魚人街は魚人島本島とは離れに位置するスラム街である。
元は孤児達を保護する巨大施設であったが、程なく荒れ果ててはみ出し者達の集まるようになった経緯がある。
無法地帯と化している一方でこの地の者達の結束力は高く、フィッシャー・タイガーというタイの魚人のカリスマ性により主義主張の違いはあれども纏まっていた。
そして、3年前より出現し始めた謎のクッキー婆の恩恵を一番受けている場所でもあった。
孤児を攫おうとした者達はクッキー婆によりボコボコにされ、クッキー留置所にぶち込まれる。
また、クッキー留置所に放り込まれた人攫いが魚人街の者達に売られることもある。
その後の処遇を放置する婆達の対応に原因があるが、人攫いが売られるのは左程問題視されていない。
魚人や人魚達が人攫いに売られる事案の大半は防がれているが、未だに根深い問題となっている。
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○魚人島 魚人街
青い服を着た老婆が優しい笑顔でクッキーを子どもに手渡す。
その横でズタボロにされた人攫いの姿もあるが、概ね平和な光景である。
この光景は魚人島、特に魚人街ではよく見かけるようになっていた。
謎の老婆達は深海から魚人島の様々な場所を徘徊し、人攫いを叩きのめして生活している。
クッキーをこよなく愛し、クッキーを食して活動する生物だと魚人島内で認識されている。
そんな光景を三人の男女が偶々目撃していた。
魚人街での魔海の主と呼ばれる男の深海ダイブ修行を終えた帰り道だった。
「なんですか?あのおばあさん…」
イタミ中将はその光景を見て思わず呟いた。
イタミ中将も二週間ほど見て来たが、人間のようで人間ではない謎の老婆達を訝しんだ。
深海も普通に徘徊するし、ビームのようなものを発射する光景もみたりしていた。
「クッキーグランマです。泣く子どもへクッキーを与える正義の味方」
男はイタミ中将の呟きに適当に回答した。
自分が作ったロボットですと言うと面倒臭い。
経験を取捨選択するようにプログラミングしたせいか人間と見紛うレベルで進化していた。
男の非人道的な研究の成果等と不本意な勘違いをして欲しくなかった。
「…貴方の親戚か何かですか?」
イタミ中将は男のクッキー狂を知っているので念のため確認した。
二週間の滞在で似たような老婆が幾人かいるのを見ていたので違うと思っていたが。
「クッキーは全てを凌駕する。美味しいクッキーに国境線は存在しません」
男は自分にとってこの世の真理を述べた。同時に無関係だと白を切った。
本人が嘘だと思っていないので誰も嘘だと見破れないのが悪質である。
「あっ、はい」
イタミ中将は男への追及を辞めた。
初めて取り調べをしたとき、10日間もクッキーの話しかしなかった男である。
「…」
ティアは笑顔を張りつけ、沈黙を選んでいた。
ティアは自分の修行の際、待機中の男がクッキーグランマを改造するところを目撃していたのでその正体が機械であることを知っていた。
魚人空手・柔術師範代ナマズマ等に聞き取りをして魚人島に合わせて更に改造していることも悟っていたが、機械ではないと証明する方法を思いつかなかった。
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○魚人島 魚人街『水流ナマズ道場』
「来るのは良いけどよ…正直もう教えられることとかはないぜ」
魔海の主と呼ばれる男に魚人空手・柔術の師範代ナマズマがそう言った。
ナマズマは男が深海の水圧に耐えきったのを見て人間でないことを再確認していた。
ナマズマは男へも後継の少女達へも後は自己鍛錬のみと言えるまで育て上げていた。
ナマズマは魚人街で孤児達に稽古をつけ、リュウグウ王国の兵士として就職先を斡旋したりしていた。
更に魔海の主と交流があるせいか、男への国の特使をさせられることもあった。
事実上のリュウグウ王国特別顧問的な立ち位置であった。
両親を人攫いに攫われた関係で魚人街の出でもある。
フィッシャー・タイガーとはまた違う立ち位置の魚人街の纏め役でもあった。
「何というか…平和過ぎてつい遊びに来てしまいました」
男はナマズマに本音を言った。ついでに持って来た大量のクッキーを手渡した。
海賊達も大人しくしていれば男に狩られないと悟り、普通に魚人島で金を落としていくだけになってきていた。人攫いはクッキーグランマが解決してくれている。
後二週間滞在する予定なのだが正直、暇すぎて仕方がなかった。
「イカれてて忘れていたがアンタは遊ぶ性質じゃないもんなぁ…」
ナマズマは男の両隣にいる女の存在を一瞬だけ気にしてから溢した。
男から受け取ったクッキーは後で分けようと思い男へ軽く礼をした。
ナマズマから見て男はイカれた修行と海賊狩りを除けば、大体真面目な生活を送っていた。
