ウマ娘の傷跡になりたいだけの男の話   作:橘 翔

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多分、トレーナーの状態に気づける数少ない一人。

前より後味悪いので注意。



case:アグネスタキオン

 

「なぁ、タキオン」

「なんだい?トレーナーくん。あぁ、トレーニングの時間だったか。悪いが少し待ってくれないかい。もう少しでこの実験の結果が出るんだ」

「気づいてる、んだよな」

「.....なにをだい?」

 

それに気づいたのは単なる偶然にすぎない。悪ふざけと、トレーナーの体調を確認するためにも、寝ている隙を伺い採血を行ったのだ。私から見ても激務続きの彼は、泥のように眠ったまま気づくことは無かった。結果は異常の一言に尽きる。どこをとってもボロボロで、いまここで立っているのが奇跡と言ってもいいレベルだ。

 

トレーナーを問い詰めるか迷った。だが、己も脚の不調を隠していたのだ。本当に不味い事態だった場合トレーナーならば報告してくれるだろうという信頼もあり、それとなく薬品の効能を健康面に強くした程度だ。トレーナーの様子が健康そうだったというのも大きい。

 

「ふぅむ。君のその勘というのは、科学で証明出来ない類の正確さだね。1度じっくり調べてみたいものだが」

 

降参の意も込めてトレーナーに向き直る。トレーナーはとても困ったような顔をしていた。

 

「できれば隠しておきたかったんだがな」

「そうだね、できれば話して欲しかったが」

 

非難がましい目で見てきたので軽く見つめ返すと、隠し事がバレた子供のようなバツの悪そうな様子で顔を背けた。レース前のあの冷徹さはどこへいったのやら。

 

「言えないだろ、余命1年なんて」

「あぁ、そうだねぇ。まったくは???」

 

今彼はなんと?

 

「あっ、やべ」

 

逃げ出そうとする彼の手首を慌てて掴む。よかった。白衣越しでも上手くいった。

 

「と、トレーナーくん?どういうことだい?その、余命というのは」

「あーうー」

 

しまっただとかうだうだ言っているトレーナーの裾を引く。尋常ではない焦り方だ。これは……

 

「.....なかったことには?」

「できるわけないだろぅ!?」

 

そこで、トレーナーの本当の現状を知ったのだ。

 

─────────────────

 

並のウマ娘なら、そこで悲嘆に暮れて終わりだろう。だが、あいにく私はアグネスタキオン(天才)だ。やってみないとわからない、と彼は以前私に言った。なるほど、今は激しく同意しよう。医者が投げ出す難病?余命1年?

 

関係ない。まったくもって、問題ない。

 

その程度で離してやるほどお人好しではないのだ、私は。練習やレースの継続は約束させられたが(今は彼の体が人質だ。卑怯ではなかろうか?)今まで趣味の範疇だった製薬や実験を、彼を治すため本気で取り組むようになった。それだけで有り得るはずのない可能性を切り開いていく。所謂天才というのは、つまりはそういうことだ。

 

「また徹夜ですか。トレーナーさんに怒られますよ?」

「今いい所なんだ。そうだ、コーヒーを淹れてくれないか?カフェ」

「お断りします。私まで怒られたくはないので」

 

マンハッタンカフェはトレーナーの現状を知る1人だ。彼からは、信頼出来る人になら打ち明けてもいいと許可をもらっている。昔は無理をしようとすると彼女に無理やりベットに連れていかれたこともあったが、今は事情が事情なだけに小言だけで済ましてくれている。

 

「.....どうなんですか、彼は」

「そうだねぇ。生きているのが奇跡、といったところか」

 

カフェは俯く。以前、トレーナーがカフェに私の世話兼監視を依頼していたらしく、その報酬として専属ほどではないが彼女の走りを見ていた時期がある。その短期間でさすがと言うべきか、想定以上の成果を挙げた彼に、どうやら浅からぬ恩義を感じているようだ。

 

「だが、進歩が全くないかというと、そうでもない」

「.....え!?」

 

手元の2つのグラフを指さす。

 

「これは私が見やすいように様々な要因を総合してまとめた彼の状態のグラフだ。見たまえ。微々たるものだが右肩下がりになっているだろう?」

「偶然という可能性は?」

「当然真っ先に考えた。が、外れ値というにはどうにも安定して下がりすぎている。一定の効果が出てきていると言っていいだろうね」

 

アナタ、本当にまともな科学者だったんですね、と失礼なことを抜かす彼女を無視し、手元のメモの計算結果を睨みつける。

 

「問題があるとすれば、改善よりも先に彼の体が持たないということだ」

「.....時間との勝負、ですか」

「レースと同じだな」

 

