もう限界なので休ませてください。。。 作:オティヌス
秋と冬の間という季節のせいかまだ16時を少し過ぎたところだと言うのに、外を見れば空は少しだけ赤に染まっている。
担任の退屈な話が終わるとそれに合わせてチャイムが鳴ると、ザワザワと学校という束縛空間から開放された生徒たちは各々帰りの支度を始めていた。
「下校の時間だ。帰ろ?」
「ん、ちょい待ちー」
そう言って学校指定のバッグに教科書を詰め込んでいるのは、高校二年生どころか日本人から見てもかなり身長の高い部類に入る青年であった。
気怠げに教科書を入れるその横顔は誰が見ても整っており、隣の席に座っている帰ろうと促した少女も心なしか見惚れているような気がする。
「てか透。お前、ちゃんと課題とか入れたよな.....」
そう言えばと青年は早く帰ろうと既に立ち上がっている少女、浅倉透を見上げた。
「うん、入れたよ......多分?」
「いや、確認しとけよ。休みに取りに来るの面倒だろ」
以前、彼は課題を忘れたのを前日の夜に気づいた透と何故か一緒に朝早く登校し、手つかずのそれを手伝わされたことがあった。
夜中にふと連絡が来て、何事だと思いCHAINを開くとただ一言助けてとしか書いておらず、詳細を尋ねるとそういうことだった。
勿論面倒だから嫌だと言って断ったのだが、朝の5時半くらいにピンポンが鳴って出てみれば透が居り、おはようと爽やかに告げる彼女を見たその時の彼は、軽い苛つきと共にデコピンを喰らわせるととりあえず着替えて登校の準備を始めることになったのだ。
故に彼は寄越せと手を差し出すと、何故か透は嬉しそうに自身のバッグを渡した。
「ったく.....って、え、マジで課題一つも入ってないじゃん。お前バカなの」
「うーん、入れたような気がしたんだけどな」
割りと煩雑な中身のバッグを漁りながら本当に課題が入っていないことを確認すると、惚ける透へ溜め息を吐きながら彼女の机の中からそれらしきもの探し出し彼は整理して入れ始める。
そんな彼の様子に透は別段抵抗するわけでもなくされるがまま机の中とバッグの中を弄られていた。
本来、異性から(というか同性でも)自分のバッグの中身を見られるはあまり気持ちの良いものではないはずなのだが、こと彼に関しては透は気にしている様子は全くないようだ。
透は椅子に座り直すとスマートフォンを弄り始めており、彼はそんな彼女にとりあえず教科書で頭を軽く叩いておいた。
「痛いよ......もしかしてDV? これは」
「愛の鞭だ愛の鞭」
「愛されてるの、私。きゃー」
全く照れてる様子に見えない彼女を少しウザいなと思いつつそんな適当なやり取りをしていると、背後から誰かが近づいてくる気配を感じる。
「あはー♡ せ〜んぱい♡」
「っぐ......いきなり首を締めるの止めてくれるか、雛菜」
ちょうど課題を纏めて詰め込め終わったタイミングで頭部から頚椎部に掛けて優しく強襲された彼。
ふわりと甘い香りが立ち上がり、彼は柔らかい2つの感触とその香りに包まれていた。
「え〜、雛菜そんなことしてないもーん。ぎゅーって、ハグしてるだけだよー?」
自覚はないのか全く悪気のない様子で彼女はさらにハグを強めていく。
すぐ横を見れば雛菜の顔が彼の頬にピッタリとくっついており、逃げられる状況ではないようだ。
「楽しそう。私もやろうかな」
「透先輩、ちょっと待ってー。先輩は今は雛菜のものなのー」
顔の距離が近すぎてよく視認はできないが、恐らく嬉しそうにしている雛菜は頬を擦り寄せてきていた。
少し透の表情がむっとしたような気がするが、この場で気づいたものは誰もいなかった。
「つか雛菜テンション高いな。何か良いことでもあったのか?」
「うん♡ 先輩に会えたことと、こうやってぎゅーできたことー♡」
この女は何を言い出すのかと彼は頭を抱えたくなった。
