もう限界なので休ませてください。。。 作:オティヌス
『______よし、皆聞こえてる? 見えてるかー?』
ノートパソコンの画面からよく知る、顔を見ただけで安心の出来る男性が現れる。
そして内蔵スピーカーからはこれもよく聞く落ち着く声が流れた。
彼は283プロダクションのプロデューサーであった。
現在、事務所のノートパソコンからオンライン会議アプリのZ◯OMを利用して、画面の向こうへ呼びかけていた。
「はーい、聞こえてますよー」
パンクファッションに身を包む気怠げな少女、田中摩美々。
「プロデューサー、ちゃんとあなたの声はこちらへ届いているよ」
王子様のような雰囲気を醸し出している少女、白瀬咲耶。
「ああー! ちょし待っとーと! プロデューサー! うちも聞こえとーし、見えとーばい!」
長崎弁で話す賑やかな雰囲気の少女、月岡恋鐘。
「ははは、こがたん、大興奮だね」
メガネをかけどこかサブカル然とした少女、三峰結華。
「ふふ......でもプロデューサーさんの声がいつもと違くてちょっと変な感じです」
ミステリアスな雰囲気を醸し出し腕に包帯が巻かれている少女、幽谷霧子。
彼女たちは5人組アイドルユニット『L'Antica(アンティーカ)』で、283プロダクションに所属しているユニットとしてはもう一つのユニットと並び最多人数である。
そして現在、彼女たちは283プロダクションの運営する寮の共同スペースに集結しており、机に置いたノートパソコンの内蔵カメラに映るように少しごちゃごちゃと固まりながら、まるで押しくら饅頭のようにして先程の会話をしていた。
『ははは、大丈夫だよ。皆の顔も見えてるし、声もちゃんと聞こえてるよ』
プロデューサーはそんな彼女たちの様子に苦笑しながらそう応えた。
その間、マウスの横でスマートフォンが反応すると、一瞬画面に簡易的に表示されているメッセージを見て別段すぐに返信が必要ないものと判断し、ノートパソコンの画面へ目を戻した。
『てか、オンラインなのに皆全員集合なのね』
仲が良くて大変よろしい、プロデューサーはそう思っていた。
ただ恋鐘と咲耶は寮で、結華と摩美々、霧子は自宅で各々パソコンは持っていた気がするのだが。
パソコンの調子でも悪かったのかというのプロデューサーの単純な疑問であった。
「実はこの後、みんなで鍋パーティーをする予定なんだ」
彼の疑問に応えたのは咲耶であった。
彼女の表情を見る限りこの後が楽しみなのだろう。
喜びの感情に溢れてブンブン振られる尻尾が幻視できた。
「最近はこうやって皆で一緒にご飯っていうのも少なくなっちゃいましたしねー」
摩美々の言うことは少し悲しいことではあるが、事実であった。
人気が出るということはその分忙しくなるということであり、ユニットの仕事から個人での仕事など様々だ。
例えば摩美々はパンク系ファッション雑誌のモデルやインタビューなどの仕事をしている。
プロデューサーとしては皆で一緒に休みというのはできるだけ取らせて上げたいとは思っていたが、中々に難しいことであった。
「今日はうち特製んモツ鍋ばい! 実家からモツがようけ送られてきたけんね」
恋鐘の実家は長崎で定食屋さんをやっていた。
地元に愛されている店らしく、ローカルテレビや雑誌などの取材が来ていたと前に自慢していたことを思い出した。
以前、プロデューサーは色々あって恋鐘の実家であるその定食屋に行き、ちゃんぽんを頼んだが確かに美味しかった。
ちなみにであるが恋鐘と上手く行っていなかった父親を説得した結果、親子間の不和を解決することに成功し、今ではライブを見に来てくれるまでになった。
そして恋鐘からは泣いてお礼を言われたのをプロデューサーは思い出した。