思わず吐き捨てるように言うと、そのまま机に向き直り作業を再開した。カフェは何か言いたげな雰囲気だったが、結局何も言わずにコーヒー豆を煎り始めた。辺りに独特の香りが充満していく。

作業が一段落して伸びをしていると、目の前にそっとカップが差し出された。中身の液体は、黒くない。

 

「入眠用のハーブティーです。貴方が倒れたら全体で見るとロスでしょう?早く寝てください」

「ふぅむ、それを言われると弱いね」

 

大人しく受け取り一息に飲み干す。そうすることを見越していたかのように、ハーブティーは程よく冷まされていた。

 

「おやすみ、カフェ」

「えぇ、おやすみなさい」

 

そのまま研究用の教室の扉を開ける。

 

「あなたなら出来ますよ。きっと」

(だといいんだけど、ね)

 

気休めにしかならない言葉には反応せず、静かに扉を閉めた。

 

──────────────────

 

そこからはひたすら苦しい日々が続いた。なにせ情報が何も無い。似たような症例を参考にひたすら試して試して試して.....部分的になら改善されていった。だが、病が彼を蝕む速度は予め決められているかのように正確に進行していった。

 

次第に私たちは疲弊していった。薬の副作用で彼が練習に参加出来ないことも増えていった。彼のことが頭を離れなくて、私も練習に身が入らない。もっとも、それすら想定された彼の練習メニューと、私の走りにおいての才能はある程度の成果を挙げるに足るものだったが、以前のような輝かしい栄光は見る影もなかった。そのことを悪し様に言う外野にはうんざりしている。トレセン側も頑張っているのだろうが、私たちはあまりにも活躍し過ぎたのだ。レースにも練習にも顔を出さなくなってきた私と、そのトレーナーの責任を問う輩まで現れた。テレビのワイドショーで好き勝手言われる不愉快さは二度と味わいたくはない。

 

そんな時1度だけ、彼が弱音を吐いたことがある。

 

───もう止めないか?

 

その言葉を耳にした時、脳が理解を拒んだ。言葉に出来ないドロドロとした感情のままに彼を張り倒し、そのままウマ乗りになって彼の目を無理やり覗き込む。そこには、到底生への渇望ではなく、諦観とウマ娘をダメにしているという自責の念が見えた。

 

ふざけるな、と思った。

 

感情というのは科学では証明できない力を持っている。それを教えてくれたのはトレーナー、君だろうと。心が折れていては、きっと治るものも治らない。今だからこそこう理屈立てて言えるが、その時は彼の上で号泣してしまい、騒ぎを聞き付けたカフェに仲裁されるまで何も言えなかった。

以来、彼は治験に協力的になったし、表面上は前向きになったと思う。だが、あの時見せた昏い目は、私に少なくない衝撃を与えた。

 

私は彼を特別視していたのだ。私をここまで引っ張ってきた彼がこの程度で折れるはずがないと。不屈の人であると勝手に決めつけ、彼の胸の内を見ようともしなかった。離れたくない、ずっとそばに居て欲しいという私のエゴに彼を付き合わせているだけなのでは?と考えもした。彼は治して欲しいと一言も口にしていなかったではないか。

 

知るものか。

 

私は、もう、トレーナーくんがいないとだめなのだ。今更引き返せるわけないだろう。こんな弱い私にした責任を取る義務が、彼にはあるはずだ。

 

丸々1週間かけて覚悟を決めた私を、彼とカフェは笑って迎えてくれた。なにやら、彼は彼で覚悟が決まったらしい。お互い、胸の内をさらけだした(なにやら小っ恥ずかしいことをお互い言い合った気がするが、記憶から抹消済みだ)後は、いつかのレースのようにまた2人で走り出したのだ。

 

───────────────────

 

本当に、突然だった。

研究を始めて半年。蝉の鳴き声に慣れ始めた季節だった。

 

「下がって...る?」

「み、見間違えではないよ、トレーナーくん。私だってなんども確認したんだ。経過を見る必要はあるが、これなら」

 

何百、何千という試行回数の果てに、それは結果として現れた。

 

その時の喜びとも、安堵ともつかない万感のため息は、彼に抱きつかれたことでかき消される。

 

どこか一線を引いたようなところがある彼には珍しい、本気の感情の発露だった。耳元でなにやら言われている気がするが、予想外の彼の行動に私はパニックになって聞いてはいなかった。存外がっしりした男の人の体をしっかり感じてしまい、興奮やら恥ずかしさやらで頭がおかしくなりそうだ。

 

