朝比奈まふゆはブラコンである(荊棘の道は何処へ…執筆中)   作:エクソダス

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「……ん?」

 

 

 なつきが目覚めると、そこは見慣れない天井だった。

 外は少し薄暗く、夕方くらいだろうか。部屋には観葉植物や机や椅子があり、誰かが住んでいるような生活感がある。

 

 明らかに見たことがない部屋であり、病院でもなさそうだ。

 

 

「……言い過ぎた、よね」

 

 

 しかし、そんな状況にもかかわらずなつきは、今は目の前の光景はどうでも良く、『誰もいないセカイ』での出来事が忘れられずにいた。

 姉の親友である奏を、まるで罵るような言い方をしてしまった。

 今思うと、明らかに無駄な感情の起伏、無意味な怒りを他人に押しつけてしまった。

 

 

「……あやまらなきゃ」

 

 

 なつきは、今すぐ彼女に謝ろうと、立ち上がろうとした。

 

 ――ガチャ、

 

 

「……ん?」

 

 

 しかし、それは叶わなかった。

 なぜなら、なつきの両手が頭の上で、手錠によって拘束されていたからだ。

 

 

「ん~~~~……?」

 

 

 ガチャガチャ――、

 

 どうにか腕を動かそうとするが、手錠が金属がこすれる音をはっするだけで、上手く身動きがとれない。

 

 

「んぅん……?」

 

 

 もぞもぞ――、

 

 身体をよじり、自由な足をどうにかばたつかせるが、足は何故か一切動かず、ベッドがきしむ音と布団の衣擦れる音しか部屋には反響しない。

 

 ――完全に身動きを封じられている。

 

 

 

 

 

「うぇええぇええええええええ――ッ!」

 

 

 

 

 

 

 やっと事の重大さを理解したなつきが大きな声を部屋中に響かせる。

 

「ちょ、まって。ドユコト? マジでドユコト?」

 

 

 なつきは状況が全く理解できず、とりあえず頭が回る限り、これまで起こった事を再確認する。

 

 ――首を吊る。

 

 ――誰もいないセカイで目が覚める。

 

 ――奏さんに話を聞く。

 

 ――奏さんに八つ当たり。

 

 ――奏さんを慰めた後、もう一度眠りにつく。

 

 

 ――次に目が覚めたら、身動きが取れなくなっていた。

 

 

「……いや、どゆこと?」

 

 

 なつきは必死に思い返すが、結局訳がわからない。

 たしか自分は、奏の話によると植物状態になっているはず。そして病室で寝たきりだと聞いている。

 

 

「足は……多分自殺の後遺症だとして、なぜ拘束する必要性が? ってかそもそもここって病院?」

 

 

 ――この部屋はぱっと見、病室には見えないし、植物状態だったら手錠をする必要は無いはず。

 

 

「あー、あれか。植物状態の人が夜中に暴れ回るから、隔離して手錠したとかそういう感じ? ……そんな話聞いたことないけど」

 

 

 と、そんなできる限りの思考をしていると、

 突然、外に繋がっているであろう扉が開いた。

 

 

「…………」

「あ、姉様!」

 

 

 そこにいたのは、なつきの実の姉、まふゆだった。

 まふゆは制服姿にマフラーを巻いており、いつものように無表情で見つめてくる。

 

 ――しかし、その表情は何処か力が無いように見えた。

 

 

「姉様、ちょうど良かった。この手錠、お医者さんに外すように言って」

「…………」

「……姉様?」

 

 

 なつきのその願いは聞き入れず、まふゆは無表情を貫いている。

 そして、ぽふっ……となつきに被さるように倒れ、

 

 ぎゅっ――

 

 

「きゅ……」

 

 

 なつきを抱きしめた。

 

 

「姉、様?」

 

 

 突然、抱きしめられ、困惑するなつき。

 しかし、そんなことは気にせず、まふゆは――

 

 

 ガリッ――!

