朝比奈まふゆはブラコンである(荊棘の道は何処へ…執筆中) 作:エクソダス
朝比奈家の食卓。
朝比奈まふゆと朝比奈なつきは両親と共に夕食を食べていた。
「二人とも最近どう? 学校は」
「うん、楽しいよ。クラスのみんなもいい人ばかりだし」
母親の問いに、優しい口調、いわゆる『優等生』で答えるまふゆ。
そして、なつきは牛乳を飲んだ後、口を開いた。
「楽しいかはわからないけど幸せではあるよ」
「なつきは来年から高校生だろう? 勉強は上手くやっているか?」
「医者になりたいのよね。頑張ってね。お母さんもお父さんも応援してるから」
「うん、ありがとう」
いつも通りの両親に軽く言葉を返すなつき。
そんな中、今度はまふゆが問いかけてきた。
「友達とはどう? 上手くやってる」
「多分、問題が起こらない程度には嫌われてないよ。たまに勉強会みたいな事で教えたりもしてるし」
「……そっか、なつきがそれでいいならいいと思うよ」
そんな話をしていると、母親が口を挟んできた。
「――嫌だったら嫌って言うのよ? どんな人とお友達かはわからないけど、教えてもらえないと出来ない子より、競える子と一緒にいた方が良いでしょう?」
「…………」
「そういう子と一緒にいると、自分も勉強になるもの。自分の時間を大切にしなさいね」
母親のそんな言葉に、なつきは数秒だけ固まった後――
「母さんは優しいね」
くすりと優しく微笑んだ。
「勉強が出来る友達がいたとして、それはそこまで特にならないよ。得をすることと言ったら、『受験戦争の競争相手の時間を潰せる』くらい……かな」
そんなことを言いながら、なつきは食べ終わった食器を片付ける。
「それに勉強は一人でやる物だよ。怠けた奴が負けて、努力した奴が勝つ。だから自分の勉強時間を削ってまで友達といようとは思わないよ。たとえ勉強が出来る人でも……ね」
「なつき、あなた……」
「ああ勘違いしないでね母さん、勉強会で教えてあげてるのはただの自分の戒め。『こんな人たちみたいになってたまるか』『こんな人達よりもっと上に行く』っていうただの自己満足、奮い立てなんだ」
「……そんなんじゃ、友達出来ないぞ?」
そんな父親のつぶやきに、なつきはまたくすりと笑った。
「そもそも僕は友達なんて作った覚えはないよ。勉強時間や家族の時間が削れるだけ」
その言葉に、そこにいる家族全員言葉を失った。
最近はいつもそうだ、彼の考えがどんどん過激になっていっている。
「僕が学校にいる人と仲良くしているのは、自分の評判を下げないため。ただそれだけだよ。評判が悪くなって、母さん達に迷惑がかかったら困るからね」
朝比奈なつきは良い子だ、それは間違いない。
母親の言うこともよく聞くし、成績も優秀。まさに優等生の朝比奈まふゆの弟と呼ぶにふさわしいほど良い子だ。
しかし――――
「僕は……医者にならないといけない。友達なんてじゃれ合いに参加する気はないよ」
その良い子は、どこか狂気的になってしまっていた。
□ □ □
「もっと、もっと頑張らないと……」
スイーツ店の厨房で、なつきは小さく呟いた。
母さんは最近甘い。自分の時間などと、そんな時間があったら医者になるための時間に割く。
――小説家になりたいと
「って、母親が甘いって反抗期か僕は……」
なつきはそんな苦笑を浮かべながらスイーツを完成させる。
自分が反抗期か? そんなことはどうでもいい。今は医者になることだけを考えなければ。
学力の向上、資金の調達、専門の勉強、やるべきことは山ほどある。
とりあえず今は、金を稼ぐことだけを考えないと。
そんな事を考えていると、なつきは店長である女性に肩を叩かれた。
「なつきくん? お客様よ」
「お客?」
なつきは首を傾げた。
学校の知り合いにはこのスイーツ店の話をしたことはないし、両親達も場所までは知らないはず……。
――誰?
