魔海の主と呼ばれる男が不在になって四日が経過した。
『魔海』とは海賊達が恐怖し、絶望して呼び始めた呼称である。
だが、市民にとってその海域はロックス海賊団が暴れまわる中でほぼ唯一平和を維持し続けた希望の象徴だった。
東の海が最弱の海と呼ばれているのとは違い、グランドライン前半の楽園でも新世界に近い海である。
そこを6年以上守り続けた魔海の主は人々の希望であった。
そして、その希望を消し去り、名を挙げるために狙う者も当然多い。
新世界でしのぎを削る四人の王すら干渉を避ける魔海を荒らす。
自身の名を世界に轟かせようとする悪党は多かった。
その主がそれを誰一人許さなかったからこそ、魔海は人々の希望となり得たのだった。
故に、魔海の主が不在と聞いた海賊達が攻め込むのもまた自明だった。
だが、魔海の主と呼ばれる男が何故、不在なのか。その答えをまだ誰も知らなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
〇春の女王の町セント・ポプラ 遠海
イディオ海賊団のイディオは北の海で名を挙げ、グランドラインに来た海賊の一人だった。
そして、『金獅子のシキ』という新世界の大物の傘下に入り、その名を世に知らしめた。
懸賞金5億ベリー愚直のイディオと成り上がった。
大海賊の傘下に入り、幻とも言われる海の秘宝、悪魔の実すら手に入れることが出来た。
この日、イディオは自分の配下である海賊20隻を連れて魔海に攻め込む。
イディオは大親分であるシキからの『様子見』ではなく、本気で攻め滅ぼすつもりだった。
近海で情報を入手していたイディオにとって、多少の独断専行も許されると思っていた。
「海軍の守りも大したことはないな」
イディオは口ではそう言いつつも、順調な航海に喜んでいた。
自分の計画が達成されるのを確信した。名を挙げる最高の状況だった。
ネコネコの実モデルティガーを食したイディオのボクシングは風圧で海軍の軍艦すら難破できた。
イディオは魔海に攻め込んだ後に出てくるであろう海軍支部G-8の司令官百連のドミニク中将率いる艦隊でも余裕で勝てる確信があった。
悪魔の実を食べたイディオには並みの中将では相手にすらならない強さあがった。
「ツノ電伝虫で電波妨害しながらの進撃。本部の連中も気が付いたら後の祭り」
イディオの言葉に返すのは3億ベリーの賞金首の銅板のメーチ。
彼もまた悪魔の実の能力者である。銅を生成、形成して操れる超人系悪魔の実の能力者だった。
「俺達もこの妨害電波で連絡取れない。だから、後は二手で進撃。OK?」
メーチはイディオに最終確認をした。
魔海に入る前に20隻を二手に分け、海賊船10隻ずつでの進撃である。
大したことない雑魚狩りしている存在がいると知り、どちらかがぶつかっても確実に滅ぼせるようにという計画である。
「ああ、どうせ雑魚狩りしている奴。大した差はねえだろうよ」
イディオはメーチに最終確認に同意した。二人は二手に分かれて魔海に進軍を開始した。
今日で魔海の伝説は消し飛ぶと二人は確信していた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
魔海の後継の一人カッツェは二手に別れた海賊艦隊を確認した。
後継の中でも見聞色の覇気に長けるカッツェは巡回中に見つけた海賊達の強さを把握した。
今まで相手にしてきた雑魚とは違う大物である。魔海の主が不在かつ妨害電波を発している以上、応援は期待できない。
だから、魔海の後継は全員でやってきていた。
魔海の主が置いて行った高速船クルースニク1、2号で13人は二手に別れていた。
「丁度良く、二手に別れてくれた」
カッツェは戦力分散した海賊を見て言った。
カッツェ達は海賊達に奇襲をかける算段を建てていた。
魔海の主が設計・製造した高速船クルースニクの最高速度は常人では目にも止まらぬ速さ。
