そんな風に褒められたこともあまりなかったのだが、この男は初対面でも自身の仕事をきちんと見てくれていたことに感動したのだ。
ちょろいと言われるかもしれないが、その言葉で男は彼への好感度が爆上がりしていた。
そんなこんなで男と彼の奇妙な関係性が生まれたのだ。
基本的に会って話すのはタバコを吸いながら。
しかも誰もいないこの時間帯のこの喫煙所、もしくは街の喫煙所。
彼は喫煙していることをあまりバレたくないようで、この喫煙所から出る時も消臭スプレーを掛けている。
更に言えばタバコを吸うときは後はもう帰宅する時だけとのことだ。
恐らく283プロダクションに所属しているのがみんな女性アイドルだからなのだろうと男は推測していた。
「______ずっと気になってたんですけど、283さんって結婚願望ってあるんですか?」
男は最近、一番気になっていることであるそれを遂に聞くことが出来た。
最近、彼が忙しいのもあってこの喫煙所で会うことが少なかったため聞けるタイミングがなかったのだ。
ちなみに二番目に気になっていることは地元の同級生がいつの間にか逮捕されていたというものだが、一体何をやらかしてしまったのだろうか。
「......うーん、そうですねー」
彼はタバコを吹かしながら思考しているのだが、そんな姿も絵になっているあたり、生まれ持った容姿というのはずるいものだと男は思った。
男は生まれてこの方モテたことがないため、基本的にイケメンには良いイメージがない(理不尽の極み)のだが、ここまで出来た人だと嫉妬の感情すら湧かない。
嫉妬することすら烏滸がましい、そんな感情を抱いていた。
「まあ、出来るタイミングがあれば程度ですかね。というかそもそもの話し______」
______俺が誰かを幸せに出来ている姿を想像出来ないんですよね。
そう告げた彼の表情が一瞬だけ、無表情になったような気がしたが気の所為のようだ。
彼はいつも通りの優しい笑顔だった。
「えー引く手数多じゃないですか。てか俺的に283さんは誰かを幸せにするより、まず幸せにしてもらった方が良いっすよ」
男の言葉に彼は首を傾げた。
想定していた言葉とは大分違かったようだ。
「なんか283さんって、色んな人に尽くしてるイメージだから寧ろ尽くして貰ったほうがバランス取れるんじゃないかって」
「......そんなものですかね」
そんなもんですよ、男はそう言ってまたタバコを吸う。
彼が頼られるところはたくさん見てきたが、頼っているところは見たことがなかった。
だから私生活では誰かを頼っていて欲しいという男の願望ではあった。
そんな人間らしいところを見れれば男は彼を”怪物”なんて呼ばなくて済むからだ。
「283さんって色んな人に人気ですし、それこそそちらの所属アイドルの方たちとも仲良いじゃないですか」
「まあ、一応信頼はされているとは思いますけど」
彼が所属アイドルたちと仲が良いのは傍から見て明らかだと男は思っていた。
矢印的にはアイドルからの彼へのものが強いのではあるが。
男が見かけた事例としてこんなものがある。
『プロデューサー、撮影終わったっす』
『あさひ、お疲れさま。とても良かったよ。前のときのより何だか良い表情してたね』
『そうすっか? プロデューサーが一緒にいてくれたからっすね』
『ははは、どうやら緊張を和らげられたみたいで良かったよ』
『......別にわたし緊張なんてしないっすけど』
『あらら、なんだかご機嫌斜めみたいだね。そんな膨れた顔しないで、可愛い顔が台無しだよ』
『......そういうところっすよねほんと』
先日、SNSで大御所デザイナーとのやり取りが面白いと大バズリした芹沢あさひとの一幕である。
この後、彼は彼女の無意識に膨らんでいた頬を手で挟み込んで一瞬で空気抜きをしていた。
彼女は雑に扱われたという不満な気持ちと雑に扱われたという嬉しい気持ちの二律背反が襲っており、結局機その後ご飯を一緒に行くことで何やかんや機嫌は直っていた。
まあ、男はそこまでの内情は知らないのではあるが、余程の信頼を深めていなければ良い意味でも悪い意味でも制御不能な芹沢あさひへこんな芸当は出来ないだろう。
故に男は思ったのだ。
彼は一般人では釣り合いが取れるような人物には見えないため、それならアイドルなど今をときめく芸能人と付き合うのが良いのではないかと。
世間のファンからしたら炎上ものかもしれないが、関係者からしたら芸能人も人間なため普通に幸せになって欲しいと思うのだ。
まあ、とても難しい問題ではあるのだが。
「いっそのことアイドルとお付き合いしてみるとかどうなんですか? けっこう行けそうな気しますけど______」
「いやー、キツイでしょ」
そんなプロデューサーの即答に、思わず笑ってしまったのは仕方のないことだった。
プロデューサーは涙を流さない。
(プロデュース)ロボットだから。
(プロデュース)マシンだから。