うおっ乳デカいね♡ 違法建築だろ   作:珍鎮

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マンハッタンパフェ 焦りすぎタキオン

 

 

 つい先日までは、自身の理想に限りなく近い“青春”というものを謳歌できていると思い込んでいた。

 

 常日頃から仲良くしてくれる無二の友人や、頼りになる同級生たちに加え、奇跡的な確率で出会いを果たして縁を結ぶことができた見目麗しい少女たちなど、個性豊かな仲間に巡り合えて、多少特殊な事情に絡まれつつもまさに順風満帆そのものだと言っていい日常だった。

 いつかの日に読んだ漫画のような、様々な登場人物たちの思惑が錯綜する複雑な現実のドラマ。

 

 ──の中にいるはずだった。

 しかし気がついた時にはそこからつまみ出されていて、複雑な現実のドラマではなくもっと複雑な……一周回ってある意味単純とも言えるような、架空に等しいアニメの主人公まがいの立場に俺は立たされているらしかった。

 遺憾だ。

 全くもって不本意と言う他ない。

 俺個人としてはこれまで細心の注意を払って行動してきたつもりだし、考えるべき内容のほとんどはこれから自分が辿ることになる青春の軌跡についてのみなのだと、そうあってほしいという願望込みで()()()()()()

 

 だが、どうやらその頑張りは人の事情を鑑みないカスによる一度の気まぐれによって、いともたやすく瓦解してしまうような脆い砂の城でしかなかったらしい。思わず落ち込んでしまいます……♡

 

「ねぇ聞いた? この学園にいるっていう“ウマ男”の話っ」

「あそれ知ってる! きのう急上昇にあがってたやつでしょ!」

「特にこの記事の写真ヤバいよね……普通にめっちゃウチの男子の制服じゃんね……」

 

 うるち米。

 ただいまの時間帯は生徒たちの雑談が一層激しい昼休み。

 様々な内容のトークが校内を賑わせるのが常であるはずだが、困った事に本日の我が在籍校における話の話題はたった一つしか存在していなかった。

 それを座って聞いている。厳密には教材を片付けている最中に際限なく耳に入ってきている。こうるさい! お静かに。

 

「こいつ……一部だと()ットマンって呼ばれてるらしい。正式名称かな?」

「いや新しい名前を流行らせようぜ! ここは()面ライダーでどうだっ!」

「乗り物どこだよ。身体能力がウルトラやばいんだからここはウルトラ()ンだろ」

 

 いや挙がってる名前全てにオリジナリティが無さすぎるだろ。あんま軽い気持ちで他所のヒーロー様の名前を擦らないでね、訴えられるの俺だから。ていうか最後のはアウトじゃない?

 

「あ、秋川……どうしよう……?」

「……どうもしねえって。いいから昼飯いこうぜ」

 

 こっちはムラムラしまくっててそれどころじゃないのだ。

 昨日の夜にウマ娘の姿へ変身したカラスと戦ってぶっ倒れた俺だったが、翌日が普通に学校ということもあって、なんとか自宅まで送り届けてもらったあと泥のように眠って──現在に繋がっている。

 無論サンデーも俺も疲弊しきった状態だったから夢も見れてないし、昨晩鼻血を出したように健康状態も良好とは言いづらい状況だ。

 

「……食堂でも話題が支配されてんな。なんでこんな噂になるのが早いんだ……?」

「そりゃあ他の人たちからしたら世界を揺るがす大事件だもの……ウマ娘に追いつける走力の男子なんていう創作の中からそのまま出てきたような人物、気にしないほうが難しいって」

 

 一応安全を取って誰も座ってない食堂の端を陣取ったがそれでも耳に入ってくるほどだ。昼飯だってのに全然落ち着かない。

 

「噂になったのが昨日の夜だからまだこの程度で済んでるけど……それに制服が完全にウチのだし、みんなが盛り上がるのも無理ないよ。学校の内外もこれからもっと騒がしくなるかも」

 

 この先の苦労を想像させる山田の言葉で肩を落としつつ、せめて栄養は摂取しないととカレーを口に運んでいく。お゛っ♡ うま。

 なにが辛いかってどこかで撮られた写真によって制服を割り出されたのが痛すぎる。

 ここまで来ると逆によく制服だけで済んだものだ。ブレている写真でなければ解析で顔までバレていてもおかしくはない。

 

(あの走ってる最中、咄嗟にちょっとだけ不思議パワーで顔周辺の空間を歪めておいた。ハヅキを直で視た人も顔はちゃんと認識できてなかったと思う)

 

 ナイスファインプレー、見事だぜ愛する嫁。ご褒美はベロキスで♡ これからも空間を歪めまくってくれ。

 

(ん……むずかしい)

 

 な、なんでだい。

 

(アレはカラスが『準備運動』ってあらかじめ宣言してたから、全力を出さないと仮定してそっちに力を回してただけ。あのレベルの怪異が本気でレースをするなら、その最中に他のことなんて多分できない)

 

 そんな……じゃあこれからはアイツとバトる時は、わざわざ正体を隠さないといけないって事じゃないか。エステティシャン失格だよ。

 

(カラスだけじゃなくて、ほかの怪異もあの行動を見て、特殊フィールドを使わないほうが()()()が困ると理解して場所を問わずレースを仕掛けてくる可能性も……少なくはない)

 

 それだといよいよ本格的に覆面のヒーロー……もといコスプレ不審者になっちまうな。日本の未来を憂うわ。

 

「はぁ……気が重い……」

「秋川だいじょうぶ? 闘うと精神力を消耗するって話は前にも聞いたけど、今日は一段と顔色が悪いよ……」

「……ダメって程じゃないが、事情が変わったのも確かだな。なにか……方法を考えないと……」

 

 カラスに押印された呪いが活性化し始めたのか、視界や頭がフラフラする。もう困憊も困憊でスーパー限界コンボ達成! 

