ライナさん、誤字報告ありがとうございます。
…………これは、もしもの話。
……そう、もしも。四楓院夜一の実の弟、四楓院夕四郎がもう少し早く……そう、朽木白哉と同年代辺りに生まれていたら?
…………これは、そういう益体もない空想話。
孕んどる。
それが、夜一が嘗ての愛しき部下であり手酷い裏切りをしてしまった相手である砕蜂に百何年振りに対面した際の、第一印象であった。
時は、藍染惣右介が起こした尸魂界での動乱が終わった後。
その動乱の最中、かつては少年であったのに百何年ですっかりと青年へと成長した弟の夕四郎によって『瞬神』何たるものぞとばかりにアッサリとノされてしまった夜一はそのまま上半身を簀巻きにされ、他の滅茶苦茶頑張って闘った者達が血塗れで治療を受け、真面目な話を展開させている中、一人ションボリと四楓院本家に連行されていた。
やたら身体のラインが出る戦装束のまま、瞬歩も使わずに徒歩で上級貴族街を罪人のように(更に言うならば弟の手で)連れ回される居心地の悪さに何度もモゾモゾと身体を揺らしながら、自分はこれからどうなってしまうのだと考えを巡らせる。
父母は自身に家督を譲った時点で離邸へと居を移しているが、まさか自分を叱る為に本邸に戻って来ていたりするのだろうか。
まさかまさか、一族のジジババ共まで皆集めてどうしょうもない放蕩娘である自分に説教大会とか開催するつもりだろうか。
「なんと恐ろしい……」
「どうしましたか? 姉様」
「何でもないわい」
「……? そうですか」
もしそうであれば尻尾を巻いて逃げ出させて貰う……そう言い切るには、眼の前で自分を縛り上げた縄を引っ張っている男が邪魔過ぎた。
「……の、のう? 夕四郎?」
「どうしましたか? 姉様」
四楓院夕四郎。
夜一の弟であり、彼女が現世へと逃げ延びる前はまだまだ純朴な青年であった彼も、百年で随分と……自分より頭一つ半程高くまで背が伸び、肉体も非常に逞しく育っていた。
夜一をそのまま男にしたような肌と髪を持つ彼は、夜一とは違いうなじ辺りで髪を一纏めにしている。
そんな彼はどうやら自分の後釜に収まったらしく、白い隊長羽織の下には肩、腕、背中が丸出しで、腰の両側に深いスリットの入った変態じみた裸エプロンみたいな刑戦装束をその鋭く引き締まった肉体で見事に着こなしていた。
……いや、変態臭さで言えば今の自分も大して代わり映えのしない恰好なのだが。
「随分……大きくなったのぉ?」
「姉様、それを聞くのは二度目です」
「ふぐっ」
因みに一度目は黒崎一護が双極を破壊した事を皮切りに、各地で隊長格がぶつかり合っている時に夜一が慢心たっぷりに放った台詞である。
嘗ての弟の姿が成長した今現在の姿とすっかり重なっていた彼女は、その時は「ちょい揉んでやるかの〜」くらいのテンションであった。結果はこの通りであるが。
一度懺罪宮の前まで突っ走っていった一護を取り戻しに行った時の、白夜と浮竹のあのなんとも言えない憐れみじみた視線の意味をもう少し深く探っていればとも思うが、後悔先に立たずとは良く言うものである。
思えば、あの視線は既に夕四郎という自分より速度に勝る死神がいるのにも関わらず速度でドヤっていた自分に対する感情があったのだ。
何ともまぁ、真実を知ってみればもう思い出すのも恥ずかしい。
「解ってらっしゃるとは思いますが、逃げても必ず捕まえますので無意味ですよ」
「……な、何のことかの」
「屋敷には希ノ進さんも呼んでいますからね」
希ノ進とは、夜一がかつて二番隊隊長をしていた頃の副隊長であった。
希ノ進は鬼道に秀で、夜一が職務から逃げる際にも初速で勝たなければすぐさま縛道で雁字搦めにされ執務机に縛り付けられたものだ。
つまり、現状速度で勝る夕四郎と捕獲技術に優れた希ノ進が手を組めば夜一に逃げる術は無い、という事。
「あ、あやつも呼んでおるのか!?」
「久しぶりに会いたいでしょう?」
此奴、ちょい腹黒になっとる!?
