もう限界なので休ませてください。。。 作:オティヌス
都内某撮影スタジオのとある楽屋。
今日はバラエティー番組の撮影があったのだがそれも15分程前に既に終了していた。
つまりは現在、この楽屋には撮影が終わったキャストがいることになる、のだが。
「ちょっとあさひあんた! 大御所の人になんて態度取ってんのよ!」
一人の見た目清楚に見える少女が鼻息荒くキレていた。
「えーでもあのおじさん笑ってましたし、後で良かったって褒めてくれたっすよー。冬優子ちゃん硬いっす。愛依ちゃんもそう思わないっすか?」
あさひと呼ばれた小柄な少女はケータリングのお菓子を貪りながらそう返した。
ボリボリと食べているのはノレマンドである(美味しいよね)。
「あははは、まあまあ良いんじゃない? 怒られたわけじゃないし」
愛依と呼ばれた明らかギャルな少女は苦笑しつつも二人を宥めようとしている。
どうやらこの三人の立ち位置はこういうものであるらしい。
怒っていた少女は黛冬優子、怒られていた少女は芹沢あさひ、そんな二人のクッションを努めていた少女は和泉愛依。
彼女たちは283プロダクションのアイドルグループの一つ、『Straylight(ストレイライト)』のメンバーである。
今日の撮影、バラエティー番組の出演は終始和やかに終わり、コーナーの最後にはきちんと告知もできた。
成果としては上々で特段問題はないように思えるのだが。
「あのね、今回は良かっただけでいつもこんな感じに進むとは限らないのよ......」
冬優子は頭を抑えながら溜め息を吐く。
番組のゲストに大御所の有名衣装デザイナーの男性が来ていたのだが、その人物に対してあさひは______
『その衣装キラキラで眩しいっすね。目が痛いっす。どなたっすか?』
確かに。
確かに彼が来ていた和服はなぜか金のスパンコールでド派手であった。
だがそれは彼のパーソナルカラーであり、誰も指摘はしないのである。
そんな暗黙の了解をあさひという少女は真っ向からぶち抜いた。
さらに言えばどなたというめちゃくちゃ失礼な態度をとる彼女。
番組の空気が一瞬凍ったのはキャスト全員が分かっていた。
『ワタシくらいになると輝いて見えるんだヨ』
『誰も眩しい理由は聞いてないっすよ』
しかし彼はそんな彼女に怒ることはなく寧ろ気に入ったと喜んでいた。
冬優子と愛依が慌ててフォローしたのもあるのだろうがデザイナーは関心していた。
それによりキャスト全員が胸を撫で下ろしたのだ。
そして現在、このシーンが切り抜かれてトレンドに乗り、あさひ人気に拍車を現在進行系でかけており、SNSを盛り上げていた。
「あとあのおじさん、なんか今度衣装作ってあげるヨって言ってたっすけど、ド派手過ぎるのは嫌だって断っておきました」
「あんたはほんとに何をやってんのよ......!」
「あははは......うん、それは、ね......」
まさかあの気に入った人物の依頼しか受けない彼の申し出を個人の判断で断るなど流石に冬優子と愛依も思っていなかった。
いやあさひならやってもおかしくはないかと納得はしていた。
普段からマイペースの極みとも呼べる態度で周りをハラハラさせていたのだが、最近は大きなことはやらかしてはいなかった。
しかし今回の件は流石にと不味いと二人は脳の思考はフル回転させていた。
事務所に所属している彼女たちからしたらそんな勝手なことは許されないのだ。
もしこれで干されるような自体にでもなったとしたら、考えるだけで恐ろしかった。
干されるということは芸能界において致命傷になりかねない。
判断は慎重にしないといけないのだ。
「......いや、でもほんとそれどうすんのよ。流石に不味いわよ」
「......そうだよね。取り敢えずプロデューサーに連絡しないと」
本気で不味いと二人は考えながらあたふたする。
そんな二人を横目にあさひはノレマンドに飽きたのか、今度はカントリーマ◯ムを食べていた。
するとコンコンとドアのノックする音が聞こえた。
「はっ______どうぞー♪」
冬優子の声質は先程と打って変わり、ワントーンいやツートトーンは上がっており、表情も笑顔になっていた。
その早変わりの様子はまるで中国秘技である変面師を彷彿とさせるものがあり、見る人見れば拍手喝采であろう。
「おつかーれ」
ドアが開き、そこには見覚えのあるスーツ姿の男性がいた。