 とりあえず俺に必要なのは早急な治療だろう。

 まずは解呪の儀式で少しでも呪いの活性化を抑えること。

 次に長い時間を使って必要以上に睡眠と食事をとること。

 そして最後に多少まともになった状態でサンデーと夢の中で回復に専念しつつ、これからのことに関しての会議をすること、だ。

 

(……授業中にお昼寝、推奨)

 

 フハハおちつけ、むっつりオバケ。ジト目で平静を装ってるが頬が紅潮してるのが丸わかりだよ。変態もいい加減にしろといったところ。

 いまは我慢しなければならない理由があるんだ。

 明日は創立記念日で昼には帰れる。

 そこでしっかりと休息を取ってから改めて、だ。次回が楽しみですね。種付け許可ってことでいい? 答えよ!

 中途半端に休憩しようとすると夢の終わらせ時を見失ってしまう恐れがある。そこで何か事件でも起きたら大変だ。五里霧中。

 互いに感情のコントロールが難しい状態で夢に耽るわけにはいかない。カラスの覚醒で呪いが俺たちに悪影響を及ぼしているなら猶更だ。

 まず、今日のところはバイト先の三人のうちの誰かに土下座して解呪を頼み込む。話はそれからだろう。

 急の外泊で困らせてしまうだろうが、状況が状況なのでここはなんとか納得してもらわなければ。

 ……あっ! ところで授業中にお昼寝をしてみない?

 

(だめ……我慢して)

 

 もはや俺とサンデーのどっちがまともなのか見当もつかない。ふーらふら。

 

(ふらふらー)

 

 お~ほっほっほコラコラほっぺをくっつけるなむっつりさん!! まったく猥褻な性根だ。

 

「……秋川っ! 僕、がんばるからね!」

「声デケぇって」

「あ、ごっ、ごめん……僕、秋川のサイドキックとして何でもサポートするよ。なんかめっちゃパソコンとか使って"イスの人"になるからっ」

 

 オペレーターが必要になる機会はそうそう訪れないのだが……鼻息が荒いし随分と本気の態度だな。だったらもはや迷惑をかけてやるくらいのつもりで手を貸してもらおう。一緒に地獄へ落ちて♡

 ……そういえば山田、前に俺と怪異について話した翌日も興奮した様子で察してきてたっけ。

 世間に秘密を隠して闘うような非日常に少なからず興味をそそられる辺り、意外とウマ娘関連だけじゃなく一般男子が好きそうなジャンルも守備範囲なのかもしれない。俺としては助かる話だ。これからは二人で一人だね。

 

「そうだ、空いてる日に秋葉いこうよ。正体を隠すためのコスチュームとか、いい感じの仮面とかあるんじゃない?」

「オイ、楽しんでるだろお前」

「そそそんなことないって!」

「……まぁ身バレを防ぐための小物は確かに必要かもな。今週の土曜にでもいくか」

「了解っ。……ところで、ヒーローとして呼ばれる際の名前って考えた?」

「だからヒーローじゃねえんだって……」

 

 

 

 

「お疲れ様、秋川君」

「あ、店長。どもです」

「葉月さん……体調はいかがですか……?」

「大丈夫だよマンハッタンさん。ありがと」

 

 バイト後の閉店作業がようやく終わり、裏のロッカーで一息ついていると店長がきた。マンハッタン嫁も一緒だ。

 ちなみに今日の放課後のバイトにはサイレンスとドーベルの姿が無かった。

 ──というのも、彼女たちは学園に残って『生徒会長』とやらと大事な話をしなければならなかったらしい。

 マンハッタンも聴取が明日なだけで同じ話を聞かされる予定だと言っていた。

 

 まぁ、十中八九あのウマ男に関しての件だろう。

 昨夜街中で目撃されまくって写真や動画も撮られて、現在世間の話題を掻っ攫っているあのウマ男が身に着けていた制服の高校と、彼が出現する数時間前まで一緒にイベントを行っていたのだ。

 あの打ち上げの場所がウマ男の目撃情報の多い場所から近かったこともあり、彼女たちに『何か知らないか』という事情聴取がされるのは至極当然の話と言える。

 

 ……俺個人としてはそこまで必死になって情報を集めるほどのことなのか、いささか疑問が残るところだが。

 とはいえ今のトレセンの生徒会長なんて名前とめちゃクソ強いらしいこと以外は何も知らないので、その人物の思惑を推し量ることはできない。シンボルボルボルボル。シンボリルナドルフだっけ? ルナちゃんでいいや。

 俺の正体を追っているというのなら最低限の警戒だけは心に留めておこう。俺の敵ではないが。

 

「……えぇと、今日はカフェがお邪魔するみたいだね?」

 

 まって店長それ何の話ッ!!? と慄きそうになったがグッと堪えた。

 おそらく『早急に儀式で呪いを弱める必要がある』という事情を察しているマンハッタンが、あらかじめ彼に話を通しておいてくれたのだろう。俺への理解が深すぎる。ここはひとつ種付けで手を打たない?

