〇美食の町プッチ『マストダイ農場』
世界情勢的に見て平穏な魔海。その主とされる男は『マストダイ農場』に客人と共に足を運んでいた。
以前取引した子ども達への課外授業である。
今日は世界を知ってもらう為に色々頼んだことが実現した素晴らしい日だった。
「今回はありがとうございます。ナマズマさん」
魔海の主兼プッチの町のパティシエは以前救助したナマズの魚人ナマズマに感謝の言葉を述べた。
男はその後もナマズマの魚人空手を見せて貰ったり、逆に見聞色の覇気を教えたりして交流を続けていた。
そのよしみでようやく実現した好機だった。
だが、
「…あの時のガキ共に魚人空手を見せたいのはまぁいいさ。あんたのことだからな」
ナマズマはそう言いつつ、警戒心をあらわにする。
ナマズマ自身は人間嫌いが緩和し、子ども達に魚人空手を見せたいというのはそれほど気にしてはいなかった。
「だがよお…海軍将校がいるとは聞いてねぇぜ」
ナマズマはしれっと農場にまでついて来た女海兵の存在にイラついていた。
世界政府の犬の中でも指折りのヤバい奴であるとナマズマは認識していた。
「『辻斬りのイタミ』と言えば海軍でも指折りの過激派だったはず」
ナマズマはイタミ少将を見て、そう呟いた。
海賊であれば見境なく辻斬りする新世界基準でも桁外れの戦力が男に着いて来ていた。
「彼女は気にしないでください。空気です空気」
男はナマズマに気にする必要はないと言い切った。なんなら空気と思えとまで暴言を吐く。
「『逆鱗のナマズマ』…人間嫌いの賞金稼ぎですね」
イタミ少将も名の轟く人間嫌いに警戒していた。
男の手前黙って着いて来たが、ナマズマの方から声をかけて来たので確かめるように言う。
「…空気が喋るのは不味いですか?」
男はイタミ少将を軽く見て、ナマズマに向かって尋ねた。
「おい!この女は海軍本部少将だぞ!?」
ナマズマはあんまりにもな言い草に思わずツッコんだ。
幾らなんでも海軍将校相手に暴言が過ぎるのではと思った。
「空気…私が空気…」
案の定、男の暴言に流石のイタミ少将も傷ついていた。
仕事だからと無理やりついて来た自分が悪いのだがそれにしても酷いと思った。
「少将なので融通利かせてくれると思います。多分」
男はイタミ少将が思ったより凹んでいるので、フォローにもならない事を言った。
ナマズマのこともあり正直、着いて来られて迷惑だったので否定しない。
「多分ってなぁ…何だかなぁ…」
ナマズマは人間の女に流石に同情した。あんまりにも酷い。
ナマズマはへこんだままの『辻斬り』を見て、その憐れさに免じて警戒を解くことにした。
「…ルビーさん。そして、皆。ナマズマさんのことは覚えているでしょう」
男は空気を変えようと手を叩いて、子ども達へ声をかけた。
課外授業として招いた特別講師は農場の子ども達が知らない相手でもなかった。
「あの時はありがとうございました!…お久し振りです」
子ども達を代表してルビーがナマズマへ挨拶をする。
人攫い相手に獅子奮迅の活躍を見せ、もう少しで仲間も逃げれそうになった。
結果的に人攫いに全員捕まり、ナマズマの同胞共々攫われたが恩を感じていた。
最終的に全員、魔海の主と呼ばれる男に助けられてこの農場にいるわけだが。
なお、全員凹んでいるイタミ少将のことは放置していた。
最近四六時中、件の男といるのでこれくらいされるべきだと仲間内で意見が一致していた。
「お前らの為にやったんじゃない。勘違いするな!」
ナマズマはルビーの感謝を否定した。
人攫い相手に暴れただけなのでナマズマとしても助けに入ったつもりはなかった。
「魚人空手の神髄は周囲一帯の水の制圧。空気中の水すら御し、触れずに敵を制圧できます」
男は話が長くなりそうなのを察してナマズマ師範代の代わりに概要の説明をすることにした。
「って、おい!勝手に説明し出すな!」
つい先日、師範代になったナマズマは男の唐突な説明に思わずツッコんだ。
「間違いなく世界でも最高峰の武術。叡智の結晶とも言っても過言ではない」
男は実際に見て感じた感想をそのまま言った。男から見ても魚人空手は凄まじい武術であった。
「…」
ナマズマは男からの称賛に思わず嬉しくなった。
強さだけ見れば男の方が圧倒的強者である。そんな相手から称賛される武術が誇らしかった。
「というわけで、ナマズマ師範代ちょっと見せて貰っていいですか?」
男は説明を辞め、感動をぶち壊してナマズマに話を振った。
ついでに落ち込むイタミ少将の口にクッキーをぶち込んだ。
「褒めるのか、貶すのかわからねぇその切り替え。いつも辞めろって言ってんだろ!!」
ナマズマは男へ思わず心からの言葉を叫んだ。
ナマズマは男に会う度、空気を読まない切り替えに毎回振り回されていた。
なお、イタミ少将は口に突っ込まれたクッキーを食べて正気を取り戻した。
同時に男の突然の暴挙に対して蹴りをいれた。男は甘んじて躱さないで蹴りを受け止めた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
イタミ少将とナマズマが何だかんだで落ち着いて、改めてナマズマ師範代が魚人空手の概要を説明し終えた。
そして、実際にその技を見せることになっていた。
ナマズマは魚人空手の技を見せる為に目標を用意した。その内、一つは勝手に名乗り出た。
「唐草瓦正拳!!」
ナマズマは何もない空に向かって正拳突きをする。
突きの先には鎧を被った人型の木材が三つ、そして一人がいた。
ナマズマの拳は常人では見えない早さで行われた。その拳がピタリと止んだ後、爆発音に似た音が遅れて轟いた。
