翌日。
遂に彼らはやってきた。
軍の大型護送車が門の前に停車し、ドアが開く。
提督と暁は、鎮守府の古びた門の前に立ち、彼らが車から出てくるのを見守った。
「……ほんとに大丈夫なんだろうな?」
「心配しないで、司令官。上手くやれるわ」
暁は自身ありげに笑ってみせる。
それでも尚、提督の表情は不安に満ちたままであった。
車から最初に降り立ったのは、メガネでオールバックの真面目そうな男だった。
細身の体を海軍将校の制服で包み、顔を軍人らしく引き締めている。
そんな彼も、提督の姿を視界に入れた途端に顔を綻ばせる。
「よう、戸部」
「渋井さんちっす」
渋井隆道。
提督こと戸部古勝の親友であり、こことは別の大きな鎮守府に勤務する提督である。
戦艦娘長門を旗艦とし、対深海棲艦戦線で活躍する人物の1人である。
「渋井さん、ご機嫌ようです」
スカートの端を軽く持ち上げて挨拶する暁。
人の良さそうな笑みを浮かべながら、渋井は暁の頭に手を伸ばす。
撫でられることを察し、暁は一歩後ろに下がった。
それについては気にせず、渋井は言った。
「前会った時よりもレディらしくなってるじゃないか、暁」
「ありがとうございます」
「礼儀正しいのはいいことだ。 "レディは常にエレファント"だったっけ? 実践できてるか?」
「そ、それは言わない約束……!」
咄嗟に暁の前に出る提督。
「そうだぞ渋井! 暁のおっぺえや脚のどこがエレファントなんだ! いい加減にしろ!」
「お前は黙ってろ。ところで、妹さん達は?」
「あいつらなら中だ。なんか、お前らをもてなそうと息巻いてるぜ」
代わりに答える提督に、暁はジト目を向けた。
「やらせたのは司令官でしょ?」
そんな会話をしているうちに、他の搭乗者も全員降車していた。
「久しぶりだな。最近はなかなか顔を合わせる機会はないが、この長門、あの戦いの日々を一度たりとも忘れたことはないぞ」
そんなことを言いながら近づいてきたのは、渋井の秘書艦長門である。
「よう、長門。会う度に聞くのもなんだが、ビッグ7に恥じない働きはできているだろうな?」
「もちろんだ。我が艦隊は連戦連勝。やはり火力こそが戦場を制する」
「よっ。さすがビッグ7」
長門は得意げに微笑んだ。
その隣を通って、大井と北上のペアが歩いてくる。
球磨型軽巡洋艦の四番艦と三番艦であり、傍目から見れば「恋仲なのでは?」なんて思われるくらい常に一緒にいる。
彼女達を視界に捉えた瞬間、提督の目つきが鋭くなった。
「北上&大井……」
「あー、提督じゃん。どーも」
「げっ……」
軽く片手をあげて挨拶する北上に対して、大井はあからさまに顔を顰めた。
「北上さんとの仲が相変わらずいいようで何よりだぜ、大井さんよぉ?」
「それ、何か問題でも?」
バチバチに睨み合う提督と大井。
やれやれと嘆息する渋井。
何故か取り残された暁は、首を傾げながら呟く。
「大井さんと司令官、顔を合わせる度にああやって睨み合ってるけど、あまり仲がよくないのかしら……?」
「いや、あれは互いにツンツンし過ぎっつーか遠慮がないっつーか……。仲が悪いとかではないはずだ」
独り言のつもりだったが、渋井は質問と解釈したようで、呆れ気味に答えてくれた。
「ま、あんなことになった原因は戸部なんだけどな」
「司令官が?」
「ああ。あいつは禁忌を犯してしまったんだよ」
「きんき……?」
「そう。北上と大井を別の艦隊に配属してしまったんだ。あの日の横須賀鎮守府は荒れたなあ。危うく戸部が酸素魚雷を撃ち込まれそうに……」
「……」
大井さん、怖い……。
まだ提督と鋭い視線を交える大井を見て、暁は軽く身震いした。
「あれからずっとあんな感じだ。戸部は遠慮ない態度になったし、大井は腹黒い面を隠さなくなった。でも、なんやかんやでお互いのことを大切に思ってるらしい。変な仲だよな?」
北上がゆる〜く仲裁に入ったことによって、なんとか睨み合いは終了した。
