〇美食の町プッチ『フォーザデッド』応接室
魔海の主と呼ばれる男は海軍本部中将に昇進したイタミ中将と密談をしていた。
男が作ったティラミスとザレシュカ経由で輸入したジャヤコーヒーを飲んでいた。
「中将昇進おめでとうございます。…と素直に喜んでよいものか」
男は祝いの言葉を途中で辞めた。イタミ中将のいつもとは違う雰囲気を察していた。
「中将と言っても事実上海軍は辞めたようなものですよ」
イタミ中将はティラミスをつまみながら言い切った。
正確には海軍の掲げる正義と自分の正義とのズレを感じていた。
ティアの件でイタミ中将としては本気で海軍を辞める気にもなった。
「ザレシュカ・マーヤの件は聞きたいですが、何か意味があるのでしょう」
イタミ中将は席だけ置いている政府の人間として振る舞うことを辞めた。
それ故に自分からは追及しなかった。
「海賊でも同情する余地のある、というよりも危険度の低い人でしたので」
男は海軍本部中将ではなく、イタミ個人を察して打ち明けた。
イタミ中将という個人は強くなり過ぎた。そして、恵まれた容姿と数々の功績も相まってガープ中将と同程度に海軍の英雄と認識されつつあった。
政府から席だけ置いておくように頼まれたのだろうと男は思った。
「これまで市民への危害はない。強いて言えばその血筋が危険視された個人」
イタミ中将は権力を使って調べられた範囲で出た結論を述べた。
以前、ジャヤで暴れた時に見かけた気がするが他を狩る方を優先した海賊であった。
「少なくとも強さが基準ではない。潜在能力はあるかもしれませんが」
イタミ中将はその母ホールデン等の先祖代々大物海賊を輩出してきた血筋を推測した。
「何故、海軍を辞める気なのに籍はあるのか、とは無粋な質問で?」
男はイタミ中将に念のため問いかけた。
答えてくれる場合、例外枠で警戒を緩めるつもりであった。
「私の正義と世界政府の正義が合致しなくなってきたからです」
イタミ中将は半分本音を明かした。
…もう半分は自分の知らない女が増え過ぎたとかいう理由だったりする。
どちらも海軍という立場では追及しにくい問題であった。
「そうですか。正義ねぇ…」
男はそれが本心だと察しつつ、イタミ中将の面倒臭いものも察した。
「そういえば、貴方の正義はあるんですか?」
イタミ中将は形だけとはいえ政府に関わるようになった男に尋ねた。
たった数年で魔海の主として平和と秩序を築き上げた男である。
世界会議の決議に甘んじて受け入れた。男に正義がなければ到底受け入れられない。
ザレシュカの件も裏から手を回すことも容易だったはずだとイタミ中将は思っていた。
「私の正義?…状況次第ですね」
男はイタミ中将の海兵らしい問いかけに一瞬考えた。
だが、状況次第で立場も意見も変える男にとって固有名詞で片づけられるものはなかった。
「…私の正義は『穏やかな正義』です」
イタミ中将は男の言葉をらしいと思いつつ、自分の正義を語った。
苛烈な辻斬りという仇名を持つ女傑は誰よりも平穏を求めていた。
その為に武を振るい成り上がった結果、見たのは『歪んだ平穏』だった。
「世界貴族の問題は世の中の犯罪者に比べれば些事。とはいえ抑制するわけでもない」
男は世界政府関係者ましてや海軍本部中将には決して言わない事実を言った。
「そうですね。私も上になってそれを強く実感するようになりました」
男の言葉にイタミ中将は同意した。
海軍本部中将としてその発言は誰かに聞かれたら死刑不可避の言葉であった。
「そこまで言うとは随分な…」
男もイタミ中将が海軍にいると危険そのものではないかと思った。
…同時にガープ中将を思い出し、思考を少し訂正した。
それでも、原作の白ひげ海賊団との頂上決戦が起きれば参戦を強制される可能性はあった。
「私も大体平穏を望んでいますが、突き詰めてしまうと海軍に所属したままでは厳しいのでは?」
男はイタミ中将を心配して言った。男は最悪世界政府にも歯向かえる。
そのつもりは今のところはないが、その手段が取れる。
イタミ中将が男に加担するのなら相反した時、一体どうするつもりなのか。
男はイタミ中将をほぼほぼ身内に含めて考えていた。
「バレなきゃいいんです」
イタミ中将は海軍将校としてではなく、個人のイタミとして言い切った。
余程がなければ海軍のままでいられる。そもそも何か隠し事があってもバレなければいい。
自分の正義を貫く為に世界政府と繋がりを維持する必要があるのなら、男の別の思惑が自分の正義と反しないならばそれを許容できるだけの覚悟はできていた。
「…最初に会ったイタミ少尉と同じには見えない」
男はイタミ中将に呆れて言った。
この海兵、世界政府が自分の正義に反したなら離反する気満々であった。
男はイタミ個人を見て、海兵という自分の中の壁を一枚取り除いた。
・イタミ中将
『穏やかな正義』を掲げる海軍中将。
海軍を辞める気でいたが、五老星に色々言われて悩んだ結果、優先順位が違くてもバレなきゃ良いと思い至った。
海軍がないと世界秩序が危ういので自分が納得すればそのまま動く。
納得できなければなるべく無視すれば良いとどこぞの中将を見て学んだ模様。
世界政府より男を優先する不良海兵になった。
・魔海の主
大体平穏を望んでいる男。世界政府と敵対するつもりはないが、必要ならやる男。
イタミ中将が昇進し、開き直ったのを見て心の壁が一枚剥がれた。
・五老星
イタミ中将が昇進を受け入れかつ男と接近したと聞き、勝ったなと思っている五人。
なお、イタミ中将は枷がなくなり五老星が考えている程ストッパーとして機能しなくなった模様。
ティアの件で追い込まなければ枷が外れなかったが、ティアの件がないと何時まで経っても関係が進まない。
・ザレシュカ
イタミ中将にあの時斬り殺しておけば良かったと思われている女海賊。
イタミ中将も海軍中将であるのは変わらないので斬り殺したりはしない。
会う度に殺気を飛ばされている可哀想な魔海の主の配下。