朝比奈まふゆはブラコンである(荊棘の道は何処へ…執筆中) 作:エクソダス
――まふゆは一歩踏み出せたんだ。
わかってる、僕もこのままじゃいけないんだ。
このままズルズルと絵名の言葉に甘えて、自分自身を隠してちゃ駄目、僕だって進みたい。
――どうしてあんな格好……。
けど、どうしても勇気が出ない。
そのことを言い出そうとすると口が震えて、この関係が壊れて自分を否定されるんじゃ無いかって、不安になる。
わかってる、わかってるよ。
そんなこと無い、少しは驚くと思うけど。結局そんなこととどうでも良さそうに皆いつものように接すると思う。
でも、
□ □ □
僕は無心に出来たケーキを見栄え良く飾り付けをする。
今日は少しだけ忙しい気がする、いつもの常連以外にも旅先だというお客さんもいて、あるご夫婦もホールケーキ丸々買いに来た。
まあ、十中八九子供の誕生日って所だろうけど。
「ふぅ、一段落……」
そして、ようやく仕事の方が一息付けそうだ。
お客さんもある程度捌ききったし、店内に残っている人もすぐに会計を終わらせられる。
少し休め……、
「やっほーっ」
と、そんなわけにも行かないようだ。
カランカランとドアベルの音が店内を響き、柔らかく明るい声が雑音にならない程度に僕の耳に入る。
それは少しだけ聞き覚えがあって、少しテンションが疲れる声。
「あ、瑞希さん。どうも」
その声の主は桃色の綺麗な髪をサイドテールに纏めている人。
瑞希さんはいつもの笑顔で手を振ってくる。
「やあ弟君、また来ちゃった」
「邪魔さえしなければいつでも来てください。ご自由な席へどうぞ」
そのいつもと変わらない明るい笑顔に僕は営業スマイルで返す。
しかし、
「?」
「ん? どうしたの?」
ふと、瑞希さんの顔をジッと見てしまった。
それは特に意識せず、ただ気になった。
(この人の顔、いつもの笑顔と何かちがう)
その脳裏によぎった疑問には一切確信はない。
ただ無意識に瑞希さんの唇に視線が行き、ただなんとなくその唇がわずかに揺れていると感じた。
「いえ、何でもありませんよ」
僕は再度笑顔を作り直し、誘導するように手を席へと向ける。
これは少しだけ、話を聞いてみる必要がありそうだ。
□ □ □
「どうぞ、モンブランでございます」
瑞希が席に座ると、彼は注文を聞くことなくモンブランを提供した。
それについ瑞希は目を丸くする。
「あれ? まだ何も頼んでないけど」
「自分からのサービスです、どうぞ」
「え、いいよ。僕別にここの常連って訳じゃないし……」
申し訳なさそうにモンブランを凝視する瑞希。
「僕にとっては重要な常連さんです。姉の友達ですから」
「えへへ、ありがとねっ」
瑞希は嬉しそうに微笑んだ後、メニューに目を向ける。
そして飲み物を注文すると、なつきがすぐに持ってきてくれた。
「所で、皆は一緒じゃないんですか?」
「うん、お一人様だよ」
「割と珍しいですね、いつも連んでる印象がありました」
「あははっ、まあ一人でしっぽりとケーキを食べたいときもあるよ」
「ケーキを食べる表現に、しっぽりは余りに不適切かと……」
なつきの言葉に「かたいなぁ」と笑顔を見せる瑞希。
やはり何か違う気がする。実際ほとんど面識がないため確証は無いが、迷ってるような、それとも怖がっているような?
