今日も鎮守府周辺の海域に深海棲艦が出現した。
クラスは駆逐イ級。
いつもここの付近に現れる雑魚である。
「よーし、今日もお仕事だ。お前ら、行ってこい」
提督はそう言って、いつものように暁達を送り出す。
艤装をつけた彼女達は、海上を滑るようにして出撃していった。
何故、艦娘は海の上に立てるのか。
多くの人間が抱いた疑問だが、いまだに明らかになっていない。
彼女達が深海棲艦と戦ってくれるならなんでもいいというのが、大半の人類の考えであった。
「見えた。あれだね」
最初に駆逐イ級を発見したのは響である。
深海棲艦。
日々人類を脅かし続ける悪魔。
イ級は魚雷のような見た目をしており、歯が剥き出しになった口の中に砲塔を備えている。
今回出現したのは2隻のイ級。
旗艦を任された暁は、縦一列の陣形を組んだ妹達に指示を出す。
「砲撃で牽制しつつ、魚雷を撃ち込んで沈めるわよ」
「了解」
「いつものことだけど、あまりたくさん撃てないわよ。司令官が怒るし……」
「はわわ、気をつけるのです……」
全員で12.7cm連装砲を構え、敵艦隊に接近する。
相手もこちらに気付き、口から砲を撃ってきた。
まずは同航戦だ。
暁達は回避行動を取り、外れた砲弾が水柱を作っていく。
駆逐イ級のものとはいえ、砲撃は砲撃だ。
当たれば損害を被るし、修復には資材を使う。
"枯渇鎮守府"に資源の余裕はない。
提督のご機嫌を保つためにも、無傷で戦闘を終えるのが好ましい。
艦隊は敵の正面に回り込む。
丁字戦有利だ。
「撃ち返すわよ!」
4人分の12.7cm連装砲が火を吹く。
砲撃は命中し、イ級の外皮を削り取る。
「今よ! 電!」
「魚雷装填ですっ!」
真正面から放たれた魚雷。
回避しきれず、先頭のイ級が金切り声と共に轟沈する。
続いて響が魚雷を発射し、残りも無事撃破。
今日も完全勝利であった。
★★★
暁達が帰還すると、いつも通り提督が待っていた。
「お疲れさん。やっぱ完全勝利ってのはいいもんだな」
「一人前のレディの暁がいるんだから、当然よ」
「はいはい、レディレディ」
暁を軽く流す提督。
そんな彼が何か持っていることに気がつき、電は訊いてみることにした。
「司令官さん。それ、なんですか?」
「あ? これか? お前らが出撃してる間に届いた。渋井のヤローが郵送で送ってきやがったんだよ。中はまだ見てねえ」
渋井とは、提督の友人である。
昔は提督と共に横須賀鎮守府に勤務していたそうだが、今は別の大きな鎮守府に勤務しており、戦艦を中心とした艦隊を運用しているのだとか。
そんな彼が寄越してきた茶色い包み紙の中身とは、いったい何なのだろうか。
「……」
提督の体によじ登り、じっと小包を覗き見る響。
「んー? どうした響? 気になる?」
うんうん、と響は頷いた。
暁達も提督の周りに群がってくる。
「開けてみましょうよ!」
「賛成なのです!」
「そうするか。開封の儀が見たかったらさっさと艤装外して執務室に来い。いいな?」
そう言い残して、提督は立ち去っていった。
艤装を片付けながら、暁が雷に尋ねる。
「雷はあの中身なんだと思う?」
「本じゃない? 司令官、よく綺麗な女の人が表紙に描かれた本をこっそり読んで笑ってるし、それの続きとか?」
「それって……」
響も何となく察したのか、何も言わずに顔を背ける。
雷と電だけがキョトンとしていた。
同じ頃、執務室の提督が大きくくしゃみをした。
「……何か尊厳のようなものが崩れ落ちた音がした」
気のせいだろうと思い直し、同人誌をこっそり机の中に隠す提督であった。
★★★