彼女たちのプロデューサーであった。
背中にはいつも背負っている有名ブランドのビジネスリュックがある。
ちなみにこれは先日、事務所の皆でお金を出し合ってプレゼントしたもので、その時のプロデューサーは本当に嬉しそうにしていた。
「ちょっと、あんた。聞いてよ、あさひが______」
「プロデューサー! どうしよう______」
ドアがパタンと閉まったのを確認し、冬優子と愛依はプロデューサーへ詰め寄った。
現状起きている下手をしたら事務所全員を巻き込む自体になりかねないやらかしを伝えようとする。
「あーデザイナーさんの件でしょ? 大丈夫大丈夫。それはもう解決はしているから」
あっけらかんとプロデューサーは当たり前のようにそう告げた。
彼の言葉に冬優子と愛依は目が点になっていた。
「おーい、あさひー」
「......? はいっす!」
プロデューサーはちょいちょいとお菓子を食べているあさひを呼んだ。
するとあさひはお菓子から完全に興味を失い、一直線に彼の元へ駆け寄った。
「聞いたよ、流石だな。気難しいあの人に気に入られるなんて」
「そうなんすか?」
「そうそう、マジですごいぞ。あの人嫌いな人とは目も合わせないし会話一切しないっ!とか言う人だしね」
プロデューサーはあさひの頭に手を置いてすごいぞーと褒めるように撫でた。
そんなプロデューサーにクエスチョンマークを浮かべつつも、撫でられるのは悪くないとされるがままになっていた。
「ワタシの衣装を断るなんて全く面白い女だヨって、あの人笑ってたよ」
俺もそれ聞いてちょっと笑っちゃったよと、ニコニコしている。
「だから俺から一緒にあさひの気にいる衣装を作りましょうって言ったんだ。デザインはあさひが気にいるまで何度でもリテイクして良いってことらしいから、どうかな? 一応断れるけど」
「うーん、わたしだけじゃ嫌っす。冬優子ちゃんと愛依ちゃんも一緒じゃないと」
そこで初めてあさひが衣装作成の申し出を断った理由が分かり、冬優子と愛依の二人は複雑な気持ちになるも少し気持ちが暖かくなっていた。
自分たちのために、というあさひの気持ちは単純に嬉しかったのだ。
「ははは、あさひならそう言ってくれると思ってたよ。実はそのことももう言っててね、先方もちゃんとわかってくれたよ」
あさひは優しい子だから自分だけ、というならは絶対に受けないとプロデューサーは既に伝えていた。
デザイナーも構わんヨと、気持ちよく了承してくれており、この件は既にプロデューサーによって何の問題もなくしっかりと解決していたのだ。
それを聞いていた冬優子と愛依は、呆れつつもこのプロデューサーならそれくらいやるかと納得した。
あさひはプロデューサーの言葉になら良いっすと、嬉しそうに返事をしていた。
「でも、あさひ〜。今度からは俺に聞いてからにするんだぞ〜」
プロデューサーはあさひの頭をまるで茹でる前のラーメンの麺を解すようにワシャワシャする。
お仕置きだべ〜と。
かなりの絶妙な力加減であった。
「ぷ、プロデューサー。崩れるっす、崩れるっすよ〜」
「今回は大人しくやられときなさい」
「うん、あさひちゃん。少し我慢して」
あさひは顔を少し赤くしながらプロデューサーの手の甲に自身の手を合わせて抵抗するも全く抵抗になっていなかった。
それを見ていた冬優子と愛依は何故か少し羨ましいと感じつつも、まあこれで手打ちかと思っていた。
「ご、ごめんなさいっす。次はちゃんとプロデューサーに言うっす......」
あさひの言葉になら許そうと、プロデューサーの手が止まった。
彼はあさひの髪をスッと整えて、頭から手を離すとスマートフォンでスケジュールを確認し始めた。
何故かあさひは離れた手を目で追っていたが。
「てかなんであんたは知ってたのよ」
冬優子の言う通りであった。
今日の撮影はプロデューサーは付き添いが出来ず、撮影中に来た様子もなかった。
どこでこのこと知ったのだだろうか。
「え? ああ、前からこの人はあさひみたいな子を気に入りそうだなって思ってね。少し前に連絡を取って色々話をしてたんだけど、そしたら偶然今回のゲストがあの人だったから」
撮影終了後、彼のスマートフォンにデザイナーから連絡があった、というのが真相であった。
しかし考えてみれば、つまりプロデューサーはある程度どころか殆ど事情を知っていたわけで、下手をしたらこうなることも予見していた可能性がある。