それを最大限に活かすのに、戦力が分かれてくれるのならば都合が良かった。
「皆、獲物が来たわ!全滅よ!!」
少女達のリーダーであるルビーが赤い旗を振り下ろし宣言した。
魔海の主が不在でも魔海は健在であると世に知らしめる為に少女達は圧倒的までの力の差を見せつける。海賊艦隊の全滅を目論んでいた。
そこには海軍本部大将が出てくるレベルの海賊艦隊を相手取る恐怖等は一切なかった。
「ハイエナ如きに」「負けるわけにはいかない」
リピとジモがそう言って海に飛び込んだ。
彼女達は魚人空手等に長けており、並みの魚人より素早い海中戦が可能だった。
そして、何よりも魔海の主の技を使える二人だった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
〇春の女王の町セント・ポプラ 遠海
海賊イディオとメーチは二手に別れた。
だが、そのしばらくして船が動かないことに気が付いた。
「イ、 イディオ船長!大変です。海が!!」
船員の一人が慌ててイディオのいる一室に入って報告しようとした。
「…わかっている。魔海の主は不在だったよなぁ!!」
イディオはその寒気から何があったか理解した。
イディオ達の海賊船は凍り付いた海に巻き込まれて動けなくなっていた。
急いでイディオは甲板に出てきた。
イディオが外に出た瞬間、轟音が響きわたった。
…突然、バスターコール並みの砲撃の嵐と巨大な水の塊が海賊船を襲った。
「オラァ!!」
イディオは自らに向かってくる砲弾の嵐を人獣形態に変身した拳の風圧で消し飛ばした。
同様にメーチも能力を使い応戦しているのを見聞色の覇気で感知した。
それらの一斉射撃の後に残ったのは自分達に準ずる猛者が乗っていた船計8隻だけだった。
「20隻の艦隊が8隻だけに…」
イディオの部下がその光景に呟いた。
砲弾の的になる船から慌てて脱出したので生き残りは多い。
氷の大地が幸いしたと思った直後、大量の銀色に輝く人型と植物で形成された人型が現れた。
そして、一体だけと思われたそれらは無数に現れた。
「…メーチ!」
イディオは部下達を見捨てる決断をした。
イディオとメーチ、それと生き残りの中でも猛者と呼ばれる者達は急いで船に乗り込んだ。
「イディオ船長!!」
船が破壊された者達は自分達が見捨てられたと悟った。
人型の金属と植物は恐ろしく強く、次々と餌食になっていく。
とても、イディオ達の船に乗り込む暇はなかった。
「…済まない」
メーチはそれだけ言って、武装色を纏った銅の大鎌で氷の大地を斬った。
12隻の生き残りは残された氷の大地で狩り尽くされた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
〇氷街道付近
イディオ達は仲間を見捨てて全力で逃げた。
同時にイディオ達は悟っていた。相手は魔海の主ではなかった。
魔海の主が不在にしても良い戦力があの場にいたのだと悟っていた。
今度は海が氷漬けにされても良いように途中で8隻だった船は捨てた。
イディオとメーチは二隻に別れ、逃亡していた。
「畜生!!」
イディオは己の過信で部下を喪ったことを怒っていた。
魔海は主がいなくても健在だった。世界はそう評価するだろう。
そして、自分達がその踏み台になったことに対して怒り狂う。
だが、その怒りも踏み台となってまで得た情報も無意味なものと化す。
「な、なんだこの首輪!?」
部下の数名が突然騒ぎ出す。イディオが見ると部下達に緑色の首輪が付いていた。
「それを今すぐ外せ!!」
イディオは直感で叫んだ。嫌な予感がした。
「は、ハズレねぇ…!」
部下達が数人がかりで外そうとするもその首輪はびくともしなかった。
イディオは首輪を並大抵の力では外せないと確信した。
そして、金髪の向日葵のような少女が突然現れた。
街中で見かければ思わず振り返りそうな笑顔で海賊船にいた。
