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タン、タン、タンと小気味よい音が響く。
「タキオン先輩、今、大丈夫ですか?」
「あぁ、スカーレット君か。あぁ……いいよ、入りたまえ。」
「はい! 失礼します!」
机の上ではアグネスタキオンが、ティーカップを片手に本を読んでいた。
「すまないが、自分の分しか無いんだ。……今から淹れるから、適当な席にかけてくれ。」
「いえ、そんな。」
「ただでさえ人の出入りが少ない部屋なんだ。これくらいのもてなしは、させてもらえるかい?」
「……そういうことでしたら。」
アグネスタキオンは、ほほ笑むと戸棚からティーカップとティーバックを、そして冷蔵庫から、液体の入ったペットボトルを取り出した。
「タキオンさん、それって?」
席から身を乗り出すダイワスカーレット。
「飲める液体だから安心したまえ。」
「はぁ……。」
ポットに液体を注ぎ、スイッチを入れるアグネスタキオン。
「で、今回はどのような用件かな?」
「この前いただいた、サプリメントなんですが……。」
「あぁ、あれかい? 以前のものよりも、疲労回復を目的としたが、どうだったかな?」
「おかげさまで、前よりもぐっすりでした! 次の日の練習も、いい調子だったというか……。」
「なら、よかった。改良のしたかいがあったというものだ。」
「こちらこそ、ありがとうございました。」
「どういたしまして。それにしても、今日はどうしたのかい? この時間は練習だったと記憶していたが……?」
「あー、えっと。スぺ先輩がこの前の試験で、追試になってですね……。練習時間に変更があったんですよ……。」
「それは災難だったねぇ。」
「そうなんですよぉー。……あ、スぺ先輩からその時の話を聞いたんですけど、ちょっと不思議な感じだったんですよね。」
「不思議?」
「不思議というか、引っかかるというか……。えっと、先週の話になるんですけど―。」
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2週間の金曜日―。
「うぅ~、来週の抜き打ちテスト嫌だよぉ~。」
寮への帰り道、スペシャルウィークがぼやく。
事の発端は先生の言葉だった。
「来週、抜き打ちテストをします。各自、勉強を怠らないように。」
教室にブーイングの嵐が飛び交う。当然である。テストが好きな学生などいる筈もないのだから。ましてや、追試・補講の常習犯である彼女にとって、抜き打ちテストはあまりにも大きな壁であった。
「どうして、そんなに心配してるんデスか?」
と、隣からエルコンドルパサーが声をかける。
「だって、抜き打ちテストだよー? 数学苦手なのにぃ……。テストなんて聞いてないよぉ……。」
「なーんだ、そんなことデスか。」
やれやれと首を振る。
「でも、エルちゃん……。数学の成績、私とどっこいどっこいだよね?」
「うっ……。それはそうデスが……。スぺちゃん、『抜き打ち』って言葉考えて欲しいデース!」
「『抜き打ち』でしょ? それくらいは流石に分かるよ~。 『自分達が予想できない時に』とか、そんな感じでしょ?」
「イエェェェス! 『予想できない時』、それがポイントなのデス!」
「え? どういうこと? 分からないから不安なんだよ?」
「スぺちゃん。いいデスか? 例えばテストが金曜日にあるとするデス。その場合、木曜日には、明日試験がある事が予想できますね。でも、それでは『抜き打ち』にはならないデス。」
「なるほど……?」
「そうなると、金曜日にはテストが無いって分かりますね? では、木曜日は……、ってなりますが、金曜日を取り除くと、同じ理由から水曜日には予想できます。水曜日も、火曜日もデース。そうなれば、月曜日……となりますが、他の日が全部ありえない……つまり、月曜日も予想できるのデス。」
「あっ……! ってことは……。」