男の方も魚人島のお菓子工場を見学したり、魚民文化会館で魚人島の歴史や文化財を学んでいたりしていた。
エインヘリャルという分身に魚人島内でできる研究や実験は任せていた。
自分は魚人島ででしかできない文化的なことを学ぶことを優先していた。
国宝の玉手箱等、禁忌以外は大よそ学習し終わっていた。
「南東の『海の森』でも行ったらどうだ?潮の流れで沈没船が多い上にサンゴ礁も綺麗だし」
ナマズマは男に提案した。
殆ど人気のない場所だが、宝探し等する分には楽しめるのではないかとも思った。
「…ああ、そういえば。ありがとうございます。明日何もなければ寄りたいと思います」
男はナマズマに礼を言った。平和な魚人島で一か所だけ行ったことがない場所があった。
男にとってなるべく考えないようにしていた場所だった。
海の森は空白の百年、その歴史を記した『歴史の本文』が安置されている場所だった。
しかもそれが二つもあった。片方はラフテル行のロードポーネグリフ。そして、ジョイボーイの人魚姫への謝罪文である。
どういった内容なのか原作知識である程度把握している男からすれば他の歴史の本文より解読しやすい厄ネタだった。
…男は忘れようと努めていた好奇心が湧きたってしまっていた。
誰にも漏らさないでいればいい深海でならば殊更に。男は暇な時間のせいで自身の枷が少し緩んでいた。
なお、10代前半のジンベエがナマズマの道場にいたので手合わせ等をしてその日は色々と楽しむことができた。
・リュウグウ王国
かつてない平和を謳歌している国。
海賊も大人しくしていれば魔海の主が狩ったりしないとわかり、大人しく金だけ落とすようになった。
魔海の主達が常に鍛錬しているのを見ているので平和な状況下だからこそ鍛錬が重要だと認識して兵士達は奮起している。
ティアは有能な秘書だと認識しているが、イタミ中将は休暇か何かかと思っている。男は論外である。
・『水流ナマズ道場』
魚人空手・柔術師範代兼賞金稼ぎ兼リュウグウ王国臨時特別顧問ナマズマが運営する道場。
魔海の主と交流する中で応用できそうな体術等も組み込んだ超実践式道場でもある。
魚人街でも善性よりの孤児等に手解きをしている。才能がある子どもはドンドン教え込む。
無償同然で破格の稽古をつけてくれる道場である。魚人街出身者以外でも金を払えば教えている。
未だにナマズマは誰もが知る程度には人間嫌いである。
魔海の主とその関係者とはいえ普通に道場内に招いて話しているのに驚かれてた。
・ジンベエ
魔海の主と手合わせされた一人。才能がずば抜けているが、師範代には及ばない。
魚人空手を主体としていないであろう人間の男に翻弄され、修行が足りないと更に奮起するようになった。原作より強化される模様。
・クッキーグランマ
三年前より現れた謎の老婆達20体。
人攫いに過敏に反応し、ぶちのめす。海賊が暴れてもぶちのめす。
クッキー留置所にぶちのめした奴らを放り込むがその後の対応は基本的に放置する。
男の改造でレーザー兵器が搭載された。
クッキー光子を収束して放つ最大火力はパシフィスタ並みなので滅多に使われない。
拡散させることもできるので深海に於いては凶悪過ぎる性能を持つ。
・イタミ中将
男と同じく平和過ぎて剣の鍛錬くらいしかしていない。
魚人島のお菓子工場見学の際は最もはしゃいでいた24歳。
男がオーケストラ等を聞きに行くときにも同行したりしているが、知識がないので深くは楽しめない。
クッキーグランマのレーザー光線を見慣れたのでピカピカの実の能力、黄猿に勝ち目がない。
暇すぎてグラップ○ー○牙の空想稽古ができるようになった。
巨大化したカマキリどころか架空とはいえロジャー等とも稽古が可能である。
・ティア
魚人島で男が望んだ物品の調達や取引等をしている。
男に色々任されており、一応海軍所属であるイタミ中将の目を盗んで色々工作をすることもある。
オーケストラ等の知識もCPとしての知識で持っているので男が興味を示す文化活動の話も普通に着いていけている。
・魔海の主
二週間で深海の水圧でもほぼ無傷となり、水中の酸素を選り分ける呼吸を習得した。
更に気化冷却法と魚人柔術の応用でダイブした後、爆発による推進力で戻れるようになった。
男は能力者にも関わらず溺死がほぼなくなり、水中移動ができる存在になっていた。
水中で力が抜けて覇気も能力も使えないところだけはどうにもならない。
ラウフの伝手で手に入れた音貝や水貝等で魚人島でしかできないことをしている。
深海の水圧で発射されるウォーターダイアルは現状男以外不可能である。
分身のエインヘリャルに実験を任せているが、自身も色々試している。
空白の百年に触れないようにしていたが、暇すぎて今ならバレないよなと思い始めている。
実際、魚人島の海の森で沈没船探索のついでにチラ見されても誰も気が付かない。