 あいかわらずこの店は有名ウマ娘である彼女が目当ての客で大盛況であり、仕事中は忙しすぎて話す暇がなかったので手間が省けて助かった。

 

「とりあえずもう遅いから、このあと車で送るよ」

「えっ? い、いや、そんな悪いです。歩いて帰れる距離ですし……」

「……秋川君。お客様にはうまく隠せてても、きみの体調が優れないのは僕やカフェなら見ててさすがに分かるよ。今日のところは安静にし過ぎるくらいがちょうどいいはずだ」

 

 ほわわ。大人の優しい圧力。パパ……。

 

「……すいません、さすがお見通しですね。……じゃあ申し訳ないですけど、お言葉に甘えて」

「うん。……気づくのが遅れてごめんね」

「いっ、いえっ、とんでもないです。こちらこそ体調不良を隠しててすいませんでした……」

 

 やはり店長には敵わない。

 ここでのバイトも大分長く勤めており、ここまでそれなりに良好な関係を築けていたおかげで、彼にずいぶんと親身に接してもらえるようになっている。

 その事実がとても嬉しかった。

 大人側からすれば当たり前のようにやっている行動の中の一つに過ぎないのかもしれないが、俺からすればありがたすぎてアリになるレベルの感動だ。

 

「助手席に乗ってくれるかい? 後ろはちょっと荷物が多くてね」

「でもマンハッタンさんが……」

「平気です……私が座れるスペース分は空いているので。バッグ……預かりますね」

「……なんか至れり尽くせりで申し訳なくなってきた……」

「ハハハ。気にしないで、カフェはいつもこうだから」

 

 そんなこんなで車に乗り込むと間もなく出発した。

 にしても車の助手席に座るなんて何年ぶりだろうか。すげえ昔に親父に歯医者へ連れていってもらった時くらいしか記憶ないな。

 

「気分はどうだい? 必要な物がありそうならコンビニに寄るけど」

「だ、大丈夫っす。一日じっくり寝れば治ると思うんで」

「そう……? カフェ、今夜は遠慮したほうがいいんじゃないか?」

 

 あいやいや待ってそれは逆に危なくなる。

 マジもうホント呪いヤバいから。ズキンズキン♡ 

 呪いは強すぎると、以前迷い込んだ霧の濃い住宅街のように、抜け出すのが困難な迷宮に落とされる可能性がグンと上がってしまうのだ。

 ヤツらと対等にレースができるのは、前提としてあの迷宮に落ちないほど呪いを弱めているおかげだからであり、とにかく一旦儀式で呪いを弱体化させておかないと今後が危ない。

 

「大丈夫、お父さん。こういう時の葉月さんは一人だとご飯も抜きがちになるから……私が手伝ってあげるくらいがちょうどいいの」

「そ、そうか。それは随分と……ほ、ほう……理解が……」

 

 お義父さんめっちゃ動揺してますよマンハッタンさん。事情説明はありがたいけどもう少し濁してもいいんじゃないかな……。

 

「……その、二人はいつから付き合って──ぁいやっ、何でもない! もう着いたな!」

 

 本当にもう到着していた為、車から降りて運転席の方へ回った。

 屈んでお礼を言おう。

 

「すいません店長、本当に助かりました。ありがとうございます」

「気にしないでくれ。……カフェの事を抜きにしても、もっと頼ってくれていいんだよ。秋川君」

「……頭が上がらないっすよ」

「はは、だから気にしないでいいってば。きみは真面目だなぁ」

 

 そう言って店長は開いた車の窓から手を伸ばし、ポンと軽く俺の頭に手を置いた。

 撫でるでもなく、何でもないように、ほんの一瞬だけ。

 

「──ッ」

 

 それで、俺はちょっとだけ驚いて固まってしまったけれど。

 彼は気にせずレバーをドライブに入れた。

 

「お父さん、送ってくれてありがとう」

「ち、ちゃんと明日には寮に帰るんだよ?」

「何だと思ってるの……」

「その、二人とも若いから……ぃいやっ何でもない。おやすみ~っ」

「あっ。まったく……」

 

 マンハッタンさんと店長の別れ際の会話を眺め、暫しの放心に耽る。

 大人に頭を撫でられた経験が皆無に等しかったために衝撃で硬直してしまった。

 なんというか──なんだろうか。

 よく、わからない。

 嬉しいのか恥ずかしいのか、慄いてるのか喜んでるのかも分からない。

 ただちょっとビックリした。

 そういうことをされる、という選択肢がそもそも頭の中に無かったことを思い知った。

 