薄々勘づいていた事実にショックを受ける夜一だが、その原因は自身にある。
苦労を掛けたのう……とか言いたいところではあるが、この格好だと余りにダサすぎる。せめて縄の無い状態で言いたい。
「のう夕四郎? 逃げんから縄を外してくれんかの?」
「大丈夫です姉様! あと三分で敷地に入りますから、そこまでの我慢ですよ!」
いや、別に締められて痛いとかではないんじゃが……と言いたいが、現状全てにおいて弟に負けている事が心理的な枷となり、中々それを言い出せない。
「あ、ほら姉様! 懐かしの我が家ですよ!」
貴族街の広い通りのその奥に見える大きな建物が、四楓院本邸である。
同じ大貴族でも質実剛健を地で行く朽木家等に比べて見栄に振る分が多い、その華美な外見は夜一のお気に入りでもあった。
「……ずっ、随分とガチガチじゃのう……!?」
しかし、夜一には良く解った。
今現在、その邸宅全てが超強度の結界で覆われている事が。
最早彼処は家ではない。霊的な要塞に近い。
そのことを余すところなく理解してしまった。
「さ、行きましょう姉様! 皆が待ってますよ!」
「……や、嫌じゃ」
「家の者達もきっと喜びます! ずっと姉様に会いたがっていましたから!」
「ヤじゃヤじゃ! あんなところに行きとうない! 離せ夕四郎! 離せ! はーなーせー!」
駄々をこねる簀巻きの夜一を遂に俵担ぎにして、ルンルンと鼻唄を歌いながら道を進む夕四郎。
噂好きの貴族連中の好奇の視線に晒されながら歩くこと……もしくは運ばれること……数十秒、四楓院邸の前には、夜一もよく知る使用人達がズラリと並んで帰りを待っていた。
先程から冷や汗をかきっぱなしの夜一の背中に、新たに羞恥による冷や汗がドバっと追加される。
「お帰りなさいませ、御当主様、夜一様」
「うん、ただいま」
担がれている関係上使用人の先頭に立っていた夜一もよく知る老家令の顔を自身のケツ越しに見た彼女は、慌ててバタバタと足を振ってアピールをする。
「まま待て! 待て夕四郎! 歩く! 自分で歩く!」
「そうですか?」
そっと降ろされた彼女は、数度深く呼吸をしてから、わざとらしく胸を張って宣言した。
「……皆の者、今帰ったぞ!」
「はい、お帰りなさいませ夜一様」
「うん。お帰りなさい、姉様!」
百年前と変わらぬ挨拶、百年前と変わらぬ礼。
変わっているのは、この期に及んで夜一が上半身簀巻きのままな事ぐらいである。
ブツッ、と夕四郎によって縄を切られ、ようやっと自由の身となった夜一はグリグリと肩と首を回し、凝った身体を解した。
「久しぶりの我が家はどうですか?」
「うぬ! 開放感に溢れとるな!」
家令の言葉に若干当てつけ気味にそう返し、ボディスーツの裾をパタパタと動かした彼女はまず風呂場へと足を向ける。
「ふう、では何にせよまずは風呂に入らせてくれよ? これでもここ数日此度の下手人をどうにかする為に奔走しとったのじゃ。疲れを取りたい」
本当は毎日浦原の作った温泉で疲れを落としていたのをおくびにも出さない様子でそう提案した夜一の腕は、夕四郎と家令にガッシリと押さえつけられる。
「駄目だよ姉様」
「まず、会っていただかなければいけない方が居ります」
「……誰じゃ? 父上か? 母上か? 別に後でも……」
「夕四郎様の奥方様にございます」
「……んえ?」
家令の明らかに面白がっているニッコリとした笑顔に、夜一は久しく出していない間抜けな声を出してしまった。