本気で言っているのか分からないが、彼女は昔からこうなので気にしても仕方ないことかと思考を強制終了させた。
昔からことあるごとに雛菜は彼に引っ付いてきたため慣れたものである。
読書中やゲーム中に背中から来ることもあれば、歩いている時に腕に抱きついてきたり、最近はないが真正面から来たりもした。
そんな彼女の行動を読むのは言動に慣れきった彼を持ってしても難しいものであった。
「先輩は雛菜に会えて幸せ〜?」
「うん幸せ幸せ。だから一回退け、な?」
「やだ〜♡」
「交代、まだ?」
「まだ〜♡」
「雛菜、マジで一回離れろ。こんなことしてるとあいつがやって______」
「あいつが、何?」
背中は雛菜の柔らかさに包まれているはずなのに、何故かゾワリと背筋が震える。
雛菜に完全に背中を固定されており、背後を振り向くことは出来ないがこの状況を見て抑揚のない声を出しているのは誰なのか。
シュレディンガーの猫というものがあり、詳細は語らないがつまりは振り向かなければ可能性は無限大で_____
「やっほー樋口」
気の抜けた透の挨拶で可能性は一つへと絞られてしまった。
運命とはひどく残酷である。
「円香先輩、こんにちは〜......先ぱーい。円香先輩が怒ってて怖い〜」
「は? 別に怒ってないけど。てかさっさと離れたら? 公衆の面前で、鬱陶しいから止めてくれる?」
雛菜のきゃ〜と彼へ更に身体をくっつけるようにして、助けを求めてくるが現在進行系でこの場の体感温度はどんどん下がっているような気がした。
凍てつく波動を出している彼女、樋口円香の刺すような視線はもし実体であれば雛菜ごと彼を貫いていたことだろう。
「あー、円香。このくっつき虫を退かしてくれるか? 俺ではこの怪力をどうすることも出来なくてな」
「先輩ひどーい。雛菜、そんな力持ちじゃないもん」
案の定であるが雛菜の抗議の視線と感触が彼を襲った。
怪力とまではいかないが女子にしては少し身長も高めで、確か体力テストで握力が_____と思い出すも考えることをやめた。
そう、雛菜の名誉のためである。
「は? なんで私がそんなことしないといけないわけ。自分でどうにかすれば? ミスター蛍光灯」
そしてまたこれも案の定であるが円香は極寒とも呼ぶべき、絶対零度の声色で彼と告げた。
まるで地獄の裁判のようである。
というか蛍光灯ってそれは暗に雛菜を虫扱いしているのかという疑問が彼には出てきていた。
あと微妙に分かりにくい例えだとも。
「出たよ円香のミスター節。ほんと冷たいよなー円香は。そう思わないか雛菜?」
「先輩、雛菜を退かそうとしてたー」
「......そう思わないか透?」
「待ってる。交代まで」
「あれ、味方いないの俺......」
如何に円香の機嫌を取るかが重要なのに、誰一人役に立たないこの状況に彼は絶望していた。
まるで複数パターン3連複を買ったのに入着したのは全く予想していなかった馬で、全部ハズしたときのようなそんな感覚だ(競馬は大人になってから健全に楽しみましょう)。
「......本当に、なんでこんな奴に、私は」
そしてまるで苦虫を潰したかのようなそんな表情で円香は何かを呟いていたが聞き取ることは出来なかった。
恐らく自身の悪口を言っているのだと彼は予想して少し悲しくなっていた。
それでも俺はやっていない、と。
「あーほら雛菜。そろそろ、な」
彼は意を決してポンポンと雛菜の頭を撫でてそう言うと、彼女ははーいと、不本意そうに退いた。
感じていた背中の温かみが消え、少し違和感を感じる。
「次、私の番?」
「本日の営業は終了です」
「ちぇー、品切れかー」
「雛菜が最後だったみたいだね。朝から並んだ甲斐があったー」
そんな冗談交じりのやり取りをしていると彼のすぐ横には先程まで機嫌の悪かった円香がいた。