「……葉月さん? どうかされましたか」

「えっ……あ、何でもない。寒いし早く入ろう」

「……?」

 

 マンハッタンに声をかけられて我に返り、冷たい風から逃げるように家の中へ入っていきながら考える。

 俺と両親の間に距離があったのは昔の話だ。

 たしかに今でも、物理的にも精神的にも多少離れてはいるものの、それでも少なからず家族の形は保てていると思う。

 だから俺自身の過去がどうこうという話ではなくて。

 不意に頭を撫でられると一瞬頭が真っ白になる──その事実を学べたことが一番の大きな収穫だった。

 ありがとうございます、店長。

 これは何かに使えるかもしれない。

 

 

 

 

「ハヅキはまだダメ。私がカフェ成分を補給している最中なので」

「ちょ、ちょっと……あなたがそう言ってからもう一時間よ。葉月さんを待たせすぎ……」

 

 マンハッタンの予想通り帰宅した瞬間に俺は気力が底をついてしまい、重い体を引きずって何とか入浴を済ませてジャージに着替えた後は、糸が切れたように畳にぶっ倒れてしまった。有史以来最も疲れた……♡

 食事を用意してくれたのもマンハッタンで、洗い物をして布団を敷いてくれたのも彼女だ。おお……奉仕が行き届きすぎて恋心がせり上がって参りました!

 

 あまり頼りすぎてはいけないと心では理解していても体が動いてくれないのだ。

 ユナイト状態における街中での疾走──アレが心身ともにかなり堪えた。

 まず公共物を壊さないように気を配ることや、身バレに対する単純な恐怖に、なによりあの状態で少し本気を出して走ることによる肉体への負担とダメージが俺をボロボロにしてしまっている。

 相棒が嫁にひっついて独占していようが気にならないほど疲れ切っているのだ。今日はもう何もできない。百合に挟まる男になるチャンスすら棒に振るほどに。

 

「葉月さん……そろそろ儀式を始めないと……」

 

 そう言ってマンハッタンはサンデーにくっ付かれながら解呪の儀式の準備をし始めた。

 しかし俺は布団の上で変わらず仰向けで寝転がっている。動いてないのに動けないよ。

 

「あー……マンハッタンさん、悪いんだがこのまま始めてくれないか……」

「ですが……大丈夫でしょうか?」

「あまりにも身動きが取れないから、一周回ってペンダントで正気を失っても何もできないと思うんだ。むしろ今が一番儀式に適した状態かも……」

 

 こうして脱力していれば性欲が大爆発したところでセクハラしようにも気力が湧かないはずだ。

 そもそもマンハッタンがガチ抵抗してくれたら俺は何もできないし、激しく動かないから止める際も怪我の心配が無くて彼女も安心できると思う。これぞ不幸中の幸いというものだろう。

 そのままさらっと流れで儀式が始まった。プチアクメ。

 ペンダントを付けてはいるが俺は仰向けに寝そべったままで、すぐそばで正座しているマンハッタンは手を伸ばして俺の腹部にのみ触れている。本当に必要最低限の接触だ。

 サンデーは相変わらず後ろからマンハッタンの髪の匂いを嗅ぐのに夢中なようで、どうやら俺より相棒の方が先に欲求が爆発してしまっているらしい。おい何度目のイチャつきだ? 堪忍袋の尾があるよ?

 

「すうううぅぅぅっ……カフェ……すうぅぅぅっ」

「…………」

「……。」

 

 自宅の布団の上ということで安心しきった俺が瞼を閉じてから、互いに暫し無言の時間が過ぎていく。

 ペンダントの影響で多少頭がボーっとするものの、予想通り湧き上がってくる性欲に反して『襲いたい』といった類の欲望が顔を見せる様子はない。

 もちろん疲れもあるのだろうが、これは単純に俺自身がペンダントに対しての耐性が出来始めているおかげかもしれない。

 いつまでも『しょうがない理由』に甘えてセクハラをする葉月くんではないのです。ところで俺も髪の匂いを嗅ぎたくなってきたな。そこ代わってくれる?

 

「……ごめんなさい、葉月さん」

 

 どれくらい経った後なのか分からないが、マンハッタンが小さく呟いた。

 消え入るようなか細い声だ。【KU100】ダウナー不思議少女のあまあま囁きARMR~私が癒して差し上げます~【全編ゆるオホ】トラック1:一緒にコーヒーでもいかがですか?