……そして、話は冒頭へと戻る。
「よ、夜一様!?」
四楓院邸奥の間。当主およびその家族の寝室として作られているその部屋の襖を開けると、確かに夜一の見知ったる、そして夜一を見知ったる顔が布団に上半身を起こして座っていた。
小さな体躯は全体的に薄っすらと脂肪が付き、常に挑みかかるような強気な吊目は少しばかり柔らかい光を灯しているように見える。
いつも汚れてもいいようにと地味な色の着物ばかりを着ていたのは変わらないが、今は身体を冷やさぬようにか明るいえんじ色の打掛を羽織っている。夕四郎の趣味かもしれない。
そして、その腹部は華奢な身体からは考えられぬほど大きく膨れ上がっており、そこに新たなる命を宿しているのは明らかであった。
そして、その手元には裁縫箱と、小さな縫いかけの涎掛けがあった。
……孕んどる。儂の部下が。いや、元部下じゃが。あの少女と言っても良かった元部下が。現義妹になるのか? というか今でも少女じみた外見しとるし。いや、でも母親に、しかも父親は実弟。
なんぞこれ?
夜一の頭はショート寸前であった。
「……そ、砕蜂か。息災か?」
「はっ、はい! 勿論にございます! この砕蜂、夜一様のご帰還を……」
「あ、ああよい! そのままで良い! 身重であるのにあまり激しく動くでないわ!」
膨らんだ腹で嘗てのように臣下の礼をとろうとした砕蜂の肩を押さえる。
その時、夜一は打掛の厚い布地越しに、砕蜂の身がカタカタと震えている事に気が付いた。
「……砕蜂」
「……本当に……! 私は、夜一様の……ご帰還を……! 心より……!!」
先程までは驚きに見開かれていた眼はあっという間に水を湛え、それは温かい涙となって膝下の裁縫箱にハタリと落ちた。
「夜一様……夜一、様……!」
それ以上何も言う事もなく、キュッと身体を掴んで泣き続ける砕蜂の背を、夜一は困り果てた顔で撫でた。
「……あー……その、済まぬな……」
「っ、ぐずっ、ぅぅ……!!」
「ああ、泣くな泣くな……」
「夜一様……夜一様ぁぁぁ〜〜っ」
「な、泣くでないと言うに……参ったの……」
百年前は砕蜂のことを大事にはすれどそれなりに適当にあしらっていたが、流石に今その対応をすれば後ろの夕四郎と家令が黙っていないだろう。
個人的にも百年ほったらかしにした部下(しかも妊婦)を適当に扱う事などできない。
……が、そもそも自分は他人に対して丁寧な対応などした覚えが無い。こういうときにどんな顔をすれば良いのか分からないのだ。
泣き続ける砕蜂に困り果てた夜一は助けを求めて夕四郎と家令の方を振り返り……その横の襖の隙間から覗く三つの幼い顔に、ガチッと硬直した。
(わ、わ! みっかっちゃったよ!)
(にいさまー、アレだれ?)
(夜一さまだよ! 母さんがいつも話してる! まさか本当に実在したとは……!)
夜一の脳内で、混乱が爆発する。本日三回目である。
因みに一度目は強過ぎる夕四郎に対する困惑だ。
「……そ、砕蜂? 夕四郎?」
「なんですか? 姉様」
「ぐずっ……はい゛、何でしょぉ……」
「そちらの、三人は?」
夜一以外の三人はそこで始めて部屋の外の三人に気がついたらしく、襖を開けて三人の子供を並ばせた。
「紹介しますよ、姉様。右から順に、長男の
「は、初めまして夜一伯母さん!」
さ、三人産んどる────!!!!!
