もう限界なので休ませてください。。。   作:キャラメルマキアート

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大紅蓮無間地獄編Ⅲ

「ねえ、プロデューサー。どうして空って青く見えるの?」

 快晴の空のもと、来月発売されるファッション雑誌の撮影が都内の某公園で行われていた。

 いつもの撮影スタッフたちが忙しなく動く中、当の被写体である彼女、浅倉透は休憩中と近くの木製ベンチに腰を掛けてぼーっとしている。

 そんな透の眼の前には手にいつものペットボトルのブラックコーヒーを持った彼、プロデューサーがいた。

「青く見える理由、ね......」

 彼は少し考える素振りを見せる。

 どう説明しようかということだろうか。

 正確には透の性格を鑑みてのことなのであるが。

 彼女は思考は読めない時が結構あり、自分で聞いておいて反応がとても薄かったりするなど、会話においては注意を払わないといけないのである。

 透と似たタイプとしては芹沢あさひもそうだろうか。

 まあ、それも出会った最初の方だけで最近ではそういったことは少なくなったような気はしているが、プロデューサーはその当たりの会話の仕方を少し引きずっていた。

「人間は光の波長を色として認識しているんだけど、その光、つまりは太陽光が大気中で散らばって、その散らばった光の波長が青だからそう見えるってこと、かなー。めちゃくちゃ簡単に言えば」

「へー。でもなんで青なの?」

「波長が短い光は特に散らばりやすいんだ。その中でも青は波長が短い光なんだよ」 

 そしてそんなほんの少しだけ悩んでいたプロデューサーは、特にスマートフォンで調べるわけでもなく何の気なしに彼女が疑問に思ったことを意図も簡単に回答した。

 彼女にとって特に興味があったわけではなく、ただなんとなく口に出していた言葉ではあった。

 実際学校で既に習っているはずではあるのだが、つまらない授業の内容が果たして透の脳用量にどれだけ占められているのか。

 結果的に言えばそんなこと覚えていることはなく、プロデューサーから教えられても”あーなんか聞いたことある”といった状況にはならなかった。

 でも何故か、プロデューサーが教えてくれたことはスッと透の頭に入ってくる。

 きっと空が青い理由を彼女が今後忘れることは決してないだろう。

「プロデューサーってさ、物知りだよね」

「ははは、そうかな? まあ、透よりも10年くらいは生きている時間が長いからね」

 プロデューサーはペットボトルのコーヒーの蓋を開けると、一口それを口に含んだ。

 彼の男性らしい喉仏がコーヒーを飲み込むのに合わせて動くのが、彼女には妙に艶めかしく見えて、釘付けになってしまっていた。

 そう、10年くらい。

 透とプロデューサーの年齢的な距離であり、今後絶対に近づくことのないものであった。

「......プロデューサーって、高校のとき何してた?」

 その質問は透にとってある種、致命的になりうるものであった。

 今の今まで怖くて出来なかった彼の過去に迫る質問。

 

 

 彼女は10年前にある公園で彼と出会っている。

 

 