......うん、今日は帰りにリンガー◯ットに行こう、そうプロデューサーは決心した。
「みんなと一緒にご飯を食べるのそうなんだけど、三峰的に美味しいもの食べられるのは嬉しいので」
まるで食事が目当てみたいな言い方になってしまった結華はハハハと少し苦笑しながらそう言うが、恋鐘は定食屋の娘というだけあって料理が上手であり、得意料理はちゃんぽんだったかと思い出す。
結華自身、周囲に気を使える、空気を呼んで動けるタイプであり、そんなことで軋轢を生むような人物ではないことはプロデューサーが一番分かっていた。
その答えに特に他のメンバーは悪く受け取ることもなく、寧ろ恋鐘は期待しといて! とかなり前のめりであった。
「......プロデューサーさん? その手、どうしたんですか?」
するとそのやり取りを微笑ましく眺めていた霧子がふと画面の中にいるプロデューサーへの違和感を口にした。
『うん? ああこれね。さっき封筒を開けるときにカッターでさ......』
はははと苦笑するプロデューサーの左手人差し指には絆創膏が巻かれていた。
すぐに彼は恥ずかしそうにその左手を隠したが。
「大丈夫かい? ......とても心配なんだが」
そう言って心配してくれる咲耶だったが、眉毛が八の字になっており、換言すれば飼い主が体調悪そうにしているとすり寄ってくる犬のようであった。
彼女は女性にしてはかなり身長が高く、かつ王子様のような言動で女性人気が高いのだが、その実極度の寂しがりであった。
このことは事務所内ではアンティーカとプロデューサーを除いては知らない事実である。
そんな彼女は寂しがり、つまりは誰かが居なくなることを酷く恐れている節があった。
プロデューサーが怪我(指を切った程度ではあるが)をしたという事実だけでも、彼女の中では最悪の予想まで展開されていた。
それ故のこの態度なのである。
「きちんと消毒はしましたか?」
「え、ああ。ちゃんとしたよ」
「......本当ですか?」
霧子は珍しく前のめりで画面先のプロデューサーを見つめていた。
どうやら彼が本当に消毒したのか疑っているようだ。
両親が医者ということもあり、その影響もあってか彼女自身医者になるための勉強も進めており、例えば事務所内で誰かが擦りむいたといった時に救急箱を持って駆けつけ、応急処置をするなどその片鱗が見て取れた。
ちなみにプロデューサーが疑われている理由の1つに以前、彼が火傷をしたときに彼女にそれを教えなかったことがあったからである。
あの時の霧子は少し怖かったと、プロデューサーは後に語った。
『ははは、本当に大丈夫だよ。ごめんな心配かけて......』
プロデューサーは霧子に対して心配性だなぁと、不躾なことは言わない。
指を少し切った程度で大袈裟だと思うかもしれない。
だが霧子は極度の心配性なのである。
ライブだけでなく日常においてもだ。
彼女が腕などに包帯を巻いているのは謂わば願掛けのようなものであり、一般的に言えばお守りのような役割である。
故にそんな彼女に心配性などというのはこういった場合逆効果になるのは明らかであった。
「......信じます、ね」
霧子は取り敢えずは信じるといった表情でそう言った。
これはまだ疑われているなと、プロデューサーは内心やってしまったなと後悔しつつ今回の本題へ移ろうとする。
「プロデューサーさんってたまにそういうおっちょこちょいな所ありますよね〜」
が、摩美々は遮ってプロデューサーをからかうようにそう言ってきた。
この時、プロデューサーは逆に助かったかもしれないなと思っていた。
恐らくこのまま話を進めようと思っても、霧子や咲耶はギクシャクして話しづらくなってしまう。