距離にしたら本当にすぐ横で、3センチ先と言ったところか。
彼女のその何やら複雑そうな表情から、彼に何か訴えているようである。
「あなたは誰に対しても良い顔をして......」
「そんなつもりはないけどなー。てか円香は俺に対してもっと優しくしてくれないかな」
「これでも既に限界まで優しくしているつもりだけど?」
「嘘でしょ......?」
まさかの円香の言葉に軽く衝撃を受けた彼。
円香は基本的に彼に対して当たりが強い。
昔はそんなことなかったような気がするが、気づけば彼に対してだけ彼女は毒舌になっていた。
本気で言っていない(?)ことは何となく分かるため、別にそこまで彼は気にしているわけではなかったが。
「......嘘だと思うの?」
「......うん、円香さんは優しいなー」
円香と彼とは対象的に、目の前では透と雛菜がイチャイチャしており、まるで自分たちは関係ないと言わんばかりであった。
恐らく彼が悪いのであろう。
きっと、多分、恐らく。
「全く......というか浅倉。課題は忘れてないでしょうね。また忘れたとか言われても私、嫌だから」
「うん、ちゃんと入ってる。というか、入れてくれたー」
「は?」
「いやなんでさ」
透はバッグを指差すと、その目線は彼へと移る。
それを見た円香はまた表情を凍らせていた。
「またそうやって、甘やかして。というか異性のバッグの中を物色するとか最低......」
「いや課題忘れたとか言って手遅れになるより良いだろ? そうなったら俺かお前に来るんだからさ」
好感度がどんどん下がっていくこの状況に辟易しながらも彼は、まるで茨の道を無理矢理通るかのようにして円香へそう進言した。
そう、透が課題などで泣きつくときに超高確率で被害者になるのは彼か円香なのである。
その考えに思いったったのか、円香もそれ以上何も言えなくなったようだ。
「......仕方がないから減刑してあげる」
「それを言うなら無罪放免だろうが」
この女は一度吐いた言葉は飲み込めないタイプだったと彼は思い出す。
しかしとりあえず罪は軽くなったことを彼は良しとすることにした。
彼女に無駄な言い訳は通用しないためである。
「......せ、先輩?」
また背後から、今度は消えるようなか細い声が聞こえる。
現在集結している4人はあと1人を加えていつものメンバー、略していつメンという集まりであった。
そのあと一人というのがこのか細い声の持ち主である。
「おっ、小糸。今日はビリだったな。うーん、残念だけど今から罰ゲームを受けてもらうことになりました、はい」
「ぴぇっ、ば、罰ゲーム.....? な、何されちゃうの......?」
怯えたように言うのはかなり小柄な少女、福丸小糸であった。
そんな彼女は罰ゲームというワードに少しビビっている様子ではあるものの彼のすぐ後ろにおり、もし彼が少しでも頭を倒したら触れることになるほど近く、どうやら既に罰ゲームは受け入れている様子にさえ見える気がする。
「小糸ちゃん、罰ゲームだー」
「うーん、何が良いかなー。先輩にぎゅーされるのは?」
「ぴ、ぴぇっ!? せ、せ先輩からハグっ!? え、ええと、そ、それは、その、心の準備が......」
「え、てか俺にハグされるのって罰ゲームなの? 俺かわいそう......」
冗談で罰ゲームと言ったものの、最終的にダメージを受けたのは彼であった。
インガオホーである。
「ちょっと、小糸に変なことしないで三馬鹿」
その様子を見ていた円香は小糸を引き寄せるようにして彼女を守る態勢に入る。
そんな円香の言葉にひどーいと透と雛菜は訴えるもののすぐにそれは黙殺されていた。
ちなみに彼が何も言わなかったのは言っても無駄ということを分かっていたのと元凶が自分であったからだ。
