朝比奈まふゆはブラコンである(荊棘の道は何処へ…執筆中) 作:エクソダス
「……あれ? まふゆは?」
ニーゴのたまり場である誰もいないセカイで、絵名はそんな事を口にした。
今この場には、ミクを含めた合計四人しかおらず、まふゆだけが見当たらなかった。
「まふゆなら、『今日はこれそうにないっ』って言ってた」
まふゆを探している絵名に、奏がまふゆからの伝言を伝えた。
「そう、それって多分……」
「十中八九、なつきくんの事だろうね。直接聞いてみるとかなんとか言ってたし」
瑞希は頭をかいた。
「まぁ、これ以上僕達が口出しするのは野暮だよ。あとはまふゆに任せよう」
「……そう、だね」
「そんなに心配そうな顔しないでよ奏、きっとなんとかなるよ」
作り笑いでヘラヘラと笑う瑞希だが、奏はずっと悲しそうな表情をしていた。
「……出来れば、早く元気になってほしいわね」
誰にいうでもなく、絵名はそう呟いた。
彼は珍しく、才能という言葉にだまされず、絵名をまっすぐ見てくれる少年だった。
だから、もっと話してみたい。まだほんの少ししか話していないのだから……。
□ □ □
「――ひどいと思わない? ちょっと伝えるの忘れたからって父さんも母さんもあんな『世界が終わる』ような顔しなくても良いだろうに……」
「…………」
まふゆとなつきの布団の中、二人はいつものように一緒に横たわっていた。
「ごめんね……なつき」
「?」
不意に謝罪の言葉を告げられ、なつきは不思議そうに目を丸くした。
「ごめん、なにが?」
「わたしが……もっと早く気づいていれば――」
「……?」
「もっと早く、なつきに寄り添ってあげる事が出来てたら……。本当にごめん」
まふゆは、何度も何度もなつきに謝罪の言葉を口にした。
もっと、もっと迅速に行動をしていれば、彼は『リストカット』なんてふざけた行為しなかったかもしれない。
もっと親身になってあげていれば……彼は壊れなかったかもしれない。
――これは姉としての責任だ。詫びて、詫びきれる物じゃない。
「いや、姉様は僕が忘れてた時、すぐに『言ってないことない?』って気づいてくれたじゃん。姉様の悪い事なんてひとつもないよ?」
「…………」
先ほどから、話がかみ合わない。
おそらく、なつきには自覚がないのだろう。
あの時はただ、普通に家族と話しただけと、そういう感覚なのだろう。
『傷に気がつかなかった』それは彼にとっては『当たり前』その当たり前を口に出しただけ、そんな感覚なのであろう。
――まふゆは、姉弟だからこそ彼の考えは手に取るようにわかる。だからこそ胸が張り裂けそうなほど辛い。
――弟に、『当たり前』と思わせるほど追い詰めてしまったことが。
ぎゅ――
「きゅ……」
気がつくと、まふゆはなつきを抱きしめていた。
その瞬間、なつきの顔がむにゅ……っと柔らかく優しい感触に包まれた。
□ □ □
「――はい、失礼します」
「……ん?」
なつきは、次の日まふゆの声によって目が覚めた。
まふゆは手にスマホを持っていて、誰かと話しているようだった。
「姉、様? 誰と話してたの……?」
「中学校の先生」
「……?」
姉様が中学校の先生に……? 頭が上手く回らず、なつきは首を傾げた。
「なんの、話してたの……?」
「欠席の話」
「欠席……? 誰が?」
「なつきが」
「そっかぁ……」
なつきは眠たそうにそうほわほわと言った後。
「って、ええええぇぇぇえええええ――――ッ!!」
朝っぱらにもかかわらず絶叫した。
突然の叫び声に、まふゆは無表情のまま耳をふさいだ。
「ど、どうして!?」
「大丈夫、私も休んだから」
「何も良くない!? っていうか問題が一つ増えた!?」
予想外の発言二連撃目に、なつきは目を白黒させた。
「僕別に熱とか出してないけど?! もしかしてまふゆ姉が風邪引いた?」
「なつき、口調」
「はっ――。……姉様が風邪引いた?」
なつきは咳払いをした後、まふゆの額に自分の額をくっつける。
しかし、特に熱がある様子はない。
「……? まさか昨日謝ってたのって、今日の強引に休むから?」
「?」
なつきはそんな勘違いをしているようだが、まふゆは『まあそれでいいか』と首を縦に振った。
「そう」
「うっわ、初めて姉様が『横暴な姉』に見えた」
□ □ □
そんなこんなで、なつきとまふゆは通勤ラッシュが終わった妙に人が少ない道を歩きながら、なつきは口を開いた。
「それで? 姉様。『学校休んで出かける』という青春みたいな事をして、どこに行く気?」
「……みんなが笑顔になれる場所」
「みんなが笑顔になれる場所?」
「すぐにわかる」
そんな話をしながらも、二人は今日の目的地へと到着した。
「遊園地?」
そこは、『フェニックスワンダーランド』と呼ばれる遊園地であった。
いろんな模様のブロックが置いてあったり、カラフルな機関車が走っていたり、楽しげのある場所だ。