「よかった、本当に、よかった」

 

ふと、彼の体が震えていることに気づく。あぁ、知っているとも。ウマ娘の前では努めて出さぬようにしていたが、彼は普通の人のように恐怖していたのだ。明日が来ないことを恐れ、眠れぬ夜があったのだ。

 

「待たせたね、トレーナーくん」

 

そっと彼の目尻に浮かんだ涙を拭う。そのまま、しばらく2人で抱き合っていた。

 

──────────────

 

関係者にそのことを報告し、念の為療養を1ヶ月ほど取って。

彼はターフに戻ってきた。

 

各種検査の数値は安定している。油断は出来ないが、少なくとも猶予はできた。

 

その状態で、彼が止まるはずもない。

 

検査入院中も逐次送られてきた練習メニューと、勘だけで当てられる私の癖や不調の数々。現地に居なくてこれか、と改めて驚愕したものだ。結果、研究漬けの日々を送り錆び付いていた私の体は以前と遜色ない、いや、以前とは比べ物にならないほど良いコンディションだった。それほど彼の指示は冴え渡っていたし、私は彼と走れる喜びでどこまでも走れそうだった。意図せず休ませることが出来た脚も、今か今かとレースを待ちわびている。

 

そして、彼が退院して1ヶ月でこの大舞台(天皇賞(秋))に立っている。これを見越していた訳でもあるまいが、彼がなんとしても続けさせていた練習やレースはここに立つ資格を得るに十分だったらしい。とはいえ、1年前ならいざ知らず、今の私は地方のレースにちょこちょこ出ては賞金稼ぎをしている小物だと舐めている輩も多い。というか、実際今更〜みたいな陰口は言われているのだろう。構わないさ。突然出戻ってきたウマ娘が自分が死ぬ気で勝ち取った大レースに当たり前のように顔を連ねる。面白いはずがない。

 

「ま、その私に負けてしまうというのも、可哀想なことだがね」

「ん、タキオンの悪い癖だ。レースでは何が起こるかわからないんだ。やるなら結果を叩きつけてからだな。いくらでもバカにしてやれ」

 

普段なら温厚な彼も、度重なる嫌がらせや陰口にいい加減頭に来ているようだった。1度、ボールペンをへし折ったのはさすがに驚いたが。病み上がりだよ、君。興味深い.....

 

「その万一を無くすための君だろう?」

「あぁ、任せてくれ。最近調子がいいんだ。伝えたレース展開になる確率は、9割越えだと思う」

 

普段は何通りもレース展開をシミュレーションする彼だが、今回は珍しく一通りしか伝えられていない。だが、彼が言うのならそうなのだろう。

 

「それじゃあ、いってくるよ」

「うん。いってらっしゃい」

 

いつぶりかも忘れたレース前のやり取り。彼がいるのなら、まったくもって負ける気がしない。

 

当然のことだが、その日私は後続を大きく突き放して勝利した。

 

───────────

 

そんな劇的な勝利を迎えた私達のその後、というと

 

「あっという間だったねぇ」

「あっという間だったなぁ」

 

トレーナー室で炬燵に入りだらけていた。勘違いしないで頂きたいが、ちゃんと頑張った後なのだ。

 

あの後も今までの遅れを取り戻すかのように重賞に出走しては勝ち続けた。そして、総括として有馬記念に勝利すると、そこで脚のケアやトレーナーの経過観察を理由に長期の休暇を宣言したのだ。その時の観客の残念そうな悲鳴には笑ってしまったが、世間では概ね好印象なようだ。かなり重めのローテーションだったので休む必要があったのは本当だ。おそらく大人も動いたのだろうが、特にメディアへの露出を求められることもなく平穏に過ごせている。そして、本命のトレーナーの体調だが、完治したと言っていいだろう。一時は悪くない部位は無いレベルだったのがここまで回復したのだ。医者が驚いていたのを思い出す。

 

「今年はどうしようか」

「まだ気が早いだろう?今はこれで十分さ」

 

彼としては私に練習やらキャリアやらを積んで欲しいらしいが、ふと目を離した隙に居なくなられてはたまらないと連日付き添っている。彼の負担を減らすためとはいえ、実験より慣れない家事を優先する日が来るとは思わなかった。

 

「それこそ、せっかく時間ができたんだ。トレーナーくんのやりたいことをやればいいさ」

「んー?俺のやりたいこと?」

「難しいならゆっくり考えたらいいさ。未知を知るのは難しいことを私は知っているからね」

 