 

「私が……」

「……巻き込んでしまったから、か?」

「っ──!」

 

 これまでの経験から推測して先読み発言したら図星だったらしい。もうきみの考えてることなんてお見通しだよ? 恋人だもの。婚約者だもの。

 ──マンハッタンの謝罪は初めてのことではない。

 いままでに何度も『私のせいで』と前置きして微妙に内容を変えながら、二人でいるときに謝り続けてきた。

 それは彼女が許されたがっているからだとか、謝れば気を遣ってくれるからだとか、そんなくだらない事を考えているからではない。

 

 マンハッタンカフェは真面目なのだ。

 店長に『真面目だな』と言われた俺より何十倍も生真面目で、責任感の強い少女だ。

 だから彼女はいつも心の底から怪異に対しての負い目を感じていて、俺が戦うたびに責任感から心を痛めてくれている。

 もう慣れたいつもの事として扱うことは決して無く、常にこちらを慮ってくれているのだ。

 いつも思うが──本当に心優しい少女だ。

 

「……まあ確かに大変なことは多いけど、俺はそれだけじゃないと思ってるよ」

 

 マンハッタンカフェは謝罪を遮られた驚きのせいなのか、何も言わない。

 なのでこのまま言わせてもらおう。いっそ普段の礼を伝えるいい機会だ。

 彼女はきっと『怪異の最初の狙いは私だった』とか『そもそもレースの日にトレーナーさんが襲われたのは私のせいで』だとか、とにかく始まりの因果を自分に結び付けて謝るつもりだったのだろうがそうは問屋が卸さない。

 世界は良くも悪くもめぐり逢いなのだ。

 彼女が何もしなくても俺がカラスに襲われたルートだって十分あり得た未来だろう。

 ここで大事なのは今だ。

 今、何を得てここにいるのかが重要なはずだ。

 

「あのとき怪異に出くわしたからこそ、サンデーは俺を助けてくれた。サンデーと出逢えたから……少しだけマンハッタンさんと()()()()を視ることができるようになった」

「……それは」

「良いこと、じゃないか? 少なくとも俺はそう思ってる。ほんの少しでもマンハッタンさんと同じ目線で世界を視られることが、俺は素直に嬉しいんだ」

「…………どうして、ですか」

 

 うれしい理由なんてそんなもんお前を愛してやまないからに決まっているのだが、多分シリアスな場面だし告白する状況でもないから別の返答を考えないと。

 

「んー……」

 

 と思ったが俺って疲弊してるんだった。今の脳みそじゃあんまり小難しい事は考えられませんでホンマ♡

 

「……俺もいるよ、ってキミに言えるからかな」

「っ!」

「ほら、世間一般では怪異って目に見えないし信じづらい存在だろ。もちろんマンハッタンさんにはそれを理解してる仲間がたくさんいるだろうから、俺だけってわけじゃないだろうけど……それでも『俺もいる』って言えるのが嬉しいんだよ」

 

 頭がボーッとしてきた。

 マンハッタンにはちゃんと伝えるべき事を伝えられているだろうか。

 自分もきみのそばに居ることが出来て嬉しいと、そんなありのままの言葉は彼女に届いているだろうか。

 なにも多くは望まない。

 なにか深い理由もない。

 ただこの少女のすぐ近くに居ることが許されるのならば、それ以上に嬉しい事はないのだ。

 

「いつも助けてもらってばかりだし……今もこんなんだから頼りないかもしれないけど、できれば何でも言ってくれよ。怪異はもちろん、レースの事でも学園での小さなことでも、愚痴でもなんでもさ。俺もマンハッタンさんの力になりたいんだ」

「葉月……さん……」

 

 おたすけハヅキくんです! いっぱい頼ってくださいね! そして出来ればそのまま惚れてください。

 

「……ふふっ。いつも助けてもらってるのは……私のほうです……」

 

 小さくそう呟くと、マンハッタンは俺の腹部から手を離し、首からもペンダントを取り上げた。どうやら儀式はいつの間にか終了していたようだ。

 呪いの強度が下がってくれたおかげなのか、少しだけ疲労感が減って身体が動くようになった。

 これから眠りにつくわけだがユナイトによる欲望の増幅が解消されたわけではないため、寝ている間にマンハッタンに妙な事をしないよう、一度顔を洗ったほうがいいかもしれない。 

 

「ん……しょっ、と。マンハッタンさん、俺ちょっと顔洗ってくるわ」

「目が冴えてしまいませんか……?」

「お湯でやるから大丈夫だよ。クソ眠いからどうせすぐ眠れるし」

 

 そそくさと洗面所へ向かい、洗顔して気分を一新した。

 これなら欲望に身を任せることなく眠ることが出来そうだ。

 明日の朝は俺が朝食を作って、ついでにバイクで彼女を学園まで送ってあげよう。旦那としてそれくらいの最低限のお礼はしないと。

 

「おまたせ。もう電気消して寝よ──」

 

 言いながら居間に戻って部屋の照明を消そうとした、その時だった。

 おもわず怯んだ。

 声が喉の奥へ引っ込んだ。

 眼下に敷かれた布団の上で──目を疑うような光景が広がっていたのだ。

 

 

「……あ、葉月さん。こちらへ……どうぞ……」

「だめ、カフェ……今夜は二人でいいのに……」

 

 

 ……柔らかそうな寝間着の美少女二人が、並んで寝そべりながらこちらをそっと手招きしている。

 ちなみに彼女たちの間にはかろうじてもう一人挟まれるか否かといった程度の隙間が空いている。

 なんだろう。

 コレは何だろうか。

 

「今夜は一段と冷えますから……私たちで葉月さんを温めさせてください……」

「むむ……ハヅキは一人で寝て。今日は私がカフェを独占する」

 

 ()()布団の上でマンハッタンとサンデーが並んで寝転がりながら俺を待っている。

 なにこれ。

 国を束ねる王にしか許されないようなこの世で最上級の贅沢にしか見えない。

 マンハッタンパフェ?