「ここが、みんなが笑顔に慣れる場所?」
「そう、入ろう」
なつきはまふゆに強引に手を引っ張られ、久しぶりに遊園地の中に足を踏み入れた。
「それで? 姉様。何から乗る?」
「……何も疑問に思わないんだね、急にこんな所に来てるのに」
「もう休んじゃったし、気にしても仕方ないからね。それに姉様と一緒に遊べるなら、学校の授業なんてポイポイしてやるさ」
そう言ってヘラヘラと笑うなつきを見て、まふゆもくすりと笑った。
「そっか」
「それで? 何から乗るの?」
「…………なつきの乗りたいのから」
「OK、ノープランなのね。だったらゴーカートから乗ろうよっ」
そう言って、なつきはゴーカートの待機列を指さした。
□ □ □
そうして、二人は勉強の事は一旦忘れ、フェニックスワンダーランドを満喫した。
ゴーカートに乗ったり、ジェットコースターに乗ったり、お化け屋敷に入ったり、ただ無意味に走り回ったり。
まふゆは終始無表情を貫いていたが、なつきはとても楽しそうにしていた。
「いやー、久々に来ると楽しいねここ。前は母さんと一緒に来たっけ?」
「うん、そうだね」
「あの時の母さんはただの毒親ムーヴだったなぁ。『お母さんの言うことを聞く良い子だったら』とかなんとか言っててさ。全部僕らに責任転嫁かよってね」
そして、二人は最後に観覧車に乗っていた。
「なつき、今日は楽しかった?」
「不思議な事を聞くね、姉様は。僕は姉様と一緒で楽しく無かった事なんて一度も無いよ」
「そういうのじゃなくて、貴方自身が楽しかったかどうか」
まふゆは今まで聞かなかったことを聞いた。
彼は自分といるといつも楽しそうにはしてくれるが、それは全て幻なのかもしれない。
彼の狂った笑顔を見たとき『本当は姉が嫌いなんじゃないか』と不安になった。
――だって、今まで弟の異変にも気がつかない無能なお姉ちゃんだから。
「姉様、ちょっと勘違いをしてるよ」
「え?」
「こういう場合は、自分が楽しむのも大事だけど。それだけじゃだめなんだ」
窓から外を見ながら、なつきはそんなことを言った。
「勿論、僕個人としても楽しかったよ。でも姉様がいないとそんなに楽しく無かったと思う」
「…………」
「いい? 姉様。遊園地って言うのは『誰と行くか』だよ」
「そう、なの?」
「うん、だって、家族連れは気恥ずかしいし、男同士は空しい」
突然、なつきは変なことを語り始めた。
「結局遊園地で生存が許されるのは、百合百合してるJKか彼女持ちって言う特権階級だけだよ」
「何それ」
「よく知らない、友達が言ってた事だから」
「それじゃあ、なつきは私とここに来るのは気恥ずかしいの?」
「いや別に、むしろ姉様が来なかったら、僕はここに来てないよ」
そんな話をしながら、なつきはくすりと笑った。
「まあとにかく、僕は十分楽しかったって言いたいんだよ。姉様とも久々に遊べたしね」
「……そっか」
いつもの優しい笑顔を見せるなつきをまふゆは優しく頭を撫でた。
今まで姉として彼のSOSに気がつけなかったのは決して許される事じゃない。
けど、彼はいつだって楽しそうに、姉であるまふゆを見つめてくる。
――もう、目を離さないから。
彼の優しい笑顔を見ながら、まふゆはそう誓った。
□ □ □
二人が家に帰ると、両親が深刻そうな顔をしており、「話がある」とお茶の間で家族会議が行われた。
「お母さん話って何?」
いつも通り、いきなり優等生モードになるまふゆに苦笑しながらも、なつきは手を上げた。
「我々は! ちょっと遊んでただけであります!」
おそらく、学校に行かなかったことについて怒っているのであろうと察したなつきは、最初に言い訳になっていない言い訳をした。
しかし、怒っていると言うより、二人とも深刻そうな顔をしていた。
「なつき、よく聞いてね」
「う、うん」
「中学校を卒業したら、高校には行かないで」
「ど、どうして……?」
訳がわからない。と言った様子で目を見開いているなつき。
「それは、診断書を見て、父さん達がそうすべきだと判断したからだ」
「だからそれがなんでって聞いてるの! なんでそんな――」
なつきは、大声を張り上げて猛抗議する。
「ほら、この間の模試だって満点だったんだよ? 勉強だっていっぱいしてるし、人間関係だってひどくないはず……」
「…………」
「お、大げさに考えすぎだよ。だって今までだって問題なく頑張れたんだもん。これからだって……」
「なつき」
その瞬間。優しい声で母親がなつきに近づき、
――彼を抱きしめた。
「もう、いいの」
「…………もう、いい?」
「もう……頑張らなくて良いの」
「なん、で?」
震えているなつきの頭を、母親は優しく撫でた。
「あんなに抱え込んでるなんて、知らなかったわ……。ごめんなさい」
「かあ、さん……」
