もう限界なので休ませてください。。。 作:オティヌス
283プロダクションの事務所。
一般家庭においてリビングに該当するその場所はアイドルたちの溜まり場になっている。
基本的には中央にドンと鎮座している長方形のテーブルとL字のソファで雑談をしたり、特に何をするでもなくスマートフォンを弄ったり、読書をしていたりと各々自由に過ごしていた。
皆多忙であり、全員が集合することそうそうないのだが(そうなると事務所がかなり手狭になってしまうが)、それでも多くて4、5人はいる場合は結構な確率である。
そんなある種皆の憩いの場であるそこには現在2つの人影があった。
「......」
「......」
三峰結華と黛冬優子。
アンティーカとストレイライトのメンバーである。
互いにソファに座ってはいるが、距離にして4人分程のスペース。
別段仲が悪いわけではないのが、そこまで絡みがあるわけでもなく、ややプラス寄りの仲といったところだろうか。
この二人きりになった今のシチュエーションに際して、積極的に声をかけて話すかと言えばそうでもなく、自由に過ごしたほうがお互いのためと判断したのであろう。
そのため2人は沈黙を貫き、手元のスマートフォンに目を向けていた。
SNSを更新したり、多種多様な呟きを見るなどしていた2人であったが、それでも少し経てばやることは段々と無くなってくる。
欲しいグッズやお気に入りのブランドの新作なども調べて見ていたのだが、ついぞ限界はやってきた。
「......ふゆゆ〜、そのスカート可愛いね〜。どこのやつ?」
「ありがと〜♪。えっとね、このブランド〜」
最初に話かけたのは結華であった。
冬優子の履いていたスカートを褒めつつ、牽制といったところかジャブを仕掛ける。
彼女は笑顔で礼を言うと、スマートフォンを操作してそのスカートのブランドの公式サイトを見せてきた。
しかしそのサイトを見た結華はある違和感を抱いていた。
「可愛いね〜。でもなんだかふゆゆにしては珍しいチョイスだね。いつもならなんかこう、もっとガーリーな感じっていうか」
______量産系な感じだよね。
結華の口からその言葉は出ることはなかった。
別に自身のことを棚に上げて他人のファッションに対してとやかく言うつもりなどない上、量産系というジャンルを悪く言うつもりもない。
ただジャンルとしての名前がそうなっているからそう呼ばざるをえないためである。
結華的には似合っていれば別段問題ない上、実際冬優子にはとても似合っていた。
しかし、今日彼女が履いているスカートいや、全体のファッション。
結華が事務所に来てからずっと抱いていた違和感の正体。
ジャブとは言ったが、それは結華にとってストレートに近いものでもあった。
「今日は何だかいつもよりシックだね。いつも可愛いと思ってたけど今日も凄い可愛いなって思ってさー」
「えーありがとー♪。たまにはこういうのもありかなーって思って」
結華の抱いていた違和感。
あの黛冬優子が自身のファッションの方向性をそんな簡単に曲げるのだろうか。
彼女のファン層は一見男性が多そうにも見えるが、実際は女性の方が多い。
理由としては彼女の精神性によるものだろう。
自分の着たいものを着て好きなようにファッションを楽しむというある雑誌のインタビューで彼女が答えたその言葉は、若い女性を中心に指示を集めた。
冬優子のファッションは世間一般的にはある種着るのが難しいとも呼べるジャンルで着てみたいと思っても手が出し辛いものがある。
しかし、冬優子はそんなこと一蹴するかのようにこう答えてみせた。
______誰も責任なんて取ってくれないんだから好きなことを好きなようにやらないと損です♪
______めんどくさいことなんて考えないで、思いっきり今を楽しんだ方が良いですよ♪
そのインタビューから若い女性を中心に指示を集め、彼女のSNSのフォロワーは倍増していた。
そんな彼女が、だ。
他のものから簡単に影響を受けるのだろうかと。
確かに今日の彼女の服装も地雷系と言えるジャンルに近いのであるが、履いているスカートだけ少しシックというか大人なデザインになっていた。
まるでそのスカートに合わせるために他の服装を調整したかのようなそんな様子だ。
普段であれば結華はここまで他人のファッションを気にすることなどはなく、ファッションの話から話を派生させて相手とお喋りに講じることができるのだが、今日の彼女は停滞していた。
周囲と別け隔てなく接することができる彼女は観察を得意としていた。
そのため、感じた冬優子への違和感。
看過することが出来ないその違和感。
どうしてか嫌な予感が頭を過ぎるその違和感。
今日事務所で冬優子に会った時から彼女の心臓は早鐘を打っていた。
