もう限界なので休ませてください。。。 作:オティヌス
283プロダクションが保有する社用車は2台存在する。
1台は4人乗りの黒のLEX◯S。
もう1台は8人乗りのシルバーのALPH◯RD。
どちらも大概高級な日本車である。
これに関しては完全に社長の趣味で事務所に所属したときからこの2台であり、今でこそ少しは慣れてきたものの毎回運転する際に多少の緊張感に襲われるのは勘弁して欲しいとは思っていた。
まだ事務所がそこまで売れていなかった頃は営業に向かう際は態々目的の場所から少し離れた駐車場に停めていたのを思い出す。
調子に乗ってんなと思われかねないからである。
下らないとは思うが社会で生きていく上では面倒ではあるものの、気を使わなければならないのだ。
「ごめんな、渋滞に嵌ったみたいだ」
「ぷ、プロデューサーさんのせいじゃないので大丈夫です......!」
現在、関越自動車道をノロノロと進む車達。
その中の1台である黒のLEX◯Sにはプロデューサーと福丸小糸が乗っていた。
運転席には勿論プロデューサー。
そして後部座席、ではなく珍しく助手席には小糸が座っている。
いつもならば後部座席の左側が彼女の定位置であるからだ。
車内で左側に小糸がいる感覚を少し新鮮に感じつつ、プロデューサーは目の前の渋滞する車達を眺めていた。
「工事で渋滞ねー。これだと事務所に着くの何時になるかなー」
プラスで1時間くらいで2時間ちょいはかかるかもと、少し辟易しながらホルダーに置いてあるスマートフォンの画面を睨みつつ、プロデューサーは進んではまた止まるというのを繰り返していた。
時間はまだ14時を過ぎた頃で、更に言えば現状彼が直接出向く必要のある仕事はなかったので問題はない。
まあ、だからこそ現在彼女の送迎をしているのではあるが。
「そうだ、今日の仕事改めてお疲れ様」
「は、はいっ......! 着物も着れてなんだか京都みたいで楽しかったです!」
今日は埼玉県某所の小江戸と呼ばれる場所でロケがあり、内容としてはおすすめの観光スポット巡りというものである。
彼女含め、大御所の男性俳優に最近グランプリを取ったお笑い芸人コンビ、老若男女関係なく人気の女性タレントと某テレビ局の女性アナウンサーでの撮影であったのだが皆優しい人柄で小糸もあまり緊張しないで済んでいるようで良かった。
大御所の男性俳優さんに関しては以前、小糸と番組で共演したこともあって気にかけてくれているようで、孫ほど離れている年齢差であるからか、本当に孫のように可愛がってくれているようで担当プロデューサーとしても嬉しいものだった。
ちなみにその大御所俳優さんは着物姿の小糸を見たときに孫を思い出すなと言って笑いを誘っていた。
「そっか、それなら良かった。あと着物すごい似合ってたな。次の仕事はそれ系でも良いかもね」
「えへへ、そ、そうでしたか......えへへ......」
突然プロデューサーに褒められて、両手で頬を抑えてニマニマする小糸。
基本的にコミュ障に近い彼女から無防備なこの表情を引き出すのはかなり距離感を縮めなくてはいけないレアなものである。
小動物的な彼女は周囲の視線を気にしているところがあるため、隙を見せることは少なく常に緊張状態みたいなことになっていた。
幼馴染の前では勿論別ではあるのだが、その例外にプロデューサーも少し前に入ったのだ。
「しかし、久しぶりにあそこ来たけど、なんか関東じゃない感じがして変な感覚だったなー」
「......前にも来たことあるんですか?」
目の前の渋滞を眺めながらそう話すプロデューサーに小糸はそう問い返した。
「うん、前にってか、何年前だろうな......あー高校の時か。友達に行ってみたいって言われて行ったんだよ」
思わず流れでプロデューサーの過去の話を掘り下げることに成功してしまった小糸は内心でドキドキしていた。
いつも彼は雑談でも何でも最近あったエピソードを面白おかしく話してくれ、そこからこちらに話題を振って話を広げてくれるため、中々過去のことを聞くことが出来ないでいた。
聞いても軽く話してすぐに軌道修正されてしまい、283プロダクション内での彼の過去を知っている人物のパーセンテージは少ない。
それが果たして彼が故意的なのか無意識なのかは判断することは出来なかったが。
