もう限界なので休ませてください。。。   作:オティヌス

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大紅蓮無限地獄編Ⅵ

「「「「「乾ぱ〜い(乾杯)」」」」」

「......乾杯」

 カンっとグラスがぶつかる音の後、注がれたアルコールやソフトドリンクは各人嚥下していく。

 その場所は居酒屋でもなければバーでもない。

 ごくごく一般的な住家であり、店員に該当する存在や他の客がいるはずもなく、現在6人がそこには集まっていた。

「あ、そうだ、これお土産よ。皆で食べましょう!」

 そう言って紙袋をテーブルの上へ取り出したのは赤ワインの入ったグラスを置いている有栖川夏葉。

 既にテーブルにはたくさんの酒の瓶やピザや唐揚げなどの料理が様々置いてある。

 夏葉がそこへ置いた紙袋の中には様々な種類のチーズがたくさん入っており、カマンベールチーズやモッツアレラチーズなどよく見るものから、ミモレットやパルメジャーノレッジャーノ、ロックフォールなど珍しいものまで様々であった。

 共通しているのはどれもそれなりの値段のするチーズ達であることだ。

「わー、美味しそう! カマンベールチーズ好きなんですよ〜」

「千雪は一緒に飲む時、いつもチーズをおつまみにしてるもんね」

 多種多様なチーズを見て、喜色満面といった表情を浮かべたのは手前に焼酎のソーダ割りを構えている桑山千雪で、視線はそこへロックオンされていた。

 それを見て、釣られて笑みを浮かべているのは手前に焼酎の入ったグラスを置いている七草はづきである。

 二人は並んで座っており、既にチーズを皿に開け始めていた。

「はぇ〜お酒のおつまみ、って感じですねー。というか結構独特な匂いしますね......そうだ、美琴さんはお酒じゃなくて良かったんですか?」

「うん。あんまりお酒得意じゃなくて」

 そしてはづきと千雪の反対側に座っているのは、七草にちかと緋田美琴の二人である。

 にちかは未成年なので勿論ソフトドリンク(コーラ)であるのだが、美琴はあまりアルコールが得意ではないらしく烏龍茶という選択肢であった。

 ここは都内某所のマンションの一室、七草家のリビングであった。

 皆、床に敷いてあるクッションに座って、わいわいと話に花を咲かせているのであるが。

 そう、ここには6人いるのだ。

 夏葉、千雪、はづき、にちか、美琴の5人に加えてもう一人、異性がいた。

「プロデューサーさんはお酒好きなんですか?」

「......人並みにはって感じかな。家でも偶にだけど飲むくらい」

 そしてそんな女所帯の中で少し所在なさげにしていたプロデューサーは、彼の隣でコーラを一口飲みながら質問するにちかへそう返答をする、取り敢えず手元にあるグラスを呷った。

 中身はハイボールであり、ウイスキーのスモーキーな味わいと炭酸水の爽やかな喉越しが、彼の喉を潤す。

「......それ、美味しい?」

「美味しいよ。ははは、美琴もちょっと飲んでみるか?」

 ああでも美琴はアルコール苦手なんだよね、そう言って一言謝るとプロデューサーは半ば冗談で言ったその言葉をなかったことにしようとする。

 確か飲めなくはないが単純に味が好きではないとかそういう理由だったはずだと彼は彼女から前に聞いたことを思い出していた。

 283プロダクションでも勿論飲み会というイベントは存在する。

 プロダクションのメンバーがほぼ未成年ということもあって、必然的に参加者は成人している5人(社長に関してはいつもお金だけ置いてすぐに帰る)になるのだが、フルメンバーになることは一度もなかった。

 理由は単純明快でスケジュールが合わない、それだけである。

 皆順調に売れ始めたことは良いことであるのだが、その分休みを合わせることはかなり難しくなっていた。

 そのため多くて3人、一度だけ4人で飲み会をしたことがあったくらいで、更に言えばそもそも揃って飲みに行けること自体かなり少なく、プロデューサーも成人組の誰か個人と何回か行ったことがある程度であった。

 全員と差しで飲みに行ったことがあるプロデューサーは彼女たちの飲酒事情もそれなりに把握しているため、いざとなったら止める算段もこっそり組み立てていた。

 その中でも美琴に関しては、飲みに行くよりも彼女のレッスンを見た後に食事に連れて行くパターンの方が多かったため飲酒することがまずなく、プロデューサーも相手が飲まないならと合わせてソフトドリンクを頼んでいた。

