背の高い岩の陰に身を隠し、響は相手の様子を窺う。
海賊船は岩場付近で停止している。
もう少し顔を出せば、撃たれる。
響は顔を引っ込め、まだ呆然としている暁に現状を報告する。
「敵乗組員は2人。まだ諦めてないみたい」
「…………」
「……暁?」
返事はない。
目は虚ろで、目の前にいる響を見ているようで見ていない。
響は彼女の眼前で手をひらひらさせてみるが、やはり反応はなかった。
顎に手を当てて考え込む響だったが、唐突に良いアイデアを思いついた。
暁の左横に回り込み、勢いよく肩を叩く。
「わッ」
「みゃああああッ⁉︎」
奇声をあげて飛び上がる暁。
お化け屋敷で驚かされた子供のような反応だった。
「な、なんだ響か……脅かさないでよ…………!」
「そんなことより、どうかしたの? さっきから様子がおかしい」
「うっ……」
狼狽える暁。
見つめられることに耐えられないのか、視線は海面に落ちていた。
「ねえ、響。暁達の敵って、深海棲顔よね?」
「……そうだね」
「……やっぱり、そうよね」
暁はスカートの端をぎゅっと握りしめる。
込み上げるものを、必死に堪えるかのように。
「さっきね、一瞬だけ思ったの。深海棲艦と戦う時と一緒なんだって。反撃しないと、やられちゃうって。でも……」
「……」
「主砲を向けた先にいたのは、人だった。暁は、艦娘なのに……本当は人を守らないといけないのに……ここで撃ったら、取り返しのつかないことになりそうな気がして……それで……」
「暁も、雷や電みたいなことを言うんだな」
顔を上げる暁。
ほっぺたは赤くなり、目の端には涙が滲んでいる。
響はそんな暁の側に寄ると、淡々とした口調で言った。
「司令官も言ってたけど、彼らは頭がいい。遠征から帰る艦隊はどうしても足が遅くなるし、何より艦娘……特に私や暁みたいな駆逐艦は、絶対に反撃を躊躇うってわかってる」
「そんな……」
「いいかい、暁。私達は艦娘で、軍にいて、深海棲艦と戦ってる。でも、その後は?」
「……」
「もしかしたら、その後撃つことになるのは、人かもしれない」
「やめてよ!」
「ずっと先の話さ。あくまで可能性に過ぎない」
最悪の未来を想像し、暁は拳をさらに強く握りしめる。
爪が、皮膚に食い込むほどだった。
堪えていた涙も、ぽろぽろとこぼれ落ちる。
「人を撃つなんて……そんなこと……」
「…………出来なくていいんだよ」
「へ……?」
きょとんとする暁に、響は微笑を向けた。
まだキョトンとしている暁の前で、響は自分とドラム缶を結ぶロープを解き始めた。
「ちょっと、何してるの?」
「海賊退治に行く」
ぽちゃん……
落ちたロープが、海面を叩く。
「言うとおりにして、暁」
「……」
「大丈夫。私も暁と同じ。引き金の重さはわかってるつもり」
★★★
海賊村上はイラついていた。
艦娘は岩場に隠れたきり出てこない。
近づこうにも、海面から突き出た岩に船底を削られて沈没する恐れもある以上、迂闊に動けない状況。
ただひたすら、波に揺られる。
とうとう、村上の苛立ちは頂点に達した。
「もういい! 柴、撃っちまおう!」
老いた操縦手を怒鳴りつける村上。
だが、柴はおずおずと反論する。
「そ、それはいかんよ……。燃料に引火したら爆発してしまう……」
「細けえことはいいんだよ! ワシは我慢できねえ!」
村上は右手の砲を、艦娘達が隠れた岩場に向けた時だった。
「ん?」
岩陰から、1人の艦娘が姿を現した。
黒髪の方だ。
武装を解いた状態で、両手を挙げている。
「こ、降参よ」
「お? お〜? 偉いなぁ、嬢ちゃん。柴、寄せろ」
「へ? へ、へい!」
ぶつけないよう、ゆっくりと船を岩場に寄せる。
黒髪の駆逐艦は、涙を懸命に堪えながら言った。
「資材はここよ。渡すから、暁達は見逃して」
「うーむ、どうしようかねえ」
