【完】再会した幼馴染オカルトマニアちゃんにお薬飲まされて何やかやあった後の話 作:いらえ丸
感想もらえると元気が出ますね。
今回、ちょっと推敲甘いかもしれません。
前にも書きましたが、本作はバーッと書いてるので詰めが甘いトコがあります。ご容赦願います。
今更ですけど、ムクノはやべーやつです。
春休みを終えると、ケヤキくんの人気はスクールどころかナックルシティ全体にまで広がっていった。
なにせ十にもなっていない子供が伝説のポケモンを引き連れているのだ。おまけにケヤキくんは元からの評判も良く、文武両道を地で行く秀才である。クラスメイトどころか、スクールの教師陣や地方局までも彼の動向に注目していた。
ナックルシティにいるという、天才ポケモントレーナー・ケヤキ。
人の口に戸は建てられない。噂は噂を呼び、そのうちケヤキくんはガラル中のポケモントレーナーからバトルを挑まれるようになっていた。
そして、ケヤキくんはその全てに勝利してのけたのである。
当時の人気ぶりはすさまじく、登校の時もこれまではすれ違う近所の人に挨拶されるくらいだったのが、春休み明けにはすれ違う人全員から声をかけられるようになり、見知らぬ人から握手をせがまれたりもしていた。
ケヤキくんは、そうやって来る人たちに愛想よく応対していた。それもまた、彼が人に好かれる所以なのだろう。
以前にもまして人気になったケヤキくんは、前よりもっと忙しくなった。
スクールを終えると習い事に行き、道場には欠かさず通い、下校中も見知らぬトレーナーとポケモンバトル。休日は地方のテレビ局や雑誌記者に応対し、寝る時以外なにかしらをしていた。
当然、私と遊ぶ時間なんて取れない。それどころか、他の友達ともスクール以外で遊ぶ事も少なかったように思う。
そんなある日、久しぶりに彼と二人きりで遊べる機会があった。
台風で道場が休みになり、ちょうどその時ケヤキくんの両親が仕事で家を空けた時だ。彼はその日一日、私の家に泊まる事になったのだ。
久しぶりに、ケヤキくんと二人きり。それはもう、私は歓喜に飲まれてはしゃいでいた。
彼が来る前に観る映画を選別し、本を揃え、彼が好きなお菓子とジュースを用意した。
そしてケヤキくんが来ると、しばらくは以前のように穏やかな時間が流れた。
私の好きな、私と彼だけの時間。
けれど、その時の彼は元気がなかった。笑顔が消えた訳ではなく、いつものような快活さが鳴りを潜めていたのだ。
そうして彼は一言、こう言った。
「此処が一番落ち着くなぁ……」
ケヤキくんはそう言った後、安心したように眠った。
私の部屋で、私の好きなモノでそろえた部屋の中で、私を信頼しきって、眠っていた。
その時、ゾクゾクと身体の芯を駆け巡った感覚があった。
彼の寝顔を見て、湧き上がってきた感情は何だったろうか。
ともかく、彼の寝姿を見ていると、私の心は得体の知れない充足感に満ち満ちていた。
その日から、彼は空いた時間に私の部屋で過ごすようになった。頻度は高くなかったが、私にとってそれは濃密で充実した時間だった。
そして、決まって安心しきったように眠るのだ。
眠っている時の彼は安らかで、かわいらしい。
また、彼は寝が深い。以前、一緒にお昼寝した時に彼の顔を蹴ってしまった時も目が覚めなかったくらいだ。この事を知っているのは、私だけだ。
眠っているケヤキくんは無防備だ。それでいて寝が深い。
だから、魔が差した。
私は、ずっと彼と会えない時間を埋める様に、ケヤキくんの成分を摂取した。
横向きで眠る彼のうなじの匂いを至近距離で嗅ぐと、名前も知らない強い感情が湧き上がって来た。
うっすらと筋肉の浮き出たお腹をつつき、肋骨の線を指でなぞったりすると、くすぐったそうにする彼の顔を見てウキウキした気持ちになった。
流石に起きるかもと思って自重していたが、我慢できなくなって彼の首を舐めた事もある。その日は、一晩中眠れなかった。
優等生の、人気者の、天才トレーナー・ケヤキを、その時私は好きにできたのだ。
他の子は絶対に知らない彼の一面を、私だけが知っている。
私は彼に、自分の欲望をぶつけていた。
ケヤキくんが引っ越す、数か月前の事であった。
ケヤキくんは引っ越すらしい。
そう知らせてきたのは、ケヤキくん本人だった。
ある日、いつものように登校している時、何事もない風に彼が言った。
一瞬、彼が何を言ったのか理解できなかった。
引っ越す? 何シティに? 何タウンに? なんで?
