朝比奈まふゆはブラコンである(荊棘の道は何処へ…執筆中)   作:エクソダス

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【~~~♪】

 

 

「――――!」

 

 

 カッターナイフがなつきの手首を切り裂こうとしたその時、先ほどまで流れていたニーゴの曲が止まり、

 突然知らない曲になった。

 

 

「……何? この曲」

 

 

 聴いたことがない曲だ。

 優しくもあり、何処か儚げで、とても静かな曲。

 

 ――こんな曲、プレイリストに入れたっけ。

 

 なつきは好奇心からか、カッターナイフを机に置いた後、外した手袋を付け直し……謎の曲が鳴っているスマホに手を伸ばす。

 

 

「……『Untitled』?」

 

 

 その曲名は、見たことも聞いたこともない曲名。

 しかもそれを歌っているのは、実の姉――()()()のように聞こえた。

 

 と、次の瞬間――、

 

 

「わっ、な、なに!?」

 

 

 突然、目の前が目映い白い光に包まれ、なつきの視界は真っ白になった。

 

 

 □ □ □

 

 

「……ん?」

 

 

 なつきが気がつくと、そこは灰色の何もない空間だった。

 

 

「ここ……は?」

 

 

 地平線がずっと奥まで続いており、ある物とすれば鉄骨やコンクリートブロック、それらが散乱している謎の場所だった。

 

 

「…………どこ?」

 

 

 なつきはあたりを見渡し、事の状況を整理する。

 ――何が起こった? 先ほどまで自分は勉強をしていて……。

【暇つぶし】をしようとした矢先に曲が流れて。その曲名を見た瞬間視界が真っ白になって……。

 

 

「なるほど……そういう事か」

 

 

 なつきは状況を完全に理解した後、

 

 

 

 

 

 

「これが○億年ボタンという物か――」

 

 

 

 

 

 訳のわからない解釈をしていた。

 

 

「ネットのデマだと思ってたら本当にあるとは……、しかも音楽の再生ボタンがトリガーって、自動再生にしてる人回避不可能やん」

 

 

 そんな事を考えながら、なつきは散策をし始める。

 本当に何もない空間だ。まるで海の水平線をずっっと歩いているような、そんな感覚に陥る。

 

 ――ここで○億年……か。

 

 

「…………」

 

 

 なつきは、その場にぺたりと座り込んだ。

 トクン、トクンッと自分の心臓が恐怖で早まるのを感じる。

 

 運動以外で心臓の鼓動が早くなるのはいつ以来だろうか。

 

 ――多分、あの遊園地の時以来かな? あの時は怖かったな。

 

 

 ………………

 

 

「……って、明らかにそんなレベルじゃねぇ!」

 

 

 なつきは妙に達観している自分に自分でツッコみを入れた。

 こんなところで○億年過ごすなんて冗談じゃない! なんとかして帰る方法を見つけなければ……。

 と、やっと事の重大さに気づいた、その時、

 

 

「ねぇ」

「ぇ? うわっ!」

 

 

 突然、後ろから女性の声が聞こえた。

 

 

「だいじょう、ぶ?」

 

 

 その女性の見た目は高校生くらいだろうか。

 背景に溶けてしまいそうな銀髪に、緑とピンクのオッドアイ。

 銀色のブラウスにフリルの付いたスカートを穿いている何処か浮世離れした少女だ。

 

 

「い、一応大丈夫、かなぁ?」

「……そっか」

 

 

 あやふやな返事をするなつきだが、特に気にせずに無表情を貫く銀髪の少女。

 その顔は何処か機械的で、まるで張り付いたような表情に見える。

 

 

「貴方……だれ?」

「それはこっちの台詞なんだけど……。僕はなつき、君は?」

「…………ミク」

 

 

 小声で、しかも無表情で聞き取れるかどうかの声で名乗る銀髪の少女――ミク。

 

 

(ミク? それって……)

 

 