摩美々は普段、プロデューサーに対して悪戯を仕掛けるお茶目な所がある。
例えば淹れてくれたコーヒーに塩が入ってたり、深夜突然電話がかかってきて何事だと思ったら悪戯電話ですと言ってそのまま1時間以上何でもない通話したり、夏場であれば首元に保冷剤を当ててくるとか(タオル越しに)、冬はタクシーを2人で並んで待っていた時に悪戯ですといって彼のコートのポケットに手を突っ込んでそのままタクシーが到着するまで離れなかったり、そういったことをしてきた。
後から入ってきた某会社存続の危機になった子や監禁脅迫をしてきた子に比べれば可愛いものなので本気で怒ることなどはなかったが。
勿論、度が過ぎれば叱ってはいるのだが、何故か摩美々は嬉しそうにしてまた悪戯を繰り返す。
まあ彼女のメンタルが良い方向で保たれるなら良いかとプロデューサーは取り敢えずそのままにしておくことにした。
「うんうんPたん、そんなところも可愛いって今評判らしいよ」
摩美々に便乗してくれたのは結華であった。
彼女も周りをよく見てくれており、この場の空気を察してくれたようだ。
社交的な彼女は普段から高いコミュニケーション能力でムードメーカー的な面があり、空気を読む力は283プロダクションでもトップクラスである。
故にこういった場面でも遺憾なくその能力を発揮してくれていた。
『いやどこ評判だよ。というか俺が可愛いって一体誰得なんだって話しで』
そんな評判は聞いたことがない(話の流れで言われることはあっても)プロデューサーは苦笑しながら、そう返した______のだが。
「「「「「............???」」」」」
何故か全員が首を傾げていた。
それはプロデューサーも同じであった。
皆何を言っているのか、可愛いのは当然だろみたいなそんな表情である。
プロデューサーはその真意を理解することができなかった。
が、きっと冗談なのだろうと彼は自身の中でそう決めた。
「あ!......で、でもうち的にはプロデューサーは! か、カッコよかと、思うばい......」
そんな中恋鐘は竜頭蛇尾という四字熟語を彷彿とさせるくらいどんどん声が小さくはなっていたが、プロデューサーに対してカッコいいと言ってくれた。
その顔は気のせいか赤くなっているようにも見える。
『ははは、ありがとな恋鐘』
冗談でも嬉しいよ、彼はそう続けた。
「「「「「............??????」」」」」
案の定、彼女たちは首を傾げていた。
先程より深くである。
なんなら結華と摩美々は少しキレ気味にも見えた。
改めてプロデューサーである彼のスペックであるが、187センチという長身に男性アイドルの中にいてもおかしくない容姿なのだ。
見た目だけで言えばかっこ悪いといえる要素が何一つないのだ。
嫌味に聞こえるかもしれないが、これを彼は本心で言っていることを彼女たちは理解していた。
彼と一年以上一緒にアイドル活動してくればそれは嫌でも分かることだった。
というよりも彼は自身の容姿が良いとかよりも、周りのことを常に考えているためそのようなどうでもいい情報(彼にとって)はカットアウトしている節があった。
だからこそ彼はそういった部分をひけらかすことなく、相手に合わせて真摯な態度で接し信頼を勝ち取ってきたところがある。
そんなところを尊敬できる凄いところではあるものの、彼女たちからしてみればそこはたまに傷、といった評価になっていた。
『と、そうだ。そろそろ本題に入らないとね』
そう言ってプロデューサーは次のオーディションについて説明をし始める______前にスマートフォンを取り出しメールの確認をする素振りをしながら、摩美々と結華には個人CHAINで場の空気を察してくれてありがとうとメッセージを送っておいた。