「でも〜それを言うなら結華ちゃんもいつもと少し違うっていうか〜」
______プレッピー寄りっていうか、普段そんな格好しないでしょ。
彼女の好きな色と言うべきか。
パーカーやキャップでカジュアルに決めることもあれば、プレッピースタイルをポップな雰囲気に落とし込んてお洒落に着崩しているイメージが強いのだが今日の服装はどうだろうか。
全体的にシックな装いというか、グレーのチェック柄のミニのタイトスカートにタートルネックの黒のニットセーター。
膝には脱いだ赤のカーディガンが置かれており、しかも今日に限ってはメガネを外して髪も下ろしていた。
「いやー三峰もたまにはこういう格好も良いかなと思いましてねー」
明らかにおかしいのである。
彼女の普段の傾向から考えれば見かけないスタイルであった。
冬優子から見て、結華のファッションにはこだわりが垣間見えていた。
これという芯が決まっており、ズレることのないものがあったのだ。
それであるのにこのいつもと違うファッションの方向性。
冬優子は普段周りのファッションなど気にすることはなかった。
好きな服を好きなように着れば良いと思っているし、指摘することもない。
しかし、冬優子が今日事務所に来て彼女に感じた違和感がそれを許さないでいたのだ。
______男、か。
彼女たちの頭の中でほぼ同時にそのワードが過ぎったのである。
いや次の瞬間に別のワードをそれを塗り潰していた。
______あいつ(あの人)か。
お互いの頭の中では同一人物が優しい笑顔を浮かべて彼女たちに笑いかけていた。
既に彼女たちは答えをえていた。
最早聞かなくても分かる。
______あいつ(あの人)の好みってやっぱり。
互いに一体どこで染め上げたのか知らないが、事務所に普段と違う服装で来ている。
しかもスケジュール的に他のアイドルたちは仕事が終わったら直帰になっており、事務所に立ち寄る必要があるのはこの場にいる2人だけ。
事務員である七草はづきは現在少し出かけており、戻ってくるまで後30分といったところか。
「......ところで結華ちゃんはこの後はどうするの? 今日って午前中で上がりだと思ってたから」
結華は午前中にあった雑誌のインタビューで今日の仕事は終わりのはずで、そのまま直帰して問題ないはずなのである。
「......えーそれを言うならふゆゆだって、もう上がりじゃないのかなーって」
冬優子も午前中にあったファッション誌の撮影で今日はもう仕事は終わりのはずであった。
直帰可能であれば互いに事務所に戻ってくる理由はないのである。
「ふゆはちょっと確認したいことがあってー」
「三峰もちょーっと確認したいことがあってさー」
嘘である。
2人が今日中に確認しなくてはいけない事項は全くもってなかった。
というより、確認事項があるのならCHIAINでもメールでも利用すればいいだけの話である。
______やっぱりね。
そして両者の思考はシンクロしていた。
いやこの場合、どこの誰でも理解することはできるか。
______あいつ(あの人)を待ってるのね(待ってるのかー)。
この2人は所謂同類であった。
特定の人物以外には猫を被っている冬優子と誰にでも別け隔てなく接することのできる結華。
どちらもサブカルチャーに詳しいというところがあったが、それよりも似ているのはその状況判断能力である。
周囲の空気を瞬時に察知して理解するというそれは、他社と軋轢を生まないという点ではとても優れたものであった。
冬優子に関しては自分を貫くというところである種矛盾したそれを内包しており、それらを共存させて崩壊しない社会性を保有していた。
それ故に結華もそうであるが互いに苦しんでいる部分はある。
しかしそれも今の彼女たちにとっては些細なことであった。
「戻りましたー。あれ、なんでいるの?」
そして、その絶妙なタイミングで戻ってきたのは件のプロデューサーだった。
直帰しているはずの彼女たちが事務所にいることに疑問を抱くのは至極当然のことである(とは言いつつもプロデューサーに会うために態々事務所に戻ってくるアイドルは割りといるのだが、結局帰ってくる時間がかち合わず会えない場合が多い)。
彼はいつものスーツ姿にビジネスリュックを背負い、左手には某コンビニのビニール袋が握られていた。
彼が普段利用している事務所の近くのコンビニで購入したのであろう、見た限りペットボトルのコーヒーが入っているのは確認できる。
「おかえりなさーい♪ プロデューサーさん♪」
「おかえりーPたん」
そして、先程まで流れていた何やら不穏な空気は霧散し、2人は笑顔でプロデューサーを迎えた。