わざとらしく、村上は左手で顎を撫でる。
といっても、村上には彼女を犯してやろうとか服を剥いでやろうとか、そういう気は一切なかった。
あくまで目的は資源。
これはある種の揶揄いである。
すると……
「いでっ!」
村上のこめかみに、何かが飛んできてヒットした。
頭を押さえてうずくまる村上の足元に転がったのは、小さな石ころ。
顔を上げると、石を投げたと思われる銀髪の艦娘──響が全速力で逃げ去るところだった。
「うおおおおお! おのれえええ! 追っかけんか、柴ああぁ!」
船を急発進させ、艦娘を追いかける。
左右に細かく動きながら、岩壁伝いに逃げる響。
村上は右腕の砲を躊躇なく彼女に向けた。
「喰らいやがれ! ワシの切り札ァァァァ!」
村上の咆哮と共に、砲弾が発射された──かに思われたが、その直前に響が飛び上がった。
その拍子に飛び上がった水飛沫が、太陽光を浴びて宝石のように輝く。
輝きの中を舞う銀髪の少女の姿に、村上はほんの一瞬目を奪われた。
が、直後に船を襲った激しい衝撃が、彼を現実に引き戻す。
危うく船から投げ出されそうになり、船縁を掴んで耐える。
「柴ぁ! 何じゃ! 何があった⁉︎」
「岩に乗り上げましたぁ……!」
「何ィィィッ⁉︎」
「挑発すれば追いかけてきてくれると思ったよ。この辺りには暗礁が多いから、誘い込めた時点で勝ったようなもの」
ガバッと顔を上げた村上が見たのは、己を無表情に見つめる銀髪の少女の姿だった。
資材の入ったドラム缶を引きながら、暁は岩陰から飛び出した。
笑顔で思い切り手を振ると、響は小さく右手を挙げて応える。
「大成功ね!」
「暁も名演技だった」
「当然よ! レディは何でもこなせるんだから!」
ふふんと胸を張る暁だったが、海賊達がこちらを見ていることに気づいて表情を引き締める。
「さあ、もう逃げられないわよ。観念しなさい!」
「ぐっ……はぁ、完敗だぜ。ワシを負かすなんてやるじゃねえか、お嬢ちゃん達」
諦めたように笑いながら、村上は両手を挙げた。
激戦の末破れた的な雰囲気だが、実際は挑発に引っかかって自滅しただけなので、暁の心境は複雑だった。
「──! 暁!」
あまりにも突然の、響の叫び声。
それに重なるようにして海上に轟く、数発の砲声。
座礁した海賊船の近くに複数の水柱が立つ。
砲声のした方を、暁と響、海賊達は凝視した。
こちらに迫ってくる3隻の深海棲艦。
駆逐イ級だ。
「深海棲艦……! よりによってこんな時に……!」
「しかもありゃあ……完全にワシらを狙っている! 艦娘の嬢ちゃん達もいるってのに、そっちは無視してワシらの船を撃っているぞッ……!」
村上が操縦席に駆け込み、腰が抜けた操縦手を無理矢理立たせる。
「柴! 早う動かせ!」
「座礁してるんだぞ⁉︎ 無理に決まってる!」
海賊達が揉めている間にも、深海棲艦は次の砲撃準備を終えようとしていた。
イ級の口から突き出した砲が、小さな海賊船に狙いをつける。
が、弾が発射されるより早く、暁の主砲が火を吹いて深海棲艦の外皮を叩いた。
「!」
驚きで振り返る村上を尻目に、暁と響は海賊船と深海棲艦の間に立ち塞がる。
主砲は、尚も迫るイ級を捉えて離さない。
「……たしかに、暁は人は撃てないわ。けど、人を傷つける深海棲艦と戦うことにためらいなんてないんだから! やるわよ、響!」
「だね」
開戦のゴングはとうに鳴っている。
暁と響は砲弾をばら撒きながら敵艦隊へ突撃していった。
改めて帰路につき、鎮守府が見え始めた頃には、既に陽は沈みかけていた。
資材に加えて海賊船を曳航する暁と響は、完全に疲れ切っていた。
おまけに、戦闘の影響で全身ボロボロである。
「帰ったら入渠しなきゃ……」
「да́……」
鎮守府の港に辿り着くと、そこには雷と電、猫、提督、そして警察官が待っていた。