あのあさひを制御できる数少ない(というか他にいるのか?)プロデューサーであるならば。
「......じゃあプロデューサーは知ってたんだねー。へー」
愛依は目を細めてプロデューサーを睨む。
睨むと言っても本気ではなく可愛いものではあったが。
「ははは、ごめんごめん。でもほんとに偶然なんだよ。それに______」
______皆のこと信じてたからね。
プロデューサーのその何も疑っていないというその言葉に冬優子と愛依の心臓は強く撃ち抜かれていた。
彼はすぐにこういうこと平気で言う男なのだ。
しかも本心から言うのが性質(タチ)が悪い。
この軽率な言動に何度ヤキモキさせられたことか。
両の手では収まりきらない数、である。
「冬優子は2人をしっかりまとめてくれて愛依は2人を後ろから支えてくれている。だからマジで心の底から助かってるんだよ」
プロデューサーのその言葉に2人はまた心が暖かくなる。
先程とは違う、別の暖まり方ではあるが。
「______プロデューサー」
するとあさひがプロデューサーのスーツの袖をクイクイと引っ張った。
引っ張られた彼はあさひへ視線を向ける。
「わたしは?」
「うん?」
不満げな表情を浮かべあさひは言った。
「わたしはどうなんすか?」
その目は不満と不安が入り交じったもので、気のせいか少し虹彩が揺れていた。
「あさひは2人を引っ張っていく存在なんだよ。皆ストレイライトに欠かせない大切なメンバーなんだ」
俺はそんな3人にいつも助けられているんだ、安心する優しい笑顔でそう彼は続けた。
彼の本心からの言葉にストレイライトは______トゥンクしていた。
芹沢あさひ、黛冬優子、和泉愛依の3人は少なくともプロデューサーに対して何かしら特別な気持ちを抱いていた。
いや予想は出来たかもしれない。
彼女たちは結成してからいざこざが多々発生していた。
一度見たダンスをすぐに踊れるようになるなど怪物とまで呼ばれる天賦の才を持つあさひと努力を努力と思わず目的の為に己すら律する努力の才を持つ冬優子、多数の物事を高いレベルでこなしその周りを包む明るい性格で周囲の鎹になっていた愛依。
あさひと冬優子は特にぶつかりあうことが多く(主に冬優子から)、それを愛依が宥めるそんな関係性であった。
絶妙なバランスのグループではあったが、それらを束ね整えここまで成長させたのには間違いなくプロデューサーが関わってくる。
あさひはその高い才能とマイペースな性格で周囲から浮いており自身もそれを理解していた。
冬優子は常に笑顔を振りまく明るい性格を見せていたが実際は素の自分を見せればみんなに嫌われてしまうという自己評価の低さが表れていた。
愛依は困っている人はほっとけない誰にでも優しい性格であったのだがその実重度のあがり症を抱えていた。
3人が別々の問題を抱えながらアイドルという難しい仕事をどう切り抜けていくのか。
そんな彼女たちにプロデューサーが行ったのはとても簡単なことだった。
______相手の気持ちを真摯に理解し尊重する。
ただそれだけである。
彼の方針として相手を絶対に否定しないというものがあった。
倫理的な部分は別として、後は個性として全て扱ったのだ。
何かを強制することはその子の個性を潰し、価値を消し去ってしまう。
その考えは283プロダクションに入る前から彼に培われており、それに加えて絶対に何かあっても怒鳴るようなことはせず、生意気な態度を取られてもそれがその人にとってプラスになるのなら問題ないと判断した。
そして彼がもっとも大事にしていることがあった。
それはあらゆるトラブルを常に想定し、そのための策を弄するということだ。
未成年やそもそも芸能界に慣れていない彼女たちはいつ知らない内にやらかしてしまう可能性がある。
そんな彼女たちのために彼は1つの事例に対し、10個いや100個、場合によってはそれ以上に代替策を用意していた。
こうしておけば何が起きてもフォローが出来ると。
余程の大天才でなければ成功への一番の近道は失敗をすることだ。
人間は良いことより悪いことを脳に記憶する。
だからこそ、彼女たちには気負わず失敗してもらい最短距離で成長してもらうという方法を取っていた。
だが失敗というのはリスクがある。
そのリスクを極力ゼロにするのがプロデューサーとしての仕事だと彼は思っていた。