摩美々と結華はCHAINが来たのが分かったのか、一瞬ポケットに目線が行くがすぐに戻す。
周りに怪しまれないためであるが、こういった所作が彼を普段から助けている部分でもあった。
『それで次のオーディションなんだけど______』
彼が話し始めると彼女たちは真剣にそれを聞き始めた。
プロのアイドルである、仕事の切り替えも早いのだ。
まあ芸能界という厳しい世界で生きていれば勝手に身につくものではあるのだが。
そこからオーディション内容と対策、コンセプト等プロデューサーから説明される。
時折図なども利用して分かりやすく説明をしていく彼に、結華はあることを思っていた。
______やっぱりPたんはPたんだなぁ。
仕事をしている彼とそれ以外のフレンドリーな彼。
普段から周囲を気にかけている彼女。
彼女からしたらその気にかける対象には勿論プロデューサーも入ってくる。
だから気を使う、という表現が合っているのかは分からなかったが同じように接してきたのだ。
彼女は仲良くしつつも距離感を取るある意味で矛盾したそれを得意としていた。
そこまでは来てもいいがここから先は来るな、という心の壁でもある。
初めて会った時からであったが、プロデューサーは結華とは真逆の性質を持っていた。
彼は異様なまでに距離感を詰めるのが上手かった。
テレビ局のスタッフやボーカルやダンスのトレーナー達など、気づいたら仲良くなっている。
他のアイドル達もそうだ。
仲良さそうにやり取りを重ねる彼を見て、同時に恐怖を彼女は感じていた。
スカウトを受けた時点では彼は信用できると思い承諾はしていたのだ。
事務所に所属してからはグループメンバーが出来て、そこからトレーニングを重ねて、気づいたらオーディションに受かってライブを成功させて皆で喜んでいた。
それを彼は本当に良かったと笑顔で見守っていた。
そんな彼にメンバーも駆け寄っていく。
泣いて喜ぶ彼女たちを横目に彼女は思った。
彼は自分の守っている壁を壊してくるのではないかと。
気づいたら他のメンバーは彼に気を許し、その距離も近づいていた。
別に彼女たちが距離を縮めやすいかと言われればそういうわけではない。
寧ろその逆であり、一癖も二癖もある彼女たちと簡単には仲良くなんてなれない。
そんな彼女たちがプロデューサーに懐いている姿を見た時に恐怖という感情が湧いたのだ。
別段壁を壊されるのが嫌ではない、壊された後に自分がどうなってしまうのか分からない、それが彼女にとっての恐怖だった。
先程のやり取りだって今CHAINが来たのもきっと自分に対してのお礼なのだ。
彼のそのマメなところ、そのような行為に特別な意味はない。
普段から彼は無意識のうちにそういった行動を取っているのだ。
______三峰じゃなかったら勘違いしちゃうんだよ?
______勘違いしても良いのかな?
そんな相反する感情を抱いた自分にびっくりしたと同時に恐怖を感じた。
だから結華は彼と距離を取ることにした。
精神的な距離も物理的な距離も。
だがプロデューサーはそんなことはさせなかった。
気づけば自身の住む部屋の中に彼がいた。
いつもなら隠しているヲタクグッズやアイドルグッズも全部見られていた。
そして決壊したダムのように全てを吐き出していた。
結果から言えば三峰結華も彼の虜になっていた。
なぜと言われても自分でも分からなかった。
彼なら側に、ここまで来ても良いとそう思えてしまったからだ。
本心を隠し続けてきた彼女が人生で初めて、自身をさらけ出してもいいと思ったそんな彼。
結華から見て彼は多くの人間、アイドル達に慕われていた。
アンティーカの皆もそうだ。
彼女たちもプロデューサーに救われ、アイドルとしても一人の人間としても成長した。
ここまで親身に接してくれて人生を変えられたら、誰だってその人に特別な想いを抱くのは当然とも言えるだろう。
少なくともアンティーカのメンバーは全員プロデューサーに対して特別な想いを抱いていることは、普段から観察していた結華の出した結論であった。
だからこそ結華は自身のこの気持ちを伝えるつもりはないのだが。
彼女からしたら皆とても魅力的な女の子たちで自分では到底敵わない。
だからプロデューサーは他の誰かと一緒になるのが一番だと、結華は本気で考えていた。
______あーあ、こんな”私”が嫌になる。
『結華ー』
ボーッとしてしまっていたのか、間延びした彼の優しい声で彼女は覚醒した。
いけないいけないと結華は首を横に振った。
「なあにPたん」
『......いや、ごめん何でもないや。それで続きが______』
心配をかけてしまった。
最悪だ。
もうプロデューサーに迷惑をかけたくなんてなかったのに。
本当に嫌になる。