 その名前に、なつきは聞き覚えがあった。

 確かバーチャルシンガーの名前だったはずだ。

 しかし、こんなバーチャルシンガーはいなかったと記憶している。

 

 

「ねえ君、ここがどこだか、わかる?」

「……ここは、『誰もいないセカイ』」

「誰もいないセカイ?」

「貴方を呼んだのは……わたし」

「君が?」

「うん……」

 

 

 ミクの言葉に、なつきは目を見開いた。

 

 

「なんで、呼んだの?」

「それは…………」

「………………」

「………………」

 

「「…………………………」」

 

 

 長い沈黙、本当に長い沈黙の後、ミクは言葉を紡いだ。

 

 

「呼ばなきゃ……いけない気がしたから」

「なにそれ……」

「呼ばなかったら、貴方が、消える気がした」

「…………そっか」

「うん、そう」

 

 

 話は全く続かない。

 しかし、何処か芯を抉るような彼女の言葉に、なつきは珍しく不快感を覚えた。

 

 

「じゃあちょっと聞きたいんだけど、僕が消えなかった……存在してたとして君に利点はあるの?」

「…………」

「僕は所詮凡人のフリをしたポンコツでね。僕が生きていても死んでいても君には利点も欠点もないと思うんだ」

「…………」

 

 

 全く言葉を返してはくれないが、なつきは言葉を続ける。

 

 

「教えてほしいんだ、君がどう感じ、何故その行動をしたのか。哀れに感じた? 無様に感じた? 惨めに感じた? 一体、どう感じた?」

 

 

 どこが怒気のような物をはらんでいるなつきの問い。

 

 

 

「なぁ、答えてよ。君には僕が、どう見えたんだ」

 

 

 

 

「…………」

 

 

 しかし、何を問いかけても、何を聞いても全くの無口。

 そこでふと我に返り、なつきは頭を下げる。

 

 

「……ごめん、別に君を責めたい訳じゃないんだ。許してほしい」

 

 

 そう言うと、なつきはポケットからある物を取り出した。

 それは、いろんな色が入ったグミだった。

 

 

「……なに、これ」

「え? グミだよ。知らないの?」

「……しらない」

「まぁ、食べてみて」

 

 

 なつきは袋を開け、袋の口をミクの方へと差し出した。

 ミクは恐る恐ると言った様子で手に取り、モキュモキュ……と音を立てながら食べ始めた。

 

 

「……おいしい」

「でしょ?」

 

 

 ミクの少し驚いた顔を見て、なつきはくすりと笑った。

 

 

「……もっと」

「あ、はいはい」

(なんか、僕より年上のはずなのに子供っぽい)

 

 

 上目遣いで要求してくるミクに、そんな失礼な事を考えていた。

 その時、

 

 

「……なつき?」

 

 

 後ろから聞き慣れた声が聞こえ、その声の主がいる方を見ると。

 

 

「まふゆ姉!」

 

 

 実の姉、まふゆの姿があった。

 なつきは無意識にかけだし、まふゆに抱きついた。

 

 

「きゅっ……」

 

 

 まふゆはよろけそうになるが、その場になんとか踏みとどまる。

 

 

 

「珍しく、甘えてきたね」

「あ、あれ……僕」

 

 

 無意識。

 完全に無意識だった。なぜかまふゆを見た途端身体の力がすっと抜け、まふゆに倒れるように抱きついていた。

 

 無理もない、突然誰もいないところに放り出されて、機械のように無表情な女と二人っきりだったのだ。不安にもなる。

 

 

「ご、ごめん姉様」

「ううん、いいよ」

 

 

 いつものように抱き寄せ、頭を撫でてくれるまふゆ。

 いつもは恥ずかしいのに、いつもより安心するような、心臓の鼓動がゆっくりと正常な早さになるのを感じた。

 

 

「よし、よし」

「……ふぇ」

 

 

 ――もうちょっとだけ、このまま。

 そう思った矢先、何処かから視線を感じた。

 だが、その視線は決してミクの物ではない。

 