その動きもとてもシンクロしているように見え、彼は少しビビっていたが。
「プロデューサーさん、何でいるのって酷くないですかー」
「そうだよ、Pたん。こんな可愛い女の子2人に失礼じゃない?」
「ああ、いやごめんごめん。直帰だと思ってたからさ」
プロデューサーは自身のデスクまで行くと荷物を置くとPCを起動し、2人に対して謝罪をする。
確かに何でいるのというの言い草としては酷いなと自覚したからである。
「てか、2人とも。なんかいつもと雰囲気違うね」
そしてプロデューサーは2人の様子にすぐに気づいた。
というよりも事務所に入った瞬間に気づいてはいたのだ。
彼は相手の容姿に変化(この場合は髪型や服装、指先、化粧などを指す)に対してかなり敏感である。
何故ならすぐに相手を褒めるためであるのだが、この男はそれを無意識に行っているためそれが当たり前とさえ思っている。
「可愛い......いやとても綺麗だね。似合ってるよ」
プロデューサーは2人の服装がいつもより大人な雰囲気で纏められているのをギャップも含め、とても似合って良いと心の底から思っていた。
そのため、本心からの褒め言葉をごく自然な笑顔でそう告げた。
「......」
「......」
それを真正面からまとも食らってしまった2人はもう限界寸前であった。
可愛いと褒められることはあっても綺麗と褒められることはなかったからである。
彼はこういったことで嘘は絶対に言わないというのを理解しているため、それが完全な本心であることは明確であった。
そのため、2人の頬はまるで赤のチークを付けたかの如く染まっており、その言葉に何も返せないでいた。
これがもしスタッフや他の男性に言われたのならお礼を返して終わりなのだが、ことプロデューサーから言われるのはそれとは事情が違う。
彼の言葉は特別なのである。
プロデューサー1人から綺麗と言われるのとその他男性10000人から綺麗と言われるのは価値として月とスッポン、天と地ほど変わってくる。
お金持ちのイケメン男性と最高級レストランで食事を取るより、プロデューサーとファミレスで食事を取る方が2人いや283プロダクションの女性陣にとって圧倒的に価値があるのだ。
「てか結華。その服まだ持っててくれたんだね。久し振りに見たけどやっぱり似合ってるよ」
プロデューサーのその一言に結華は顔を赤くしつつも、俯き目を反らした。
冬優子はその言葉に少しギョッとして結華の姿を確認した際に彼女が少しニヤニヤしているのを確認できた。
「......うん、Pたんが選んでくれた服だもん。大事にするよ。それに、先週言ってたじゃん。またあの格好の三峰見たいって」
「ああ、そう言えば」
プロデューサーは思い出す。
先週、結華とのCHAINのやり取りで以下のようなやり取りがあった。
プロ『そういえば今日の撮影の衣装似合ってたね。普段とは違う感じで』 22:04 既読
結華『Pたん、褒め上手だねー。褒めても何も出ないのにー』 22:04
結華『......ほんと?』22:05
プロ『どっちだと思う?』22:05 既読
結華『もう! そういうところ!』22:06
プロ『冗談、マジで似合ってたよ。怒らないで』22:07 既読
結華『そういう冗談は女の子にしてはいけないのです。三峰だから良かったけど』22:07
プロ『大丈夫、結華にしかしないよ』22:08 既読
結華『Pたんは今度三峰にご飯を奢る刑です』22:11
結華『Pたん? ご飯は冗談っていうかさ。別に本気で怒ってないし......ごめんねー』22:25
プロ『ごめん、仕事の電話きてたから見れなかった』22:31 既読
プロ『ご飯行こう。最近結華と行けてなかったし』22:32 既読
プロ『てか行くからな? 拒否権は無しね』22:32 既読
結華『うん、行く』22:33
結華『前に行ったラーメン屋さん行こ。味噌ラーメンが美味しかったところ』22:34
プロ『ラーメンでいいの? 他になんか行きたいところない?』22:34 既読
結華『うん』22:36
プロ『どうしたの?』22:37 既読
プロ『おーい』22:45 既読
プロ『 41:19 』23:26
結華『ごめんね、Pたん。めんどくさくて』23:26
プロ『気にすんなー』23:26 既読
プロ『そうだなら久し振りに前に買い物行ったときに買ったあの服着てきてよ。ニットのやつ』23:27 既読
プロ『見たい。あとそれが罰ということで』23:27 既読
結華『Pたんはああいう感じが好きなの?』23:28
プロ『普段の結華の服装も好きだけどああいうちょっと大人な感じ?のけっこう好きだぞ』23:28 既読
結華『うん分かった、着ていくね』23:30
結華『惚れ直すなよー』23:31