夜一は、自身の頭が煙を吐いて完全に機能を停止するのを心のどこかで客観的に感じていた。
暫く後、高校生組から少し遅れて現世に帰ってきた夜一は浦原商店のちゃぶ台に並べたその辺のコンビニで片っ端から買ってきたツマミと酒を掻き込んでくだを巻いていた。
「で、出産に立ち会って名前も付けてきたと?」
「しょーがないじゃろ。やってくれと言われてやらんわけにいかん」
それに付き合っている浦原と柄菱は普段絶対飲まない甘ったるいチューハイを飲みながら片方はニヤニヤと、片方は困ったように相槌を打つ。
「砕蜂殿はもっと居てほしかったのではないんですか? 夕四郎殿もですが」
「じゃろーな」
「何でコッチ帰って来ちゃったんです? ……あ、もしかしてワタシの事恋しくなっちゃったりして痛い!」
浦原の顔面に裏拳を突き入れて、夜一は味の濃い惣菜を一気に掻き込み、安く手軽に酔える事で有名なロング缶チューハイを一缶一気飲みした。
「居れるワケ無かろうが!! 聞けば儂が失踪して十年後にはとっとと籍を入れて、それ以降ずっとあの屋敷には砕蜂が住んどる!! つまりほぼ百年近く四楓院本邸はあの若夫婦の家じゃったんじゃ!! オマケに今や子供も三人、いや四人居る! 居た堪れのうて実家じゃというのに肩が凝って仕様が無いわ!」
莫迦タレがーっと暴飲暴食に走る夜一を見て、昔馴染みの男二人は互いに視線を合わせ、(これは長くなるぞ)と肩をすくめ合ってからそれぞれ新しい缶を開けた。
「おのれっ! あんなに幸せそうな顔で子供の世話しおって! コッチは一年の半分は野良猫暮らしじゃと言うに!」
「いや、夜一サン猫暮らし気に入ってたじゃないスか」
「やかましいっ!! いきなり『夜一伯母さん』とか言われた気持ちが貴様に分かるか喜助ェ! 儂だってのぉ、儂だって可愛い娘息子が欲しいわ! 前まで全然考えてもなかったのに、あんなのを見せつけられたら欲しくなるじゃろうが!」
ちゃぶ台にゴリゴリ額を擦りつけ始めた夜一の周囲から食事を退避させながら、柄菱は一つ頷いた。
「あるある、ですな。どうしても欲しい気持ちが収まらなければいっそ身を固めてしまうのも良いのでは? 丁度ここに冤罪の晴れた元十二番隊隊長が居りますし」
「ちょ、鉄斎サン!?」
(夜一殿が破壊衝動に身を任せる前に気を鎮めさせる為です)
(や、ワタシのリスク大きすぎませんかね!? ワタシもうちょい身軽でいたいんですけど!)
「ううぅ……子供……儂は子供が欲しいぞ、喜助ェ」
「や、ご指名ですな?」
「え、えー?」
「……可愛かったのじゃ! 掌はプクプクで! 頬はまろくてやわこくて! 喜助ェ!」
「それはジューブンに分かりましたってば! ちょっと待って下さいよォ! せめて一連の事件が終わってからその話しません!?」
この場をはぐらかして逃げおおせる気マンマンの浦原にキレた夜一が八つ当たり気味に襲いかかる。
それを見た柄菱は、黙ってカップ酒片手に部屋を出てから結界を張って、浦原商店を後にした。
夕四郎
年齢的にも能力的にも不可能ではない範囲だったので、刑軍への四楓院家の影響力保持の為に臨時で軍団長となり、色々とイッパイイッパイだった砕蜂と真正面からぶつかり合って、何やかんやでゴールインした。美人顔ではあるが、流石にもう女には間違われない。
砕蜂
同じ近しい人を最悪の形で失った夕四郎と共に、ぶつかり合いながらも二人三脚で何とかして立ち直った。現在は砕蜂が二番隊隊長、夕四郎が刑軍軍団長として立っているが、現在産休中。なので夕四郎が隊長を兼任している。
夜一
誰か助けてほしい。