もう限界なので休ませてください。。。 作:オティヌス
「............っあ..................病んだ」
______どうしてこうなってしまったのだろう、
カミサマ。
一部の世間の人から彼女はそう呼ばれていた。
カルト的と言っていいその人気。
今を悩み生きる現代女子に響く、そのメッセージ性のある歌や彼女自身の在り方はある意味で崇拝の対象になっていると言っても過言ではなかった。
しかしそれは表向きの話だ。
誰も彼女のこと知らない。
誰も彼女を見ていない。
誰も彼女______斑鳩ルカのことを理解しようとしなかった。
目が覚めるとそこは知っている天井だった。
確認するまでもなくそこは自身が住んでいるマンションの一室で、目が覚めた彼女______斑鳩ルカはそのソファの上にいた。
昨日は確か、胸糞悪くて酒の飲んだようなと周りを見渡す。
アルコールの空き缶が何缶も転がっており、どうやら酔い潰れてそのまま眠ってしまったようだった。
「最悪の気分......」
彼女は重い体を引きずって、キッチンへ向かい蛇口を捻る。
水を飲む。
身体は特に楽になることはなかった。
ソファへ戻り、座るとテーブルの上にある雑誌が目に入る。
「......っ......」
それなりに売れているアイドル芸能雑誌。
開かれたそのページには2人組のアイドルユニットが写っていた。
『SHHis(シーズ)』。
283プロダクションが誇る七草にちかと緋田美琴の2人で結成されたアイドルユニットである。
今話題の実力派ダンスユニットで出ている楽曲は勿論のこと、番組でも片方が話しを回してもう片方が天然な発言をして突っ込むなどの正反対さが受け、多方面で活躍している注目されているそんな2人。
シーズの名前は嫌でも聞くようになった。
テレビをつけても、動画サイトを見ても、ネット記事を見ても、雑誌を見ても、周囲の声からも。
「くそっくそっ......何なんだよ......!!」
広げられた雑誌を掴みそのまま、無造作に投げた。
宙を舞う雑誌、その刹那、ページの中の瞳と目があった。
そんな気がした。
「何でなんだよ......!」
頭を掻き毟る。
頭がおかしくなりそうだった。
なぜ自分がここにいるのかも、何をやっているのかも、もう何も分からなかった。
『ルカ......?』
「うっ......」
思い出す。
今でも脳内を支配するあの表情。
ルカにとって世界で一番憧れていた彼女、緋田美琴はまるで自分のことなんか忘れていて今思い出しのかのようなそんな顔で。
『はじめまして。シーズのプロデューサーをしているものです。いつもうちの美琴がお世話になっております』
思い出す。
ヘラヘラ笑って、彼女の隣にいたあの男。
美琴が、あの美琴が嬉しそうにあの男の側にいた。
まるで"幸せ"みたいなそんな表情で。
理解者を得たみたいなそんな表情で。
どうして。
どうして。
どうして。
______美琴はそんな表情(かお)しない。
ああ、そこまでして私を美琴は......!