音に合わせて周囲一帯に衝撃が伝わっていく。空気中の水分を制圧し、それが衝撃波となって目標に襲い掛かった。
鎧を被せた人型の木材だけが3体全部粉々に砕け散った。
そして、
「三千枚瓦正拳!!」
魔海の主と呼ばれる男は以前学んだ魚人空手を使用した。
木材を粉々にした衝撃波がぶつかる直前、男の周囲の水分を制圧することで相殺した。
「…本当に使えるようになるとは」
ナマズマは男に賞賛の言葉を送った。以前見せた技を男は実戦で成功させていた。
これまでのナマズマからすれば人間へ教える等、利敵行為とも言える行為だった。
しかし、ナマズマは魔海の主と呼ばれる男から体術と『先読み』を学んでいた。
それを以て同胞を守っている以上、お互いに学んでいるとナマズマは割り切れた。
…そもそも目の前の男を人間の枠組みから除外しているのもあるが。
「痛くなければ覚えません。やはり、実践の中でこそ武は進化する」
男はナマズマの称賛を自分なりに受け止めて言葉で返した。
男は悪魔の実の能力者でも魚人空手が使える事を原作知識で知っていた。
ニコ・ロビンが革命軍で教わり、使用していた実例があった。人間の師範代の存在も。
男が身体能力等に不足がない以上、使える条件は整っているのならば使えると信じていた。
男は以前も今回もナマズマの魚人空手を自分の身体で覚えていった。
失敗しても成功しても技を受けきっていた。
自分へのダメージからどういう原理で成り立っているのか。それを本能で理解できた。
「水中でも威力が減退しない、技によっては上昇する武術」
男は子ども達を見て、自分が証明して見せた可能性を説いた。
能力者であるトレーネでも使えるが、他の非能力者が覚えれば水中でも戦闘力が持続する武術である。
男としては是非覚えて欲しかった。自分は泳げないが状況次第で奥の手として機能する。
「魚人空手の存在。そして、ナマズマ師範代との繋がりがいつか役に立てればと思い、今回特別に来てもらいました」
男は自身とも子ども達とも知り合いであるナマズマとの繋がりを持たせたかった。
何が役に立つかわからないが、有益なつながりであることに間違いはなかった。
「魚人島に来れば…と言うのは人間のガキには無理か。
知らない間柄でもねぇし、時間がある時にでも教えてやろう。授業料は高いがな」
ナマズマは魚人島に気軽に来られない人間の脆弱さを思い出して言いなおした。
今でも人間嫌いであるが、知らない間柄でもない子ども達に譲歩した。
「魚人島から来てもらうのだから当然高くなりますよね。…というか教えてくれるのですか?」
男は意外過ぎる提案に驚いた。ナマズマは生来の人間嫌いだった。
今回無理して頼み込んだのは魚人空手の存在だけでも勉強になると思ったからだった。
「…飽くまでガキ共だけだがな」
ナマズマは流石に一線を引きつつ男の言葉に同意した。
政府の犬に魚人空手を覚えられたらと思うと流石に抵抗があった。
「…まぁ、今回見させてもらっただけで十分ですけど」
イタミ少将は人間嫌いのナマズマの持つ一線を理解し、言葉を返した。
イタミ少将としても魚人空手を知っていたが、雑魚しか相手にしたことがなかったので達人が使う技でこうも違うのかと感心していた。
「まあ、そこはそうなりますよね」
男もナマズマの一線を理解し、それに同意した。
今回、子ども達が教われるだけで十分過ぎたくらいであった。
「話は変わるが…お前のところの店の菓子を貰っていいか?」
ナマズマはプッチのパティシエに菓子の依頼をした。
以前来た時、帰りに無理やり持たされた大量のクッキーを魚人街の子ども達が楽しみにしていた。
「この間のクッキーで良いですか?あれなら魚人街の子ども達向けに沢山作れますし」
クッキーへ偏執的な拘りを見せる店主はナマズマの言外を読み取ってそう返した。
・ナマズマ
ナマズの魚人にして魚人空手師範代となった人。
1年以上の付き合った結果、人間嫌いは変わらないが魔海の主に対してはある程度許すようになったツンデレ。
武闘家としての交流になりつつあり、自分より格上の強者として尊敬している。
だが、毎回空気をかき乱すようなことを仕出かすのは辞めて欲しいと思っている。
魚人街の孤児等に男から無理やり渡されたクッキーを渡している。
賞金稼ぎの一面もあり、イタミ少将のヤバい逸話の数々も知っているので警戒していた。
何故いるのかは兎も角として件の男の被害者として認識した。
・イタミ少将
別に仕事がないから勝手に着いて来たわけではないとか言い出しそうな人。
男が珍しく客人を招くと言うので勝手に同行することにした。
人間嫌いの魚人空手の達人連れて来たので、そのまま警戒して着いて来た。
子ども達を心配してという側面もあった。
・マストダイ農場の子ども達
イタミ少将がいつも男について来るようになっているのを知っている。
剣術の稽古をつけてくれる存在ではあるが、ややうっとおしさも感じていた。
魚人空手には興味を持ち、後に給与から授業料を出して学ぶことになった。
・魔海の主
行動が制限されつつありイタミ少将に毒を吐くようになった。いつものことだが。
まもなく12歳となり、自分のプライベートにうるさくなってきている。
時間が経ち、経過観察の結果、イタミ少将にヤバいことをしたのではないかとほぼ確信している。
割と真面目に責任を感じているがうっとおしいのは変わらないので悩んでいる。
遂に魚人空手を使えるようになった。能力者故にその真価である水中戦はできないが、手数が増えて喜んでいる。