 

「うっわぁあ……、姉弟なのにだいったん。キスか? もしかしてキスするのか?」

「ちょちょっと、瑞希、そんなに大声出さないでよ! 気づかれるでしょ!」

「……(じー)」

 

 

 その視線を感じ、なつきは真っ赤しながらまふゆを突き飛ばした。

 

 

 □ □ □

 

 

「ねえねえ、弟くーん? さっき自分から抱きついて――」

「抱きついてません」

「さっき姉様じゃなくて『まふゆ姉』って聞こえたような?」

「言ってません」

「さっき顔真っ赤にしてたよね? 弟くん?」

「してません」

「ここにお姉ちゃんがいなくて寂しかったのよねぇ?」

「寂しくありません」

 

 

 現在、なつきは瑞希と絵名の二人にこれでもかと言うほどいじられていた。

 おそらく、二人としてはいつも無表情で愛想がないまふゆと比べ、彼の達観しながらも年相応の振る舞いが気に入ったのであろう。

 

 

「え、ええっと。こんな所に来たら誰だって不安になると思うよ?」

「……優しいですね。奏さん」

 

 

 そう言って、なつきは奏の後ろに隠れた。

 

 

「なんかさぁ、まふゆがブラコンになった理由がわかった気がする」

「ほんとそれ、うちの弟もこの子くらいかわいげがあったらなぁ」

 

 

 

 そんな会話を楽しんでいる絵名と瑞希をよそに、なつきは奏の後ろから睨むように見つめていた。

 

 

「と、とにかく! 今スマホに流れている音楽を止めれば出られるんですね!」

 

 

 なつきはポケットからスマホを取り出し、絵名と瑞希に見せつける。

 

「それはそうだけど、良いのかな~。ここにいたら二人っきりで甘えれるかもしれないのに~」

「瑞希? その子は多分『見られながら』で甘えるのが好きなのよ」

「ほぉぉ、なるほどなるほど、ませてるねぇ」

「ませてるわねぇ」

 

「~~~~ッッッ!! キライッッッ!!!」

 

 

 顔を真っ赤にし、まるで子供のような罵声を二人に浴びせ、なつきはこのセカイから去った。

 

 

「……珍しい、逆ギレした」

「逆ギレって、本人の前では言わないであげてね……?」

 

 

 無表情でぼそっと呟くまふゆに、奏は苦笑を浮かべた。

 

 

「あ-、いじったいじった!」

「休憩できたし、そろそろ作業に戻りましょうか」

 

 

 と、二人が現実世界に戻ろうとしたその時、

 

 

「――ちょっと待って」

 

 

 珍しく、まふゆが止めに入った。

 

 

「なに? 弟をいじめんなとかそういう話? ボク達はべつに――」

「違う、そういうのじゃない。絵名に、聞いてほしい悩みがある」

「……わたしに?」

 

 

 □ □ □

 

 

「……ん」

 

 

 次に気がつくと、そこは見慣れた自分と姉の部屋だった。

 まふゆは机の上で音楽を聴いたまま、動かない。

 

 

「夢……なわけないか」

 

 

 ポケットにあったはずのグミがなくなっているのを確認し、小さくため息をついた。

 そして、ぽつんと置かれたカッターナイフを見つめる。

 

 

 ――呼ばなかったら、貴方が、消える気がした。

 

 

「……全くもう、興が削がれたよ」

 

 

 なつきは苦笑いを浮かべ、カッターナイフを元の場所に戻した。

 と、次の瞬間、

 

 こんこん――ッ。

 

 突然、この部屋をノックする音が聞こえてきた。

 おそらく母親だろう。

 なつきは目の前に広がっていた勉強用具をいったん閉じ、扉へ向かった。

 

 

「なに?」

「ごめんね、勉強してた?」

「うん、でもキリついたところだからいいよ」

「それなら良かったわ。そういえば、今日模試だったのよね? どうだった?」

 