プロ『へいへい。てか明日も早いんだからさっさと寝なよ』23:31 既読
結華『わかってるよー。Pたんもねー』23:31
プロ『りょーかい。おやすみ』23:31 既読
結華『ごめんね、Pたん。あとちょっとだけ』23:35
プロ『良いよー』23:36 既読
結華『 34:33 』0:11
というやり取りが先週末にあったのだ。
ちょうどプロデューサーは事務所におり、オールスターライブに向けての準備を進めていたときだった。
普段から仕事をしながらアイドルたちとCHAINのやり取りをすることはあるのだが、ときたまこういうことがある。
プロデューサーのマルチタスクを持ってすれば仕事をしながら会話は造作もないことであったのだが、流石にずっとスマートフォンを耳に持っているのは疲れるのでイヤホンを使用していた。
だからかと、自分で言っておいて忘れていたことを申し訳と思いつつも、あの結華が素直に着てきてくれたことに驚いていた。
改めて言われると恥ずかしがる結華のことだから着てくることはないと思っていたのだ(少し失礼ではあるが)。
「もう、忘れてたのー?」
「ははは、ごめん。今思い出した。うん、やっぱり似合ってるよ」
やってしまったなとプロデューサーは後悔していた。
普段であればこんなミスはしないのであるが、最近のオールスターライブの調整で疲れが出ているのかもしれない。
思い出したという言葉を皮切りに結華の表情に陰りが差したのをプロデューサーは見逃さなかったからだ。
「プロデューサーさん♪ ふゆのこのスカートどうですか?」
そして軽く空気になっていた冬優子は笑顔でそう詰め寄った。
目の前で変な空気を作られれば冬優子でなくとも嫌であろう。
「うん、可愛いよ。やっぱりそのスカート似合うね。俺のチョイスに間違いはなかったみたいだ」
プロデューサーは最早、後処理は未来の自分に託すことにした。
冬優子は笑顔を浮かべているが、その実不満と怒りが混ざっているようだった。
不穏の結華と冬優子のダブルパンチである。
ご機嫌取りというべきか、彼の手腕にかかっている。
「プロデューサーさん、服のセンスとっても良くてふゆもびっくりでしたよー♪」
プロデューサーは思い出す。
そう、これも先週のCHAINでのやり取りのことであった。
冬優子『どのスカートが良いと思う?』22:07
冬優子『(ブランドのホームページ)』22:07
プロ『右の』22:08 既読
冬優子『あんたそれ適当じゃないでしょうね』22:08
プロ『適当じゃないよ。ちゃんと似合ってるの選んだし』22:09 既読
プロ『いや似合ってるってか、俺の好みだったな』22:09 既読
冬優子『知ってるわよ、あんた衣装決めのときもこういう系提案するじゃない』22:09
プロ『なんだわかってんじゃん』22:09 既読
冬優子『まあ良いわ、あんたの選んだのにする』22:09
プロ『そっちこそ決めるの早くね? もっと悩むところじゃないの?』22:10 既読
プロ『冬優子の好み的には左のやつだろ』22:10 既読
冬優子『良いの! もう充分悩んだし』22:10
冬優子『てか、あんた仕事中よね。ごめん邪魔して』22:11
プロ『邪魔じゃないよ。そんなこと気にしないで』22:11 既読
プロ『てか優しいね冬優子。どうしたの? 悪いものでも食べた?』22:12 既読
冬優子『はっ倒すわよ』22:12
冬優子『ふゆはいつも優しいでしょうが』22:12
プロ『わかってるよ。本当に冬優子が優しいのなんて』22:13 既読
プロ『いつも身に沁みてる』22:14 既読
冬優子『......何か食べたいのある?』22:15
プロ『なんでさ』22:16 既読
冬優子『今から事務所行くからついでに買ってくわ』22:17
プロ『やめなさい』22:17 既読
冬優子『もう家出たわ』22:18
プロ『引き返しなさい』22:18 既読
冬優子『嫌よ』22:19
プロ『 03:57 』22:24
冬優子『あんたってほんとバカ』22:25
プロ『バカでいいからさ』22:26 既読
プロ『今日は早く寝なさい。お肌云々かんぬん』22:27 既読
冬優子『子供じゃないんだから分かってるわよ』22:28
プロ『物分りがよくてぼく嬉しい』22:28 既読
冬優子『......でもあんたも早く帰りなさいよ』22:29
冬優子『でないと本気で事務所行くから』22:29
プロ『はいはい帰りまーす』22:30 既読
冬優子『.....今から行くわよ?』22:31
プロ『分かってるよ、もう少しでちょうどよくなるからそれで終わりにする』22:32 既読
冬優子『そう、なら良いわ』22:32
冬優子『じゃあ、おやすみなさい、プロデューサー』22:32