 まあ、アルコールに極端に弱い体質とかではないので、万が一飲んでしまっても問題ではないとそう判断できるが無理に飲ませることなどしてはいけないし、別段飲めなくとも生きることに不自由することなどはない。

 そのためプロデューサーは再度、先程まで考えていたある思考に戻ろうとする。

「飲んでみる」

 美琴はプロデューサーが飲んでいたグラスを隣からスッと奪取すると、一言コクリと嚥下する。

 普段からそこまで感情豊かではない彼女の表情は親しい者なら分かる程度、ほんの少しだけ苦いものになっていた。

 そんな彼女の様子を見て、本当に飲むとは思わなかったなという驚きと、ここが店とかじゃなくて良かった(さすがに現役アイドルが異性の飲み物に間接キスというのは心象がよろしくない)という安心の2つの感想を抱きながらも美琴のその美味しくないという表情に苦笑していた。

 まるで大人の真似をして初めてブラックコーヒーを飲む子供のようである。

「ははは、口に合わなかったみたいだね。ほら烏龍茶で口直______」

 その時であった。

 プロデューサーは自身に向けられている視線に気がついたのは。

 いや気が付かないほうがおかしい。

 美琴から返すねと言って返ってきたグラスを手に持つプロデューサーを穴が空く程見つめているはづき、千雪、夏葉、にちかの4人は少し固まった後に抗議とも言える訴えを起こした。

「ちょっと美琴さん!? それは、か、間接き______いやいやダメですよ男の人にそういうことをしちゃ! というかプロデューサーさんも何で何の躊躇いもなく渡してるんですか!」

 真っ先に来たのは美琴親衛隊隊長とも言えるにちかであった。

 アルコールは入っていないはずだが、少し顔を赤くして鼻息を荒くしながらプロデューサーへ詰め寄ってきている。

 何故か右隣に美琴、左ににちかという並びであり、二人の会話も彼を間にされていたのだ。

 そんな配置かつ何故か二人から結構詰めて座られていたため、そもそも距離が近いというものもあったのだが、にちかはさらに詰め寄るように胡座をかいて座っているプロデューサーの膝に手を置きながら訴えてきていたのだった。

「いや躊躇いもなくっていうか寧ろ取られたというか______」

「そ、そうよ、プロデューサー! そんな簡単にグラスを取られる程あなたは鈍っていないでしょう!」

 今度は美琴の正面に座っている夏葉がそう訴えてくるのだが、グラスを取られた程度で身体が鈍るとか関係うのだろうかと単純な疑問符をプロデューサーは脳内で浮かべていた。

 簡単に取られたの美琴があまりに自然にグラスを取ったというただそれだけの理由なのにと。

 夏葉からしてみれば、以前暴漢から華麗に命を救われた経験からプロデューサーはとても強くてカッコいい理想の人というイメージがあったのだ。

 それ故にそんな強い人が簡単にグラスを奪われるはずがないという極端な思考に陥っていた。

「別に鈍ってはないけど______」

「......プロデューサーさん。私の酎ハイも、その、飲んでみませんか?」

 そして千雪は既に自身の酒を飲み干して二杯目に突入し、そのまま少し減っている二杯目のグラスをプロデューサーへ渡そうとしていた(なぜか飲み口の位置を調整して渡していた)。

 その表情は勢いと後悔と嫉妬と様々なものが混ざっており、間接キスにまさかこの年齢(とし)でここまで反応してしまったことの気恥ずかしさも見える。

 以前、酔い潰れた千雪を自宅へ送っていったことがあるプロデューサーであったが(勿論事務所のメンバーに秘密である)、その経験から彼女のアルコール耐性はそれなりに高いはずであるため、そこまで危惧する必要はないと考えていた。

 しかし、現状既にグラス一杯をものの開始数分で飲み干していることから、少し警戒レベルをあげないといけないとプロデューサーは内心でそう思いつつも、はづきの自宅であることから最悪ここに泊まらせれば良いかと楽観的にもなっていた。

