翌朝。
寝間着から着替えた暁、響、雷、電は点呼を取り、食堂へ向かった。
そこには既に提督が待っており、彼女らの姿を認めるとひょいと片手を挙げた。
「おはよう、諸君」
「司令官さん、ご機嫌なのです」
「いや、機嫌ならすこぶる悪い。久々に嫌なこと見聞きしちまった」
提督は嘆息混じりに視線を落とす。
途端に、不安そうな表情を浮かべる4人。
昨日は渋井提督と一緒に話していたと大井から聞いているが、それ程までに嫌な話だったのだろうか、なんて揃って考えてしまう。
それを察知したのか、提督は微笑してバナナをミキサーに次々にぶち込んだ。
「心配するな、お前達! 俺はこの苛立ちをバナナにぶつけることにした! このブーメラン型黄色植物め! 提督特製バナナジュースにしてやるぜええ! 貴様は渋井や長門の胃の中に消えるのだ、ワーハハハ!」
それでも、彼女らの表情は和らがない。
暁達は、提督の微笑が作り笑いであることに気づいているのだ。
無理しているのを、わかっているのだ。
どう声をかければいいのかもわからず、4人はただ顔を見合わせるばかりであった。
やがて、提督の方から声をかけてきた。
「お前らもやるか?」
「……やる!」
「暁に任せなさい! レディだもの、何だってお茶の子さいさいよ!」
響と暁が真っ先に飛び出し、雷電も後に続く。
難しいこと、嫌なことは後回しだ。
今は、提督とバナナジュースを作る方が大事なのだ。
やがて、渋井と長門を先頭に、別の鎮守府の面々が食堂に集まってきた。
何故か、全員目の下に隈ができている。
雷が心配そうに声をかけようとしたが、それより先に提督の無神経かつ底抜けに明るい声が食堂に響いた。
「おはよう諸君! よく眠れたかね?」
「よく眠れたか、だと? 否定だ。ろくに眠れなかった」
欠伸を噛み殺しながら、長門が言った。
「あのベッドは何だ。木が腐っていたぞ。いつ壊れてもおかしくない」
「隙間風が強敵だったね〜……どこの壁穴だらけで参るわ……」
「北上さんの……言う通……くかー……」
大井なんて半分寝ている。
血管を浮き上がらせた渋井が提督に詰め寄った。
「何か俺らに恨みでも……?」
「落ち着け、渋井隆道。うちの鎮守府はどこもそんな感じだ」
何故かドヤ顔になる提督。
だが、その背中に4人分の視線が突き刺さる。
「誇れることじゃないわね」
「むしろ恥ずかしい」
「資源管理、もっと頑張らなきゃね」
「なのです……」
「ぐ……」
勝手にダメージを受けた提督を横目に、第六駆逐隊は一行を席に案内する。
暁は椅子を引いて、長門を座らせた。
「どうぞ」
「ありがとう。礼儀作法を心得ているようだな。いいことだ」
「暁は一人前のレディですから!」
誇らしげに胸を張る暁。
自分を見つめる長門の頬がなんか凄く緩んでいることに、暁は気づかなかった。
全員が着席したのを確認すると、暁は妹達に手招きして集め、円を作る。
「雷、電、そして響! 昨日は色々と失敗しちゃったけど、今日こそは完璧なおもてなしをするわよ! いいわね!」
「「おー!」」
「ハラショー」
一斉に拳を突き上げる第六駆逐隊。
着席してその光景を眺める渋井も、思わず笑みをこぼしてしまう。
「……微笑ましいな」
「だな……」
微笑みながら、長門が相槌をうつ。
北上と大井も、満更でもなさそうな表情で駆逐艦達を見つめていた。
やがて、彼女達はおぼんに乗せたジュースをテーブルに運んできた。
まず長門が小さなコップを手に取り、黄色のジュースを喉に流し込む。
「うん、美味い。素材の良さがしっかり出ているな」
続いて、北上がグイッとジュースを飲み干す。
「北上さん、どうですか?」
「そうだねー……結構イケる」
「そうだろ、そうだろ? 何てったって、俺と第六駆逐隊が作ったんだからな!」
誇らしげに胸を張る提督だったが、その瞬間、長門と北上はギョッとしたように彼を振り返り、空になったコップを凝視した。
「……何か変なこと言ったか?」