「......?」
すると彼女のスマートフォンが揺れた。
先程のはプロデューサーからだとして、これは誰からだろうか。
どうしても気になった彼女はお手洗いに行ってくると言って一時的にその場を後にした。
他のメンバーに少し心配されたものの大丈夫だよと言って。
「......Pたん」
そして廊下に出た彼女のスマートフォンの画面にはCHAINが表示されており、メッセージの送り主はプロデューサーであった。
『また知らないうちに傷つけたかもしれない』
『でも俺は結華と一緒にいたいと思っているから”離れるなよ”』
『良いね?』
「はぁ......もうどうしてこうPたんは......」
以前彼女のやった行動を予見してのメッセージ。
なのだろうが、今の彼女からしみればその破壊力は想像を絶するものだった。
分かった気でいられるのは好きではないけど、彼に言われるそれは______
「Pたん、好き......」
座り込む結華の声は溶けるように消えていった。
『さて、と。話を続けるね______』
結華がお手洗いへ行って少しして、戻ってきた後にプロデューサーの話しを再開する。
戻ってきた結華を周りは少し心配していたが、何か吹っ切ったのかいつもの彼女に戻っていた。
これなら大丈夫そうだなとプロデューサーは判断し安心すると、ラストスパートと話を進めていく。
『______はい、以上になるけど。何か聴きたいこととかある?』
一区切りと、プロデューサーは一息吐きながらそう聞いた。
まあ、ほとんどいつものオーディションのことなので別段ないとは思うがと、考えてはいたが。
「私は特にないよ、プロデューサー」
「三峰も......うん、大丈夫かな、へへへ」
「結華なしてそがん嬉しそうと? ......うちも大丈夫ばい!」
「私も大丈夫でーす。つまりいつもどおりってことですよねー。オーケーでーす」
「......はい、わたしも質問はないです。いつも分かりやすくてとても助かります、プロデューサーさん」
5人の反応を見て特に何もないことが分かり、伝わって良かったと安心する。
少し急ぎで説明したのにも関わらずだ。
成長しているなと心の中で安心する。
『ははは、一応頑張って分かりやすく説明する努力はしてるからな』
良かったよと、プロデューサーは言う。
彼の見た目が良いというのは再三言ってはいるのだが、それよりも凄いのが仕事をする能力である。
説明が分かりやすいというのは簡単に言うが誰にでも分かりやすく一発で説明する難易度は実際に話してみないと分からない。
実際、初めての撮影やレコーディングの時も彼女たちは質問をしなかった。
いや質問することがなかったのだ。
質問しないと逆に何も考えていないと思われるかもしれないと思った彼女たちは必死に考えていたのだが、結局思いつかなかった。
それを見たプロデューサーは苦笑しながら大丈夫だよと彼女たちに言ったが、それ程までにプロデューサーの説明、話しの仕方は分かりやすかった。
今の今まで彼女たちは仕事の内容に不安を抱いたことはなく、彼が選んだ仕事なら安心してできると全てを任せていた。
そして彼女たちは彼の期待に応え、大きな成果を上げてきた。
これがアンティーカの今までである。
『よし、特に何もないならこれで終わりにするね。あ、モツ鍋豆腐入れると美味しいから試してみてね』
じゃあお疲れさまーと、Z◯OMを切ろうとする。
しかしそれは遮られることになった。
「も、もう少し、話しばしよっ! プロデューサー! その具材の話し、詳しく......」
恋鐘である。
どうやらおすすめ具材の話しを聞きたいらしい。
そうだなとプロデューサーは考える。
モツ鍋に豆腐は邪道かもしれないが味が染みてけっこう美味しいのだ。
あ、玉ねぎも美味しいな、そう考えながら具材について話していくプロデューサー。
ちなみにきちんと彼女たちのアレルギーは把握しているので、食べられない食材を言うなどと言った愚行は侵さない。
『わたし、お豆腐さん、好きです......』
豆腐という大好物を言われた霧子は少し嬉しそうであった。
霧子的には自身の好物を覚えていてくれて、それをおすすめしてくれたことが嬉しかったのである。
ちなみに彼の真意としては単純に美味しいという理由で勧めたというであるのだが、それを知る必要はない。
「確か明太子とかも入れたりするんでしょ?」
結華が前テレビで見たよと、そう続けた。
明太子も美味しそうだなと、博多方面に行った際には試してみようとそんなことを考えていた。
「......そうだプロデューサー。今日、一緒に鍋パーティーをしようじゃないか」
話しが進んでいく中、咲耶がふいにそうプロデューサーを誘った。
彼女にしては珍しく、少し緊張しているようであった。