「ははは、ありがとう。でも俺のはまだあるから。というか千雪、あんまりペース早いのは______」

「プロデューサーさーん。あんまりそういうことしちゃうと女の子的には......」

 少しモジモジして頬を赤らめながら上目遣いでプロデューサーへ訴えるのははづきであった。

 彼女も千雪と同じ感情を抱いているようで、プロデューサーの言動を強く咎められずにいた。

 実際、今のプロデューサーを正当に責めることが出来るのは彼と交際しているまたは婚約関係、婚姻関係の何れかに該当する人物だけである。

 そもそもそこまで大問題になるようなことでもないのであるが。

 そしてそんな妙に”女”を感じる姿の姉を、妹であるにちかは何とも言えない表情で見ていた。

 身内のそういう部分を間近で見るものはきついものがあるだろう。

 にちかの現在の心境は中々に混沌(ケイオス)であった。

「......はづきさんも中々いじらしいところがあるん______」

「......プロデューサー? 私、プロデューサーのお酒飲んじゃダメだった?」

 美琴は横からチョンとプロデューサーの袖を引っ張って、眉を少し八の字にして彼を見上げていた。

 一応、彼女は今ここにいるメンバーの中で、プロデューサーを除けば最年長のはずなのだが、誰よりも幼く見えるのはどうしてなのだろうか。

「いやダメではないんだけどさ______」

「「「「ダメ(よ)ですよ!!」」」」

「......やっぱりダメなの?」

 この時、プロデューサーは何なんだ今のこの状況はと頭を抱えそうになっていた。

 いやそもそもだ。

 どうして自分ははづきとにちかの自宅で、かつこのメンバーで飲み会的なことをしているのかと言えば。

 

 

 成人組全員の休みがたまたま被った。

 ↓

 オールスターライブ前とは言え、こんな機会は然う然う(そうそう)ない。

 ↓

 飲み会をしよう。

 ↓

 しかしこの人数とメンバーを店に集めるのは身バレを考えると厄介。

 ↓

 さらに言えば飲酒によってトラブルが起きるのはライブを控えているのを考えると危険。

 ↓

 宅飲みにすれば良いのでは?

 ↓

『それなら私の家はどうですか〜?』

 ↓

 はづきの提案により七草家で飲むことに。

 ↓

『じゃあ羽目を外しすぎないようにね』

 ↓

 異性の家で宅飲みということで勿論プロデューサーは不参加を表明する。

 ↓

『??????』

 ↓

 案の定、成人組たちはその発言に首を傾げる。

 ↓

『え?』

 ↓

『プロデューサーさん、一体何を言ってるんですか......』

 ↓ 

 それを聞いていたにちかがプロデューサーへぽっよーんしながらそう言い出す。

 ↓

『じゃあプロデューサーさんも参加ということで。時間とかは後でグループCHAINに送りますね〜』

 ↓

 後日、はづきから以前作っていた成人組CHAINに要項が送られてくる。

 ↓ 

 飲み会当日、プロデューサーは車で迎えにきた夏葉に連れられてそのまま七草家へ

 

 

 そして現在へと繋がるわけである。

 世間体を考えるとプロデューサーはかなり不味い状況にあるのだが、彼のタスクは極めて冷静であった。

 

 

______みんなにはここに来るのに固まって動かないよう指示はしたし、それに俺も誰かに見られている気配はなかったし、問題はないはず。

 

 

 あとは帰るタイミングを間違えなければと、プロデューサーは取り敢えずハイボールを口に含みながらそう考えていた。

 美琴を除いたメンバーからはまた抗議の視線や言葉が飛んでくるも、ここで飲まないと変に美琴を傷つけてしまうのでそのまま飲むことにした。

 なんなら千雪の酎ハイも一口貰うことにした。

 そしてその流れでなぜかはづきの日本酒や夏葉の赤ワイン、美琴の烏龍茶、にちかのコーラも一口貰った。

 様々なドリンクの味の移り変わりに軽く脳が混乱したが、この場が変に混乱するより圧倒的にマシであったため、彼は最後にハイボールでそれを流し去る。

 ちなみに彼は知る由はなかったが、彼女たちはプロデューサーによって口をつけられたグラスを何故かジーッと見つめながらその飲み口に恐る恐る口をつけ、脳を沸騰させていた。