「ずっと……辛かったのよね。ずっと、苦しかったのよね……?」
「ぼ、僕は……医者に……ならな、いと……」
「大丈夫、もう頑張らなくて良いの……。無理をしなくて良いの……。一回、休みましょう? ね?」
母親は、泣いていた。
おそらく、かなり今回の出来事が堪えているのだろう。母親は身体を震わせ、泣いていた。
まふゆも、なつきを安心させるように、彼の背中をさすった。
□ □ □
「そんなことが……」
誰もいないセカイで、ニーゴの全員はまふゆから一部始終を聞いた。
「とりあえず、よかった。でいいのよね」
「とりあえずは良いと思うよ? あとは彼のメンタル回復次第だね」
「みんなには、迷惑かけたね」
まふゆは、ニーゴの全員に頭を下げた。
そんなまふゆを見て、あわあわと慌てる奏。
「わ、私達もなつきくんが心配だったから……」
「……ま、ある程度はね」
「なんにせよ、一旦一件落着だね」
よかったよかった、と胸をはる瑞希。
そんな中、奏は辺りを見渡した。
「そういえばまふゆ、なつきくんが『みんなここに集めて』って言ってたんだよね?」
「うん、そう」
「なつきくん、何のよう?」
「……知らない、突然言ってきたから」
そんな話をしていると、なつきがやってきた。
「お待たせしました、皆さん」
その手には、何故か袋のような物を持っていて、何処かすごい剣幕で四人を見つめていた。
「な、なによ。いきなり睨んできたりして……」
突然なつきに睨まれ、困惑する絵名。
「僕は貴女達を認めない」
「「「「え?」」」」
なつきの謎すぎる発言に、まふゆでさえも目を丸くした。
「ど、どうしたの弟君?」
「ふんっ」
瑞希の問いには全く耳を貸さず、なつきは袋からある物を取り出し、まふゆ以外の三人にそれを渡した。
「これは……」
「……ドーナツ?」
それは、何の変哲も無いドーナツだった。
「貴女達にそれが、食べられますか? まあ食べれないでしょうね」
恐ろしい形相で意味不明なことを言っているなつき。
そんななつきに、三人はますます困惑した。
「と、とりあえず。食べれば良いのかな? いただきまーす」
よくはわからないが、とりあえず食べることにした瑞希。
それに釣られるように、奏と絵名が食べ始める。
「うん、おいしいねっ!」
「そうね、いつもと何の変わりの無い。あのお店の味……」
「……(もきゅもきゅ)」
三人が思い思いに、自分の感想を口にする。
「認めざる、を得ない……!」
その瞬間、なつきはその場に項垂れた。
「ああもうっ、何が言いたいのよアンタ!」
□ □ □
なつきの話はこうだ。
遊園地の時、姉がネットで知り合ったこの三人と一緒いる時の方が楽しそうで、むかついた。
――なので試すことにした。
「……つまり、話を要約すると――」
「はい、姉様」
「ネットで知り合ったこの三人に嫉妬した、と」
「その通りです姉様」
こくりと頷くなつきに、まふゆはため息をついた。
「そんなことないのに」
「だって、そう見えたんだもん……」
その場にあぐらをかき、ふて腐れるなつき。
「それで? なんで試す手段がドーナツなの?」
「普通、突然食べ物を持ってきたら毒が入ってるかもとか考えるでしょ?」
「いや、別に考えないと思うけど……」
どこか苦笑を浮かべる奏。
「あははっ、やっぱり独特で面白いね弟君はっ」
「で、でもっ! 少しは警戒したんじゃないんですか! だっていきなり『認めない』って言う人がドーナツ持ってきたんですもん!」
「いやぁ、困惑はしたけど警戒はしなかったかなぁ」
瑞希はへらへらと笑いながら、言葉を続けた。
「むしろ怒ってる表現を上手くできない感じが、かわいかったかなぁ」
「「それは、そう」」
「――ッ! やっぱりきらい! これからも姉様をよろしくお願いします!」
なつきは顔を真っ赤にして、誰もいないセカイを後にした。
「相変わらず、可愛い子ね」
「自慢の弟」
「ねぇ、一回うちの弟と交換してよ」
「絶対に嫌」
まふゆは絵名にそう言った後、くすりと笑った。
「それじゃあ、私も戻るから」
□ □ □
「ふぅ……」
現実世界に戻ると、まふゆは小さく吐息を吐いた。
今回、なつきの異変に気づくことが出来たのは、ニーゴのみんなのおかげだ。
――また今度、何かみんなにおごってあげよう。
「なつき、そろそろ寝よ――」
まふゆは、なつきの方を向いた瞬間、言葉を失った。
なぜなら、
弟の身体
――あ……あ……あ、あぁ…………。
動いていたんだ。
話していた。
笑っていた。
ほんの一瞬前には……。
生きていた。
遊園地でいっぱい笑って。
家族のみんなの前で泣いて。
友達の前で嫉妬して怒って
そんな素振り――――無かったのに。
ほんの少し……
目を離した隙に…………
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」