イディオはいつの間にか知らない気配の4人が海賊船に乗り込んでいたことを悟った。
見聞色の覇気で部下と他を判別した。イディオは嫌な予感がした。
首輪のついた部下から部下に離れるように命令しようとした。
「全力でイディオ以外の仲間達を殺しなさい」
イディオの声の前に少女は首輪のついた仲間達に命令した。
「うわあああああ!!」
首輪のついた仲間は突如、服が引き千切れ倍近い大きさの上半身となっていた。
その力で首輪を外そうとしていた仲間達を撲殺していく。船は一瞬で血に溢れた。
「糞ガキィ!!」
イディオは首輪のついた部下より命令した少女を殺そうとした。
他の猛者と言える海賊も同様の判断をした。
だが、
「そんなことわかっているに決まっているじゃない」
金髪の少女に気を取られているところに別の声が聞こえた。
見聞色の覇気で他の仲間がいることをわかっていたイディオは何とか攻撃を回避した。
他は声の主達の不意打ちで重症を負ってしまった。
「…飛ぶ斬撃とは、ガキにしてはやるじゃねえか」
イディオは地獄絵図を引き起こした少女達に言った。
「フルーフ!」
イディオの声を一切無視して銀髪の少女は金髪の少女に声をかけた。
「もう終わりました。『全力でイディオ以外の仲間を殺してくださいね?』」
金髪の少女フルーフは重症を負った猛者に首輪をつけて命令した。
既に重症を負った頼れる猛者も命令に従うように殺戮を始めた。
「これで貴方が最後」
大人びた婉麗と評すべき少女がイディオにそう言い切った。
「俺の部下達はってか…ふざけんな!!」
イディオは四人の少女が作り出した地獄絵図を止められない。
目の前の少女一人一人は自分よりも弱いが、部下達を助けに行けば死ぬ程度には強かった。
イディオは人獣形態に変化する最初から本気で殺すと覚悟を決めた。
「もう一方も同じように。さぁ、貴方で全滅よ!!」
銀髪の少女は格上の殺意を感じつつ宣言した。
既に三億の方は片付いたと知った。援軍が到着する前に殺しきらないと恥ずかしい。
銀髪の少女サラーは四人に発破をかけた。背後の海賊達の断末魔をBGMに覚悟を決めた。
・イディオとメーチ達
それぞれ5億ベリーと3億ベリーの賞金首。
当時としてはかなりの額。海軍の英雄ガープと張り合っていた全盛期チンジャオが5億ベリーとすればかなり強い。
3億のメーチは過小評価されているが、ほぼ同程度の強さ。
それに加えて、四皇準幹部未満の猛者がそこそこいた。
シキの命令では様子見だった。
魔海の主が不在と確信しているので破って全力で殺しに行った。
結果的に部下達も自分も全滅。両名は一応生きてはいるが全てを喪い海軍に連行された。
魔海の主が不在でも魔海は健在と世に知らしめた。
・金獅子のシキ
様子見を命じたはずなのに全力で攻めたイディオにブチ切れる。
被害の規模から他の勢力に付け込まれそうになっており魔海どころではない。
もし、回復しても今度は手出しを控えていた魔海の主が絶対邪魔しに来る。
・魔海の後継
死闘を征して、世に魔海の後継の存在を知らしめた。
格上とモチベーション最高で戦った為、更に強くなった。
13人全員で海賊艦隊を全滅させた。一人たりとも無事ではない全滅させた。
魔海の主が来ない事を知っていたので本気で格上や同格との殺し合いの経験を積んだ。
イディオの部下達をフルーフのペトペトの実で操った。
イディオの方はフルーフもいるため4人だけだが、メーチの方は残り全員で攻めた。
戦闘経験をバネに更に進化できる模様。死闘の末、四皇幹部クラスの実力を身に着けた。
・魔海の主
ラウフの緊急連絡を聞いて、即行ける準備はしていた。無用だったのでホッとしている。
イタミ少将が助けに向かおうとするのを宥めるのに必死だった。
メルヴィユにはキチンと挨拶してから帰ってきている。最低残り三日あるがどうするか考えている。