執務室のドアをノックして、暁を先頭に響、雷、電の順で入室する。
相変わらずボロボロの執務室の椅子に座って、提督は待っていた。
「全員揃ったな? それじゃ、お楽しみの開封タイムといこう」
提督は立ち上がると、包み紙を床に置いて自身もどかりと腰を下ろした。
4人はその周囲に群がる。
「ちょっと! 押さないでよ!」
「暁が押したんでしょ?」
「喧嘩すんなー。つまみ出すぞー」
ワイワイと騒がしくなる執務室。
しかし、提督が包み紙に手を伸ばすと、急にしいんと静まり返る。
皆、緊張した面持ちで包み紙を眺めていた。
「オイオイ、爆弾入ってるわけじゃねえんだぞ?」
軽口を叩きながら、提督は包み紙を破いた。
「……何だこりゃ?」
入っていたのは、小さなアルバムだった。
提督がそれを手に取ると、暁達は彼の大きな身体に群がって覗き見る。
真っ先に目に入ったのは、五重塔をバックに撮られた男女のツーショット写真だ。
メガネをかけた優男が渋井隆道。
彼の隣で少し恥ずかしそうに顔を赤らめている黒髪の少女は、渋井の秘書艦長門である。
「長門さんなのです……」
「後ろに写っているのは……お寺……?」
「ここ、もしかして奈良じゃない? 本で読んだことがあるわ」
「旅行か……。Я вам завидую. 」
口々に感想を述べる第六駆逐隊の面々。
彼女らは遠征や出撃を除いて、この鎮守府周辺の地域から出たことがない。
遠くの街への憧憬の念からか、彼女らのつぶらなきらきらと瞳は輝いていた。
対して、提督の周りにはどんよりとした空気が漂い始める。
「クソー……あの野郎、長門さんと2人で旅行ってか? いいご身分だなぁ……。俺ときたらボロボロな鎮守府で隙間風に凍える毎日を……」
「それは全面的に司令官が悪い」
「ごめんね?」
響の目から放たれる圧力に耐えられず、思わず目を逸らす提督であった。
「嫉妬はよくないわよ、司令官。そんな雰囲気だと、暁達まで暗くなっちゃうわ」
「そうよ。長門さんはいなくても、司令官には私達がいるんだから、元気出して!」
「それもそうだなぁ……」
「……司令官。まだ中に何か入ってるけど」
「何?」
響に言われ、再び提督は包み紙を手に取る。
確かに、小さめの箱が入っている。
それも、お菓子の箱だ。
ふんわりとした黄色の菓子の写真と、アルバムの写真にも写っていた五重塔のポップなイラストが描かれたパッケージ。
"枯渇鎮守府"の面々が、久しく食べていなかったアレだ。
「ベビーカステラ……?」
「「「「……!」」」」
強烈な視線を感じ、提督は振り返る。
キラキラと目を輝かせた暁、響、雷、電が提督の顔を見上げていた。
(こ、これは"ちょうだいビーム"……! 純粋なる欲望の視線……ッ!)
「わかった、わかったから。お前らも出撃して疲れてるだろ。今すぐ食べよう」
途端に湧き上がる歓声。
苦笑しながらも、提督はカステラの箱を開けて爪楊枝を配った。
皆一斉にカステラを突き刺し、口へ運ぶ。
「いただきまーす! はむっ……!」
「美味しい! もうひとつッ!」
「ほっぺたがとろけちゃうのです……!」
「……ハラショー」
「美味え……レトルト食品より断然こっちの方がいい」
あっという間に広がる幸せ空間。
広がりかけた暗い空気はどこへやら、みんな笑顔で菓子を食していく。
「最後のひとつ、もーらい!」
「ちょっと! レディファーストよ!」
「女の子同士なら関係ないわ!」
「喧嘩はダメなのですー!」
この言い争いですら、微笑ましい。
結局、暁と雷が激突している間に響が最後のひとつを口に入れ、争いは終結した。