「こんなところで駄弁ってんのもあれだ。中入ろうぜ」
提督の提案に、渋井が同意するように頷く。
「そうだな。響達を待たせるのも申し訳ないしな」
そう言うと、渋井は車の方を振り返る。
「おい江野島、書類持ってきたか?」
「は、はい! ただいま!」
1番最後に降りてきた女性。
女性用の軍服を着用し、髪を肩まで伸ばしている。
美しい顔には幼さが残り、美女というよりは美少女といった印象を受ける。
江野島百合香。
いわゆる渋井の部下であり、階級は少尉だ。
「あ、あれ? どこにしまったっけ……?」
「おいてくぞー」
彼女を置いて、渋井達は鎮守府の敷地内に足を踏み入れてしまった。
「す、すみません……。どこにしまったか忘れちゃって……」
建物の入り口の前で、江野島は渋井に頭を下げる。
「おいおい、そんなんじゃ提督になれねえぞ?」
「はいぃ……」
江野島の体が一回り小さくなる。
そんな彼女の肩を、提督は軽く叩いた。
「ま、気にすんなって。俺でも提督やれるんだから、江野島さんもなれるさ」
「あ、ありがとうございます! 江野島百合香、精進致します!」
真っ赤な顔で敬礼する江野島。
それに気づかず、提督は暁の側まで戻ってくる。
「……今朝、言ってたよな。歓迎の挨拶的なもんをやるって」
「うん」
「やるんならちゃっちゃとやっておしまい」
「わかったわよ」
昨晩、暁は夜更かししてまで歓迎の挨拶の原稿を書いた。
内容は響ら妹達には見せていないし、もちろん提督にも教えていない。
緊張するが、何度も自分に言い聞かせる。
(大丈夫。暁はレディなのよ。このくらいこなしてみせるわ)
こほんと咳払い。
全員の視線が暁に向く。
暁はポケットから原稿を取り出し、読み上げ始めた。
「ハイケイ。渋井隆道中佐及び鎮守府の皆様。お元気でご活躍とのこと、なによりです」
「……拝啓って言ったな?」
「手紙ではないはずだが……」
困惑気味の渋井と長門。
提督はというと、がくりと肩を落としている。
「本日は遠いところをわざわざおいでくださり、誠にありがとうございます。我が鎮守府一同、感謝を申し上げます」
最初こそ怪しかったが、すらすらと原稿を読み上げる暁。
提督はほっと胸を撫で下ろす。
その後もスピーチは続き、ようやく最後の文章へと突入する。
「深海棲艦との戦いは激しくなる一方ですが、今後のご活躍と生存を祈っております。ケイグ」
「やっぱ敬具で締めるんだな」
「うむ。いい挨拶だったな」
満足そうに頷く長門に、暁はぺこりと頭を下げた。
そして、提督の近くに駆け寄ると、声を震わせながら耳打ちする。
「司令官、聞いた? 長門さんに褒められたわ!」
「聞いてたよ。よかったな。今度、ちゃんとした挨拶の仕方を勉強しような」
「さーて、スピーチも終わったことだし、入ってもらおうかね」
やる気のない声でそんなことを言いながら、提督はドアノブに手を伸ばす。
しかし、彼がドアノブを回した瞬間、木が裂けるような音が響き渡り、木片が地面に落下した。
提督の手には、ドアから外れたドアノブが握られていた。
「……ノブ取れた」
ぽかんとする渋井一行の前で、提督は暁に指示する。
「艤装持ってこい」
「了解」
何か察したように、大井が北上の前に出る。
「まさか、ドアを吹き飛ばすつもりじゃないでしょうね? 木片が北上さんに当たったらどうするの?」
「主砲か魚雷でも撃ち込むと思ったか? 残念。大当たりだ」
「ちょっと思ったんだけどさ、別の入り口使えばよくない?」
と、北上。
提督は指パッチンして、彼女を指さす。
「それだ」
「さすがは北上さん! 賢くて素敵です! どこかのドアクラッシャーとは違って」
「悪かったな」
恐る恐るといった感じで、渋井は尋ねる。
「なあ、戸部。いつもこんな時は主砲でぶっ飛ばすのか?」
「おう。後で工廠で直すから問題ないだろ」
「お前の鎮守府から資源がなくなる原因がわかったぜ、俺」