 その記憶は幼かった彼女の脳裏に灼き付き、決して忘れることがなかった特別なものだった。

 このことは彼女の幼馴染たちも知らなかった。

 言ってみれば透は事務所において彼の過去を知る数少ない人物の一人であったのだ。

「高校のとき? そうだな、何してたかなー」

 うーんと唸りながら彼は少し困ったように考える。

 怖くて過去のことなどほとんど聞けなかったのだが、今の透は話の流れでつい聞いてしまっていたのだ。

「そうだね......高校のときはオカルト研究部に入ってたよ」

「オカルトって、お化けーってこと?」

 うらめしやと両の手を前に出す透にプロデューサーは苦笑いしていた。

「まあそんな感じかな。あとUMAとか都市伝説とかかなー」

 懐かしいなと彼の表情は少し頬を緩めていた。

 プロデューサーにとってその記憶はとても暖かいものなのだろうか。

 透は少しだけ心が締め付けられたような気がした。

「なんか意外。バスケとかバレーとかやってるイメージだった」

 彼の身長はかなり高く、普段の様子から見ても運動神経も悪くなさそうと判断した透は素直にその事実に驚いていた。

 しかも運動部ではなく文化部。

 さらに言えばオカルト研究部というかなりの色物である。

 意外という他なかった。

「あーなんかよく言われるねそれ......まあ自分から入ったっていうか、数合わせで入っただけなんだけどさ」

「人いなかったの?」

「うん、俺含めて4人しかいなくてね。部活動規定で最低4人必要だったらしくてそれで頼まれて席を置いていたっていうね」

「......ちなみに部員って女の人いたの?」

 珍しく質問攻めをしてくるなとプロデューサーは思ったがそれは口には出さなかった。

 それは無粋というものであるからだ。

「男2女2だったよ。全員同級生」

「ふーん」

 プロデューサーの返答を聞いて、微妙な表情を浮かべる透。

 これでもし男女比が彼以外女性であったなら思い切り拗ねてやろうかとほんの少しだけ思っていた透であったが、実際は半々という丁度良い比率であった。

 逆に男オンリーとかであれば笑って楽しそうだねと流せたのだが。

「ははは、今思い返してみれば心霊スポットとか行ったけど罰当たりだよね。まあ楽しくはあったけどさ」

「怖くなかったの?」

「うーん多少は怖いとかはあったと思うけど、毎回他の3人がビビりすぎて逆に冷静になってたかもしんないね」

「どんなとこ行ったの?」

「廃病院とか廃屋とかかなー。昔そこで事件があったとかそんな曰く付きのところ。まあ今じゃ取り壊されているところも結構あるけどさ」

 あ、心霊スポット巡りとか危ないから絶対やらないでねと釘を刺すプロデューサー。

 透ならノクチルの幼馴染面子を引き連れてやりかねないからである。

「あと呪われた人形とか謎の開かない木箱とか部長がどっかから探して持ってきてさ。それの出処を探したりとか呪われてるならそれを解除出来るんじゃないかとかそんなことしてたよ」