本当によく見なければ分からないレベルであったが。
「そうばい! プロデューサーも一緒に鍋パーティーば一緒にやろ。具材はたーくさんあるばい」
腕によりをかけて美味しいの作るばいと顔をふんすとさせていた。
『有り難いんだけど、女子寮には入れないよ』
283プロダクションが運営する寮は男子禁制である。
男性が入るときは水道工事や電気工事などが入る時くらいであり、その場合は管理人の女性(50代の優しいお母さん)の方が立ち会いを行っている。
そのため、彼女たちが寮内で男性に遭遇することは一切なかった。
「えーでもプロデューサー、前に電球変えたり、水漏れとか直してくれたじゃないですかー」
摩美々によってプロデューサーは痛いところを突かれてしまう。
確かに以前、電球交換やキッチンの水漏れを修理したことがあった。
あれは業者の手配が間に合わず、かつ彼でも修理できる範囲であったための本当に仕方なくで起きた出来事だ。
故意に入ったわけではない。
『あれはなー、あの時だけの特別なんだよ。だから品切れなんです』
「プロデューサー、来てくれないのかい?」
まるで寂しかっているゴールデンレトリーバーのような表情でプロデューサーを見つめる咲耶。
その目は罪悪感が募るので止めてほしいとプロデューサーは思っていた。
普段王子様のような言動を取っている彼女がこういった言動を取ると、ギャップで凄まじいことになるその最たる例と言ってもいいだろう。
『うーんでもなー』
「プロデューサーさん、お豆腐さん......食べましょう......」
霧子は霧子で少し猟奇的に聞こえてしまうのは気のせいか。
それほど豆腐を食べたいということなのだろうか。
「Pたん、三峰的には......忙しいなら仕方ないんだけど.....」
結華も分かりやすく分かりにくい態度を取っているが、プロデューサー以外もいる場面でこの態度は珍しいなと思いつつ、このままだと収集がつかなくなりそうだと彼は危機感を覚える。
『......ほんとごめん、今日は厳しくてさ。次やる時は俺も具材持ち寄るから、それじゃあ駄目かな?』
頭を下げるプロデューサー。
実際本当に今日は大事な用事があったため、断ざるをえなかった。
勿論、各々不満げ、しょんぼりなど様々な表情を見せる。
罪悪感がプロデューサーを襲った。
______さてここである事情に突っ込もうと思う。
結華が諸々プロデューサーへ対して重い想いを抱いているのは既にお分かりだろう。
ただ結華が推定したアンティーカの他メンバーの想いはどうなのか。
答えはとても簡単である。
須らく重い想いを抱いていた。
咲耶は元々、別事務所でモデル活動をしていた。
そんな彼女に光るものがあると判断したプロデューサーであったが、勿論他事務所から引き抜きなどタブーであった。
しかも当時は未経験から入った彼である。
手札がなかった。
しかし、彼は幸運であったのだ。
なんと彼女の契約期間がもう少しで満了とのことで、彼はこれ見よがしに口説き落とした。
完膚無きまでに。
彼の放つ雰囲気と話術により、気づいたら咲耶は自身の過去を語っていた。
父子家庭で育ち、毎日暗い家の中を返ってくるのを待っていたと。
高校生になってからはモデルにスカウトされ、活動を続けてきたが、彼女の中にはそれでも孤独というものが深く突き刺さっていた。
それを聞いて尚の事プロデューサーは彼女をスカウトしたいと思った。
彼女を曖昧な気持ちで芸能活動させるのは惜しいと。
合わせて今後の人生においても彼女に付き纏うその孤独をどうにかして落として上げたかった。
事務所に入れば孤独になることなどありえなく、自分でよければいくらでも話しに付き合うと。
『あなたの手助けをさせてくれませんか? 私______俺は、孤独の辛さを分かる白瀬さんなら同じ気持ちの人たちに勇気を与えられると思っている。白瀬さんは間違いなくそれが出来る人だ』
______だからスカウトさせて欲しい、白瀬さんには俺が必要だ。
今思えば彼の言葉はとても傲慢なものであった。
俺にはでばなく咲耶には、というその物言いに少し笑ってしまった彼女は、しかしその言葉が間違っていないと確信し、283プロダクションへ所属することとなった。
諸々の手続きがあったようだがプロデューサーはそれを一切、咲耶には分からせなかった。
そして彼女は今の今まで彼に支えられてここまで来たのであった。
『プロデューサーは私にとって、特別な______ううんそんな言葉じゃ言い表せない人、かな』
恋鐘は高校を卒業してから地元を飛び出し、上京。
そこから一年間フリーターをしながらトップアイドルを目指して、オーディションを受け続け、落ち続けてきた。