グルグルと思考が定まらない私を置いて、彼は続けた。
曰く、父親の仕事の都合でアローラ地方へ行くのだという。
だから、多分会えるのは今年までなのだと。
「どうしようどうしようどうしようどうしよう……!」
その日、私は彼に何と言って、何をしていたのか、あまり覚えていない。
気が付けば、スクールが終わっていて、気が付けば家に帰っていた。
訳が分からなかった。
両親に訊いてみたところ、父母はこの事を私より早く知っていたらしく、優しい声音で話してくれた。
最近有名になり過ぎてこのままだとケヤキくんの心に悪影響が出そうだから、ガラルから離れる決断をしたのだとか。
「悪影響……? え、それ……何で……?」
それを聞いて、私は私が嫌いになった。
元々好きではなかったが、いっそ死んでしまえと思うくらいには嫌いで仕方がなくなっていた。
私は、気づけたはずだ。
何故、うちに来るたび、ケヤキくんが安らかに眠っていたのか。
いつか、どこかで困った様な顔をしていなかったか。どこかで無理を続けていたのではないか。
私は気づけたはずだ。気づかなければならなかった。
ただ、私の部屋で無防備に眠る彼を見て、そんな彼が外では誰もが認めるスターであるという事に優越感の様なものを抱いていた。
あまつさえ、彼の身体を玩具にして欲望を満たしていたのだ。
私は、醜い子供だった。
かつて幼稚園やスクールで言われていた通り、怖くて不気味で近づいちゃいけない人間だった。
謝って許される問題ではない。そも、何をどう言って彼に詫びよというのか。ただケヤキくんを困らせるだけではないのか、
それに、恐らく、彼は許すだろう。例え何をしてしまったとしても、優しい彼は私を罰する事はない。
許されたい訳ではなかった。
彼の引っ越しは、来年だ。
冬休みを明けて、春になると、遠くアローラの地へ旅立ち、二度と会う事はないのだろう。
今ほど通信技術が進んでいなかった時代だ。メールやSNSなどもなかった。ポケギアだって、ガラルでは子供に持たせるほど普及していなかった。だから、引っ越しとは即ち永遠の別れに等しかった。
仮に親経由で会う事ができたとして、ガラルとアローラは別地方だ。一年に一度、会えるかどうか。私は、そんなのに耐えられる自信はなかった。
引っ越しが決まってから、彼の様子は以前と同じ程度には明るくなっている様であった。
習い事を止め、全ての取材を断り、勝負を挑んでくるトレーナーに人数制限をかけた。
そう、彼は子供の身には忙し過ぎる生活を送ってきたのだ。
余暇ができた影響で、彼が私の部屋に来る機会も増えた。
とても嬉しい事だったが、彼と遊べる時間が刻一刻と減っている事が気がかりで、私は彼との時間に得も言われぬ焦りの様な感情を抱きながら過ごした。
時は過ぎ、ケヤキくんと一緒の最後の冬休みになった。
今回の長期休暇もまた、我が家とケヤキくん家で一緒に旅行に行く事になった。
向かうのはガラル地方南部のカンムリ雪原だ。ヨロイ島とは対照的に一年中雪が降っている常冬のエリアだ。
そんなカンムリ雪原ではガラルでは珍しいポケモンたちが沢山生息しているのだと、ケヤキくんはキラキラした瞳で言っていた。
そんな彼の瞳を見ると、私の心は息苦しさを感じていた。もうすぐ、彼のその綺麗な瞳を見られなくなるのだ。
カンムリ雪原に着くと、そこはその名の通り一面雪に覆われた神秘の銀世界だった。
宿泊施設に入り、私とケヤキくんは早速カンムリ雪原を探検し始めた。曰く、ヨロイ島よりも危険なポケモンが多いらしいが、ケヤキくんはウーラオスの力で私を守ってくれた。
「わぁ……きれ~。ゴーストポケモンも楽しそう」
「え、ムクノちゃん分かるの?」
「うん、何となくだけどね。ほら、あそこ」
「ん? 見えないけど……」
カンムリ雪原は、石造りのナックルシティにはない風景がたくさんあった。
雪の世界を潜ると、ワイルドエリアとはまた雰囲気の違う草原が広がっていた。
遠くに見える大きな木。ゴーストポケモンが屯っている廃墟みたいな場所。川の近くには図鑑でしか見たことないポケモンが暮らしていた。
彼は、目の前の光景ひとつひとつに感動し、その感情をあまさず私に伝えてきた。あれは凄い。感動した。あっちに行ってみようよ……と。
彼の発するキラキラした心に誘われるまま、私も先の事を忘れて彼と共にカンムリ雪原を歩き回った。
楽しかった。
彼と一緒にいられる時間が。彼と共に走り回る自然が。彼と手を繋いで見た景色が。
