朝比奈まふゆはブラコンである(荊棘の道は何処へ…執筆中) 作:エクソダス
「すぅ……すぅ……」
「どうだった、弟と話してみて」
祭りの外れにあるベンチ。
なつきが疲れて眠ってしまったため、まふゆは彼に膝枕をしながら、三人に問いかけた。
「どう、っていわれると困るけど。とっても良い子だなとは思ったわ」
「僕も同意見かな、後考え方が独特で面白いなぁって感じたよ」
「あ、それ私も感じた。でも何処か共感できる考え方だったわ」
絵名と瑞希の言葉を聞いて、まふゆはふっと息を吐いた。
「そう、あの子は良い子」
「……良い子って姉であるあんたが言うのね」
彼はまるで蛇のように相手の心の内に入り込み、相手を優しく包む。
その行動はまふゆと違って『偽り』ではなく彼の人柄。決してまふゆにはまねできるものじゃない。
良い子だから誰にでも優しく接するし、良い子だから誰にでも真面目に向き合う。
――まるで狂気的なほどの良い子だ。
「けど、良い子だからこそだめなんだよね?」
「…………」
瑞希の先取りするような言葉に、まふゆは頷いた。
「あの子は、自分の弱音は決して他人には吐かない、良い子だから」
「そうなんだよねぇ。明らかに自分からは言ってくれないだろうねぇ」
難しいなぁ、と瑞希はうなり声を上げた。
良い子というのは、自分の弱いところは決して他人には見せない。
なぜなら、それを弱いところを見せると言うことは、見せたものに気を遣わせてしまうという事。
――強引に聞き出しても、かえって『気を遣わせてしまっている』とストレスを与える事となる。
「奏はどう? 何かなつきくんと話していて気になった事ってあった?」
絵名は、先ほどから何も話していない奏に話題を振った。
「……あのね、私が不意に『絶対、君も救うからね』って言ったときに」
「いった、時に?」
『まだ、僕は救ってほしいように見えてるんだね』
「って、いってた」
「……どういう意味?」
「……わからない」
その言葉の真意はわからない。
しかし、奏にはその意味深な言葉が引っかかってならなかった。
――まるで、まふゆとは違い、『救ってほしい』なんて思っていないかのような言い方だった。
□ □ □
(やっぱり、直接聞くしかない)
勉強をしているなつきの後ろ姿を見ながら、まふゆはそう決心し、なつきに話しかけた。
「ねぇ、なつき」
「……なに? 姉様」
「最近隠している事、ない」
「隠している事?」
なつきはその言葉に疑問を感じながらも、思考を巡らせる。
「……ない、と思うけど」
「本当に?」
「別に最近変わったこともなかったし、何かあったかな……」
考え込んでいるなつき。
眉の動き方、口元、瞬きの数、全体的な仕草。どれもいつも通りで、嘘をついているようには見えない。
「じゃあ、私に話してないことは?」
「急に何? 姉様」
「別に」
「そっか」
なつきは少しうなった後。あっ、と思い出したかのように目を見開いた。
「そういえばあった、言ってないこと」
「……それは何?」
「たいしたことじゃないよ、ちょっと精神的に病んでるって医者に言われちゃってさ」
そう言って、薄い手袋で包まれた手袋パンッと引っ張った後、赤いカッターナイフを見せた。
「『リストカット』? って言うんだって。精神的にやばいらしいよ」
「……大丈夫?」
「大丈夫、姉様ほどじゃない。傷口はケアしてるしね」
へらへらという彼に、ほんの少しだけ……まふゆはほっとした。
リストカットの話を聞いたときは驚いたが、どうやら傷口のケアは行っているらしい。
――やっぱり、この子は聞けば話してくれる。
「辛いことがあったら、いつでも言ってね」
「……姉様がそれを言うか」
なつきは苦笑を浮かべた後、ぼそっと呟いた。
「思い出した事だし、母さん達にもご飯の時に話そっと」
□ □ □
「昨日二人はお祭りに行ってきたのよね? どうだった?」
家族そろって食事をしているとき、母親がそんな事を訪ねてきた。