 

 ――なるほど、それを聞きに来た訳か。親はそういうのを知りたがる物だ。

 なつきは机の横にかけてあるリュックから模試を取り出し、母に渡した。

 

 

「はい」

「まぁ、全部満点! 頑張ったわね」

 

 

 そう言って、母は微笑みを浮かべる。

 しかし、なつきは何処か不満げであった。

 

 

「別に、想定されるであろう問題で、想定されるであろう答えを出しただけだよ」

「それでも、これだけ出来ることはすごい事よ? 流石自慢の息子ね」

「こんな物に正解しても意味がない。文字通り模擬の試験。ただの練習、紙の上の遊び」

 

 

 不満げに母親から用紙を取り上げ、ぐしゃぐしゃに丸めてゴミ箱に放り投げた。

 

 

「こんなもの、実践では何の役にも立ちはしない。重要なのは本番でそれをどこまで『最適に、そして最短に出来るか』それだけだよ」

「…………」

 

 

 なつきにとっては、所詮家族とは関係ない他人を扱う仕事だ。

 他人の命がどうなろうと知ったことではないが、悪評が付いたら母親や父親、姉にも危害が及ぶ。

 だからこそ完璧に、そして最適な方法で仕事を全うし、『仕事が出来る人』でいる必要がある。

 

 ――『良い子』でいるために。

 

 

「それじゃあ、勉強に戻るから」

 

 

 なつきが母親との話を終わらせ、扉を閉めようとした。

 ――その時、

 

 

 ぎゅ――ッ

 

 

「きゅっ」

 

 

 突然、なつきは母親に抱きしめられた。

 

 

「ずっと、良い子でいてくれてありがとうね」

「……かあ、さん?」

「けど、怖いの。なつきがどんどん壊れていっているようで……。お願いだから、無理はしないで……」

 

 

 そう言いながら、母親は涙を流していた。

 なぜ涙を流しているのかは、わからない。

 しかし、なつきは恥ずかしそうにしながらも、抱きしめ返した。

 

 

「……ありがとう、母さん」

 

 

 

 □ □ □

 

 

 突然だが……――も・う・一・度! 本来の姉弟関係の常識を確認しておこう。

 普通だったら姉弟の部屋というのは別々だ。子供の頃は一緒かもしれないが、歳を重ねるごとに一人部屋がほしいと感じるようになる。

 そして、仮にもし同じ部屋だったとしても、ベッドは流石に別々だ。

 もしベッドが一つしかないとしたならば、姉がベッドを使い、弟はソファーやどこかで寝かせるのが姉弟という物だろう。

 

 

「ぎゅーっ」

 

 

 しかし、「で?」と言わんばかりの表情で、まふゆはなつきと同じベッドで寝転び、抱きしめていた。

 

 

「……姉様、苦しい」

「…………」

「離して……」

「………………」

「まさかの無視」

 

 

 なつきは盛大にため息をつきながら、ゆっくりと目を閉じた。

 そんな姿を、まふゆはじっと見つめていた。

 

 

 □ □ □

 

 

「それで、話って何よ」

「絵名は、弟が勉強してるときにカッターナイフみたいな音聞いたことある?」

「は?」

 

 

 意味のわからないまふゆの言葉に、絵名は首を傾げた。

 

 

「……どういう、意味?」

「なつきが勉強している時、そんなカチカチって音が聞こえるの。でも特に机には切った形跡が無くて……。よくわからなくて」

 

 

 その話を聞いた瞬間、嫌な予感が三人の頭をよぎった。

 

 

「それ、ホント?」

「うん」

「カッターみたいな音は聞こえるけど、その跡はない」

「うん」

 

 

 再度確認する奏だが、その答えはYES一つ。

 ――ありえなくもない、あの母親なら、姉であるまふゆがこうなってしまうほどひどい家庭環境なら……、可能性は十分にある。

 

 

 

 

 

「これは……結構やばいかもねぇ」

 

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