「いや……お前料理できねえだろ。どんな素材も残飯に変える天才……それがよくもまあこんな美味いジュースを……」
呆れ全開の口調で、渋井が言った。
「ジュースくらい作れるもん!」
狼狽える提督に、北上と大井の無慈悲な追撃。
「ほとんど駆逐艦の功績じゃないの?」
「提督はせいぜい2割くらいしか役に立ってないと思いますけど」
「何てことを! あー、いいもん! ジュース全部飲んじゃうもん!」
「おい、それは困るんだが!」
長門が勢いよく立ち上がり、その拍子に椅子がガタンと倒れた。
渋井も全く同じ動きで立ち上がり、提督を指さして喚いた。
「そんな暴挙に出るんだったら、もう資源やらねえぞ! ついでに霞送り込むぞ!」
「ぎゃー! 霞は苦手じゃー! せめて曙にしてくんろー!」
口論が激しくなってきたタイミングで、食堂の扉が勢いよく開いて、寝癖だらけの江野島が突入してきた。
「すみません! 寝坊しましたぁッ!」
「江野島さん、遅いですよー」
「江野島ちゃん、丁度いいところに! 聞いてくれよ、そっちの上官がさぁ!」
ワイワイ、ガヤガヤと騒がしくなる食堂。
騒ぎから少し離れた席でジュースを飲みながら、暁は嘆息した。
「全く、みんな子供みたいね」
「でも、司令官は楽しそう」
響に言われて、暁は提督の顔を見る。
……確かに、彼の陰りのない笑顔を見ていると、暁まで楽しくなってくる。
「いつもは5人だけだけど、こういうたくさんの人がいる朝も悪くないと思う」
「……まあ、ね」
響にそう返し、小さく笑った時だった。
「何やってんだお前ら! ジュースじゃんけんやるぞーッ!」
「司令官さん、危ないのです!」
今にも壊れそうなテーブルに乗っかった提督が、手招きしている。
足元には、雷と電が慌てながら縋りついていた。
「行こう、暁」
「うん。……い、今行くわよ!」
席を立ち、暁と響は提督達の方に駆けていった。
夕刻になり、渋井達の帰る時間がやって来た。
提督と第六駆逐隊は門の前に横一列に並び、車に乗り込もうとする友人を見守っている。
渋井や長門達は荷物を積み込むと、提督達の前に同じように並んだ。
微笑みと共に、右手を差し出す渋井。
「世話になったな」
「おう。またいつでも来い。資源もありがとよ」
提督は友の手を取り、固い握手を交わす。
「お嬢ちゃん達も、元気でな。戸部が変なことしてたら、いつでも言ってくれ」
「はい!」「なのです!」
元気よく返事をする暁達。
今度は、長門が提督に話しかけた。
「色々と厳しいことが多いだろうが、きっと乗り越えられると思う。だが、どうしても踏破不可能な壁にぶつかった時は、いつでも呼んでくれ」
「そうさせて貰う。ありがとな、長門」
「ああ」
そう返して微笑む長門だったが、その笑みはどこか寂しげで、青い色が見え隠れしていた。
提督にはわかっている。
彼女は、ここに左遷されることになったあの日から、自分の身を案じていた。
その想いに応えてやれないことが、もどかしい。
そんなことを考えていると。
「あ、あの、戸部さん……! そそそ、その……」
どもりながら、江野島が提督に話しかける。
視線はあちこちに彷徨い、どっと吹き出した汗が顔を流れていく。
「どう、どう。落ち着け江野島ちゃん」
「すぅー……今度はこっちにも来てくださいね! 手作りの料理を作って待ってますから!」
顔を真っ赤にして、声を張り上げる江野島。
その声は海風に運ばれて、海上に攫われていく。
「おー、言った」
彼女の背後で、北上と大井が笑った。
よくわからないまま、提督は返事をした。
「お、おう……楽しみにしとく」
「はい!」
真っ赤な顔で笑う江野島に、提督はますます困惑の表情を見せた。
そんな提督の背後で、暁達は囁き合う。
「司令官って、意外と鈍感よね」
「確かに……」
「自分から好意は持つけど、他の人からの好意には気づきにくいタイプなのです」
こうして、"別の大きな鎮守府"の面々を乗せた車は走り去っていった。
提督と第六駆逐隊は、その姿が見えなくなるまで手を振っていたのだった。