「分かったの? 出処?」

「うん、見つかったり見つかんなかったりって感じかな。まあ俺から言えるのは触らぬ神に祟りなしって言葉だね」

 何とも意味深な言葉を言うプロデューサーに透はもしかしてと言葉を発した。

「......お化けに会えた?」

「......いや、会えなかったよ。それなりにいろんな心霊スポット連れてかれたけど、やっぱりいないのかもしれないね」

 何故か残念そうにするプロデューサー。

 その表情に透は少し違和感を感じた。

 儚げというかセンチメンタルというか、彼の表情は何だか変だった。

「......透は?」

「ん?」

「透は学校でどんなことあった?」

 そしてこれ以上踏み込まれたくなかったのか、プロデューサーは今度はこちらの番だと透へ質問を投げかけた。

 かなり大雑把な質問ではあるものの、透からの話の流れとしては別段違和感はないものではあるが。

「うーん、私はやってないけど周りのみんなはTikT◯kやってる子が多いね。先生に内緒で教室で撮ってるのバレて怒られてる子たちがいて、全校集会開かれたけど」

「あららバレちゃったのか。まあそれくらいの歳ならそういうことやっても仕方ないよな」

「でもその全校集会のお陰で一時間目潰れたからラッキーだった」

 確かにそれはすごいラッキーだなとプロデューサーは笑った。

 そう、プロデューサーはこういうことを言っても否定はしない。

 普通だったら勉強は大事だとかそういうことを言うのかもしれないが、彼は意外にもこういったことに肯定的なのだ。

「俺も高校の頃、授業が怠くなったとき保健室に行って寝てたりとかしてたし」

「ふふふ、プロデューサー悪いやつだ」

 そしてプロデューサーのさらに意外な過去に親近感を抱きつつ透は微笑んだ。

 やっていることはただのサボりなのだが、彼がやっているというだけで可愛く思えてくるの何故なのか。

「頻繁には出来ないし、それなりに成績は維持してたのもあるけどさ。あと保健室の先生と仲良くしておくとそういう時に便利だぞ」

 俺からのワンポイントアドバイスだと、人差し指を立てながらそういうプロデューサーではあるが大の大人が学生に対して言うべき言葉ではなかった。

 プロデューサーも分かってはいたのだ。

 自分がダメなことを言っているのを。

 だが学生時代というのはその時だけしか味わえない青春があるのだ。

 確かに勉強は大事であるが友達や部活、学校行事などその後の人生のある種の礎を作る部分であり、大人になり社会人にもなればそんな体験は出来なくなってしまう。

 だから硬いことは言わず、彼女たちには今の生活を楽しんで欲しいとプロデューサーは本心で思っていた。

「俺はさ、何事も出来れば楽しい方が良いと思ってる。だから透も、勿論多少は加減はして欲しいんだけど自分のやりたいことやりなよ。今だったら俺もいるから何かあっても助けることだって出来るしね」

 

 

『何でそんなつまんなそうな顔してるわけ』

 

『......そうかな?』

 

『お前みたいなガキンチョはもっと楽しそうにしてろよ。見ていてなんか______歯がゆい』

 

『はが、なにそれ』

 

『ははは、勉強するんだな。ほら時間も遅くなり始めてるからさっさと帰りなよ』

 

『......お母さんとケンカした』

 

『あーそういうこと。まあ気持ちは分からなくもないな。けどさっさと謝って仲直りしとけ。どうせ下らないことで喧嘩したんだろ』

 

『......なんでケンカしたんだっけ?』

 

『お前もしかして馬鹿なのか?』

 

 

 ふと透の脳裏に封印されていた記憶が蘇った。

 それは透にとって大切な10年前の夕日に染まるある公園での記憶。

 その時に出会った歳上の彼。

 ぶっきらぼうな口調ではあるものの暖かい優しさが含まれていて。

 ベンチで本を読んでいた彼に何となく話しかけて、読書の邪魔をしたはずなのに透の話をずっと聞いてくれた。

 何故だが分からないがそんな彼に透は全幅の信頼を置け、悪い人ではないと無意識に確信していたのだ。

 最終的には時間が遅くなったからと家の近くまで送ってもらった。

 その時、また会える?と聞いたのだが彼は鼻で笑いながらこう言った。

 

 

『そうだな、お前がもっと大人になって美人になったら会ってやらんくもないな』

 

 

 そう言って彼は気付いたらいなくなっていた。

 彼女はその後、何回もあの公園へ行ったが彼と再会することはなかった。

 約一年前のあの日までは。

 透にとっての幼少期のあの出会いが人生のターニングポイントと言うのならば、彼と再会したのは2度目のターニングポイントにしてある種今後の彼女の人生の線路を確定させてしまったと言っても過言ではなかった。

 そうでなければアイドルのスカウトなど幾ら適当な透と言えど受けることはない。

 現に彼女は何度もスカウトはされてはいたが全て断っていた。

 しかし今度彼女をスカウトしたのはあの彼だ。

 断るなど彼女にとってそもそも選択肢になかった。

 

 

 故に彼、プロデューサーは透にとって人生の中心、謂わば太陽系で言う恒星のような存在であった。

 

 

 彼女にとって多少話し方は変わったかもしれないが、あの頃の彼と何一つ性格は変わってなどいない。

 多少何があったかは勿論気にはなっているが、彼女にとって彼と一緒にいれる今のこの環境こそが最も優先されるべき事項である。

 

 

 だから彼がこの事務所を辞めてしまうというのは何としても阻止しなければならなかった。

 

 

 これがもし透が成人していれば無理してでも着いていくことも可能であったが、まだ彼女は高校生の子供。

 少なくとも高校を卒業出来る後一年の猶予は欲しかった。

 少し前の彼女なら高校を中退してでも彼に着いていくことも選択の視野に入れていた。

 だがそれを彼は決して望まないことは分かってはいた。

 彼とは今後の人生をずっと一緒にいたいのだ。

 出来れば自分と彼、同時に寿命を終えたい程にだ。

 だからこそ余計なしがらみを作りたくなかった。

 しっかり高校は卒業して世間一般で言う成人になり、堂々と彼と一緒にいるために。

 それまでは何としてもプロデューサーを辞めさせるわけにはいかない。

 透にとってアイドル活動は今楽しいと感じるものである。

 幼馴染4人で一緒にいれるのは安心する。

 ファンの笑顔も勿論嬉しいものである。

 両親も自分の活動をとても応援してくれている。

 