そのため他のグループも失敗はそれなりにしてきているのであるが、今の今まで何も禍根は残っていない。
これがプロデューサーが彼女たち______283プロダクションのアイドルたちをわずか一年程でここまで成長させた手腕であった。
故に283プロダクションの所属アイドルはプロデューサーへ絶大な信頼を寄せていた。
あさひのその天才肌故の周囲との差に感じていた苦悩に対しては、
『別に自分を抑える必要なんてないからそのまま全部を見せてよ。好きにやる、好きなことを楽しそうにやるのがあさひの持ち味だ。あさひのやりたいことは全部やろう』
冬優子の自身を偽り、それにより生じている極端なまでの自己肯定感の低さ、そのコンプレックスに対しては、
『作り物の笑顔ね。逆に聞くけど作り物、偽物の笑顔が本物の笑顔に負けるなんて誰が決めたんだ? そんな道理はない、そんな戯言なんてまとめて叩き潰そう。冬優子なら余裕だよ』
愛依の極度のあがり症を隠すために自身を偽り、それを周囲に指摘され本当の自分が何なのかを分からなくなったことに対しては、
『普段の愛依もライブ中の愛依もどっちも本物の愛依だよ。分けて考える必要なんてない。その全てが愛依なんだから、それを見てもらおう。愛依は皆に親切で優しい。ならさ今度は逆で愛依の番だ』
______面倒なことなんて全部俺に任せて思い通りにやりなよ。
彼女たちはアイドルとして、人間として殻を破った。
彼から言われたその言葉で。
以降ストレイライトの3人は大きな壁にブチ当たることはなくなった。
成長した、ということだ。
彼女たちを止められるものはいない。
そしてそんな熱い言葉を彼によって掛けられた3人は当たり前のように心を撃ち抜かれていた。
彼女たちの心にあった大きな穴に何かがキレイにすっぽりと嵌ったのだ。
苦しさと今までの苦悩から開放された喜びの感覚、そしてそのどちらでもない謎の感覚が襲った。
その感情が彼女たちには分からなかった。
「ったく、あんたねぇ.....まあ良いわ。あんたってそういう気障なこと言う奴だったものね」
「えーそうかな? 本心なんだけどな」
「うんうん、分かってるよ。そんなところもプロデューサーらしくてうちはとっても良いと思うし」
「おい愛依、なんでそんなにやけてるんだよ」
「プロデューサー、今度カブトムシ一緒に取りに行きたいっす」
「えらい突然だなー。でも時期はもう過ぎてるから取るのは来年だよ。まあ成虫を見るだけならペットショップとかホームセンターとかかな。でもいるのか......?」
「じゃあプロデューサーと2人でカブトムシ見に行きたいっす」
「「ちょっとあさひ(ちゃん)......?」」
「別に皆で行ってもいいけど、カブトムシをこのメンバーで見に行く絵は流石に面白すぎるな」
そしていつも通りの和やかなやり取りが始まった。
ガヤガヤとし始めたが、これがストレイライトとプロデューサーのコミュニケーションであった。
「......あ、この後事務所に戻ったらはづきさんから来週のレコーディングの説明受けてね。はづきさんには既に伝えてはいるから」
そうだと思い出し、3人へ重要事項を伝えると各々わかったと言ってくれる。
物分りは良くて助かるなと、そんなこと思いつつ合わせてやらなくてはいけないことをプロデューサーは思い出した。
「じゃあ俺ちょっと別の仕事あるから先行くね」
気をつけて帰りなよ、そう3人へ告げると楽屋を後にするプロデューサー。
廊下に出るとスマートフォンを開き、電話帳の中からお目当ての人物を選択した。
プロデューサーが楽屋を出てから数分後、着替えを終えた3人は楽屋を出て、通りすがりのスタッフに挨拶をしながら外へ向かう。
その途中、見覚えのある背中を3人は見つけた。
プロデューサーである。
どうやら今日の番組の担当ディレクターと話し込んでいるようだった。
楽しげに話す彼を見ていた彼女たちだが、何故か帰ろうとはせずに少し離れたところでその会話を聞くことにした。
なぜそんなことをしたのか3人には分からなかった。
そして耳を澄ませると彼らの会話内容が聞こえてきた______がそれを聞いた彼女たちはまるで魔法をかけられたかの如く固まってしまった。
「ははは、あと半年になりますが、よろしくお願いしますね」
プロデューサーはパーフェクトコミュニケーションしか出来ない生き物なんだ。