「楽しかったよ、良い気分転換になったと思う」
「……まぁ、問題にならない程度には息抜き出来たかな」
相変わらず、優等生で答えるまふゆと、何処か引っかかる言い方をするなつき。
「そうか、良かったな。父さんも行きたかったよ」
「それで? どんな子達と行ってきたの?」
母親のいつものような問いに、なつきが答えた。
「姉様の友達と行ってきたよ」
「そうなの、良かったわね。ねぇ、その子って勉強――」
「母さん」
言いかける母親を、なつきが止めた。
おそらく勉強が出来るかどうかを聞いたのだろう。
「姉様がどんな交友関係を持ってても別に良いでしょ? 年頃の娘に交友関係を問い詰めるのはどうかと思うよ?」
「でも、お母さんはね? 心配なの」
「? お母さんは姉様が悪い人たちにホイホイ付いてって仲間になるような悪い子だと思ってたの?」
「そ、そんなわけないでしょ!」
「そうでしょ? だったら詮索しない。母さんが思うほど姉様は子供じゃないよ」
そんな会話を聞き、父親は「はは」と笑った。
「全く、最近なつきには敵わんな」
「僕は事実を並べただけ」
そう言って、なつきは牛乳で口元を湿らせる。
最近のなつきはいつもそうだ。母親が詮索をしようとすると、何かとごまかしてくれる。
「ところで、父さん、母さん。ほんの少しだけ話があるんだけど」
「なに? なつきが自分からなんて珍しいわね」
何処か不思議そうにする母親と父親。
そんな二人をよそに、なつきは一枚の紙を差し出した。
――【診断書】。そう書かれた紙には病名と詳細が書かれており、その内容は重度のうつ病を示す物だった。
そして、そこには『リストカットを頻繁にしている』という記述もしっかり記載されていた。
その診断書に、両親は驚きの表情を見せた。
「これ……ホントなのか?」
「うん、僕にはよくわかんないけど。これがリストカット? っていうのの症状なんだって」
そう言って、なつきは薄い手袋を両手とも取り外し、手首を見せた。
「ひっ……!」
その瞬間、母親が小さな悲鳴を上げた。
そこには前腕部分にびっしり切り刻まれた形跡があり、見るに堪えない跡があった。
「あー、大丈夫だよそんなに深くないから。お医者さんが大げさなだけだよ」
怯える両親を余所に、なつきは手袋をした後笑って見せた。
その表情は全くの曇りのない笑顔。
優しいなつきの笑顔。
家族が見慣れた可愛らしい笑顔。
――そのはずなのに、今の彼の笑顔はとても狂気的に見えた。
「なつ、き……」
恐怖からか、あのまふゆでさえも身体を震わせ、地面に膝をつく。
「姉様まで、どうしたの? 何か変だよ?」
「どう……して……」
「だって、誰も気がつかなかったじゃん」
そのなつきの静かな言葉に、その場にいる全員が何も言えなくなった。
――そう、彼は言わなかっただけなのだ。
いつも気がついてくれるから、いつも気にかけてくれるから。自分から言う必要は無いと。
「友達と遊んでたときも『友達は選べ』って教えてくれたし、小説家になりたいって思ってたときも『医者』って勧めてくれたじゃん」
なつきは首を傾げながらも話を続けた。
「その時は辛かったよ? いろんな友達と喋りたいのにって。小説家になりたいのにって、とっても辛かったよ? でも、僕が間違ってるんでしょ?」
「なつ、き」
「自分の友達を学力だけで計られて、とっても悲しかったし嫌だったよ? 何百作品と小説を書いたパソコンを『いらない』って捨てられて、とってもとっても苦しかったよ? けど、僕が間違ってるんでしょ?」
まるでいつものように話すかのように、怒りも出さず、悲しさも出さず、彼は淡々と話す。
「いつもは気づいてくれるのに、そんなところまで教えてくれるのに。僕が傷ついても『全く気がつかなかった』じゃん」
ねぇ、どうしてそんな顔をするの?
僕、母さん達の望むことはぜーんぶしてるよ?
ねぇ、良い子でしょ?
良い子って言ってよ。