「小糸にはこれから初めてのおつかいで隣町まで買い物に行ってもらうから」
「わ、わたしおつかい初めてじゃないよっ、円香ちゃんっ」
なお、この女もノリノリである。
そう、円香はこう見えてこういったノリには乗るタイプであり、お笑いにもシビアなところがある。
以前、某お笑いグランプリ番組を一緒に見ていたときに一位になった芸人に対して、絶対にこっちのコンビの方が面白いのにどうかしているとボソボソ言っていた。
その時、彼は普通に面白かったけどなと言ったのだが、如何にこの芸人のネタが計算されて作られているのかを小一時間説明されたので、以降彼は変にお笑いに関しては触れないことを決めたのはそのすぐあとの話だ。
「ん、ちょうどお母さんから晩御飯のおつかいCHAIN来てた」
透が差し出したスマートフォンに彼女の母親からにんじんや油、その他諸々のおつかいリストが載っていた。
材料的にこれはカレーである。
「円香、お前まさか、図ったのか......?」
「すごーい、円香先輩超能力者みたーい」
そんな円香に彼と雛菜は驚愕と称賛、各々の感情を発露させていた。
覚醒円香、恐るべしである。
「いや普通に考えてありえないでしょ。というか浅倉の家の夕飯なんて私知らないし」
そして一瞬で冷めるのも彼女の特徴でもあった。
温度差言えば北海道と沖縄くらいだ(なお夏になるとどちらも大概暑い模様)。
「じゃあ一緒に買い物行こうか、小糸ちゃん」
「ほ、ほんとに行くの......?」
小糸の意見は最もで、彼女自身罰ゲームが彼の冗談だということは分かっていた。
あの優しい彼が小糸の嫌がることはしないと、そんな信頼を寄せていた。
故に小糸はあんな反応をしつつも特に怖いとは実際思ってはいなかったのだが、どうやら透は一緒に行く気満々のようである。
「うん、1人より2人で行った方が楽しいよ、多分。あと軽くなる、荷物が」
その前者と後者を並べると後者の方が強めに出るだろうと彼は内心思っていたがこれもまた何も言わなかった。
理由は言ったところで以下略。
「えー! 雛菜も透先輩とお買い物行きたーい!」
そして意図せずして小糸と透が放課後デートをする流れになったの見て、雛菜ははいはいはーいとビシッと手を上げてアピールしていた。
雛菜は透のことが大好きであり、ことあるごとに一緒に出かけているのは彼も知っていた。
透も雛菜も容姿は美少女と言っても過言ではない容姿を持っており、そんな2人が並んでいたらそれは絵になる。
透の少しボーイッシュな容姿からカップルに間違われることもあるそうだ。
「ちょっと、それなら小糸は巻きこないで2人で行ってきて」
そして円香は呆れながら小糸に助け舟を出しつつ、2人から引き剥がそうとしていた。
透と雛菜の持つ独自の世界観は周囲を巻き込み、無差別に被害をもたらすことを円香は今までの経験から嫌でも知っている。
小糸の優しい性格では断りきれないと判断した結果、自身も巻き込まれる覚悟で間に入ったのだ。
「いやてか、もうさっさと帰るぞ。毎回ここでうだうだ長いし」
そして彼はこのまま延々とこの放課後の教室でやり取りが続きそうと判断したため、強制的に帰宅を促すことにした。
彼は別段放課後の教室で残ってお喋りに講じるようなキャラではなく寧ろ早く家に帰りたい派閥であったのだが、この4人がいると最低でも30分はこの場に拘束されることが確定してしまう。
従って彼が今早く帰宅するためにすべき行動即ちそういうことである。
「はーい♡ 先ぱ〜い」
立ち上がった彼の横にすぐに現れ、腕組みポジションを獲得したのは雛菜であった。
さっきまで透へラブコールしていた彼女のその変わり身の速さは最早脱帽である。
「......お前、なんか気の多い女みたいなムーブしてんな」
「あはー♡ そんなことないよー、雛菜の一番は先輩だよ♡ ねぇ嬉しい?」