「その時は何して過ごしたんですか......?」
「今日みたいな感じだよ。歩いて飯食べて、人力車乗ったり、和菓子作ったりとか本当に真っ当に観光してたな」
あと茶蕎麦が美味しかった記憶があるなと続けるプロデューサー。
ちなみに今回のロケの彼女たちのお昼ご飯は茶蕎麦ではなくうな重であった。
めちゃくちゃ美味そうだったとロケを眺めていたプロデューサーは空腹と戦っていたのだが、勿論それは表には出さず、お腹の音も謎の高等肉体制御で抑えていた。
「へ、へぇ、そうなんですね.....ちなみに一緒に行ったお友達って......」
ロケ中に食べたうな重もとても美味しかった小糸であったが、それよりもプロデューサーとその美味しかった茶蕎麦を食べてみたい気持ちの方が遥かに強くなっていたのは仕方のないことだった。
何ならプロデューサーと一緒に着物を着て、あの町を並んで歩いてみたいとさえ思っていた。
しかし、そんな妄想を楽しむのを邪魔するある疑問が小糸の脳内を支配していた。
一緒に行った友達は同性なのか異性なのか。
それは2人で行ったのか、それとも複数人なのか。
そんなところが小糸は気になって気になって仕方がなかった。
勿論、他にも気になることはたくさんある。
何年の何月何日何時何分何秒にそこへ行ったのか。
服装は何を着ていたのか。
そこまでの移動手段は何を使用し、帰りは何で帰ったのか。
どのようなルートで周り、何を体験し何を食べて何を買い、どのような話しをしたのか。
気になることはたくさんあって聞きたいの山々ではあるが、今一番気になる情報はそこであったのだ。
「あー......女友達だよ。いやなんかそういうつもりで話したんじゃないんだけどさ」
プロデューサーは全く意識していなかったのだが、少しやらかしてしまったと後悔する。
これではまるで自分の過去を語りたがっている人みたいで痛い奴になってしまう。
そもそも自身の過去のそういうエピソードなど誰も興味ないであろうに、このままでは何を言っても墓穴をほってしまいそうだ。
連日のライブに向けての各方面との打ち合わせや、大きな渋滞に嵌ってしまったことも合わせて生まれてしまったある種の隙であった。
「それって、その......彼女、さん......です、か......?」
恐る恐るといった感じで小糸は見上げるようにしてプロデューサーへ問う。
そう、これは箝口令スレスレというかラインを少し踏んでいる質問であった。
下手をして、もし小糸を含めた283プロダクション女性陣全員が恐れるある答えが返ってきたらその瞬間に全て終わってしまう。
特に小糸はこのタイミングで発覚してしまったら渋滞に嵌っているのと合わせて車内は地獄と化すのは明らかであった。
「いや本当にただの友達。というか元々もっと大人数で行くことになってたんだけど、当日に俺とその女友達以外急用が出来たから行けなくなった連絡が来てさ。現地集合だったもんだからそのまま帰るの勿体ないってのもあって2人で回ったんだよ」
ちなみにであるが、急用が出来た他のメンバーは皆カップル同士であり、この急用の意図は彼に中々アタックできない彼女の背中を押すためのものであったのだが結果はご察しの通りである。
「へ、へぇ〜......そうなんですね」
安心と同情、その2つの感情が小糸の心を覆っていた。
まあ前者の割合がほぼを占めていたのだが。
「でも普通に楽しかったけどね。歴史的な建物とかも見れたし」
そんな小糸の事情を知らないプロデューサーは純粋に楽しかったと語る。
この男、神社とか城とかそういった建物を見るのが好きなところがあった。
故に下心は一切なくただただ観光をしていただけだったのだ。
「えっと、その......」
小糸の次の質問、つまりは今恋人がいるのかどうか。
箝口令を破る禁句である。
聞いてみたいという感情と聞いてはいけないという感情が小糸の中でせめぎ合っていた。
故にその次の言葉は中々吐き出されない。
「そういえば、小糸にと思って買っといたんだよ」
ふとプロデューサーは思い出したのか、助手席の前にあるグローブボックスを指して、そこ開けてみてと小糸に言った。
小糸は首を傾げつつ開けてみると、そこには花柄がプリントされた紙袋があった。