 

「もう、いじわるしないの。さっきちゃんと決めたでしょう……体調を崩しかけてる葉月さんが風邪をひかないようにするって」

「……でも、距離感が……さすがにちょっとえっちすぎない? カフェ、ハヅキのことを性欲が存在しない修行僧か何かだと思ってる節がある」

「大丈夫でしょう。私、別にどこも大きくないし……」

 

 ──────は?

 

「マンハッタンさん」

「……?」

「その考えでもし本当にそのまま俺をそこへ招くつもりなら、身の安全は保障できないぞ」

「えっ……み、身の……?」

 

 真面目に種付けしないと分からないのかこの無自覚むっつり誘い受けマゾ女はよ。ボクチン好みの抱きしめやすい身体……♡

 

「そこから先はマンハッタンさんにも責任が発生するって分かってるよな?」

「せ、せきにん」

「あぁ。このままそこへ俺が倒れ込んだ場合の翌日の朝に求められる過失の割合は五分だ。第三者から見ても俺だけが悪いという話では済まなくなる」

「ぁ……あの、ぇと……」

 

 マンハッタンが忘れているようだから改めて教えてやる。

 俺は全年齢対象の少年漫画の主人公ではない。

 いついかなるときも鋼の精神をもってラブコメに性欲を介入させない不思議なバリアを張るような真似はできないんだ。

 こう、『我慢だ俺、我慢するんだ!』とか、『こ、こら! 抱きつくな!』だとか、あんな一般男子が持ちうる本来あるべき性欲を真っ向から否定するようなカスの所業は、絶対にしない自信がある。

 

 ただの男子高校生なのだ。

 性欲を持て余し過ぎて煩悩が精神の八割を占める、どこにでもいる健全な高校生だ。

 そっちが娶られたいのは勝手だが、俺はいつだって道を踏み外して成人向けのルートに切り替える準備はできているし、襲わないという保証なんざ一ミリたりとも存在しないということをいい加減に知っておいてほしい。

 拒否する理由があるか?

 逃げる理由が存在するか?

 俺は自分から娶られようとしてくる女を責任取って手中に収めるという覚悟はいつだって持っているのだ。それが“王”というものだからな。

 

 だからこれは最終確認だ。

 選択肢は掲示するが、選んだ先の未来には選択者にもそれを選んだ責任が発生する。

 だから聞いてるんだ。

 だからつまりお前はどうするんだって話なんだよマンハッタンカフェ。清く正しいむっつり女。

 踏みとどまるのか、パフェとして喰われるのか、それを選べるのはお前だけだぞ。

 

「え、ぇと、その……ど、どういう……?」

 

 まだわかんねぇのか? 下品すぎる誘い受けフェイス。謝れ。さもなくばビョルルン♡ビッピョロルロパロ♡

 

「……俺からしたらマンハッタンさんは魅力的すぎて困るぐらいだ、って話だよ。この際だから言うがいつもめちゃくちゃ可愛いって思いながら話してる」

「ふぇ……っ」

「逆に考えてほしいんだが冷静に『温めてあげるから一緒に寝よう』って言われた方が何も意識せずにグゥスカ寝れると思うか?」

「……ぃ、いえ……」

 

 だんだん顔が赤くなってきている。こいつ押しに弱すぎる~ッ♡ もういっそこのまま押し倒しちゃおっかな。イクぞ!イクぞ!我が物とするぞ!

 

「……それで改めて聞くけど、今日はどうやって寝る?」

「あ、あの、別々のお布団にしましょう……っ」

 

 そう言ってマンハッタンは毛布にくるまって顔を隠してしまった。ミノムシみたいでかわいいと思う。

 

「……み、魅力的……それに、かわいい……? そんな……まさかホントに…………~っ!♡」

 

 こいつまだ俺と付き合ってないの信じられねえよ。いい加減そろそろ婚姻の準備を進めてくれるかしら。

 

「カフェ、カフェ。私も毛布の中に入れて。さむい」

「俺のやるからそれで寝な」

「それだとハヅキが掛け布団だけになってしまう」

「いや……もう十分暑いから……」

 

 ウマ娘にリードされまいと奮起したわけだが俺もあぁいうこと言って照れないワケではないからな。

 明日の朝は何事も無かったように接しよう。

 

 ……もし、さっきの誘惑に負けてあの楽園にダイブしていたらどんな未来になっていたのだろうか。

 あれは明らかに甘酸っぱい青春の域を超えていたが。IFのバッドエンドルートにでも直行だったのかな。

 俺も自制心が強いほうではないし、そろそろ間違えたくなってきた。我慢にもいずれ限界は訪れる。

 ウマ男を隠す件といいかなりストレスが溜まりやすい状況にあるわけで、そろそろ適度に()()()()()()()()()を見つけた方がいいかもしれない。さもなくば距離感バグ女たちを朝までぶっ通しコースに引きずり込んでしまいかねない。

 