 間接キス程度でそこまでなるかと思うかもしれないが、彼女たちにとってみればそれ程のことであったのだ。

 好きな相手と間接的とは言え、経口接触していると考えれば彼女たちの思考を加速させ、排熱が間に合わなくなるのも仕方のないことなのかもしれない。

「この唐揚げめちゃくちゃ美味っ」

 そんな彼女たちを尻目に腹を空かせていたプロデューサーはテーブルに鎮座していた唐揚げに手を出していた。

「ふ、ふっふーん! それ、私が作ったんですよプロデューサーさん!」

 唐揚げの作者であるにちかが間接キスによる脳の沸騰から回復し、ドヤ顔をプロデューサーへ見せた。

 彼女はプロデューサーが今日ここに来るということで、ひっそり彼の好物をリサーチしていた。

 と言っても彼から送られてくる食事の写真の傾向を見ただけなのであるが。

 プロデューサーはラーメンやカレー、ハンバーグなど子供受けする料理が好きだということを突き止めた。 

 子供受け、というか小学生6年生みたいだと呆れつつも、そんなプロデューサーをめちゃくちゃ可愛いと思い、メニューを必死に考えた。

 そして考えついたのが、唐揚げだ。

 姉であるはづきからプロデューサーはよくハイボールを飲んでいることを聞いたにちかはネットでハイボールに合う料理を検索したところ、一番上に出てきたのが唐揚げであった。

 彼の好物の傾向と見事マリアージュを遂げ、彼が来る数時間前から準備を重ね、そして彼が来る5分程前から揚げ始めて最高の状態で提供していた。

 気づけば50個ほど揚げていた。

 こんなこと家族であるはづきにもやったことはなかった。

 ちなみにプロデューサーは知る由はなかったが、現在ここにいるメンバーで一番料理が上手いのは誰かと言えばなんとにちかである。

 彼女は昔から身体の弱い母と、それを支えてアルバイト尽くしだったはづきを支えるため七草家の家事全般を担っていた。

 勿論はづきも家事は一通り出来るのだが、にちかはほぼ毎日家事をやっていたため、家事スキルがめちゃくちゃに高かったのだ。

 結果、その家事スキルは283プロダクション内でも上位に入るほどになっていた(それを知っているのは誰もいないのだが)。

「マジで美味い......これもっと食べて良い?」

「っ......え、ええ! どうぞ! 何ならまだまだ揚げられますからね!」 

 無心で唐揚げをひょいパクひょいパクする彼に得も言われぬゾクゾクとした謎の高揚感を抱きつつ、彼女の脳内ではドーパミンが大量分泌されていた。

「......にちかはマジで良いお嫁さんになれるな」

 唐揚げをハイボールで流し込みながら一息つくと、プロデューサーは幸せそうな笑顔を浮かべながらにちかへ称賛の意を込めてそう言った。

 美味しい食事というのは素晴らしいものであり、それを作れる人は同じく素晴らしいものであるとプロデューサーは思っていたのもあり、にちかの旦那さんになる人はそれだけで勝ち組だなと、ただ単純にそう思っていた。

 それ故の彼の発言であったのだが。

「えっ......あ、はい......その......お掃除や洗濯も、一通り......できます......ので......」

 にちかは顔を真っ赤にしながら汐らしく何故かプロデューサーへ他にも家事が出来ることを報告していた。

 それを聞いたプロデューサーは唐揚げを食べながら何の気無しに一言。

「......これなら毎日食べれるな」

 ボソリと呟いた彼のその一言ににちかの情緒は粉砕しかけていた。

 プロデューサーの見た目は大分細く見えるが実は結構な健啖家であり、常人なら満腹になってしまう量の食事も余裕で平らげた上で同じ量をさらに食べきることができる程度にはたくさん食べることができる。

 例えばラーメン◯郎の大を二杯を余裕で食べられる程である。

 そんな彼だからこそ目の前に君臨していた割りと多めの唐揚げを見ても毎日食べられるという感想が出てきていたわけなのだが、にちかにとってみればよくあるプロポーズみたいな言葉の羅列を脳内で処理しきることができなくなるのは仕方がなかった(これをプロポーズと勘違いできるのかという単純な疑問はなしということで)。