あざといポーズで彼の腕にしがみつきながら言う彼女のそれは並の男であれな瞬殺できる破壊力を持っていた。
「わー雛菜に振られたー」
「あ、勿論透先輩も大好きだよ〜。というかどっちも大好き〜」
いつの間にか横に来ていた透に、彼にしているのと同じように腕に組み付く雛菜。
正確には透も彼の隣に行こうとしていたのを雛菜に捕まったというものであったが。
「......はぁ、3人横に並ばないで。通行の邪魔だから」
そんな彼と透に挟まれて幸せ全開オーラを出している雛菜へ溜め息を吐きながら、円香もその後ろを着いていく。
「ま、待ってよみんな......って、透ちゃん! バッグ忘れてるよっ!」
まるで暴風雨のような時間に圧倒されながらも、小糸は透が忘れているバッグを持ちながら急いで追いかけていく。
「あ、ごめんね。小糸ちゃん。ありがとう」
「......その変に捨てちゃって良かったんじゃない?」
「わー円香先輩、そういうのイジメって言うんだよー」
「てか透は捨てられても気づかなそうけどな。ありがとな小糸......こいつらに比べて、お前はほんとに優しくて良い子だよ」
「ぴぇっ!? ふ、ふふん、 やっぱり透ちゃんも先輩もわたしがいないとダメなんだから......!」
バッグを渡されてお礼を言う脳天気な表情の透。
捨て置けとスマートフォンを弄りながら冷酷無比に呟く円香。
さらにそんな冷酷無比な言葉に頬を膨らませて抗議をする雛菜。
唯一小糸だけは自身に対してストレスを与えない存在だと改めて理解した彼。
彼の少し弱気な発言に謎の高揚感を得ていたドヤ顔な小糸。
そんな5人は幼稚園の頃から家族ぐるみの、世間一般的に言う幼馴染と呼ばれる間柄である。
そう、幼馴染であるが故のこの気安いやり取りであった。
「あ、食べに来るのだって」
全員が透のスマートフォンを見た。
そこには今日はみんな晩御飯食べに来るの?と彼女の母親からメッセージが送られてきていた。
「雛菜行く〜。先輩は〜?」
「うーん、どうするかなー」
「ま、円香ちゃんは?」
「......食べてきてだって」
既に親へ連絡済みの雛菜と根回しされていた円香。
円香に関しては彼女の両親が仕事で遅くなると分かったタイミングで先に透の親へ連絡していたようだ。
何なら円香と透は家が隣同士であるため、何か不測の事態が起きても問題はない。
「じゃ、じゃあわたしも、行こうかな」
みんなが行くのならわたしもと小糸は両親へCHAINへメッセージを送っている。
彼女には妹が1人いるのだが、今日は友だちの家でお泊り会のことらしく家を空けていても問題はなかった。
「みんな行くのね......俺はちょっと悪いから、いいかな______」
「だめ。もうみんなで行くって打っちゃったから」
流石に4人という大人数で行くのに気が引けたのともう一つの理由から鑑みて彼は断ろうと思ったのだが、既に手遅れのようであった。
気のせいか透は若干拗ねているようにも見える。
「雛菜、先輩も一緒が良い〜。というか逃さな〜い♡」
彼は腕をガッチリホールドされ、絶対に逃さないという強い意思を雛菜から感じる。
目がガチであった。
「そうやって集団行動を乱すの何? 単独行動している自分をかっこいいとか思ってるの? ミスター・アーチャー」
そう言えば最近某運命のアニメを一緒に見たなと思い出しながら、凄まじい切れ味の口撃を放ってくる円香に少し涙が出そうになる彼。
そう、飲み会を開いた際に敢えて遅れてやってくる上司のような、そんな謎の恥ずかしさを何故か彼は感じていた(彼は未成年です)。
そんな意図は全くないのであるが。
「せ、先輩......」
小糸はそれ以上何も言わなかったが、それだけで言いたいことがわかった。
行かないなんて言わないよねと、気弱ではあるが誰よりも頑固な彼女の瞳から逃れることは出来ない。