海から上がった途端、暁と響は一斉に取り囲まれた。
「暁! 響! 大丈夫だった⁉︎ 怪我してない⁉︎」
「帰りも遅いし、救難信号も届くし、心配したのです……!」
「本当は雷電も向かわせてやりたかったんだが、何せ資材が……。すまん、2人とも! だが、無事で何よりだ!」
「ニャー」
「みんな……」
ワイワイキャッキャしている枯渇鎮守府の面々を横目に、警官は上陸した海賊達を拘束する。
「間違いない。こいつは右腕砲の村上だ。そこそこ名の通った海賊の親分だよ」
「いやあ、すまんねお巡りさん。こういう時ホントは軍が管理すべきなんだろうけど、なにしろウチ、捕虜の収容施設とかないし……」
「全く、余計な仕事増やしやがって……今度非番だから、奢れよ?」
「ガッテン」
提督のチャラい返事にフンと鼻を鳴らし、警官は村上達を連れて歩き出した。
暁と響の前を通り過ぎようとした時、村上は足を止めて屈み込んだ。
「……ありがとうな、お嬢ちゃん達。ワシはあんたらを攻撃したのに、命をかけて守ってくれるなんてな……」
「レディとして当然のことをしたまでよ。みんな無事に帰れて、本当によかったわ」
響も首肯する。
警官に無理矢理立たされた村上は、少し寂しげに笑っていた。
今度こそ連行されようとしたその時、今度は提督が彼らを呼び止める。
「あんた、村上と言ったな?」
「へい」
「響から情報を受けた後、お前の経歴を少し調べさせてもらった。漁村で漁師をやっていたらしいな」
「……へえ。ですが、ワシらの村は深海との戦争のせいで漁もろくにできなくなっちまって……ど田舎すぎるせいで政府からの援助も届かねえ。これが免罪符になるわけもねえが、こうやって稼ぐしかなかったんだ……」
「……」
思わず、第六駆逐隊の面々は顔を見合わせる。
雷と電だけでなく、暁と響も彼らのことを案じているかのような表情を見せていた。
無関心なのは、響が抱きかかえる子猫だけであった。
恐らく、提督も彼女達と同じことを思ったのだろう。
だからこそ、こう言った。
「今回得た資材の半分を、村に送ってやる」
「え……?」
「僅かな稼ぎにしかならんだろうが、少しはマシだろうさ。異論はないな?」
「ないわね」
「ないね」
「ないわ」
「ないのです」
「ニャー」
最後のはともかく、全員の意見が一致した。
拘束された村上と柴は、その予想外の光景に雷に打たれたような顔をし、やがてボロボロと涙をこぼし始める。
「そ、そんなぁ……ワシは海賊だぜ……?」
「泣かなくてもいいのよ、海賊のおじさん」
涙を拭うことができない村上に、雷が歩み寄る。
ハンカチを取り出して手を伸ばし、彼の目に溜まった涙を拭いながら微笑んだ。
「困ったことがあったら、いつでも来てちょうだいね。雷達が必ず力になるから。ね?」
「……おっかあ…………!」
「僕のだぞッッッ! 雷ママは誰にも渡さんッ!」
「だ、ダメなのです、司令官さぁん!」
跪いてさらにオイオイ泣き始めた村上に掴みかかる提督を、電が懸命に押さえる。
雷の母性の虜にされたダメ男達を見ていると、暁は湧き上がる感情を抑えきれなくなり、プッと吹き出した。
それを響にバッチリ見られていたことに気づくと、暁は顔を真っ赤にして口元を押さえる。
猫を抱いた響は小さく笑い、囁くように言った。
「……こういうのも、たまにはアリだね」
「たまには、ね?」
それから数日後。
提督「…………このままじゃ赤字だ。何で半分も渡しちゃったの過去の俺……。せめて3分の1とかにしろよ……」
暁「猫さんのお家作りと、みんなへの補給、新規の装備開発……。確かに赤字になっちゃうわね。いっそ装備開発は今度に回したら……」
提督「やだっ! 46センチ砲とか彗星が欲しい! あとはダイハツ!」
暁「全部駆逐艦には装備できないじゃない!」
枯渇鎮守府の状況はまだまだ厳しそうです。