そしてある日283プロダクションのオーディションに彼女がやってきた。
彼女は特徴的な方言を隠していたのだが、プロデューサーは貴方の本心を見せてくださいと告げた。
そんな彼女の自己紹介を聞いているとプロデューサーはどうしてオーディションに合格しなかったのだろうかと疑問に思っていた。
聞けばそのスタイルからグラビアなら合格を出すと言われ続けたようだ。
その時、彼は本当に自分は幸運だと内心で思っていた。
彼女程アイドルに向いている子は中々いない。
彼女であればトップアイドルの一角に立てる可能性は充分にある。
なので即採用を彼は告げた。
勿論グラビアはやらないという方向でだ。
恋鐘はあまりの即決にどうしてとそんな表情を浮かべていた。
『あなた程アイドルに全力な人は中々いないです。もしあなたが_____月岡さんが良ければ、俺がトップアイドルまで連れていきます。冗談なんかじゃないですよ』
______俺は本気です。月岡さんならその頂きに行けると思ったから言っているんです。
そんな真剣な目で異性に見つめられたことがなかった恋鐘はとても動揺していた。
こんな言い方されて、確証もないのに信じても良いのだろうかと。
しかし彼の表情からはそれが本気で出来ると思っているのがしっかりと伝わってきた。
グラビアに関して彼はこう言った。
『グラビアをやらなくても幾らでも方法はあります。というかそもそも嫌なことやってトップアイドルなっても嬉しくないでしょ?』
恋鐘は泣いてしまった。
今まで散々言われ続け、それならとオーディションを落とされ続けてきた彼女にここまで言ってくれる人がいるなんてと。
そして今彼女はトップアイドルまでもう少しというところまで順調に登り続けてきた。
『プロデューサーはうちにとって______ああ! 恥ずかしゅうて言えんばい!』
摩美々は生まれた時から両親に愛されて育てられてきた。
それ故にどれだけ失敗をしても悪戯をしても一度も怒られることがなかった。
そんな彼女は非行、とまでは行かないが夜の街をブラブラしているときにプロデューサーと出会った。
彼女に高い才覚を感じた彼はすぐに話しかけたのだが、なんと未成年だった。
最初雰囲気から二十歳以上だと思い、プロデューサーだが実際は高校生ということで驚愕していた。
時間は夜の21時を回っており、補導されてもおかしくないどころか犯罪に巻き込まれる可能性もあり、プロデューサーは普通に叱った。
ウザがられるのを分かって、これでスカウトできなくなるかもしれないのに、彼は叱った。
別に怒鳴るとかではなく、諭すような言い方であったが。
そのまま電話したかと思うと、タクシーが到着。
その後、1万円を渡されてこれで家に帰れと言われてしまった。
新鮮だった。
今までこんな風に言われたことがなかったからだ。
頭がふわふわしていた。
タクシーの扉が閉まり、出発する寸前摩美々は彼へ声をかけた。
名刺を頂戴と。
すると彼は一瞬考えて、それを断った。
今度会った時ねと。
そのままタクシーは出発してしまった。
初めて会ったのにこんなにも自分を叱ってくれた人生で初めての変な男の人。
家に帰って、親に心配はされたもののやっぱり叱られはしなかった。
確か彼は名乗る際に283と言っていた。
部屋へ向かい、すぐに検索して調べた。
283プロダクションと検索に出てきた。
そこからの彼女の行動は早かった。
次の日、283プロダクションの事務所へ彼女は向かうと、事務所前でひたすら待っていた。
でも彼は来なかった。
日が暮れて時間も20時を回りかけたときだった。
『君は......』
スーツ姿の彼は機能と同じ困惑した表情を見せていた。
どうしてここにと言わんばかりだ。
あなたのせいですよー、摩美々はからかうように笑い、一万円札をヒラヒラと揺らす。
そして彼女はこう言った。
『あなたのせいで悪い子になっちゃいました。責任とってくださいねー』
こうしてプロデューサーは敗北した。
いや折れざるを得なかったのだ。
今度会ったときと口約束ではあるがしてしまったのだ。
『取り敢えず、家まで送るから』
この時プロデューサーは覚悟を決めた。
家へ送った際に両親にはそれはもう怪しまれたが、プロデューサーは逆にその両親へ少し怒りの言葉をぶつけていた気がする。
喧嘩みたいになったが結局、摩美々はアイドルになり、家族との中も良好で何ならプロデューサーも家族と仲がいいまでになった。
彼女は悪い子ながらもアイドルの道を順調に進んでいる。
なぜなら悪いことをしても隣には叱ってくれて褒めてくれるあの人がいるからだ。
『プロデューサーは私にとって......うーん、悪い子な私をちゃんと受け入れてくれる人ですかねー』
霧子がアイドルになった理由はとてもシンプルなものだった。