そんな印象がどうしても拭えない。
「けど、どうして僕がモンブラン好きだってわかったの?」
「まあ、皆さんの性格は大体姉様から聞いてますから。これが良いかなと」
「あ、まふゆって人の関係とか家族に話すんだ。なんか意外かも」
瑞希が意外に思うのも無理は無い。
だって、優等生にしか見えていない他人の評価ならともかく、あの人達には本心で話しているから。
弱みを見せないまふゆがそんな話をするなど、イメージできるはずは無い。
「一応感謝してるんですよ、姉様のこと」
「え?」
「姉様はいつも塞ぎ込んでたけど、皆さんと会ってから大分精神的にも安定したみたいで。瑞希さん達のおかげです」
なつきは瑞希の目の前の席に座ると、深く頭を下げた。
「姉様を救ってくれて。本当にありがとうございます」
「……えへへ、なんか照れるな」
瑞希は泳ぐ瞳で頬を染め、珍しく本気で照れた。
瑞希達は自分の意志に従って、まふゆと一緒に音楽を作って、ただ必死に彼女の助けになりたいと手を差し伸べただけ。
――そんな大層なもんじゃないんだけどなぁ。
そんなことを考えていると、なつきが続けるように口を開いた。
「だから、話してほしいんです。瑞希さんのこと」
「え?」
不意に放ったそのなつきの言葉。
それをすぐに理解することは出来ず、ただ瑞希はハッとしたようになつきの顔に視線を向ける。
「……今日、瑞希さん妙に悲しそうな顔してるんです」
「っ」
「なにか、あったんですか?」
なつきの優しく心配してくれる声。
そのむずがゆさと後ろめたさで、瑞希は隠すように苦笑した。
「あはは、そんなにわかりやすかったかな?」
「いえ、ただわかっちゃうだけですよ」
「…………」
「なんとなく、姉と似た震えた声してますから」
そう、なんとなくわかってしまっただけ。
自然とご機嫌伺いが上手くなっていて、良い子でいるために人の目を気にして気持ちも押し殺して。
そんな姿が、まふゆと自分自身に似ている。そう思った。
「あーね、まいったなこりゃ……」
瑞希はどこかむず痒そうに頬をかく。
彼は本当に人のことをよく見てて、自分のことを見ていない。
(そういえば、この子にはあの話はしたんだよね)
あの祭りの時、瑞希は迷うこと無く自身の秘密を打ち明けた。
それはまふゆのためで、彼の精神状態を考えれば壊れる前に手を打たなければならなかった。
だから、まふゆのために迷い無く言えたんだ。
(男だって言ったら信じる?)
(信じます)
今思っても、あの秘密の暴露は無意味だった。
男だと言っても「だからなに?」というような返しをされ、話を深掘りするごとに「そんなこと言われても困る」と顔が面倒そうに言っていたのを思い出す。
多分、皆にそれを言っても同じ反応を見せるだろう。
「あのね、あのこと皆に話そうと思うんだ」
「あのこと?」
「たしか君には話してたよね。僕が男だって」
「勿論存じ上げております、異性トラブルでもあったんですか?」
「え、と。そうじゃなくてね」
瑞希はつい言葉を曇らせる。
今のは皆に話すことの前提の話、当たり前の真実だとそれが暴露の全部だと彼は思ってくれない。
わかるよ、口に出してしまえば皆にとって本当に些細な事なんだ。
「……僕も、進まなきゃいけないんだ。君のお姉ちゃんみたいに一歩踏み出して」
「…………」
「ほんの一歩、踏み出して」
それが、今の僕にはどうしても出来ないんだ。
怖くて苦しくて、それを考えると口も指も震えて動かなくなる。
もう、絵名達に甘えたくない。自分の力で皆にこの気持ちを打ち明けて、何の気兼ねも無く話したい。
このどうしようも無い苦しさ、モヤモヤを。
「あの、よろしければ自分が聞きましょうか?」
「…………」
「ほら、友達じゃ無く他人には話しやすい事もあるでしょう。そのことで関係が壊れる事も無い」
実際はその程度、だからなつきの優しさを受け取ることも出来ない。 そんなことで悩んでいる自分はどれだけ惨めなのだろう、女の服を身に纏っている僕はどれだけピエロに見えているだろう。
瑞希はつい唇を噛んだ。
「と、というか。そもそも僕は進まなくても良いと思いますよ?」
「え?」
「えっと、僕だってずっと立ち止まってばっかりですから」
なつきは珍しく本物の苦笑を見せてくれる。
そして、
「僕の親って、毒親じゃないですか?」
当たり前みたいに、あの優しい彼が親を罵った。
「……毒親だって、自分から言うんだね」
「わかりきってますから」
あまりに当たり前のようにいう彼に、瑞希はつい顔を引きつらせた。
なつきは目の前の机をなぞり、言う。
「でも、わかっててもそれだけ」
「それだけ?」
「みんなにどれだけ説得されても、僕は毒親だからこうしよう。って前に進めないんです」
なつきはなぞっていた指先を止め、その場で握りこぶしを作る。
