卒業を控えるシリウスシンボリとそのトレーナー。
思いを伝えたいのに伝えられない。
そんな2人を繋いだのは蹄鉄だった…

1 / 1
一等星と蹄鉄

 

カンカンカンカン

 

甲高い金属音が響く。

隣でトレーナーが大きなため息をつく。

「なにしけたツラしてんだ。どうしたんだよ」

 

「いやぁ…もうシリウスと蹄鉄作りに来ることもないのかと思うと感慨深くってさ」

 

「卒業までまだ一週間はあるだろ。シャキッとしろ」

 

カーンカーン。

 

しばしの沈黙の間を蹄鉄を叩く音が走る。

 

「…シリウスは卒業後どうするつもりなんだ?」

 

「活動の拠点を海外にしたいと思ってる。海外の連中とまだやりあいたいんだ」

 

「はは!シリウスらしいや」

 

「トレーナーはどうするつもりだ?」

 

「新しい子の担当をすることになるんだろうけど。正直自分でもまだ決めあぐねてる」

 

「…なあ、一緒に海外に来るつもりはないか?」

 

「お誘いはありがたいな。でも海外には俺なんかよりももっと腕がいいトレーナーがきっといるはずだ。俺は足手まといにしかならないさ。」

 

「…」

いつもは明るいトレーナーが弱音を吐くところを初めて見た。

 

「だから今後のことはもう少し考えるよ」

 

再び沈黙が訪れる。

 

…歯がゆい。トレーナーと一緒じゃなければここまでこられなかった。

日本ダービーを勝つことも、海外に挑戦することも。

トレーナーはどんなときでも私に笑顔で大丈夫、と言ってくれた。私を「シリウスシンボリ」でいさせてくれた。そんな彼の笑顔が愛おしい。

彼とずっと一緒にいたい。教え子として、そして1人の女性として。それを伝えられないことがもどかしい。感情が渦巻く。どうしようもなく。

 

一旦落ち着こう。…店内を見回す。何度も通い、見慣れた店内。

一枚の張り紙が目に入る。

(……蹄鉄リメイク、か)

…(…そうするか)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「よし。これでいいかね」

 

「ありがとな。いつも」

トレーナーと装蹄師が言葉を交わす。どうやら小学校以来の仲なのだそうだ。

完成した蹄鉄を受けとる。

「トレーナー、先に店を出ていてくれ。野暮用を思い出した」

「…?わかった。先歩いてるからな」

 

「少しいいか」

 

「どうしました?シリウスさん」

店じまいの準備を始めようとしていた装蹄師が微笑む。

 

「…話を聞いてくれないか」

 

「ええ。いいですよ」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「それではまた明日お待ちしております」

 

礼を言って店をあとにする。

 

「遅かったなシリウス」

 

「ああ。ちょっとな。」

 

「アイツとなにか話してたのか?」

 

「3年間、蹄鉄を打ち続けてくれたことの礼をしてきた」

 

「シリウスって口悪いわりにはそういうとこ大事にしてるよな」

 

「応援される側の義務だ。そこだけは怠れない」

 

「プロ意識高いなぁ」

 

トレーナーが笑う。

 

すっかり日の落ちた帰路を歩く。

月が浮かぶ。あと数日で満月といった大きさの月だ。

 

「…月がきれいだな」

 

…?!

トレーナーの呟きにびくりとする

 

「ああ、ごめんごめん。女の子の前でそんなこと言ったら勘違いさせちゃうよね」

 

「…ったく。軽々しく言うな」

 

一瞬でも舞い上がった自分が馬鹿馬鹿しく思えた。

その言葉が本当ならどれほどよいだろう。

 

 

その後学園につくまで互いに一言も発することはなかった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

部屋の一角にある箱を開く。これまで使ってきた蹄鉄がいくつも入っている。その中からひとつ取り出す。

…こんなものよくとっておいてたな。

デビュー戦で履いた蹄鉄だ。

今でも覚えている。初めてトレーナーと蹄鉄をオーダーしに行ったこと。私も気がつかなかった私の走りの癖を考えてオーダーしてくれた。こんなにも自分のことを見てくれる人がいるという嬉しさを覚えた。

…よし。これをお願いしよう。

 

「どうしたんだよ。急に蹄鉄なんざ触ってにやけて」

 