「......プロデューサー! それも、よく、ないわ!」

 そして夏葉は割り込むようにまたプロデューサーへ抗議を飛ばす。。

 アルコールが入っているということもあり、恐らく無意識に声が大きくなっているのであろう。

 プロデューサーはここがマンションということもあり、騒音問題を気にし始めていた。

「......プロデューサーさん、やっぱり......いや、でも、ええと、うん......」

 千雪は一瞬何か考えついたようだったが、すぐに脳内で訂正が入り、うーんと考え始めていた。

 そのお陰かアルコールの減少速度は抑えられているようで、プロデューサー的には良かったと思っていた。

「......うん、美味しいね」

 美琴はプロデューサーが美味しそうに食べていたのと、にちかの手作りということで唐揚げを一個口に運んでいた。

 食事をして珍しく味の感想を言っていることにプロデューサーは感動すら覚えていた(スイーツを食べても甘いなどの感想がほとんどである)。

「にちか......」

 はづきは先程のにちかと同じ感情を抱きながら戦慄とも呼べる表情を浮かべていた。

 にちかの顔は誰が見てもわかるほどに”女”の顔をしているからである。

「......マヨネーズ付けて食べよう」

 プロデューサーはそんな周囲の何故か自分を責めるような状況を少し面倒になったのか、聞かないふりをして唐揚げを食べつつハイボールを楽しんでいた。

 食べ合わせとしては勿論最高である。

 そして味変としてマヨネーズを取って唐揚げへかけようとすると、それに気づいた千雪は自分の近くにあったプロデューサーへ手渡した。

「はい、どうぞ。プロデューサーさん」

「ありがとう、千雪」

 お礼を言ってマヨネーズを受け取ると、唐揚げにかけて一口。

 プロデューサーは笑顔になった。

「ふふふ、唐揚げにマヨネーズかけると美味しいですよね。ちょっと背徳感が凄いですけど」

 千雪はそんなプロデューサーの子供のような表情を微笑ましいと思いつつ、自身もにちかお手製の唐揚げを詰まんだ。

 確かにとても美味しくライブがまだ少し先とは言え、たくさん食べてしまいそうだと慄いてしまう。

 この唐揚げの山はプロデューサーのためににちかが用意したものである。

 それはこの場にいる皆(プロデューサーと美琴を除いて)誰しもが分かっていた。

 だが勿論プロデューサー以外が食べても別段問題ない(飲み会で唐揚げの山を1人だけ占領するというのは些か変である)。

 食べたとして一個や二個ならそこまで影響はなく、寧ろたくさん食べようがその分カロリーを消費できれば問題ない。

 しかしそれはそんな簡単な問題ではないので皆きちんとセーブしていた。

 だがこの唐揚げには、それすら惑わすスゴ味があると千雪は自身の腹部に手を当てた。

「......本当に美味しいわ。うちのシェフに負けないくらい」

 幸せそうなプロデューサーや千雪に釣られて、先程までプンスカしていた夏葉に唐揚げを一口すると、目を見開いた。

 彼女の父親は家は世界的にも有名な車製造メーカーの社長であり、所謂お金持ち、セレブと言える。

 そして幼い頃から外でも家でもレベルの高い料理を食べてきた彼女の舌はかなり肥えていた。

 細やかな味の違いや使用されている食材が何処産なのかまで当てる彼女は年末の格付け番組でも活躍する程だ。

 そんな彼女が専属のシェフ(元二ツ星レストラン料理長)に負けないと評価するのはつまりそういうことである。

「......なんかいつもより美味しい気がする」

 はづきも一口食べたのが、普段食べている料理よりもかなり手が込まれてることに複雑そうな顔を浮かばているものの、幸せそうに唐揚げを食べているプロデューサーをそれはそれで眼福と眺めており、もっと勉強した方が良いかなと今度料理本を買いに行くことを決意した。

「そうだ、プロデューサーさんは最近自炊ってしてるんですか? CHAINに送ってもらってる写真結構な割合でコンビニかお弁当屋さんのなんですけど」

 にちかはそういえばと気になっていることを聞くことにした。

 彼がとてつもなく忙しいことはにちか含め誰しもが分かっている。

 しかし、それとは別に彼の健康状態を心配するのは当然でもあった。

 それを言っても彼は大丈夫だから気にしないで笑顔で言うのだから質が悪いのではあるが。

「最近なー。休みの日にたまに作るくらいだなー。ちょっぴり面倒......いやわかってはいるんだけどさぁ」

 言葉の途中、周囲の視線が鋭くなったことを感じたプロデューサーは少し慌てて弁解になっていない弁解をする。

 普段から忙しく、最近はオールスターライブに向け更に忙しくなっている彼にとって休日も資料を纏めたり、アイデアを考えたりと休みという休みになっていなかった。

 そんな状態で食べるのは近くのコンビニ弁当など健康に良いとは言えないものであり、それを彼自身自覚はしていたのだが今優先すべきことはライブの成功、というのが頭にあって結果的にこんな食生活になっていた。