「いや、俺高燃費だから______はい、行きます......」
そしてそんな彼女たちに折れるしかない彼はただただ首肯するのみであった。
彼は実はかなりの大食漢であり、大盛りのチャレンジメニューを余裕でクリア出来るレベルである。
ちなみに食べきったら一万円という超絶大盛りラーメンを完食し、その賞金でゲームソフトを購入していた。
別段食べる量は周囲に合わせることができるため、誰かの家でご馳走になる際に大食いを完全開放するわけではないのだが、あまり誰かの世話になるのが好きではないというそれだけである。
しかし、この中で誰が一番折れやすいか、それは勿論彼である。
食事に誘われた際、いつも彼はほぼ強制的に連行されていた。
円香の家、雛菜の家、小糸の家。
透も合わせて全員の家の味を体験していた。
そして彼女たちも彼が同じ食卓にいても違和感を感じておらず、寧ろ来ないと不機嫌にる。
別に幼馴染全員で毎回各家へ行っているわけはなく、彼女たちの誰かの家に彼だけ呼ばれることも何度もあった。
その際、彼女たちの両親には良くして貰っている彼であったが何故か毎回”これがうちの味”というのを口にされている。
彼がその真意に気づくことはないのだが。
「うん、それでよーし。じゃあ、行こっか。買い物」
しゅっぱーつと、目的地を家の近所のスーパーに切り替えてゾロゾロと向かう5人組。
全員容姿が整っているもあり、それはそれは大分目立っていた。
いや”普段から”、であるのだが。
「結局全員円香の罰ゲームだったな」
「確かにそうだ。みんなビリだー」
「つ、次は勝つねっ!」
「あれはジョークだったんだけど」
「円香先輩、ジョークのセンスなーい♪」
は? とキレる円香。
こわーいと彼を盾にする雛菜。
盾にされて自分ごとぶち抜かれそうになっている彼。
それを見てアワアワする小糸。
雲の形がすき焼きに見え(!?)、ボケーッとしている透。
そんな5人のいつまでも変わらない穏やかな日常はこれからもずっと続いていく。
______とは限らない。
もしプロデューサーがノクチルの幼馴染だったらというifの話。
彼の性格は公園で透に出会って少し後くらいの、ある意味で全盛期は過ぎている時期。
以下は進路の話をした際にやはり大学へ行かず海外を適当に旅しようかなと彼が言ったときの反応。
透「面白そう、私も行くわ」
円香「は? そんな馬鹿なこと言わないでその出来た頭を使って良い大学でも行ったら? というか勉強を教えておいて1人で海外行くとかふざけてるの? 本当ありえない......本当に行くの......?」
雛菜「えーそれなら学校辞めて雛菜も行く〜...... え、だめ〜? なら〜雛菜が学校卒業するまで待っててね〜」
小糸「な、なんでそんなこと言うの? わ、わたし、先輩と一緒の学校に行きたくて勉強頑張ってきたのに...... 先輩、第一志望◯◯大学だよね? 難関大学だから、わたし今から勉強してるんだよ? 高校もたった2年しか一緒にいれないのに」
このような感じのため、もし彼がこの輪から欠ければ何が起きるか分からない。
元々幼馴染グループという小さな世界の中で完結していた彼女たちに彼という異物が混入したことにより、尚更その小さな世界は強固に完結してしまった。
彼はともかく、彼女たちは「何があってもこの5人さえ居ればいい」と本気で思ってしまっている。
更に言えば「彼が居ればいい」と感情が深層心理の奥底に眠っているがそれはまだ厳重に封印されている。
みんな一生一緒。
なんてありえないというのは分かっているのに、である。
この小さな世界が崩壊するまで実は秒読みのある意味で救われない世界線。
それをなんとか出来るのは彼ことプロデューサーだけ。
そう、この残酷な運命はプロデューサーの手に掛かっている。