 

 突如なつきの首筋に噛みついた。

 

 

「っぅ! ……ね、姉様……っ!」

 

 

 首筋に鋭い痛みが走ったかと思うと、その後に首筋を優しくなぞるように舐められ、なつきは自然と身体を反応させる。

 

 

「ねえ……さ、ま?」

「やっと……目を覚ましてくれたね」

 

 

 まふゆはそういうと、再度なつきを抱きしめた。

 

 

「ずっと、なつきが目を覚ますのを待ってたよ……。ずっと」

「……ご、めん」

 

 

 なつきは、自然と謝罪の言葉が出た。

 彼が眠っているとき、ほとんど意識のない状態で、ずっと家族の泣いている声が頭の中に響いていたからだ。

 なつきが謝ると、まふゆは小さく微笑んだ。

 

 

「ねえ、お姉ちゃん。貴方の気持ちを理解しようと頑張ったよ?」

「ぇ?」

「ほら、見て?」

 

 

 そして、まふゆはつけていたマフラーを取り、制服の袖を捲る。

 

 

「――ひっっ」

 

 

 その瞬間、なつきのは悲鳴を上げ、恐怖で顔を歪ませた。

 

 

 

 ――なぜなら、彼女の首筋には縄を強引に括り付けたような赤い後、そして、手首にはなつきと同じような切り刻んだ跡があったからだ。

 

 

 

「今度こそ、ずっと見守ってるから」

 

 

 

 □ □ □

 

 

 ――お母さんは正しかった。

 弟が死んで、心の底からそれを理解した。

 良い学校に入って、良い会社に入る。母親に何度も何度も、そう言われ、ずっと私は良い子を偽ってきた。

 

 音楽をやりたい、看護師になりたい。そんな自分の欲に蓋をして生きてきた。

 良い子でいればいるほど、自分を隠せば隠すほど……辛くて、苦しくて、何も考えられなくなる。

 

 

 ――しかし、それで正しかったのだ。

 

 

 全てを束縛し、全ての自由を奪う。弟を守るにはそれが一番だったんだ。

 お母さんのやってたことは間違ってなかった。すべてを支配しなければ、管理しなければ……あの子は死んじゃうんだ。

 

 

 私をひとりぼっちにするあの子は良い子じゃない。

 

 

 姉を置いて一人で自殺(にげる)弟なんて良い子じゃない。

 

 

 

 自分自身の幸せを望まない弟なんて良い子じゃない。

 

 

 

 

 

 ――今のあの子は『悪い子』だ。

 

 

 □ □ □

 

 

 

「あ……ぅぅ……あぁあぁああぁ……誰か……だれかぁ……っ」

 

 

 その日から、朝比奈まふゆの洗脳が始まった。

 一日目の朝……早朝五時から夜九時まで、なつきにはずっと目隠しをし、ヘッドホンで周りの音を全て遮断した。

 まずは精神をとことんまで壊す。無音の世界だと人間は四十五分以内に発狂すると言われている。

 

 

「っ……。かあさん……おとうさん……まふゆ姉……だれか……だれかっ」

 

 

 そして、ヘッドホンからは不定期に、何かを切りつける音や人の悲鳴、不協和音など流れるようになっている。

 

 

「や、だ……ヤダヤダヤダヤダやだっ!! こわい……。コワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイ――っ! 誰かっ!! 誰かっ! だれかぁあぁあぁあああああ――ッ!」

 

 

 ――真っ暗闇でそんな物を聞かせれば……誰だって狂うであろう。

 

 

「…………」

 

 

 それを、まふゆはただ黙ってみるだけ。

 助けるわけでもなく、何をするでもなく、ただ黙って見つめるだけ。

 まるで弟が狂っていくのを観察しているかのように。ただ傍観するのみ。

 

 

 □ □ □

 

 

「うぅ……ひっく……ひぅ……っ」

「よしよし……よしよし……怖かったね」

 

 