「……私も毛布だけなので寒い。こうなったらハヅキと一緒に寝るしかない」

「っ!? だ、だめっ。あなたは私と……っ!」

「わわっ。もふもふ……カフェに食べられちゃったため、残念ながらハヅキは一人」

「元から一人暮らしのハズなんだけど俺……」

 

 

 

 

 翌日、ウマ男としての正体を隠すための手段やら何やらを話し合いつつ、あとでサイレンスとドーベルの二人も交えてやり方を決めようという方向で決まり、一旦普段通りの生活をすることにして俺は彼女をトレセンまで送ることになった。送迎バイク♡ いつでも呼んでね♡

 

「──ここでいいか、マンハッタンさん」

「はい、送って頂いてありがとうございます」

 

 校門の付近で停車して彼女を降ろし、ヘルメットを受け取る。

 やはりバイクは最高だ。風が感じられてスッゲ気持ちいいし、後ろに乗せたマンハッタンが密着してきて子供ができるかと思っちゃった。淫猥な気付きをたくさん得たよ。

 

「あの、葉月さん」

「ん?」

 

 このまま校門の前にいると以前ドーベルを送った時と同様悪目立ちしてしまう可能性があるためもう行こうと思ったが、ヘルメットをかぶる前にマンハッタンに呼び止められた。なに? 告白?

 

「昨日言っていただいたことを……私も、あなたに言ってもいいでしょうか」

 

 なに言ったんだっけ昨晩の俺。色んな記憶がごっちゃになってて思い出せんわ。

 

「私のことも……もっと頼ってほしいです。怪異とは関係のない……ほんの些細な事でも……あなたの力になりたい」

 

 おっと普通に告白だった。伝える場所とタイミングを変えれば危うく俺の女にしているところだ。

 

「……ありがとう。……なんというか、そろそろお互いにもう一個先のステージへ進むべきかもな」

 

 なので俺も場合によっては告白とも受け取れるセリフを言ってやった。くらえ!!!!!!!!

 

「……ふふっ、そうですね。どうやら私たち、お互いに遠慮しすぎてしまうところがあるのかもしれません。小さなことでも、頼って、頼られて……そういう風に進んでいきましょう」

 

 やっぱり告白じゃない?

 なんというか、マンハッタンといると多少クサいセリフでも言えてしまう不思議な雰囲気が展開されてしまっている気がする。

 ドーベルに対する少女漫画風ロールプレイや、サイレンスに対する頑張りカッコつけムーブとも違う、自然と心の内を明け透けに語らせてしまうような魔力が彼女にはあると思う。

 それとも俺がマンハッタンカフェを愛しすぎているだけなのか。

 分からんが今日のところは退散しよう。昨晩からカフェちゃん成分の過剰摂取でデトックスどころか中毒になってしまいそうなのだ。これ以上いると告白してそのまま誰もいない新天地へ彼女を連れて旅立ってしまいかねない。

 

「あっ……少し早めに送っていただけましたが……どうやらそろそろ時間みたいですね」

 

 そのようだ。登校するウマ娘がちらほら見受けられる。邪魔になる前にさっさと行こう。

 ……あ、そうだ。

 店長に教わった技、今のうちに使っとくか。

 

「マンハッタンさん」

「はい? ──……っ!」

 

 グローブを外し、ぽん、と軽く彼女の頭に手を置いた。

 もちろん髪が崩れるような撫で方はしない。本当に一瞬だけ優しく置くだけだ。

 女子の髪は気安く触ってはいけないし、普通に見える髪型も実はしっかりとした手入れの賜物なんだよ、とはやよいの言葉。

 だから本当に優しく、一瞬だけ。

 頭を真っ白にするにはその一瞬だけで事足りると店長の件で学んでいるので、恐らくこれで十分だ。

 感謝を伝えつつ、照れさせるというか少し困らせたい。これは昨晩の誘惑に対するちょっとした仕返しである。

 

「昨日はウチに来てくれて助かったよ。改めてありがとうな」

「ぁっ……は、はい……いえ、その……私は当然のことをしたまで、と言いますか……えぇと……っ♡」

 

 俺の想像の五倍は照れてくれて腰が抜けそうになった。赤面すれば俺が慄くと思いやがってダメだよぉ~オイッ! 好きだよ。

 とりあえずやりたいことはやったし、もう行こう。

 そう考えてヘルメットを被ろうとした──その時だった。

 

「あーっはっはっは見つけた見つけたようやく見つけたッ! 彼を引き留めてくれてありがとうカフェ~っ!!」

 

 なんと後方から何者かが走って接近してきて、ウマ娘という事もあってかすぐに追いついたその少女は俺を逃がすまいと先ほどマンハッタンを撫でてから一旦離した右腕をそのまま掴んできた。しなやかな指。やわらかくて性感をそそるもの。

 いったい誰だと思って焦りつつ視線を向けると、そこにいたのはいつぞやの『カフェのサポーター』と名乗っていた謎のウマ娘であった。むっ……乳はなるほどデカい。

 

「ハァっ、はぁ、目視で姿を確認してから走ってきたものでね。呼吸を整えるので暫し待っていてくれるかな……! はぁ、ふう……」

「……君は確か、マンハッタンさんのサポーターの……」

「おおコレは失敬。改めてアグネスタキオンだ。デジタル君とも交流があると聞いたしここはタキオンで構わないよ今後ともよろしく」

 

