その夜。
暁ら4姉妹が疲れて寝てしまったことで解放された北上と大井は、鎮守府の廊下を歩いていた。
割れた電灯には電気も通らず、文明の産物である建物の中だというのに夜の闇に呑まれ、2人は駆逐艦らを遊ばせていた部屋から拝借してきた懐中電灯を手に歩くことを余儀なくされた。
「暗いねー」
「き、北上さん。足元には気をつけてくださいね。さっきみたいに床を踏み抜いたりしたら……」
「ここじゃ入渠するのも難しそうだしねー」
資源が終わっているこの鎮守府にて、軽巡の入渠を提督は絶対に許可しないだろう。
といっても、床を踏み抜いて負ったかすり傷くらいで入渠は大袈裟であるが。
「ちっ……あの提督が資源をしっかり管理しないからこんなことになるのよ」
「まーまー。否定はできないけどさ……お?」
気づけば、客室の前に到着していた。
客室のドアの隙間とヒビからは中の光が漏れ出ており、提督と渋井、長門の話し声がボソボソと聞こえてくる。
そして、その光の漏れ出るドアに耳を押し当て、話し声を盗み聞きしている者が1人。
「何してるんですか、江野島さん」
「どぴゃあ! ……って、なんだ、貴方達か」
江野島百合香はホッと息をついて、軍帽を被り直した。
「あの子達は?」
「疲れてぐっすりですよ。それで、何してたんです?」
「…………絶対誰にも言わないでよ。戸部提督の声を聞いてたの」
「「は?」」
姉妹で声が揃った。
「戸部提督の声を?」
「あのズボラでガサツで金銭感覚の狂ったあの提督の声を?」
「事実陳列罪ね、大井さん。とにかくね、私はあの人の声がどうしても聞きたかったの」
「一体どうして? 江野島さんのような美人に、あんな人は釣り合わないわ」
「戸部提督はね、士官学校の先輩なの」
彼女の目が、スッと細くなった。
北上と大井は、江野島の言葉に黙って耳を傾ける。
「何をやってもダメで、周りの人達から見下されてた。でも戸部提督だけは、そんなことをしなかった。ミスをしても怒らなかったし、なんてことない顔で器用に手伝ってくれて……。嬉しかったなあ、あの時は」
北上はそっと大井に耳打ちした。
「江野島さん、昔からこんなだったんだね」
「今日も書類を無くしてしまいましたしね……」
「そこ、聞こえてるわよ」
どでかいため息を吐かれ、北上は「ごめんなさーい」とゆるりと謝る。
「私もいずれ提督になりたいって話、前にしたでしょ。あれはね、戸部提督が士官学校を卒業する時に『お前なら良い提督になれる。多分』って言ってくれたことが理由のひとつだったりするの」
「多分ってつけるところが戸部提督らしいなあ」
「昔から無責任な人なのね」
「とにかくね、私は戸部提督が好き。優しく寄り添って、背中を押してくれたあの人を想うと、胸が熱い。いつか私も提督になって、あの人と一緒に戦場に立って、そしてゆくゆくは……!」
「……どーだろうね。あの提督にはあいつらがいるじゃん」
暁、響、雷、電。
あの4人の艦娘に囲まれた提督の姿でも思い浮かべたのか、江野島は狙撃されたかのようにガクッと体を折ってその場に蹲った。
「……さ、流石にあの人もロリコンじゃない…………はず。うう、はっきり否定できないのが悔しい……。もしかして、あの子達は私のライバルって……コト⁉︎」
「……そうなんじゃないですか?」
思わず顔を見合わせる大井と北上。
「「はあ……」」
またしても、声が揃った。