□ □ □
「……あー、なるほど貴女たちでしたか」
その疑問は、テーブル席に座っている少女達四人を見てすぐに解消された。
「なんだい弟君。作ってくれるって言ったじゃないか」
「まさかここに出向いてくるとは思いませんでした。行動力の化身過ぎません?」
いたずらっ子のような微笑みを見せる瑞希に、なつきは小さくため息をついた。
「ごめんなさいね、いきなりお邪魔しちゃって」
「あ、いえいえ。絵名さんは常連ですので別に良いのですが……」
なつきは、そのまま姉であるまふゆのほうに視線を向けた。
「……姉様も来たんだね」
「姉が来たらだめだったの?」
「いや、普通に嫌だけど」
「なんで」
「何でって……」
「なんで来ちゃいけないの?」
「…………恥ずかしいからだよ」
「なんで恥ずかしいの?」
ちっとも理解してくれないまふゆに、なつきは頭を抱えた。
最近感情が乏しいのは理解していたが、まさかここまでひどくなっているとは……。
「あんたねぇ、ちょっとは弟の気持ちに寄り添ってあげたらどうなの?」
「……よくわからない」
「それを言うなら、ここの場所を教えてくれたのは絵名でしょ? 絵名にも原因があるんじゃない?」
「わ、私に責任転嫁しないでよ!」
そんな話を聞きながら、息絶え絶えになっている奏におしぼりと紅茶を差し出した。
「奏さん、大丈夫ですか?」
「う、うん。だいじょう……ぶ」
「奏さんは外がだめですからね、ゆっくり休んでください。紅茶はサービスです」
なつきは奏に向かってウィンクをしたあと、三人に向けて口を開いた。
「皆さん。そろそろ注文を――」
「えー、注文したら弟君厨房行っちゃうでしょ? もうちょっと話してようよぉ」
「早く決めないと出禁にしますよ?」
□ □ □
「なつきくん、そんな顔も出来るのね」
四つのスイーツを運ぼうとしていると店長にそんな事を言われた。
「はい? なんの話ですか?」
「さっき、とても楽しそうな目をしてたから」
「楽しそうな目、ですか」
なつきはその店長の言葉に違和感を覚えた。
どういう意味だろう、先ほどは『楽しそうだと見せる』ポーカーフェイスはしていなかった。そんな目をしているはずがない。
ならば自然に――? 馬鹿な。
「気のせいでは?」
そんなことあるはずがない。
ただ姉の友達と話していた。それは母親が勧めてくれた医者とは全く関係のない無駄でしかない時間。
――そんな無駄な時間で楽しくなんて……。
そんなことを考えていると、店長は決心したように頷いた。
「よし決めた、貴方、あの子達の接客に行きなさい」
「え、でも――」
店長の言葉になつきは目を丸くする。
確かに今はお客がほとんど来ない時間帯ではあるが、だからといって仕事を放棄して姉の友達と話すのは……。
「店長、お言葉ですが……」
「――いきなさい」
「……はい」
どことなく、店長から逆らったら殺すという気迫を感じ取った。
なのでなつきは素直に店長の言葉を聞き入れた。
□ □ □
「お待たせいたしました。ご注文の品です」
「いよっ、待ってました」
なつきはテーブルの上にスイーツを乗せると、ぺこりと頭を下げたあとにまふゆの隣に陣取った。
「あれ? 厨房に戻らなくて良いの?」
「……この四人の接客をしろと言われたので」
絵名の問いに答え、なつきは盛大に嘆息した。
そんななつきを見て、奏はなんともいえない苦笑を浮かべた。
「そっか、良かったね。でいいのかな?」
「……ただの公開処刑ですけどね」
「そんな事より食べようっ。せーのっ」
「「「「いただきます」」」」
そして、四人はなつきの作ったスイーツを食べ始めた。
「う・ま・い・ぞぉぉぉぉおおおおおおお――――ッ!」
「瑞希、うるさい」
「いんやー、ごめんごめん、思った以上においしかったものだからつい」
まふゆの叱咤を受けても、ヘラヘラと笑顔を見せる瑞希。
「おいしい、とってもおいしいよ」
「これ、前に来たときよりおいしくなってるんじゃないの?」
「お褒めにあずかり光栄です」
絵名と奏からの褒め言葉をもらい、なつきは無表情で頭を下げた。
「それにしても不思議だなぁ、弟君も味わかんないはずなのになんでこんなにおいしく作れんのかねぇ」
「本に書いてある事を、軽くアレンジしているだけですから。そんなに難しいことではありません」
「へぇ、そうなんだ。おいしいねまふゆ」
「よく、わからない(もきゅもきゅ)」
事務的に食べているまふゆに苦笑しながらも、なつきはあることを訊いた。
「そういえば、みなさんは姉様とどういったご関係で?」
そういえば訊いていなかった。
学校もまふゆとは違うみたいなので、学校で知り合った訳でもないのだろう。
その問いに、珍しくまふゆは言葉を詰まらせた。
「…………」
「……まふゆ、なつきくんなら言っても良いと思う」
「そう、だね」
奏に後押しをされて数秒後、まふゆはやっとの思いで口を開いた。
「曲、みんなで作ってるんだ」
「曲を作る?」
「うん……」
「曲を、作る」
なつきは目を白黒させた後、ぼそっと呟いた。
「すっご」
「え?」
「流石姉様、音楽の才能もあったんだ。簡単にできることじゃないよ」
少し心配そうな表情から一転、どこか楽しそうに話すなつきに、今度はまふゆが目を白黒させる。
そんな二人を見て、三人は無意識に頬を緩ませた。