 勿論サラダや野菜ジュースも摂取しているので辛うじてセーフといったところか、などと考えているプロデューサーであったがこれが露見すれば283プロダクションの女性陣にアウトだよ詰められてもおかしくない。

 だから偶に一部アイドル(恋鐘や灯織など)がお弁当を作ってきてくることもあるのだが、それを知るのは当人間たちだけなのでここにいるメンバーは知らない。

 プロデューサーもその事情を隠したのはただ単純に歳下の女の子に食事を恵んでもらっていることに羞恥を感じただけであり、修羅場になる可能性など彼の頭には一切なかったのだった。

「だったら私に任せてプロデューサー! うちのシェフに栄養バランスを考えた究極の健康弁当を作ってもらうわ!」

 まずは先陣を切ったのは夏葉である。

 彼女の家の専属シェフは言うまでもなくプロフェッショナルであり、なんなら管理栄養士の資格も持っている。

 そんなプロフェッショナルが作るお弁当であれば彼の健康維持は完璧になるというのが夏葉の算段であり、実際それが実現すればプロデューサーの健康状態は著しく改善するのは間違いなかった。

「いや流石にそれはあの人に悪いって。というか一体いくら掛かるんだそれ.....」

 しかしそんな提案をこのプロデューサーは快諾できるわけもなかった。

 有栖川家専属シェフであるその人物とは実は顔見知りである。

 夏葉の例の事件があった際、彼女の実家に伺ったときに夕食を食べていくことになったのだがそこで顔をあわせていた。

 一言二言話した程度であるが、夏葉お嬢様を助けていただいて本当にありがとうございますと言われたのはしっかりと覚えていた。

 そこで夏葉からそのシェフが凄い有名レストラン出身の凄腕だと聞いていたのだ。

 そんな凄い経歴を持つシェフにいくら夏葉の知り合いとは言え、食事を提供してもらうことへの申し訳なさが勝ったのだ。

 さらに言えばゲスな話ではあるが、かなり値が張りそうなその提案に少し戦々恐々もしていた。

 端的に言えばビビっていたのである。

「あら、プロデューサーのためって聞いたらうちのシェフは喜んで作ってくれるわ。それにお金なんて取らないから心配しなくて大丈夫よ」

 プロデューサーの心配を他所に夏葉は笑顔でそう告げた。

 夏葉の命を救ってくれた時点でシェフのプロデューサーへの好感度は高く、断られることなどありえなかった。

「それなら私がプロデューサーさんにお弁当作ってきますね。私、肉じゃがが得意なんです」

 料理はそれなりに得意なんですよと言ったのは千雪である。

 彼女は一時期283プロダクションの寮に住んでいたのだがある時を堺に一人暮らしにシフトチェンジした。

 理由としては一人暮らしなら自宅へプロデューサーを連れ込めるという利点があるからなのではと一部のメンバーから推測されているは真実は不明である。 

「ちょっと、千雪まで......プロデューサーさん、私もにちか程じゃないですけど料理できるんですよ......里芋の煮っころがしとか」

 親友の千雪が思わぬ行動に出たのに焦ったのかはづきも参戦を決め込んだ。

 肉じゃがに対して里芋の煮っころがしというかなり渋めのチョイスでの対抗ではあるが、にちか曰く『お姉ちゃんの煮っころがしはたまに無性に食べたくなる味なんですよねぇ』とのことではづきも自信のある料理であった。

「......プロデューサーさん! さっきも言いましたけど家事全般できるんですよ私! だから、プロデューサーさんがよければ本当にお弁当作りますし、何ならお部屋の掃除だってしますし、だから......!」

 気づけばプロデューサーの腕を掴みながら縋るようにそう訴えかけるにちかはまるで恋人に捨てられまいと必死に引き止める姿にも見えなくもない。

 成人男性と女子高生という絵面で大部危険な香りがプンプンするのではあるが。 普段生意気な小娘といった感じの子が少し情緒不安定になる姿は何とも言えない愉悦を感じてしまう(なおプロデューサーはただただ戸惑っているだけの模様)。

