「……今なんて?」
『だから、明日そっちに行っていいかって』
「明日?」
『おう、明日』
受話器を片手に、提督は舌打ちした。
もちろん、相手側に聞こえるように、だ。
電話の相手、渋井隆道が苦笑いしている姿が目に浮かぶ。
「言っとくが、出せるもんはバナナくらいしかねえぞ」
『別にいいさ。バナナなら何本も食える。お前みたいに強欲ビンボーじゃないんだぜ、俺は。ただ、あの子達が元気かどうか、ちょいと見たいだけさ』
「あー、ロリコンってやつ?」
『違う』
きっぱりと否定する渋井。
たしかに、こいつがロリコンならば秘書艦を駆逐艦娘にするはずだ。
だが、彼の秘書艦は長門である。
……秘書艦にロリコン疑惑があるのは一旦置いておこう。
「……資源は?」
『相変わらずだな。もちろん持ってく』
正直に言おう。
この返事を待っていた。
資源は命綱だ。
艦隊を運用するためのロープ。
資源が失われる、即ちロープが切れるということは、艦隊はやっていけなくなる。
"枯渇鎮守府"は常にそのロープが切れかかっているのだ。
「ならば許可しよう。明日来なさい」
『おう。じゃ、あの子達にも伝えといてくれ』
「任せんしゃい」
『あと、少し相談もあるから明日乗ってくれないか?』
「いいとも」
★★★
朝食後、暁、響、雷、電は提督に呼び出され、執務室にて横1列に並んでいた。
椅子に座った提督の目は、彼女達をまっすぐ捉えて離さない。
「……まあ、そういうわけで、渋井が来ることになった」
「司令官とのお話って何でしょうね」
「やっぱり、戦争のことですか……?」
「まあそうだろうな。ここは驚くくらいに平和だが、世界じゃ泥沼の戦争が続いてる。今も世界のどこかでは艦む……戦士が散っているだろうし、それ以上に民衆が危険に晒されている。こんな日々を送れているのは、いろんな要因が重なっているからこそ起きた奇跡故だ。感謝しなきゃな」
途端に、暁達の表情が暗くなる。
自分達がこうしている間にも、各地で深海棲艦による攻撃が行われている。
艦娘の艦隊もしくは通常の洋上艦が奴らと交戦し、海上に艦砲の炎を灯していることだろう。
そう、自分達がこんなことをしている間にも。
4人の表情の意味を察した提督は、慌てて話題を変える。
「そ、それよりだ。渋井がこの鎮守府に来るということはつまり……?」
「……客人の来訪」
「響、ザッツライト。お前らにやって貰いたいのは、渋井隆道御一行様のもてなしだ」
椅子から立ち上がり、提督は棚に並べたフィギュアを手に取る。
自由に衣服を着せ替えられる素晴らしいフィギュアである。
「来る奴らは事前に聞いておいた。渋井だろ? 江野島だろ? 長門だろ? あとは大井と北上も連れてくるって言ってたな」
フィギュアを机の上に置いて、提督は続ける。
「お前らに課せられる仕事は、あいつの荷物を持ってやったり……」
提督はフィギュアの服を脱がせ、暁に手渡す。
美少女フィギュアは無事に下着姿へと早変わり。
「菓子を運んできてやったり」
近くに置いてあったバナナをフィギュアの近くに置いて、にんまりする提督。
「つまりは、ちょっとした身の回りのお世話をしてやれってこった。と、いうわけで。何をするべきか、どういう態度で望むべきか討論するように」
★★★
提督から解放された4人は、すぐに寮の部屋へと向かった。
丸い机を引っ張り出し、囲むようにして座る。
「司令官も無責任ね……。自分は何もせず、暁達に話し合いをさせるなんて」
と、暁がぼやく。
対して、雷はポジティブな思考であった。
「それだけ司令官が私達を頼ってくれてるってことでしょ? だったら期待に応えないとね」
「そうなのです。電も頑張っておもてなしするのです」
「暁はどうするの? 降りるなら今だよ」
「何を言ってるの、響。おもてなしはレディなら簡単にこなしてこそよ」
「なら、決まりね。討論開始よ」
雷が言い終わる前に暁が挙手し、立ち上がる。
「おもてなしに大切なのは敬意よ。お客さんを大切に思うのよ」
みんなの視線が暁に集中する。
「礼儀作法を守って、おもてなしをするの。簡単でしょ?」
「作法ってどんなの?」
雷が問いかける。
響と電も興味津々である。
「そうね。例えば、部屋を横切るような声で会話をしちゃいけないの。なるべく静かに、他の人の目に留まらないようにするのよ」
「はわわ、大変そうなのです……」
「他には?」
「紳士しゅきゅ……紳士淑女に自分から話しかけるのはダメ。用があっても手短にね」
「ちょっと噛んだわね」
「噛んだのです」
「い、いいから次よ次! 何か指示を受けた時には『イエス、マム』って聞こえるように返事をするのよ。わかった?」
「む、難しいのです……」
真剣に覚えようとする電。
いつの間にか英語のレッスンが始まってしまったが、響と電は参加せず、困ったように顔を見合わせるばかりだった。
その後も暁の敬意講座は続いた。
主人の前で笑うのはNG。
手紙はトレイに乗せて運ぶこと。
電はひとつひとつに正直な反応を示していったが、響と雷は困り顔をすることしかできずにいた。
「荷物を運ぶ時には数歩後ろを歩く。わかった?」
「……」
「……」
「どうしたの? 2人して見つめてきたりして」
「暁、それって……」
「メイドの作法なんじゃないの?」
「うっ……」
そう、ついこの前のことだ。
何やかんやあって提督に本を1冊貸してもらうことになり、本棚を漁っていた時に『メイドの全て』という本を見つけたのである。
読めない漢字や英語は提督に教えてもらい、さらにレディへ近づくために自分なりに勉強したのである。
そこで得た知識をここで活かそうとしたのだが、少し不評なようだ。
「司令官に変なもの読まされたんだね、きっと」
「流石にそこまでしなくても大丈夫だと思うわよ? きっと、司令官も困っちゃうわ」
「……それもそうかもしれないわね……」
「やっぱりいつも通りの電達がいいと思うのです」
電の言葉に、全員が頷きを返す。
彼女の言う通り、余計なことに縛られるよりもいつも通りが1番だ。
「それじゃあ、話し合いを続けましょ。私はお菓子を運ぶ係ね」
「ちょっと! 決めるのは暁よ!」
「け、喧嘩はダメなのです……!」
「……」
「じゃあいいわ! 暁はレディらしく、司令官の側で執務をこなすわね」
「それで決定ね。電はどうするの?」
「えっと……」
★★★
話し合いは盛り上がり、鎮守府全体に響き渡っているのではないかと思うほどに騒がしくなった。
そんな中、響はこっそりと立ち上がり、扉の前に移動した。
扉にもたれかかると、小声で向こうにいるであろう男に声をかける。
「……いつからいたんだい?」
「暁が数本後ろを歩くことを言い始めた時くらい。いやあ、本来はメイドの写真を眺めるために買った本なのに、暁が読みたいって言い始めた時は驚いたわ」
提督は小声で返事をする。
彼が後頭部を掻きむしっている姿が目に浮かんでくるようで、響は微笑した。
「ねえ、司令官」
「うん?」
「明日は期待しておいて。きっと上手くやれるから」
しばらく返事はなかったが、やがて彼は「おう」とだけ返してくれた。