 そして、九時からは彼の拘束を外し、一緒に寝る。

 壊れそうになっている中、たった一人信頼できる実の姉。これほど安心する物はないだろう。

 

 

「ぅ……ぅ……。まふゆ姉……まふゆ姉ぇ……っ」

「大丈夫、大丈夫だよ……」

 

 

 孤立させて、信じられる物はまふゆだけだと思わせる。洗脳方法としても悪くない。

 現に、彼は先ほどまでの恐怖から逃れるように、まふゆをずっと抱きしめている。

 まふゆは彼を安心させるように、ずっと頭を撫でていた。

 

 □ □ □

 

 

「…………やだ……あだぁ……っ」

 

 

 二日目の朝、一日目と同じように彼にはヘッドホンをつけ、目隠しをした。

 一日目ほどの反応はないものの、精神的には追い詰められているらしく、目隠しをしていても泣いているのはわかる。

 

 

「……ねぇさまぁ……っ。まふゆ姉ぇええ……」

 

 

 そして、昨日の洗脳の甲斐もあり、彼が口に出す人物の名前は、まふゆただ一人になった。

 すでに理解したのだ、ここでは……まふゆしか助けてくれないという事実を。

 

 

 □ □ □

 

 

 ――ビリリリッ!

 

「ああああああぁぁぁああああああ――っ!」

 

 

 その日の夜、なつきはまふゆの目の前で痛みに打ち震えていた。

 

 

「まふゆ……姉?」

「いい? 貴方が逆らったら、今みたいに首輪から電流が流れるからね」

 

 

 なつきは拘束と目隠しを外され、まるで犬のような首輪をつけられていた。

 しかもそれからは電流が流れるらしく、はずそうとしても外れない。

 

「なん……で……」

 

 

 なつきの瞳には明らかに涙がにじみ、恐怖が支配している。

 しかしそんなことなど一切気にせず、まふゆは言葉を続けた。

 

 

「まず、今から服を脱いで裸になって。下の方は脱がせてあげるから」

「な、なんで、そんな、こと……」

 

 

 ――ビリリリッ!

 

 

「っぐぅうああぁああああああああ――っ!」

 

 

 なつきが問いかけようとした瞬間、まふゆは持っていたスイッチを押す。

 その瞬間、首輪から電撃が走り、なつきは苦痛の表情を見せた。

 

 

「質問して良いなんて、わたしは一言も言ってない。悪い子」

「ぁ……ぁぁあ……」

 

 

 電撃の苦痛の中、なつきが見たまふゆの顔は、とても弟を見ているとは思えない。害虫でも見下すような残酷な瞳だった。

 

 その表情に恐怖し、なつきは自然と涙を流す。

 気が狂いそうな音と真っ暗闇を耐え、また助けてくれると思ったのに……。

 彼女だけは……味方だと思ったのに。

 

 

 ――ビリリリッ!

 

 

「ああああああぁぁぁああああああ――っ!」

「ねえ、どうしてそんなに悪い子なの? お姉ちゃん、泣いて良いなんて一言も言ってないよね?」

 

 

 

 その後も、まふゆの洗脳は続いた。

 自分で動くことは一切許されず、すべてまふゆの思うがまま。

 食事、睡眠、お手洗い、性処理にいたるまで全て支配され、なつきの自由など一つもありはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□ □ □

 

 

「…………」

 

 

 

 今、なつきが立っているその場所は、真っ暗な世界だった。

 なつきの家族の写真や、ぬいぐるみ、そしてライトノベルが乱雑に置かれている奇妙な部屋。

 

 

【とても良い愉悦だった】

【ああ、これだから曇らせって最高だわ】

 

 

 その世界の空には、黒い文字で様々な文字が書かれている。

 まるで何感想を書かれているようなその文字達は、妙に【愉悦】や【曇らせ】……どこか人の不幸をあざ笑うような文字が目立つ。

 

 

 

 

 ――この世界の名は傍観者のセカイ。なつきの世界である。

 

 

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