「わかってるのに、おかしいってわかってるのに。今の生活が普通だって……こうやっていいこであるのが普通ってずっと思い込んでるんです。本当は異常だって一番自分がわかってるのに」
「弟君……」
瑞希は目線を下に伏せた。
彼は本当はわかっていたんだ、自身の環境が異常なのだと。
良い子でいるために心を押し殺し、姉が狂ってしまう姿を黙ってみている自分も狂気に染まっていると、わかっていたんだ。
「死んだ方が幸せだって、正直思いますし」
「っ?!」
「でも、それ以上は進めない。だって怖いから」
瑞希の驚きの顔をみて、なつきは疲れたように笑う。
「誰だって、進むのは怖いんです。たとえどんな環境下でおかしいと思っても、変わりたいって思っても」
「…………」
「だから、進めた時は本当に必要な時なんだと思います。本当に限界まで止まって、皆やっと歩き出す。そう僕は思いたいんです」
□ □ □
そして、文化祭当日。
いつもつまらない学校の風景はバルーンで出来た柱と『文化祭』と書かれた可愛い段ボールが門となっているのを中心に、イベント風景一色だ。
チョコバナナの屋台や色んな出し物の立て看板が、下駄箱に続く道をずらっと並んでおり、統一性の無いカラフルな連旗が頭上を飾っている。
「…………」
そんな可愛い物が飾られている中で、瑞希は立ちすくむ。
文化祭の後で会いたいと、どうにか絵名に本心をぶつける舞台は整った。あの優しい言葉をかけてくれたあの場所だ。
「これで後にはもどれない」
迷いが生まれているのは、選びたいと自分自身で思ってるから。
本当に進むのが必要な時、それを今にしたい。逃げたくない。もう抑えているのも限界だから。
瑞希はその気持ちを胸に秘め、心臓の前でぐっと手を握る。
「あ、瑞希……」
「あ、奏、まふゆ……! いらっしゃい」
すると、二人の女子が正門の方から歩いてくる。
それは、現在一緒に暮らしているはずの奏とまふゆだった。まふゆは無表情ながらも辺りを見渡し、不思議そうな顔をする。
「なんだかすごい人だね」
「ウチは宮女と違って、チケットとか無くても入れるから、結構人が集まるんだよね! 僕のクラスも朝から大盛況だよ!」
「そうなんだ……あ、そういえば瑞希は自分のクラスの手伝いはしなくて大丈夫なの?」
「うん、朝一で受付やったから、後は自由時間なんだ!」
「そっか、良かった」
そんな話をしていると、後ろからもう一人やってきた。
それは今回瑞希が個人的に誘った人物だ。
「どうも」
「あ、弟君。やっほー」
なつきはジーパンと白いシャツという余りにラフな格好。
彼は瑞希を見つけると、近づいて一礼をした。
「今回はお招きありがとうございます」
「いやいや! 忙しいとこありがとね」
「お呼ばれにはあやかりたくなる物で、個人的にも色々と思うところがありましたので」
なつきは優しい笑顔でそういうと、一人の女性と目を合わせる。
「…………」
「…………」
それは、彼の実の姉である朝比奈まふゆだ。
二人はじっと視線を交わし、なつきが無表情で口を開いた。
「…………おはよう、姉様」
「…………うん、おはよう。なつき」
家族と喋っていると思えないほど、重い空気だった。
一体、今二人はどんな感情で互いを見つめ合っているのだろうか。それすらも他の二人にはわからない。
(……そっか、なつきくんは)
そこで、やっと重要な事を思い出す瑞希。
あの一件以来、母親と離れたと同時に二人は離ればなれになったはずだ。
それは、なつきにとって姉が逃げたように見えてしまっていたかも知れない。まふゆにとって弟もまた……ただ期待してくる重圧であっただけかも知れない。
二人はどう感じているのかはわからないけど。
「……今日だけは、一緒にいさせてほしい」
そして、なつきが小さく口を開くと、まふゆも口を開いた。
「……わたしも、今日はなつきと一緒いたい」
二人はそう互いに願望を口にする。
その後二人は目を合わせることは無く、まふゆがいなくなった後の話や、心境の変化など、それら何かを話すことは無かった。
「なつき、くん」
不意に声を掛ける瑞希だが、何を言えば良いかわからない。
どんな優しい言葉を掛ければ、いやそんな資格すら……そう考えていると、
「僕も前に、進みたいんです」
「え?」
「だから、瑞希さんも後押ししてくださいね」
そういって、まるで子供のように彼は笑った。
本当に優しくて本当に無邪気で、仲直りするときに不安を隠すような表情で。
「……うんっ」
ずいぶん、彼から大きな勇気をもらった。
なつきくんも今の状況を変えたいと、受け入れたいと頑張って自分を奮い立たせているんだ。
そんな話をしていると、
「お待たせ」
不意に、今回勇気を出すべき相手が……絵名が来た。
【本気のイカ焼】
変なTシャツを着て。
「……だっっっっっっっっさ」
「ちょっと! そんなためないでよ!!」
その時、彼から聞いたこともないような声を聞いた。