「うん、私料理しないし、家事も全然......」

 そしてこの場で自身の生活スキルの低さを自覚し、少し恨んでいるのは美琴であった。

 昔からダンスと歌に人生を注いできた彼女に備わっている家事スキルは最低限以下のものであり、ランク付けすればEランクである(にちかはAランク)。

 絶望的なまでの差に美琴はプロデューサーに対して何もしてあげられないことに珍しく瞳が潤んでいるようにも見えた。

 先程少しだけ飲んだプロデューサーのハイボールのせいもあるのだろう。

「ははは、皆ありがとね。気持ちだけもらっておくよ」

 そんな彼女たちにできるプロデューサーの返答は笑えば良いと思うよ、であった。

 正直言ってお弁当を作ってくれるというのは実際とてもありがたいのであるが今はライブが迫っており、自身のために労力を注いでもらうより彼女たち自身のことに集中してもらいたかったのだ。

 ただ恋鐘や灯織は断っても作ってきてくれることがあり、流石に食べ物を粗末にすることなどプロデューサーにできるはずもなく食べてはいるのだが。

 

 

「「「「......」」」」

 

 

「......?」

 

 

 すると突然、美琴以外の4人は黙り込んでしまった(元々美琴はあまりお喋りではない)。

 まるで何かを深く考えているようなそんな様子で、急に部屋の中に静寂が生まれる。

 流石にプロデューサーも唐揚げを摘まむ手が止まり、”俺、何かやっちゃいました?” と自身の心に問いかけるも何も分からない。

 

 

 

 

 

 

______彼の私生活をサポートできない人がパートナーになる資格があるのだろうか。

 

 

 

 

 

『無理矢理にでもうちに連れてきて一緒に暮らす......それなら今よりもっと広いところに引っ越すのもありね。カトレアもプロデューサーが大好きだから大丈夫でしょうし』

 

『同棲するとしても私もプロデューサーさんも仕事が長引けば帰りが遅くなるかもしれないけど、少なくともご飯の作り置きだって作っておけるしお掃除だってできるから生活は絶対改善するはず。それにそういうこと(・・・・・・)だってしてあげられるし』

 

『この家に一緒に住んでくれれば私もにちかもいるし、私生活も仕事以外でもサポートできる.....お母さんだってプロデューサーさんなら何も文句はないって言ってたし』

 

『私は絶対に22時までに仕事は終わるし、毎回そんな時間まで続く仕事はないからプロデューサーさんのご飯作って、洗濯して、掃除して......プロデューサーさんの家に通う......何ならプロデューサーさんの家で暮らすのも』

 

 

 

 

 彼女たちの中に様々な想いが駆け抜ける。

 側にいながら彼を大切にしないのなら、無理矢理にでも奪ってしまえばいい。

 プロデューサーに恋人がいるということに最早疑問を抱かず、さらに言えばその恋人から彼を奪うということに躊躇はなく、頭の中を占めている奪った後の話だ。

 ただしその恋人というのは完全な空想の存在であるのだが。

 思い込みというのは大変恐ろしいものである。

「......プロデューサー、家事できない人は嫌い?」

 そんな中、美琴は隣にいるプロデューサーへそう問いかける。

「別に家事なんて得手不得手があるからそんなことじゃ嫌わないよ。というか一緒にやればいいと思うし」

 不安そうな表情を浮かべる美琴にプロデューサーは安心させるようにそう言うとさらに続けた。

「そこまで難しいわけでもないし、やってれば何れできるようになると思うよ」

 プロデューサー自身、確かに料理ができたり家事ができることに越したことはないとは思っているが、別にそんな理由で相手を嫌うことなどない。

 どちらかに負担が掛かるのは申し訳ないと彼は思っているので、もしそういう関係の相手ができたのなら分担していきたいと思っていた。

 まあ、そんな余裕が今のプロデューサーにあるかと言えば微妙なところではあるが。

「......そっか。私頑張るね、プロデューサー」

「......? うん、頑張れ美琴」

 何かを決意したような表情の美琴とクエスチョンを浮かべるプロデューサー。

 確実にすれ違いが起きており、噛み合っていない。

 というより、ここ最近のアイドルたちとの会話を思い出し、それらも同じように違和感を生じさせていたのを思い出す。

「......あれ」

 そのとき、プロデューサーはあるものに目がついた。

 目線の先にあるのは一つの写真立てでそこにははづきとにちか、彼女たちの母親、そして一人の男性が写っていた。

 

 

 

______あれ、もしかして。

 

 

 

 

 その時、プロデューサーの超直感がまるで雷光の如く脳裏へと奔った。

 

 

 

 

 

______もしかして、そういうことか(・・・・・・・)




283プロダクションで料理が上手なアイドル
恋鐘 にちか 咲耶 灯織 凛世 雛菜 愛依 千雪

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