「あ、そういえば姉様。前に音楽作りたいとか言ってたね、まさかもう作っていたとは……。つまり、みなさんはサークルか何かですか」
「ええ、基本的にネットで活動してるサークルよ」
「へぇ、活動名を聞かせていただいても?」
「……誰にも言わないって約束できる?」
「はい、出来ます」
「なら、ちょっと、耳貸して」
奏の近くになつきが立ち、耳を貸す。
そして数秒後――、
「○△□○△□○△□○△□○△□――――ッ!!」
まふゆが弟から聞いたことがない金切り声のような音を聞いた。
その大きな声に、まふゆは珍しくビクッと身体を震わせる。
「ま、まじですか」
「マジマジ~」
「大マジよ」
盛大すぎる反応がうれしかったのか、絵名と瑞希は微笑みを浮かべる。
一方その頃、奏は耳を押さえていた。
「……いたい」
「み、皆様があの『二十五時、ナイトコードで。』の……」
「……知ってるの?」
「知ってるもなにも、大ファンだよ姉様」
『二十五時、ナイトコードで。』通称【ニーゴ】
今の学生で、その名を知らない者は少数であろう。
作詞、作曲、イラスト、それら全てを外注せずにこなし、ネットで活動している謎のサークル。
曲の中にはすでに二千万再生に届きそうな曲もあり、かなり人気のサークルだ。
人物像、経歴、その他一切不明で謎が多く、それゆえに人気の高いサークルである。
「僕も何度も聞かせてもらってます、まさか学生のグループだったなんて」
「あははっ、そういう反応をされると……。まぁ悪い気はしないね」
「な、内緒にしてね」
「は、はいっ! 内緒にします!」
少し興奮気味のなつきを見ながら、まふゆは小さく呟いた。
「……なにも言わないの?」
「?」
「私、こんなことやってるんだよ」
「あー」
確かに、この話を母親が知ると少し面倒になる。
『それは本当に必要なこと?』とか『物事を広く見てほしい』だのそんな事を言ってくるだろう。
けど、なつきは母親ほど優しい気持ちは持ってない。
「確かに、母さんだったら色々言うだろうね。けど僕は何にも言わないよ」
「……え?」
「そりゃあ、色々と思うところはあるけど……」
多少気に障るのは事実だ。
ネットで知り合ったであろう人たちと会うのは出来ればやめてほしいし、医者になりたいという話はどこ行ったと思わなくもない。
しかし、それだけだ。
「それは僕の感情であって、姉様が求められている物は違う」
「…………」
「だって、もうこの人達と知り合って、音楽を作り続けてきたんでしょ? だったら作らないと」
「作って……良いのかな」
「いきなり作るのを辞めたら、無責任ってもんでしょ」
なつきはまふゆの顔色を伺いながら、話を続けた。
「もう姉様は曲を作ってる、そしてファンもいる。なら作らなきゃ」
「…………」
「ファンのみんなも、この人達も、ずっと待ってるよ? 姉様が、姉様達が曲を作るのを。難しく考える必要ないよ」
そう言って、なつきは優しく笑った。
「みとめて、くれるんだ」
「認めるも何も、もう『活動をして世間に広まっている』それが事実だよ。それは僕という個人が認めなくても、大多数は認めていると言う証拠だよ」
――そう、認められているのだ。
たとえなつきがどれだけ御託を並べようとも、その事実だけは動かない。
医者になるより先に個人の能力を認められ、ユニットとして活動をしている。それ以上でもそれ以下でもない。
ならば、それを応援しないなら何が弟だ。
「少なくとも、目の前にいる一人のファンは――そう思ってる」
「……ありがとう」
まふゆは優しく目を細め、
ぎゅ――っ
「きゅっ……」
なつきを抱きしめた。
「ぎゅーっ、よしよし」
姉の胸に包まれながら、彼女の心臓の鼓動がトクン、トクン、と聞こえてくる。
その音を聞いているだけで心が安らいでしまいとろけそうになるが、それを必死に押さえ、なつきは強引に胸を押して距離を取った。
「や、やめてって!」
「なんで?」
「恥ずかしいからだよ!」
「よくわからない」
「わかる努力をして! 姉の友達の目の前で、しかもバイト先で抱きしめられてるんだよ!」
顔を真っ赤にして怒っているなつきを見て、三人は微笑ましそうに笑った。
しかし姉であるまふゆは意味がわからずに首を傾げていた。
「そんなエキセントリックな事をする姉弟がどこにいるよ!」
「ここにいるでしょ?」
「…………」
「…………」
「「………………」」
(くっそう何も言い返せない)
□ □ □
その日の夜、なつきはニーゴの曲を聴きながら勉強に勤しんでいた。
「これがあの人達が作った……。才能って怖い」
ふと思い返してみると、あの人達は外注もせず、しかも学生という若さであのクオリティの音楽を作り出しているのだ。
正に天才と呼ぶにふさわしいだろう。
「姉様は……、きちんと結果を出してるんだね」
小さく、本当に小さく。なつきはそんな事を呟いた。
いつだってそうだ、何でもかんでもそつなくこなし、いつだって自分の先を歩んでいる。
そして……それがとても辛かった。
自分もこんなに努力しているはずなのに……と。
「…………」
不意になつきは、つけていた極薄の手袋を外した。
すると、手首に痛々しいナイフで刻まれたような傷跡が露出する。
――そして、なつきはそのままカッターナイフを取り出し、カチカチッと刃を出した後、
――――そのまま……、