「ブエノ! 分かりましたか? どの日も予想ができてしまうのデス……! つまり、『抜き打ちテスト』なんてありえないのデース!」
「おぉ……。エルちゃん、頭いいー!」
「フッフッフッ……、もっと褒めて欲しいのデース!」
「うん! すごいよ、エルちゃん! 天才!」
「ふふっ、ありがとうデス! スぺちゃん、これで分かりましたか? そもそもテストなんて無いのデス! だから、大丈夫デース!」
「うん、分かった! エルちゃん、ありがとう! またね!」
「はーいデース!」
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翌週の木曜日―。
「じゃあ、予告した通りにテストをします。教科書、ノートは、机の中にしまって下さい。」
「先生、待って欲しいデス!」
エルコンドルパサーが立ち上がった。
「はい、何でしょう? 『勉強時間を下さい』以外の要望なら受けます。」
「そうじゃなくて……。」
「では、何ですか? 時間が無いので手短にお願いします。」
「はい! この抜き打ちテストは、抜き打ちテストではないデス! だから、テストをするのはおかしいデス!」
「はい?」
教室にいた誰もが驚きの表情を浮かべた。ただ1人、スペシャルウィークを除いて。エルコンドルパサーは、淡々と自分の考えを述べていく。それに合わせてスペシャルウィークも相槌を打つ。
「―というワケで、テストをするのはおかしいと思うのデス!」
覆面の下に隠した勝利の笑みがこぼれる。
「確かに。あなたの考えは分かりました。」
「なら!」
「……待ちなさい。では、1つ聞きましょう。あなたは、今日テストがあることを予測できていましたか?」
「ケッ?」
エルコンドルパサーは目を皿のようにした。
「その様子だと、予想できていなかったようですね。抜き打ちテストがない、と思っていた時に抜き打ちテストをするのだから、これは抜き打ちテストになりますよね?」
「……あ。えっとぉ。」
もはや、先程までの笑顔はなく、戦々恐々とした表情を浮かべるのみだった。
「というわけで、テストはします。まぁ、普段からしっかりと勉強をしていればなんてことの無いテストなんですけどね。60点以下は追試です。それでは、始め。」
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「―って、ことがあったんですよ。」
と、ダイワスカーレットは話を終えた。
「ふぅン。」
相槌を打つアグネスタキオン。
「ただ、いつもの君の言いぶりからすれば、彼女は追試の常習犯なのだろう? 今回も彼女達の勉強不足、それに尽きる話ではないのかい?」
「……それはそうなんですけど。」
「……ただ、こうして話したというのは、引っかかったのはそこではないようだね?」
「そう! そうなんです! ……あ。」
「いいよ。続けたまえ。」
ティーカップを机に置き、まじまじとダイワスカーレットを見つめる。
「……はい。もちろん、テストは行われたので、先生が正しいとは思うんですけど、エル先輩が言っていることも一理あるかなぁって……。まぁ、ただの屁理屈でしょうけど。」
「……なるほど。……そうだねぇ、結論から言えば、この話は『死刑囚のパラドックス』の延長線上にある話さ。」
「パラドックスって、あの、矛盾している様で合ってるみたいな、そんな感じのですよね。」
「まぁ、そんなところだ。今回は抜き打ちテストが題材だから、『抜き打ちテストのパラドックス』とでもしよう。スカーレット君、今回の問題のポイントはどこだと思うかい?」
「抜き打ちテストが抜き打ちテストとして成り立たなかった点ですか?」
「そうだ。では、どうして成り立たなかったのかな?」
「それは……。抜き打ちテストが予想できたから?」
「そうだ。では、なぜ、予想できた試験を彼女達は突破できなかったのかい?」
「スぺ先輩達が試験が無いって思ってた……から……? あれ?」