「わあああ......ぷ、プロデューサーさんっ、これ......!」
「ははは、その様子だと喜んでくれてるみたいで良かった」
目を輝かせる小糸にプロデューサーは頬を緩ませる。
小糸の小さな手の中の紙袋には様々な種類の飴がたくさん入っていた。
普通の飴玉や断面が柑橘類や花の飴、四つ葉のクローバーを彷彿とさせる飴、千歳飴やアニメでよく見る棒付きキャンディまで本当に様々だ。
見るだけで目を楽しませる鮮やかな色彩に小糸は夢中になっているようだ。
「見た感じ小糸が好きそうなのと俺が美味しそうだなって思ったの買ったんだ。ちなみにその薬草入りのど飴が一番人気なんだってさ」
プロデューサーの言葉は果たして小糸に届いているのだろうか。
283プロダクションで生粋の飴好きの小糸は目の前の可愛らしい飴たちに夢中で気づいていないようだった。
そんな様子の小糸にプロデューサーは苦笑しつつも、とても買った甲斐があったなと手応えを感じていた。
「プロデューサーさんっ、ありがとうございます! え、えっとお代を......」
「いやいやいや、そんなの要らないって。俺が勝手に買っただけだし、気にしないで」
「で、でも.....」
しかし納得の行かない様子の小糸。
律儀な彼女のことだから納得させるのも少し難しいかなとそう一瞬だけ思ったが、プロデューサーはすぐに解決策を出した。
「じゃあさ、その飴たちは俺たち専用の飴にしようか」
「専用、ですか......?」
「そう専用。俺たちだけが食べられる飴。勿論小糸は好きなときに食べていいけど、俺が食べたくなったら俺はその都度小糸から貰う感じで」
小糸は最近というより少し前からであるのだが、プロデューサーの面倒を見たがるケースが増えてきていた。
例えば事務所では珈琲を淹れたり、外であれば飲み物をプロデューサーに用意していたり、乾燥して手がカサカサになったときはハンドクリームをスッと出したりと出来る女ムーブをカマしている。
プロデューサーは考えたのだ。
明らかに小糸にとって見たらメリットはなく、面倒事を増やしているとしか言えないこの提案は逆に彼女の琴線に引っかかると。
恐らく9割方はこれで行けると謎の自信がプロデューサーにはあった。
「わ、わたしがプロデューサーさんに飴をあげる......」
小糸は思案しているのか少し固まる。
その表情はいつにも増して真剣であるように見えた。
「分かりました。プロデューサーさんの言う通り、この飴はわたしたちだけのものにしましょう」
そして数瞬の時を経て、プロデューサーの提案は受諾された。
案の定、プロデューサーの読みは的中したのだ。
「よし、なら決まりだね。じゃあ早速その黒糖味の______」
「だからプロデューサーさんは今後、飴はわたしから貰ったもの以外は食べないで下さいっ」
何故にそうなるとプロデューサーは即時に思い、小糸の顔を見る。
いつも通りの小糸なのは間違いないのだが、何かが違う気もする。
そう、いつもの小動物めいた真ん丸な顔に丸い目。
瞬きせず、しっかりとプロデューサーの顔を捉えている。
「小糸ー? どうしたんだー」
「プロデューサーさんが言ったじゃないですか。この飴がプロデューサーさんとわたしの専用の飴だって。だからこの飴たち以外は食べちゃダメです。大丈夫です、無くなりそうになったら今度は2人で買いに行きましょう」
「いや、別にそんな重い誓約は課してないんだけど」
「あ、大丈夫ですよ。わたしも今度からは飴はここからしか食べませんっ。たまに円香ちゃんがくれたりするんですけどそれもしっかり断ります」
だから安心してくださいと小糸はそう言った。
_____あれ、何かがおかしいぞ。
「いや、円香からの飴は素直に受け取ってやってくれな」
多分あの子表面上は顔に出さないだろうが、めちゃくちゃショックを受けると思う。
下手をしたら泡を吹いて倒れてもおかしくはない。
「で、でもそれだとプロデューサーさんがわたし以外の飴を食べることになっちゃいます......それは嫌ですっ」
「......うーん、そうだな。でももし飴貰ったらしっかり断れるのかー? 」
「ぴぇっ......ぷ、プロデューサーさん......酷いですっ」
そして突けばやはりいつもの小糸が出るので恐らく断ることは難しいだろう。