 ハイペースで自己紹介を終えた彼女は『さて』と切り替えそのまま俺の腕に血圧測定器のような変な機械を取り付けてきた。何もかも性急すぎる。さすが人妻。

 

「な、何これ……」

「おやおや、実験への協力は以前きみが修学旅行の際に私と出逢ったときしっかりと承諾を貰ったはずだろう? なに、そう身構える必要はない。今日は基本的な情報と簡単な質疑応答だけで構わないとも」

 

 いや構うんだよ俺が。話を聞けよプリティーガール。

 確かにあの時は『カフェを守ることに繋がる』と言われたから承諾したが、流石に時間と場所を考えてもらわないと困る。俺も登校しないとなんですけど……。

 

「ふふふ……連日話題のウマ男の件、あれはきみだろう秋川葉月君。写真の解析で割り出せた情報は身長体格と靴のサイズくらいだったが十分だ。きみが追っていたあの黒い少女の少し後ろを数羽のカラスが追従していたのも写真で確認した。あれは私でも実際にこの目で見た事がある貴重な未確認怪奇現象生命体の内の一体だ。カフェのレースがあった日に彼女のトレーナー君を襲っていた奴らをきみが引き付けていただろう? それで合点がいってねぇ。あぁ、心配しないでくれたまえ。きみのことは誰にも話していないし口外するつもりも毛頭ない。貴重な研究対象であり大切な外部の協力者だからね。他の者たちに触れさせる機会など与えないとも。それは時間の無駄だ。さて血圧の測定は完了した。申し訳ないが早急にデータが欲しいので今日のところは一時間ほど遅刻させてしまうかもしれないが、協力関係だし問題はないね? 私も遅刻することになるしお互いさまという事でここはひとつ。よし、とりあえず後は髪の毛を数本ほど頂こうか。あとは唾液や血液なども──」

 

 ありえないマシンガントークで完全に場を掌握していたアグネスタキオン。

 そんな彼女が髪の毛を採取しようと俺に手を伸ばした、その瞬間。

 ガシッ、とその腕を横から掴んだ存在がいた。

 

「…………………………タキオンさん」

 

 これが俗に言うところの“殺気”というものなのだろうか。

 マンハッタンが凄まじくこれ以上ないほどの嫌悪感に満ちた目でアグネスタキオンを捉えており、腕を掴まれたタキオンは思わず額に汗を浮かべている。

 

「あー……か、カフェ?」

「本当に……貴方は……一度本気で怒らなければ分からないようで……」

「ままま、待っておくれよカフェ! ぁいや確かに事前に話してはいなかったが、彼とは健全な協力関係をだね……」

「相手を遅刻させて髪の毛や体液を採取することが健全ですか……? あわよくば私の見ていないところで……もっと過激な実験をしたかったように見えますが……」

「ギクッ……!」

 

 は。

 えっ?

 待て、見たことないぞ。

 たったの一度も見た事がない。

 これまでにただの一回も見た事がないような、眉を顰めて目を細めたマンハッタンの表情。

 

 ──何だその顔は。

 なにそれ。

 何だよその軽蔑しながらパンツ見せてくれそうな表情。

 そんな顔、俺には一瞬たりとも見せてくれた事がなかった。

 もしやアグネスタキオンにのみ見せている顔なのか。

 本当に気を許した相手にしか見せない、これほどまでに内心が表に出まくった露骨な感情表現──

 

「は、ははっ。いや失敬今回はここまでとして日を改めよう。では秋川君また──」

「待て、アグネスタキオン」

「ッ!?」

 

 今度は俺がアグネスタキオンの腕を掴んで引き留めた。今ここで逃がすわけにはいかない。

 なんだ。

 とてつもない敗北感だ。

 こいつは普段どうやってマンハッタンと接している?

 なぜ彼女がここまで嫌悪が出せるほど精神的に近くなっている?

 どうすればここまで感情が引き出せるほど親密になれる? こなれ感かなりリスペクト。

 俺が持っていないマンハッタンカフェに対するコミュニケーション方法をこの女は持っているに違いない。今どうしてもそれを聞き出したい。

 ユナイトで増幅した欲求をまだ解消していないのもあって頭がまともではないのは確実だが、コイツだって突然血液を採取しようとしてくるレベルでまともな女ではないのだ。頭きたぜってぇ聞き出してやる。

 

「きみはマンハッタンさんの何だ?」

「ふぇ……? い、以前にも言ったがサポーターで──」

「ただのサポーターなわけ無いだろっ! 俺の遺伝子情報が欲しいなら正直に話せッ!!」

「ひえぇ……っ! な、なんの事なんだい……!?」

「タキオンさん……貴方、葉月さんにまた何か別のことを……?」

「いやいやいや! 顔を合わせるのもこれが二度目で」

「許せねえ……話すまで絶対離さねぇ……」

「うわああぁぁん! もう採取は一旦諦めるから離してくれよぉ! 何なんだこの男はァっ!?」

 

 


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