彼はウンウン唸りながら机に突っ伏した。どこか生真面目なところがある彼のことだ。これからしばらくは律儀に悩むのだろう。難しく考えているうちは迷走するだろうな、とは思う。きっと今まで自分のことを後回しにしてきた人生だったのだ。自分の心の声に気づくことができず、気づいたとしても不要と切り捨ててしまうような。

 

「とりあえずは、目先のしたいことから考えてみたらどうだい?ほら、どこへ行きたいだとか、あれを食べたいだとか」

「お、それならなんとか.....えーと、あ!アイスとかどうだ!?暖房効かせた部屋で食べるアイスは美味しいとゴールドシップが教えてくれたんだ」

「なるほど、環境による味覚と感情の関係についてという訳だね!宜しい、今すぐ購買で買ってきたまえ」

「あいよー」

 

こんな小さなわがままも、彼が口に出せるようになったのはごく最近のことだ。そんな変化を私は非常に好ましいと思っている。

 

「トレーナーくん」

「ん?」

 

ウキウキな様子で買い出しに行こうとする彼を思わず呼び止めてしまう。これは困った。ただ呼んだだけ、なんて今どき言わないだろうに。

 

「今は楽しいかい?」

 

彼は少し驚いた顔をすると、何か少し思案し、次の瞬間にはいたずらっ子のような嫌らしい笑みを浮かべていた。なにか嫌な予感がする!

 

「おかげさまでね。愛してるよ、タキオン!」

「うぉあぇ!?」

 

そのまま彼は呼び止める間もなく部屋を飛び出してしまう。してやったつもりかもしれないが、私は彼の耳が真っ赤に染まっていたのを見逃さなかった。

 

「ふ、ふーん。ほーう。へぇー?」

 

不味い、顔が緩んでしまう。なんだか部屋の気温が上がった気がしてならない。

 

「これは、帰ったら詳しい説明が欲しいところだねぇ」

 

今頃顔を真っ赤にして走っている彼を思い浮かべて、たまらなく愛おしくなってしまう。そうだ、ちゃんと説明させてやる。彼は私が真剣に聞けば、きっと茶化したりはしないはずだ。そして、そしたら、私からも.....

想像しただけで死にそうだねぇ!?世のカップル達はこんな困難な儀式を通過していたのかい!?

 

「ふふっ、早く帰ってきたまえよ」

 

なるようになるさ、と早々に思考を放棄し彼の帰りを待つ。

 

 

 

 

これが彼と交わした最後の会話となった。

 

────────────────

 

運が悪かった、のだと皆言う。

 

たまたま、その日、ある生徒のストーカーが校内に侵入し、

 

たまたま、そこに彼が通りかかり、

 

生徒を庇った結果ストーカーが逆上した。

 

懐に忍ばせていたサバイバルナイフで、計20回の刺突。

 

騒ぎを聞き付け駆けつけた警備員に取り押さえられた時には、彼は虫の息で、

 

緊急搬送されたものの、応急処置の甲斐なく失血性ショック死した。

 

彼は勇敢だったと、皆が彼を称えた。

 

いつも万全なトレセンの警備は何故かその日だけ急な欠員により穴があった。

 

ストーカー曰く、刃物で脅せばウマ娘でもどうにかなると思ったらしい。彼のことは、生徒の彼氏だと思ったのだとか。

 

生徒は水筒の水が切れたので購買に買いに行く途中だったらしい。

 

そもそも、彼が通りかかるのが遅ければ、通る用事さえなければ

 

ストーカーは別にウマ娘を傷つけたくはないのだから、多少抵抗すれば警備員が来るまでの時間稼ぎくらいできたはずだ。心に傷を負うかもしれないが、ほぼほぼ無事だっただろう。

 

間違いなく大事件だが、警備が強化されるだけで済んでいたはず。

 

だが、そうはならなかった。

 

警備の穴、ストーカーの犯行、生徒との鉢合わせ、彼がそれを目撃する天文学的な確率の先に、現実がある。

 

私は唯一無二のパートナーを失い、彼の言葉の真意を聞けないままだった。

 

その日、血だらけの彼をむざむざと見送って、

 

私は私が壊れる音を聞いた。

 

───────────────

 

勢いよく研究室の扉が開かれる。そこには、見慣れた黒がいた。

 

「なにしてるんですかっ、あなたは!」

「カフェ.....ほっといてくれないか」

 

胸ぐらを掴まれるがここ数日まともに食べていないせいで力が入らない。さりとて、わざわざ食べ物を用意しようとは欠片も思わない。

 

「ショックなのはしょうがないと甘やかしておいたらあなたときたら.....今日が何の日か、知らないとは言わせませんよ」

「なにがだい?」

「トレーナーさんの葬式です!今からならギリギリ間に合います!」

 