円香以外にも幼馴染メンバーからお菓子を貰ったり、何なら他のグループメンバーからも貰っていたりする。
いくらノクチルのメンバーがプロダクション内で特別他のグループと関わりが少ないとは言え、多少の関わりは勿論あるのだ。
「ははは、でもさ。俺的に無理する必要ないからみんなに愛される小糸でいて欲しいんだけどなー。それが原因で喧嘩してる小糸は見たくないよ」
少しずつ動き出す渋滞をゆっくりと車を進めいてくプロデューサー。
車内には音量抑えめのラジオがニュースを伝えており、その言葉の後、静まり返る。
続く小糸の言葉をプロデューサーは待っていた。
「そ、そうですか......?」
「うん。というか小糸にそういうのは似合わないよ。ドラマや映画の配役ならともかくとしてさ」
らしさの押しつけはよくないというのは分かっている。
これはプロデューサーの彼女への育成方針に抵触していた。
しかし、状況的に少し不穏気な小糸を変な方向に向かわせるのはプロデューサーとして、いや大人として抵抗があったのだ。
こういう状況を過去にプロデューサーは経験している故の対応であった。
それが果たして正常に作用しているかは別として。
きっと、それは間違ってはいないはずだ。
「だから取り敢えず飴食べようか。俺黒糖味のやつね。小糸はその蜜柑味のやつ良いんじゃないかな。レコメンドって感じで置いてたし」
プロデューサーはそう言うと、左手を小糸の方に差し出し、飴を待つ。
小糸はムーっと少し悩みながらも、袋から黒糖味の飴を出す。
「......ぷ、プロデューサーさんっ、あーんしてくださいっ!」
「......小糸?」
何だか結局いつもと様子が少しおかしい小糸に疑問符を浮かべつつも、その表情を見る。
恥ずかしいのか頬を赤く染めており、目も何だか真剣であった。
そんなに恥ずかしいのならやらなければ良いのになどと無粋なことを彼は言うことはない。
「せめて、わたしが食べさせてあげます! それに運転中ですしっ」
何がせめてなのかはよく分からないし、運転中とは言え、渋滞でほぼ動いていない状況であるので手渡し程度何も問題はない。
まあ、それも彼女に対して言うことはないのであるが。
「それなら仕方がないね______飴、プリーズ」
「は、はいっ、プロデューサーさん。飴どうぞっ......です」
小糸は少し身体を運転席の方へ向けると、プロデューサーの口に黒色の飴玉を入れた。
ころころと口内で転がすと、優しい黒糖の甘みが広がっていき、どこか懐かしさを感じる味であった。
「小糸、ありがとな」
「.......いえ、はい、どういたしまして......」
小糸は緊張していたのか少し挙動不審であったが、どうにか心を落ち着かせるべくプロデューサーの言っていた蜜柑味の飴玉を口に放り込んでいた。
その甲斐あってか、小糸の精神の波は大荒れだったのがまるで凪のように静まっていく。
「結構、美味いな。この飴」
「は、はい。蜜柑のも優しい味がして美味しいです......」
そんなこんなで車内に一瞬流れた不穏な空気は完全に消え去り、平穏を取り戻す。
2人はその後、ロケ中の話や今後の仕事の話、更には最近あったプロデューサーの出来事や小糸の学校での出来事を話しながら、まだまだ続くであろうこの渋滞の道を進んでいく。
______皆から貰ったグッズ案をまとめたけど、厳しいのが何個あるからもう一回考えてもらうかー。
Tシャツやスマホケース、ピンバッジはともかくお菓子とか食品系になると流石に間に合わないし食品衛生的にも厳しい。
時間がないので急ぎにはなってしまうが、仕方ないとプロデューサーは頭の中で考えながら最近の日常エピソードを小糸へ向けて吐き出していた。
______流されちゃったけど、みんなからのを断ればプロデューサーはわたしがあげた飴以外食べないってことで良いんだよね。
出来れば飴以外もプロデューサーの口に入るものは管理したいと思う小糸であったが、それをすぐに実行出来るとは思っていない。
だからこそ、小さな一歩ではあるもののゆっくりと歩みを進めていくことを決めた彼女。
取り敢えず、よく飴をくれる円香からの飴を断れるようになろうとそう決めた小糸であった。
流れ弾は飛んでいく。