ナカヤマフェスタがいたずらっぽく茶化す。

 

「…うるせぇよ。」

 

「なに考えてるかくらい私にもわかるさ」

 

「…は…?」

 

「アンタその蹄鉄買ってきたとき私になんて話してたのか覚えてねぇのか?」

 

「さあな」

 

「さんざん惚気話聞かされたこっちの身にもなってくれよ」

 

「///っ…!!」

 

「ほら図星だろ?」

 

「クソッ…」

 

「まあアンタが本気で勝負に出るっていうなら私も応援するさ」

真面目な顔でナカヤマが言う。

 

「…ああ。ありがとな」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

蹄鉄を装蹄師に渡す。

 

「じゃあサイズはこれで大丈夫だからあとは仕上げておきます」

 

一礼して店を出る。

絶対に成功させてやる。絶対に手に入れてやるんだ。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

寒さがまだ残る。卒業式当日。

いつものようにトレーナー室に入り浸る。

「…後輩たちのところいってやらないでいいの?」

 

「今日くらいここにいさせろ」

 

「少しでも長く一緒にいたいけどもうお別れだもんなぁ…」

 

「…」

 

絶対にこれでお別れにはしない。待ってろ。

 

「そろそろ時間だ。行ってくる。」

 

「ああ。楽しんでこい。」

 

…壇上に上がる。後輩たちの顔がよく見える。名前を呼ばれ証書を受けとる。ほんの一瞬。

本当に卒業なんだと改めて感じる。

式を終え後輩たちに囲まれる。一人一人に言葉をかける。

 

「先輩!ありがとうございました!」

 

花束なんて用意しやがって。本当に律儀な連中だ。

いよいよトレーナー室に向かう。

 

大丈夫。絶対に大丈夫。

心を鎮めトレーナー室のドアを開ける。

 

「おお。おめでとう。シリウス。」

 

トレーナーはいつもと変わらぬ笑みで迎え入れてくれる。

 

「…トレーナー、少し話をさせてくれ」

 

「ああ。」

 

ひとつ息をつく。

 

「この前、海外に一緒に来ないかと聞いたことを覚えているか」

 

「もちろん」

 

「…もう一度聞かせてくれ。一緒に海外に来る気はないか?」

 

「…俺には務まらないよ…。覚えてるか?海外遠征の時のこと。俺なんかよりもずっと腕のいいトレーナーがたくさんいた。シリウスは俺よりもそっちの方がきっと新しいものが見られるはずだからさ」

 

「私はアンタじゃないとダメなんだ…」

 

「シリウス…」

 

「なんでそんなに自分を過小評価するんだ!私はアンタに何度も救われてきた!アンタの言葉!アンタの笑顔!どれも私には必要なんだよ!アンタは私の大切な人なんだ!だから…だから…」

 

「私とこれからも歩んでくれないか…?」

 

ポケットから小箱を出す。

トレーナーが息を飲む。

 

「お願いだ。受け取ってくれ…」

 

小箱の中で鈍く輝きを放つ2つの指輪。

金、銀、プラチナなんかじゃない。宝石も付いていない。私が思いを乗せたのは蹄鉄だった。思いを乗せて走ってきた蹄鉄、2人の思い出の中にあった蹄鉄。伝わるかはわからない。それでも受け取って欲しい。

 

沈黙が痛い。

 

「…ありがとな。シリウス」

 

「…」

 

「…一緒に行かせてくれ。海外」

 

「…!」

 

黙って私に手を差し出す。指輪を通す。私の手を取り指輪を通す。

 

「俺もシリウスと一緒に夢が見たいんだ。目が覚めたよ」

 

「トレーナー…」

 

「情けねぇな。教え子に色々気付かされて夢も支えてあげようともしなくて」

 

「改めて俺の方からも言わせてくれ。ありがとう。好きだ。シリウス、結婚してくれ。」

 

「もちろん…!」

 

涙が溢れる。これからもずっとトレーナーと一緒にいられるんだ。夢を追いかけられるんだ。喜びに震える。

気がつけばもう日は落ちていた。

 

「帰ろうか。シリウス」

 

「ああ。」

 

2人の指に小さな1等星が輝く。

空には大きな月が浮かんでいた。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。