「そう。先生は『試験を行う』と言っていたにもかかわらず、彼女達は『試験が無い』と考えたわけだ。」
「確かにおかしいですね。でも、どこで……?」
「それを今から解説しよう。……ちょうどいい、お湯も沸いたところだ。紅茶でも飲みながら、謎解きというのも乙というものではないかい?」
「あ、はい。お願いします。」
アグネスタキオンは頷くと、白衣をはためかせながら湯気の立つポットとそばにあったホワイトボードを引っ張り出した。
「あっ、ぶな……いです……よ。」
「ん? どうしたかい?」
アグネスタキオンは首を傾げる。
「いえ、何でもないです…。」
「そうかい。なら。」
ふつふつと、湯気の立つポットを近づけ、水を注ぐ。ふわっと、優しい香りがダイワスカーレットの鼻孔をくすぐる。その様子を見届ける様に、アグネスタキオンは部屋の模様と化していた数式を消し、話を始めた。
「まず、『来週、抜き打ちテストをする』という事象についてだ。ここには2つの要素がある。それは、『来週のいずれかの日にテストを必ずする。』と、『予測できる日にはテストをしない。』になる。」
「前のは当然として、後のは抜き打ちの意味に関わりますもんね。」
「そうだ。スカーレット君は、どこぞのモルモット君に比べて理解が早くて助かるよ。」
真っ白な後ろ姿のまま、アグネスタキオンは淡々と書き進める。白衣の袖は、所々薄い赤色に染まっていた。
「……ありがとうございます。」
「話を戻そう。先生は『来週、抜き打ちテストをする。』と言った。そして、教室にいた誰もが、それを信じた。もちろんエル君も含めてね。」
「えっ。でも、エル先輩はその考えを否定したじゃないですか。」
「それは事実だ。ただ、そこに至る前の過程として、彼女はその言葉を信じる必要があったんだよ。……いいかい。抜き打ちテストが予想できると考えた発端は何だったかな?」
「……先生の言葉です。」
「そういうことさ。先生の言葉、……2つの要素を考慮した結果、矛盾が生まれたわけだ。となれば、先生の話はおかしい、と思考の舵を切ることになる。つまりは2つの要素のどちらかに誤りがあるということになる。」
「どちらも誤りというのは……?」
「そんな場合は存在するかい?」
「……確かにありませんね。」
「そう。言い換えれば、前者か後者のどちらかを信じる必要があり、彼女達は後者を選んだわけだ。」
「でも、それなら『来週のいずれかの日にテストを必ずする。』も同じくらいの可能性で残っているんじゃ……?。」
「そうさ。本当なら、どちらも起こりえるとして対処しなければいけないのさ。でも、どちらが起こるかは生徒には分からない。しかも、2つの要素を満たす場合は存在しない。……というわけで、先生はいつテストをしたところで、それは抜き打ちテストになるというわけさ。……さて、スカーレット君の紅茶も頃合いだろう。」
アグネスタキオンは席に着くと、ダイワスカーレットのティーカップから、ティーバッグを取り出し、自分の飲みかけの紅茶を飲み干した。
「ありがとうございます。……いい香りですね。おいしいです。」
「ふふっ、ならよかった。……一息ついたところで、謎解きといこうか。」
「はい。今回の問題としては、先生の言葉を信じた……そこに原因があると考えていいですか?」
「おっと、スカーレット君、それは問題を取り違えているよ。」
「えっ? すみません……。」
「いや、謝ることじゃないさ。今回の問題は、思考の舵を切った先の話さ。」
「信じた後の考え方ですか?」
「そう。さっきも言ったが、彼女たちは、結論を『予測できる日にはテストをしない。』に絞ってしまったわけだ。もう一つの可能性を切り捨ててね。」
「考えられる場合は全て考えるべきだった、そこが問題だったということですか?」
「正解だよ。スカーレット君は優秀だね、ほれぼれしてしまうよ。」
「そ、そうですか?」
