朝比奈まふゆはブラコンである(荊棘の道は何処へ…執筆中)   作:エクソダス

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「…………」

 

 

 奏は、力なく横たわっている少年の頬を優しく撫でた。

 しかし、少年は何も反応せず、ただ虚空を見つめているような目をしたまま動かない。

 

 

「もう一ヶ月、か」

 

 

 誰にいうでもなく、奏はそう呟いた。

 彼が自殺未遂をしてから約一ヶ月、幸い医者を目指しているまふゆが近くにいたこともあり、一命を取り留めたが。生きているだけで意識のない植物状態。

 

 

「…………」

 

 

 奏の頬を、無意識に透明な雫がつたう。

 もう一ヶ月だ、植物状態の人間は日にちを追うごとにもう二度と起きなくなる確率が上がっていくという。

 

 ……もしかしたら、本当に二度と……。

 

 

「っ」

 

 

 奏は頬をつたっていた自分の涙を拭った。

 自分が悲しんでもどうしようもない。今一番辛いのは間違いなく自分ではないのだから。

 

 

『ちゃんとご飯、食べなきゃだめですよ? ね?』

 

 

 彼の、優しい言葉が脳裏に蘇る。

 いつでも優しくて、いつでも自分を気にかけてくれた彼。

 どんな時でも良い子で、やるべき事を真っ直ぐ見ていた彼。

 そして、自分が悩んでいるとき、一生懸命に力になってくれた彼。

 

 

「……くそっ」

 

 

 それに比べて、自分はどうだ?

 こんな状況になっても、結局彼を救えてないじゃないか。

 

 

 ――奏は、ただ静かに……自分の唇をかみ、口元から赤い液体を流れさせた。

 

 

 □ □ □

 

 

「……はぁ」

 

 

 絵名は自分の今書いている絵を見ながら、小さくため息をついた。

 

 

「……こんなもんでいいかしらね」

 

 

 絵名は筆を置き、ベッドにゆっくりと腰をかけた。

 最近、妙に筆が乗らない。ニーゴとしての絵を完成させなきゃならないのに……。

 

 

「……なんっにも、考えられない」

 

 

 しかし、この感覚はスランプとは少し違う。

 まるで何もやる気が起きないような、脳内が動いていないような……そんな感覚だ。

 

 

「こういう時だから、頑張らないといけないのに……」

 

 

 まふゆが辛いときだからこそ、自分は胸を張って彼女を引っ張っていかなくてはならない。

 わかっている、わかっているはずなのに……身体が動かない。

 

 

「あー、もう! なんで私がなつきくんが死んで悲しんでるのよ! アンタはそんなに話したことないでしょうが!」

 

 

 絵名は両手で頬を叩き、気合いを入れた。

 

 

「そうよ! こういうときにこそ頑張らないといけないわ! みんなが沈んでるこういうときこそ!」

 

 

 絵名が大声で気合いを入れた。

 次の瞬間、

 

 

 ――ぐぅぅううう……。

 

 

「…………」

 

 

 突然、絵名のお腹の音が鳴り響いた。

 そういえば、最近おやつになる間食をしていなかった気がする。

 この間の喫茶店も結局、居づらくて何も注文せずに帰ってしまったし。

 

 

「こういうときは、何か甘い物でも買いに行きましょう。よしっ、いつものあの店に……っ」

 

 

 出かけようとした矢先、絵名の足が止まった。

 

 

「そっか……。あの店の味。もう食べられないんだ」

 

 

 □ □ □

 

 

「あ~~、あ」

 

 

 瑞希は自分の布団に包まりながら、足をパタパタと動かした。

 

 

「みんな、相当なつきくんの件が応えてるなぁ」

 

 

 瑞希はヘラヘラと、作り笑いを浮かべながらそういった。

 最近、ニーゴの活動時間が極めて短くなっている。なので、mv担当の瑞希としては暇なのだ。

 

 

「こういう時は、可愛い服でも見に行くのに限るねっ」

 

 

 そう言って、瑞希はベッドから立ち上がった。

 

 

 

『そういえばさ、瑞希も言われてイヤなら、学校くらい普通の格好でこれば良いのにね』

『それは思うなー、他と違うとみんなも気になっちゃうしね』

 

 

 ふと、瑞希の頭が無意識にそんなことを思いだし身体が自然と止まった。

 

 が、

 

 

『焼きそば』

 

 

 その少年の一言を思い出し、瑞希は吹き出した。

 

 

「あははっ、そういえばあの子くらいかな。僕のことを全肯定してくれる人」

 

 

 あの時は笑いが止まらなかった。

 まるで『心底どうでもいい』と言わんばかりに瑞希の性別は気にせず、自分を自分としてしっかり見つめてくれた。

 

 しかもそんなサバサバしているわりに繊細で、ちょっとからかったらすぐに顔を真っ赤にする。

 

 

「そうだ、彼が起きたら女装させてみようかな。きっと面白い反応が返ってくるぞぉ」

 

 

 瑞希は、いたずらっ子のように不敵に笑った後、表情を消した。

 

 

「けど、僕は弟君を肯定するどころか……。気持ちに踏み込むことすら出来なかったんだよね」

 

 

 瑞希は無意識に拳を握った。

 まずいと察知できていたはずなのに、危険な状態だと理解できていたはずなのに……。

 

 彼の優しさに甘え、深く追求できなかった。

 

 

「お祭りのあの時、彼は僕を肯定してくれたのに……」

 

 

 何故聞かなかった。

 何故聞けなかった?