自信のない今の自分を変えたかった、人を笑顔にできるアイドルに憧れた。
そんな彼女は自身を変えるべく、283プロダクションのオーディションに参加し、合格を勝ち取った。
プロデューサーは彼女を見て、儚げではあるがその身に秘めた揺るぎない意志を感じ取り、彼女ならばアイドルで人を笑顔に出来うると、そう判断した。
彼女は両親が医者で、それに影響されたのか彼女自身医者への道も人生の選択肢に入っていた。
成績は優秀で国公立大学の医学科を狙えると言われて実際にオーディションを受けながら模試でB判定を貰う高い学力があった。
そんな彼女は悩みを抱え始めた。
アイドル活動と学校での勉強、その両立がどんどん難しくなっていったのだ。
学校からはこれだけの学力があれば医大に行き、医者への道も夢ではないからだ。
アイドルというある意味で不安定な仕事に比べ、医者というのはそういう認識であった。
しかし、それに反論したのはプロデューサーであった。
『人生において選択というのは必ずあります。ですが、どちらかを選ぶ必要はないはずです!』
彼はアイドルと医者どちらもなれるとそう言ってのけた。
勿論、学校側は猛反発した。
そんなの無理に決まっている、その選択をするのは貴方ではなくこの子なんですよと。
それでもプロデューサーは折れなかった。
『俺が勉強を教えます。霧子に次の模試の判定でAを取らせます』
とんでもないことを彼は言った。
そんなこと出来るはずがない、そもそも次の模試までの時間を無駄にするつもりかと。
それに対してもプロデューサーは正面から打ち返した。
『だったら、そちらが指定した日にそちらで作成したテストを用意してください。その指定した日までにこちらで勉強を教えて100点を取らせます』
彼がどれだけ無茶苦茶を言っているのかはその場の全員が理解していた。
しかし彼の表情は至って真剣で、それが本気であることを伝えていた。
余りに馬鹿げていたが学校側は完全にへし折り、二度と文句を言わせないために一ヶ月後を指定した。
彼女の通う学校は名門校であり、普段のテストの難易度もかなりのものだ。
その学校が作るのは大学試験相当の本気のテストであった。
面談の帰り道、プロデューサーはごめんと謝った。
勝手なことを言ってと。
でも霧子はそれを聞いて笑いだしてしまった。
『......だってどちらも選べるなんて思ってもいなかったんですから』
そこから霧子とプロデューサーの勉強会が始まった。
無論、アイドル活動をしながらである。
そこで発覚したのがプロデューサーは本当に勉強が得意ということだった。
現役医学部入試相当の難易度の模擬テストを彼は全問正解していた。
曰く、選択肢を増やしたかったかとのことで、まさか霧子のためにこれが役に立つとは思わなかったよと笑っていた。
彼の教え方はとても分かりやすく、スッと頭に入っていた。
霧子自身の頭の良さはあるのだが、それでも彼の教導能力はすごかった。
そして一ヶ月後のテスト当日。
結果から言えば彼女は本当に100点を取ってしまった。
学校側はもう何も言えなくなってしまった。
『よく頑張った、流石俺の霧子だ。これで心置きなく”どっちも”目指せるな』
プロデュース活動をしながらテストの勉強、プロデューサーの負担は尋常ではなかったはずだ。
それなのに彼は笑顔でそう言ったのだ。
この言葉が霧子のあり方を変えた。
どちらかを選ぶのではなく、やりたいことを選ぶのだと。
『プロデューサーさんは......わたしにとって......幽谷霧子という人間の生き方を決めてくれた人です』
結華含めて、アンティーカはプロデューサーによって人生をある意味で無茶苦茶にされた、そんなアイドルグループであった。
そんな彼女たちがプロデューサーという人物に対して重い想いを抱くの必然であったのだ。
彼女たちの鍋パーティーへの勧誘はプロデューサーの次の仕事の時間ギリギリまで続いたのだった。
そして現在。
調理も終わり、プロデューサーのいない鍋パーティーが始まり、美味しく食べ進め、そろそろ宴も終盤といったときのことだった。
「なに、これ......?」
誰の声だったか、彼女たち全員がCHAINの画面を見ていた。
事務所のグループチェインは何個かあり、今回のはプロデューサーを除いたアイドル25人とはづきのものだった。
しかし問題だったのはそこに上げられていた画像であった。
プロデューサーの机の上から撮影されたそれ。
誰が上げたのかよりもその画像の衝撃に全てが吹き飛んでいた。
そこにはプロデューサーの名前が記入された退職届が写っていた。
ふざけんなよ鬼畜野郎が!!!!
※数字(Ⅰ,Ⅱなど)は振っていますが順不同です。
※(特に意味は)ないです。