「そうだとも。自信を持っていい。……まぁ、月並みな言葉で言ってしまうと『視野を広く』という話に帰着するのさ、この話は。」
「でも、スッキリしました。ありがとうございます! タキオンさんって、本当に何でも知っているんですね!」
「はっはっは、ありがとう。褒めても何も出ないがね。……1つ質問だ。スカーレット君、今日飲んだ紅茶についてどう思ったかい?」
「紅茶ですか?」
確かめるようにもう一度、紅茶を口に含む。
「特に変わった所はないというか……、強いて言うなら、コク……があるような気がします。」
「良い舌だね。前に、モルモット君に出した時には全く分かってもらえなかったがね。……コクがある、正解だよ。これはどうしてだと思う?」
「……あっ、あの時の液体ですか?」
「正解さ。あの中には硬水を入れておいた。詳しい話は省くが、硬水で紅茶を淹れると渋みの元になるタンニンの抽出が抑えられるのさ。」
「それで、この味に……。でも、なぜ硬水を?」
「紅茶の本場と言えばイギリス、そして、イギリスの水と言えば、硬水だ。もっとも、近年の紅茶については少々事情が違うようだがね。要するに、本場の味を味わおうと思って、使ったわけさ。」
「なるほど、そうだったんですね。」
「あぁ。……えーと、何を話そうとしたかな……。そう!紅茶の良し悪しについて、何かと茶葉ばかりが話されているが、それは問題じゃないのさ。勿論、上質な茶葉は存在するが。紅茶の質を上げるには、淹れる時の水や、温度、そうした周辺のことにまで気に掛けることが必要なのさ。だから―。」
「一つの事について、色んな角度から考えることが大事ってことですか?」
「大正解さ。その視野が必要なのさ。知識はそれから付いてくる。」
アグネスタキオンは、ガラス戸の付いた戸棚に近寄った。そこにはこれまでの彼女の研究成果が収められていた。
「……そうだね。あえて言うなら、探求心とも言えるだろうね。」
「探求心?」
「そうさ、探求心だよ!」
言葉と共に振り向き、手を広げる。
「……なるほど。」
「……コホン。驚かせてすまない。まぁ、いい。スカーレット君が何かに興味を持ったら分かるはずさ。」
「はい!」
「全く、頼もしいねぇ。……そろそろ、ここに居てはいけない時間じゃないのかい?」
ダイワスカーレットは、時計を見る。どれほど話していたのだろう。てっぺんにあった長い針はもう一度てっぺんに上ろうとしていた。
「いけない! もうこんな時間!? タキオンさん、今日はありがとうございました!」
「あぁ、また、おいで。今度も、君から新しい話を聞かせてくれることを待っているよ。」
「はい!」
残った紅茶を飲み干すと、ダイワスカーレットはパタパタと去っていった。
「いやはや、スカーレット君には驚かされるばかりだ―。」
資料を取り出しパラパラとめくる。
「……探求心こそが、探求そのもの、いや、自分の考えを磨く原動力になるわけか……。」
資料を戻し席に着く。ティーカップを口に運ぶ。乾ききった底面から、雫が滴る。
「そういえば、さっき、飲み干したんだったねぇ……。おや?」
規則正しい足音が扉の前で止まり、コンコンコン、と扉を叩く音が響く。
「入りたまえよ、トレーナー君。ちょうど今、一つ謎が解けたところなんだ。……何かって? ……あぁ、そこの本の内容さ。 まぁ、単なる言葉遊びのような物だがね。『探求のパラドックス』についてさ。ソクラテスという男は相も変わらず、同じ事の繰り返しでつまらないが、本質はついているから何とも言えない気持ちになる。まぁ、トレーナー君も読んでみるといいさ。 ……で、今日はどうしたのかい?」
とりあえずハーメルンでは初投稿になります。
基本不定期更新ですが見ていって下さると幸いです。
【今回の話について】
『抜き打ちテスト(囚人)のパラドックス』
『探求のパラドックス』
について、触れてます。読み終わったら調べるのも一興かもしれません。
P.S 元々はエルとスぺをメインに書いてた、とだけ言っておきます…。