 自分だけが満足して、自分だけが彼の肯定にうれしくなって……なぜその感覚を彼と共有しようとは思わなかった?

 

 何故、あの時彼の心を深掘りし……肯定しようともしなかった。

 

 

 

「……ちくしょう」

 

 

 □ □ □

 

 

「ふっ……ふぁ……っ」

 

 

 自分と弟の部屋で、まふゆは大きく欠伸をした。

 ニーゴとしての活動も終わり、夜も更けてきた。そろそろ眠る時間だ。

 

 

「さて、なつき。そろそろ寝よう……?」

 

 

 隣を見ると、弟の姿を視認することが出来なかった。

 代わりに……、

 

 

『…………』

 

 

 壁の隅に立っている、弟によく似た少年を目撃した。

 その少年の身体はゆらゆらと幽霊のように揺れており、目元は見えなく、口元は薄気味悪い笑みを浮かべている。

 

 

「……また、オマエか」

 

 

 まふゆは、鋭い殺意を宿した瞳でその少年を見た。

 

 

『何を笑ってやがる?』

「…………」

『姉であるお前だろ? 僕を殺したのは』

「……うるさい」

『お前が目を離したから、お前が僕を追い詰めたから、僕はお前のせいで死んだんだ』

「うるさい!」

 

 

 部屋中に、まふゆの怒声だけが響いた。

 

 

「あの子は……そんなこと言わない! あの子はいつも優しくて……いつも私に寄り添ってくれた!」

『…………』

「そんなこと……言うはずがない!」

 

 

 そのまふゆの言葉に、目の前の『化け物』は鼻で笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『だからだろ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ」

『なんで理解できねぇかな? 僕はお前に寄り添った。けどお前は僕に寄り添わなかった。だから僕は死んだんだぜ?』

 

 

 

『化け物』はまるでまふゆを見下すように、鼻で笑う。

 

 

『お前のせいだ、お前のせいなんだよ』

「……だまれ」

『育てた両親のせいでもニーゴのみんなのせいでもない。ずっっっと見守ってた【フリ】をし、僕の傷に気がつかなかったお前のせいだ』

「だまれ……」

 

『僕が気を病んだのも、狂ったのも。壊れたのも。死んだのも全部全部』

 

 

 

 ――お前のせいなんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黙れ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――消えろっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 □ □ □

 

 

 まふゆが気がつくと、先ほどまで綺麗だった自分と弟の部屋は無残なほどに荒れていた。

 本棚、椅子、あらゆる物が倒れており、壁には何かをぶつけたような傷や殴られたような穴、そしてひっかいたような傷が無数にある。

 辺りには割れた照明の破片に、弟と共に使っていた医学の本や参考書がそこら中に散らばり、部屋が真っ暗になっている。

 

 

「また……やっちゃった」

 

 

 ふと、まふゆは優等生の声ではなく、落ち着いた声のトーンに戻る。

 自分の手首を見ると、前腕部分にびっしり切り刻まれた形跡があり、見るに堪えない跡があった。

 

 

「…………」

 

 

 

 まふゆは、何故か手に持っていたカッターナイフの刃を出した後、自分の手首に向けて、

 

 刃を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 ――気持ちいい。

 

 

 □ □ □

 

 

「……ん?」

 

 

 なつきが目を覚ますと、そこは灰色の何もない空間だった。

 

 

「ここ……は?」

 

 

 地平線がずっと奥まで続いており、ある物とすれば鉄骨やコンクリートブロック、それらが散乱している謎の場所だ。

 

 その場所に、なつきは見覚えがあった。

 

 

「あー、ここか」

 

 

 なつきはすぐにここが何処だかを理解し、欠伸をした。

 

 

「たしか、誰もいないセカイ……だったかな。音楽を流したらこれるっていう」

 

 

 なつきはキョロキョロと辺りを見渡しながら、ぺたりと座った。

 

 ――っていうか、今まで僕何してたんだっけ? たしか……。

 

 

「あ、そうか。ここって」

 

 

 なつきは今までの事を整理した後、ふっと笑顔を見せ、

 

 

 

 

 

 

 

「ここが異世界転生先だったのか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 また、訳のわからない解釈をしていた。

 

 

「首を吊ってここにきたんだから間違いない。……ん? つまりそうなると、あのミクって子は死神って事になるのか? ってことはここにこれたニーゴの皆さんは……。全員死んでいる? 僕は気がつかなかっただけ?」