 

 でも彼女にとって一番大事なのは彼なのだ。

 

 

 彼が褒めてくれるときの本当に嬉しそうな顔。

 

 彼が楽しそうにしている優しい顔。

 

 彼が困っているときの可愛い顔。

 

 彼が仕事をしているときのかっこいい顔。

 

 

 その全てが彼女にとって愛おしいものであった。

 

 

 彼女の優先度は芸能界で生きるアイドルとしては許されるものではないだろう。

 だが彼女は人間なのだ。

 しかもまだ子供だ。

 精神がまだ未成熟が故に、バレたときのリスクは度外視になっている。

 そもそも彼女がアイドルをやっている理由は彼の存在があるからで、他の誰のためではない。

 そんな彼女のやりたいことは既に心に決まっていた。

「......ねぇ、プロデューサー」

「ん? どうした______」

 

 

「これからもずっと、ずっと側にいて欲しいな」

 

 

 彼女の透き通るような瞳が彼を捉えていた。

 それはまるで宇宙空間に現れた重力崩壊した超巨大天体の如く、何ものも逃さない。

「ははは、それじゃまるでプロポ______」

「浅倉さーん! 準備終わりましたんで次お願いしまーす!」

 並大抵の男なら一瞬で勘違いしかねないその言葉にプロデューサーは苦笑しつつ、その真意を訪ねようとすると横から撮影準備が終了したスタッフが声をかけてくる。

「はーい......プロデューサー、今日はこの撮影終わるまでいてくれる?」

 いつものように間延びした返事をすると透はプロデューサーの方を向いた。

 気づいたスーツの袖を握られていた。

「すまん、あと30分くらいしたら次の現場行かないといけなくてさ」

「そっか......だったらそれまで私のことだけ見て、私のことだけ考えて。それで許す」

 そう告げる透の表情は真剣で、冗談で言っているようにはプロデューサーは見えなかった。

 彼女の瞳が彼を貫くほどに見つめていたのだ。

「わかったよ______お前のことだけ見てるし、お前のことだけ考えてる。これで良いだろ?」

「......っ。うん、それで良い。バッチリ決めてくる」

 プロデューサーの真剣な瞳に透も貫かれた。

 顔が良いと評判のその容姿に、真剣な表情が合わされば最強に見える。

 透はそんな彼から目を反らしてそう言うと、彼女にしては早足で撮影場所まで歩いていった。

 そんな彼女の後ろ姿を見て、見られる側の人間として成長したなとプロデューサーはとても感心していた。

 成長する子供を見る親の気持ちだろうか。

 プロデューサーはそんなことを考えつつ、透の撮影を眺めていた。

 カメラマンの指示に従い、ポーズを決めて着々と撮影を進めていく姿に安心を覚える。

 

 

「......あのときは馬鹿なんじゃないかと言ってしまったけど」

 

 

 彼の目を通して見る透からそんな様子は微塵もない。

 あるのは”出来るモデル”そのものだ。

 そのミステリアスな雰囲気も重なってファンが多いのだって充分に頷ける。

 

 

「......根っこのところでは10年前となんら変わってはいないね。そこはまあ安心、かな」

 

 

 彼は消え入るような声でそう呟き、進んでいく彼女の撮影を眺める。

 しかし今日は気持ちの良いくらい天気が良い。

 世間一般では日曜日で、もし休日であればこれ程までにないピクニックや散歩日和である。

 だが彼は仕事であった。

 彼は撮影の隙を突き、澄み渡る青空を一瞬見上げ、溜め息を吐いた。

 

 

 

______全体のスケジュール管理キツすぎんだろ!

 

 

 

 先程した約束はすぐに破れられたのを透は知らない、というより知る由もなかった。




アイドルが恋愛するのは別に構わない派です。
推しには幸せになって欲しいからです。

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