ずき、と胸が痛む。考えるのはもう懲り懲りだというのに、勝手に思考が回り始める。なぜ、なぜ、なぜ

 

「あなたがお別れしなくて、どうするんですかっ!!!」

「義務では無いよ、考えたくもない」

「ッッ!!」

 

おや、視界が傾く。どうやらビンタされたらしい。

 

「トレーナーさんが」

「...は?」

「トレーナーさんが、今のあなたを見て悲しまないはずが無いじゃないですか」

 

視界が真っ赤に染まった。どこにそんな力があったのかという速さでカフェの胸ぐらを掴み返す。

 

「お前がトレーナーくんを語るな」

「う、ぐっ」

 

怒鳴るつもりが自分でも驚くほど低い声が出るだけだった。ただ、マンハッタンカフェ(かつての友人)が二度と間違えないよう、釘を刺す必要があった。

 

「生者が死者を語る時、それは思い出の美化によって歪められた理想を引き出す。私も知らなかったことだがね。訪ねてきたやつらは皆口を揃えて彼を褒め称え、私を労わっていたよ。壊れたカセットテープを聞かされている気分だったさ。あぁ、最悪だったとも。1番はあれだ、両親の”ウマ娘を守れて息子も誇らしいでしょう”だと?そんな訳がない。彼がどれだけ傷つき、疲れ果て、努力の先に見えた希望の前で力尽きたと思っている。無念でしかあるまいよここで力尽きたのは。君は死ぬ前のトレーナーの顔を見たことがあるかい?ない?なら教えてあげよう。恐怖で引き攣っていたよ。手には大事そうに仕舞っていた私との写真を握りしめてね。そんな彼を見て私は、私はッ!なにも、できなかった。現実を受け入れずただただ立ち尽くすだけだったよ。あれだけ医療を勉強して、応急処置くらいなんでもないはずの私が、だ。彼の体が冷たくなっていくのをただただ見ていただけに過ぎない。彼に合わせる顔など持ち合わせていないんだ。加えてキミのような思い出話に花を咲かす馬鹿どもの巣窟に私が出向けと?冗談じゃない」

 

手を離すとカフェが崩れ落ち、そのまま堪らずといった様子で嘔吐した。その原因が私にあろうとも、私はそれを無感情に眺める。

 

「二度とトレーナーくんを私を慰めるための道具として使うなよ、マンハッタンカフェ。もっとも、金輪際キミと会うことは無いと思うがね」

 

引き止める声を無視して、私は部屋を後にした。さて、これからどうしようか。ねぇ?トレーナーくん。

 

────────────────

 

死んでしまおうか、とは何度も思った。だが、死は私にとって救済すぎた。そんな簡単に楽になることを自分で許せそうにない。

 

「本当にいなくなってしまうのかい?あれだけ依存させておいて」

 

火葬場の煙突から燻る煙を遠くから眺めていた。どれが彼か分からないから、今日は1日こうしていようと思う。カフェにあんなことを言った癖に未練がましい私を、彼は笑うだろうか。怒るだろうか。

 

日が暮れて、火葬場の明かりが消えたのを確認し、私は立ち上がる。行く先は決めていないが、私のことを知らない何処かへ行きたかった。日本のどこにそんな場所があるかわからないが。

 

「嘘つき」

 

私は帰り道とは反対側に走り始める。

 

────────────────

 

毎月、私は墓参りをします。

でもそれは、故人を悼むのではなく、赦されたいという自己愛からです。

 

結局、彼女の絶望に気づけず、寄り添えなかった私は、今こうして1人でここに立っています。

 

タキオンさんは失踪しました。懸命な捜索が行われましたが、終ぞその足取りのしっぽすら掴めないまま探索は打ち切られました。

 

「ごめんなさい、トレーナーさん」

 

私なら気づけたはずなのに。

 

「ごめんなさい」

 

任せると言われたのに。

 

「ごめんなさい」

 

今日も私は、誰に向かってでもなく謝り続けるのです。

 

 





トレーナーってば、無差別破壊光線なんだからっ
守られた生徒の気持ち考えたことありますか???

自分で書くと周りの曇らせの上質さに驚きますね。いやー、難しい。
タキオンはね、信用を勝ち取るとズブズブ依存してくるからね。かわいいね。頑張ればなんとか、ならない!って知っちゃったね。勉強代はトレーナーの命かな?安いもんだね(邪悪)

今度はちゃんと曇らせたいと頑張ろうとした結果何度も書き直しちゃった。ペースは遅いですがのんびりやっていきます。
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