プロ『おやすみ、冬優子』22:32 既読
このようなやり取りがあったのだ。
つまりは購入したスカートを見せに着てくれたということになる。
可愛いところがあるなとプロデューサーは微笑ましいと思っていた。
ちなみにこのやり取りの後、プロデューサーが帰宅したのは天辺を過ぎた頃だった。
「センスっていうか、冬優子は何でも似合うからね。うん、可愛いよ」
「......そういうところだって言ってんのよ」
顔を赤くした冬優子はボソッと何か言ったようだが、プロデューサーの耳には届かない。
恐らく素が出たのだろうと彼は予測していたが、特に何も言わなかった。
この事務所で冬優子の素を知っているのはプロデューサーとストレイライトのメンバーの計3人だけである。
故に下手に触れて素を暴露するのは良くないとの判断であった。
「っとごめん、電話だ」
プロデューサーはポケットで振動したスマートフォンを取り出すと即座に仕事モードに切り替え電話に出る。
相手は広告会社の担当であった。
「はい、はい......ええ、ありがとうございます。あと先程のメールの件なんですが______」
打って変わって真面目なプロデューサーのその表情に2人は少し見惚れていた。
出来る男の顔である。
容姿が整っているもあって尚更にその輝きは増していた。
「......ほんと単純」
冬優子はそんな彼の表情を見ただけで黙らされてしまう自分に軽く自己嫌悪しつつも、やはりかっこいいなと改めてプロデューサーのことを再認識していた。
こいつより良い男なんているのかしら、そんなことを考えてしまった思考を冬優子はすぐにかき消していたが。
「......はぁ、Pたん」
好き好き好き好き。
溢れ出そうなその感情をどうにか抑え込んだ結華は息を吐いて心を落ち着かせる。
もう自分はこの人にダメにされてしまったと結華はある種諦めの境地にいた。
______プロデューサー問題。
今事務所内を騒がせている大きな問題。
オールスターライブが決まったことにより、半年後に退職という危機は去ったがその後はまだ分からない。
はたまた恋人がいるのかどうかも。
だからこそ、そのリミットまでにプロデューサーと極限までに仲良くなって彼を物にする。
それが283プロダクションのアイドルたちの総意であった。
そしてこの時プロデューサーに夢中になっていた冬優子と結華の思考はまたもやシンクロしていた。
______もし、プロデューサーが仕事を辞めた後自分の家に転がり込んできたら。
それはただの妄想である。
夢小説の類に近いそれはサブカル件の知識に富んでいる彼女たちの中では普段からしていたことでもあった。
仕事を辞め、無職になったプロデューサーを自分が養うというその妄想。
『朝ごはん作ったから食べなさいよ。お昼代もそこに置いておくから』
『ごめんな、ありがとう』
『良いのよ。ほんとはお昼も作りたいけど仕事抜けて戻れないし』
『ほんとにありがとな。あ、そうだ。はい、いってらっしゃいのハグ』
『......仕事終わったら爆速で帰るから待ってなさい』
『おはよーって。あらあらまだおネムみたいだねー』
『......んー結華ー?』
『はいはい三峰はここにいますよー』
『......愛してるぞー』
『ははは、もう......三峰もあなたのこと愛してるぞー、なんて』
彼女たちの脳内CPUは毎晩そんな謎妄想に使用されていた。
故に寝不足になることもあったりなかったりなのであるが。
ちなみに妄想内のプロデューサーと現実のプロデューサーでは性格に相違があるので、これの真偽は不明である。
「はい、はい......失礼致します______ごめん、電話終わったって、どした?」
電話を終えたプロデューサーが目にしたのは、彼から顔を反らして頬を赤く染めている2人の姿であった。
何があったのかは聞かないことにした。
それはきっと2人の名誉に関わることだとプロデューサーは直感していたからだ。
______うん、広告も結構大々的になってきたな。
既に283オールスターライブの広告は都内を中心に至るところで見かけるようになってきた。
テレビから駅構内まで、盛り上がりを加速させるように侵食している。
ネットでもファンたちの間でも楽しみだと評判になっていた。
______後はステージセットとその他諸々ってまだまだあるけど、まあ順調って感じかな。
取り敢えずプロデューサーはコンビニの袋からコーヒーを取り出すと、それを一口飲む。
それは可もなく不可もなくな、いつもの味であった。
全然地獄ではないね、これは。
煉獄辺りか?
というか温めのお風呂くらいですねはい......
あと冬優子はイイ女。三峰もイイ女。