笑えてきた。
笑いが止まらなかった。
まるで自分は道化のようなそんな気分だった。
ルカは美琴へ纏まらない怨嗟の言葉をぶつけた。
『ルカには関係ないでしょ?』
今もなお突き刺さる鋭利な彼女の言葉。
どうしてそんな、そんな酷いことを言えるのだろうか。
美琴にとってルカという存在はもうその程度のものだというのだろうか。
気づいたらルカは美琴ではなく側にいたあの男へ言葉をぶつけていた。
『あんたなんかが美琴の側にいて良いはずない......! どうして、あんたなんかが......!』
理不尽極まりなかっただろう。
初対面の小娘にこんなことを言われて。
不穏なやり取りをしている2人を止めずに黙っているようなそんな腑抜けた男。
ヘラヘラ笑っていればどうとでもなると思っていそうなその男の顔が。
自分に何を言われても、言い返さないそんな態度が。
ルカには全て気に入らなかったのだ。
だからこそあの男への言葉が止まらなかった。
『......ねえ、どうしてそんなことを言うの』
背筋が震えた。
あの美琴が、あんなにまで冷たい声を出せるなんて。
ルカは知らなかった。
そんな高ぶった彼女の怒りの感情を。
『私を悪く言うのは良い』
『でもプロデューサーは何も関係ないよね』
『あなたはプロデューサーの何を知っているの』
『プロデューサーの凄いところも良いところもあなたは何も知らない癖に』
『私はプロデューサーの悲しむ顔も怒った顔も見たくないの』
『だから、次、私のプロデューサーにそんなこと言ったら、私はあなたを______』
______絶対に許さないから。
もう行こう、プロデューサー。
そう言って美琴は男の腕を引っ張って行ってしまった。
2人が行った後、ルカは力が抜けて、その場に座り込んでしまった。
怖かった。
感情を見せないあの美琴が見せた怒りの感情。
全てルカは知らなかった。
あの男はルカの知らない美琴を知っている。
「......あっ......っっっっ......あっ、あああああああああああああ!!!!」
カーテンを締め切った暗い部屋にルカの悲痛な絶叫が木霊した。
「あら、まだやってないわよ。19時から______」
18時より少し前。
居酒屋やバーが立ち並ぶ夜の街のある店の一角。
店内はごく普通のカウンターとテーブル席のあるスナックバー。
そこのママである女性は開店の準備をしており、普段なら時間外に来る客は出ていってもらうのだが。
「......最近、来ないと思ったら、まさか開店前に来るなんて」
「すみません、全然時間が取れなくて」
入ってきたのは身長が180センチを超える長身の若い男だった。
柔和なその表情は開店前に来られたいことによる少しの苛立ちを完全に霧散させた。
「座って。何か食べたいのある?」
ママはそう言って冷蔵庫を開けて食材を確認し始める。
「うーん、おまかせで」
そういのが一番困るのよ、そう言いながらも既に目星は付いていたのだろう、食材を出していく。
「あと、一杯だけ」
「はいはい」
食材を一度置いてから、ロックグラスを出しそこへスコッチウイスキーを入れると琥珀色の液体が透明なグラスの半分を侵食した。
「でもこんな時間に来るの珍しいわね。サボり?」
「ははは、違いますよ。今日は早く終わって直帰できる感じだったんで」
男はウイスキーの入ったグラスを傾ける。
スモーキーな香りが鼻を抜けていく。
「それなら開店してから来なさいよ」
「そうしたらあなたと落ち着いて話せないなって思いましてね」
そう言ってグラスを傾ける男はひどく絵になっていた。
以前、男がスナックへ来た際に他の男性客に色男やなんや言われいたのを思い出す。
「私だから良いけど、そういうこと他の女の子にも言ってないでしょうね」
「言うわけないじゃないですか」
そう笑う男だったが信用はなかった。
全くと言いつつもママは食材の調理を始めていく。
水を入れた鍋に火をつけ、ウインナーと玉ねぎ、ピーマンを切っていく。
「あんたは昔からそういところがあるから。刺されても知らないわよって、前に刺されそうになったんだけ」
「違いますよ、あれは助けようとして結果的に刺されそうになっただけなので」
それにそんなモテ男みたいなことが俺にあるわけないじゃないですかと、男は言った。
ママは少し頭を抱えそうになった。
「ま、無いなら無いで別に構わないけどね。あんた恋人とか出来たら気を遣ってこういうお店来なくなりそうだし」
お客が減るのは店的にも困るし、こうやって生存確認できなくなるのはそれはそれで寂しいものがあった。
「いやいや来ますよ。別に風俗とか行ってるわけじゃないですし」
「あんたから風俗なんて聞くと変な感じね」
そうですかねと男は首を傾げる。
この男に憧れを抱いている女の子からしたらイメージダウンものじゃないだろうか。