 

 

 自分で盛り上がり、自分でぞっとしている中、

 

 

「なつき、くん」

「ひぇ」

 

 

 たまに聞く声が聞こえてきた。

 声の主を確認すると、姉まふゆの親友、奏だった。

 

 

「あー、違います誤解で――いえ冗談です。奏さんっ普通に幽霊みたいだよね、なんて思ってるわけ無いじゃないですかヤダー。やめてください近づかないでください。それか拳を振り下ろそうとするその気持ちをおさえてくださいお願いします」

 

 

 と、なつきが何度も何度も謝っている。

 その時、

 

 

 ――ぎゅっ、

 

 

「きゅっ……」

 

 

 突然、奏に抱きしめられ、目に見えて動揺し、顔を真っ赤にする。

 

 

「あ、あ、あああああ。ああのっ! ど、どど、ど、どうした……んですか?」

 

 

 当たり前だ、彼も立派な年頃の男子。

 ある程度気の知れた仲だとはいえ異性に抱きしめられることは恥ずかしいに決まってる。

 

 

「よかった……、また、話せたね」

 

 

 奏は涙を流しながら、ぎゅっと強く抱きしめた。

 

 

 □ □ □

 

 ――どうやら、植物状態のなつきにあの曲を聴かせ、意識だけこちら

に飛ばしたようだ。

 

 そして、なつきは奏からある程度の現状を聞いた。

 勿論、それはまふゆの現状には触れていない。

 

 

「すいませんでしたあああぁぁぁああああ――ッ!」

 

 

 そしたら、なつきはすごい勢いで土下座した。

 奏はあわあわと目線を合わせる。

 

 

「な、なつきくん……?」

「ま、まさか植物状態になるのは予想してなかった。ご迷惑をおかけして申し訳ありません!」

 

 

 なつきは心底申し訳なさそうに頭を下げる。

 

 

「…………ねぇ、どうして。自殺しようとしたの?」

「?」

 

 

 奏は、聞く恐怖から目を背け、真っ直ぐとなつきを見ながら問いかけた。

 今まで聞けなかったこと、聞くのが怖かった事だ。

 

 

「何でって? そりゃあ……」

 

 

 なつきは不思議そうに首を傾げた後、

 

 

 

 

 

 

「そっちの方が幸せになれるからです、かね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 なつきは、何も迷うことなくそう言った。

 その言葉に、奏は口元を震わせた。

 

 

「なん……で?」

「えっと。色々あって『勉強しなくていいよ』って言われちゃいまして。それって普通に『もう会社来なくて良いよ』的なアレじゃないですか。ですのでその。自殺して少しでも母さん達の懐があったまればなー……と」

 

 

 何処か恥ずかしそうに笑うなつき。

 しかしそれとは対極的に、奏は彼の言葉に絶句していた。

 

 

「だから…………死んだの?」

「はい」

「お金のためだけに……死んだの? 自分の人生を……捨てたの?」

「そうなりますね。まあ、植物になるとは思わなかったので、本当に奏さんには頭が上がりません」

「そんな……そんなことって……」

 

 

 頭を下げるなつきを見ながら、奏は胸が引き締められそうな絶望感に押しつぶされ、その場にぺたりと座り込んだ。

 

 

「それじゃあ、まるで家族の言いなり……」

「…………」

「私は……貴方をすくいたい……のにっ!」

 

 

 

 

 

 

「それで?」

 

 

 

 

 

 

「っ」

「言いなりで何? 何が悪いのですか?」

 

 

 初めて奏は、なつきの本物の殺意にも似た怒りを見た気がする。

 

 

「どいつもこいつも、何もしないくせに毒親だの。子供の未来は子供の物だの。救ってあげるだの。きれい事ばっかり」

「きれい、ごと……?」

「自分たちが正しいつもりですか? 自分たちの方が幸せのつもりですか? だったらなぜ誰もその毒親から子供を助けないのです? 何故今まで僕を助けなかったのです?」

 

 

 そして、なつきは鼻で笑った。

 

 

「答えは簡単、お前達が『定型発達』だから」

「定型……発達?」

「定型発達ってのは、周りの空気に流され、暗黙の了解を察し続ける。だからこそ、『本当にだめか』それすらわからず、異常事態にならない限り自分から動くことをしない」

 

 

 彼の言葉には、重みがあった。

 どす黒く、何処か狂気的で、しかし真に迫る重みがあった。

 

 

「所詮、お前らは口を出すだけでただ傍観するだけ。何も干渉せず、無意味に正義面をするだけ。そんな奴らのどこを信じれば良い? どう救いを求めればいい?」

 

 

 

 

 

 ――もし、僕の親が毒親で、幸せじゃないとほざくなら。

 

 

 

 

 

 

 ――お前らはもっと猛毒なんだよ。

 

 

 

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