まあそっちの方が逆に変な女に引っかからなくて安心かもしれないが
ママは切った具材をフライパンで炒めながら、沸騰した鍋にパスタを入れ茹で始める。
「最近、仕事はどうなのよ」
「うーん、ぼちぼちと言った感じですかね」
「いつもぼちぼちじゃないあんた」
「じゃあ順調と言っておきますよ」
じゃあってなによと言いつつ、ママは思い出す。
この男はあまり自分の中へ踏み込ませない人だったと。
いやきちんと踏み込ませるが踏み込ませないと言った方が正しいか。
ややこしい男である。
「まあ、色々やることがたくさんありましてね......あ、そうだ。前言ってた娘さんは元気なんですか?」
「元気なんじゃないかしら______ってまさかあんた?」
「いやいやいや違いますよ。俺その娘さんと会ったこともないじゃないですか」
慌てて否定する男を見てなんだか笑ってしまった。
「私はあんたがスカウトするんじゃないかって思っただけよ」
「ああ、そっち。それこそないですよ」
そもそも他事務所からの引き抜きはマジでめんどくさいんで、そう語る男の表情は実体験から来ているもののような気がした。
男が芸能関係で働いているのはママは知っていた。
そしてママの娘が芸能関係で働いているのも男は知っていた。
だがお互いそこまでなのである。
どこの事務所でなどの具体的な内容は話していない。
秘匿義務は勿論であるが、そっちの方が変に意識しないで話しをできるからだ。
さらに言えば別に男がどんな仕事をしていようが、ママの娘が誰なのかもお互いにたいして興味はなかった。
「てかあんだけ心配そうにして、元気なんじゃないって......」
「忘れたわ、そんなの」
茹で上がったパスタをザルに入れ、水分を切り、炒めていた具材に放り込むとケチャップを入れ、混ぜる。
本当に相変わらずこの男は相手の機微に聡い。
だがそれを認めてしまうのは何だか腹立たしかったので絶対に認めたりなどしないが。
「はい、どうぞ」
「わーい、ナポリタンだー」
ママは皿に載せた山盛りのナポリタンとフォークを喜んでいる男へと差し出す。
「熱いから気をつけて食べなさい」
「いただきま熱っ」
言わんこっちゃないとママは苦笑する。
この男は毎回自身が猫舌なのを忘れるのだ。
「めちゃくちゃ美味いですよ」
「なら良かった」
美味しそうに食べる男を見ていたら、なんだかこちらも嬉しくなってきた。
娘の美味しそうにナポリタンを食べていた姿と重なり、彼女は頬が緩んだ。
「そうだ。実は旅行に行くの決めたんですよ」
「そうなの? 珍しいわね」
あの常に働いているこの男からそんな言葉を聞くなんてと、ママは驚いていた。
「はい、博多に行こうかなって。飯が美味そうなんで」
「......あらほんと。私も半年後、娘と2人で博多に行くのよ」
「マジですか。俺も半年後に行くんですよ。とんでもない偶然ですね、もしかしたら遭遇するかも」
まさかの一致に男は驚愕する。
別に前から話していたわけではないのにと。
「その時はどこかご飯連れてってもらおうかしら」
「別に良いですけど、娘さん絶対に嫌がりますよ」
「逆にあの子のことだからあんたみたい男気に入りそうだけどね」
男の好みは似るというが、果たしてどうなのか。
ママ個人としてはこんな男に引っかかって欲しくないと半々な気持ちであったが。
「まあ、そのときはそのときで_____っとごちそうさまです」
そう言って山盛りだったナポリタンを既に空になっていた。
「お腹、減ってたのね」
「うーん、別にいつもと変わんないですけどね」
男はこの容姿(ナリ)で健啖なのだ。
毎回このくらいの量を平気で食べきるので別段驚きはしなかったが。
いつもより食べ終わるのが早い気がした。
「じゃあ、お会計で」
「別に良いわよ、今度来た時にその分たくさん飲んでって」
ウイスキーを飲み干し、一息をつくと男は財布を取り出そうとするもそれを断るママ。
どうせこの男は多めに置いていくつもりなので、そんなことはさせない。
「ははは、ありがとうございます」
「ん、また来なさい。あ、出るなら裏口からね」
はーいと言って男は店を出てていく。
誰も居なくなった店が少し寂しく感じた。
「さて、と。片付け片付け」
男の食べ終わった食器とグラスを取ってシンクに入れると水を流しているとまた入り口の扉が開く音がする。
ママは先程と同じ言葉を投げかけようとする。
「まだやってないわよ。開店は19時から______」
「仕込み、手伝いに来た」
20代前半の女の子がいた。
その女の子にママは見覚えがある。
なぜならば。
「......今日はお客さんが多いわね。おかえり」
「......? ただいま、ママ」
まだ開店していないのにと首を傾げる彼女にママは少し笑ってしまう。
彼女の名前は斑鳩ルカ。
このスナックのママの実の娘であった。
紙一重のタイミングだったね。