あまりに楽しくて、綺麗なモノに満ちていた。
楽しくて、楽しくて、どうしようもないくらい心が躍った。
体力のない私だが、彼と一緒の時は内から湧き上がる気持ちに押されて、いつまでも動いていられた。
彼と一緒に部屋で過ごすのは好きだ。けれど、今の様に彼と気持ちを共有する事は何よりも大好きだった。
怖い外の世界も、彼がいると最高に輝いて見えた。
だが、楽しい時間は、あまりにも早く終わる。
気づけば、彼と過ごす最後の旅行は、最終日になっていた。
夜、変な感覚を覚えて目を覚ますと、暗闇の中で不安な気持ちが溢れて来た。
今日、朝を迎えたら最後だ。もう二度と、彼とこうやって遊ぶ事はできない。彼がガラルからいなくなってしまう。また、一人になってしまう。
スクールでは、私の友達はいない。ポケモンだって、いない。仕事で忙しい両親と、部屋にあるオカルト趣味しか、私の中にはなかったのだ。
どうか、時間が止まってほしいと願った。当然ながら、私にそんな力はない。なら、せめて彼の声が聴きたい。今、この胸にある不安を取り払ってほしいと思った。
その時だ。
何か、声にならない声が聞こえたのは。
その感覚には覚えがあった。ゴーストポケモンの声だ。
けど、いつもとは雰囲気が違う。たまに感じる類の声より、もっと弱々しく、必死な印象があった。
もう一度、声を感じ取った。
間違いない、どこかでゴーストタイプのポケモンが助けを求めているのだ。
考えるより早く、私は防寒着を着て、荷物を背負い、宿泊施設を飛び出した。
勇気を出した行動、という訳ではない。子供らしい、感情に任せた行動だった。
助けに行きたい、という気持ちがあったのは事実だ。けれど、一番大きかったのは、私がいなくなる事でナックルシティへの帰りが遅れるかもしれないという薄汚い打算故だった。
カンムリ雪原にいれば、ずっと彼と一緒にいられると、不安に満ちた私の頭は考えたのだ。当然、まともな精神状態で出て来た思考ではない。
迷惑になるから止めておこうという気持ちはなく、迷惑をかけて止めさせようという、ひどく醜い考えだった。
聞こえてくる声はとても小さく、弱かった。
私は生まれつき持っていた感覚に意識を向けて、少しずつ歩みを進めた。
暗闇の中、しんしんと降る雪が子供の足を阻んでいた。思い返すと、あまりにも無謀で、運が良かったのだと思う。その時、その場所では野生のポケモンは寝静まっていて、夜行性のポケモンはいなかったのだから。最悪、私はここで死んでいた。
やがて、積もった雪の中から助けを乞うていたポケモンが見つかった。
うらめしポケモン・ドラメシヤ。
ゴーストであり、ドラゴンであるという希少なポケモンだ。進化すると“ドラパルト”というとても強力なポケモンになる。だが、その個体数の少なさと発見の難しさから、バトル需要の割に彼らの使い手は少ない。
そも、図鑑によるとドラメシヤはカンムリ雪原にはいないはずである。なのに、何故かこのドラメシヤはカンムリの雪に埋まっていた。
「だ、大丈夫……大丈夫だよ……」
だが、そんな事はどうでもいい。私は弱ったドラメシヤに敵意はないという思念を飛ばしつつ、その子の小さな身体を抱き上げた。
かなり弱って、傷ついている。此処は危ない。キズぐすりを使う前に、もう少し安全なところに行かないと……。
私はドラメシヤを抱き上げると、宿泊施設に帰ろうとした。
その時、生まれて初めて“殺気”を感じた。
振り返ると、目の前に大きなシルエットがあった。
暗い夜の雪の中、その恐ろしい巨体が私の前に立ちはだかった。
じゅひょうポケモン・ユキノオーだ。
そのユキノオーは、見るからに激怒していた。縄張りに侵入してきた敵に怒っているのか、そうでないのかは分からなかったが、彼がドラメシヤを狙っているのは何となく分かった。
ユキノオーがその大きな腕を振り上げる。狙いはドラメシヤ、ついでにそれを抱いている私だろう。あんな腕に直接殴られたら人間の子供である私など簡単に殺されてしまう。
多分、生きる事を考えるなら、私はドラメシヤを放り出して一目散に逃げるべきだったのだろう。
ユキノオーは逃げる獲物は追わないと本で読んだ。あくまで、外敵を排除する為に戦うのだ。だから、狙いであるドラメシヤを差し出せば私は許される可能性があった。
けれど、何故か、どうしてなのかは分からないが。
その時、私の脳裏に過ったのは、ケヤキくんの笑顔だった。
彼なら、こういう時、どうするだろうか。
傷ついたポケモンを、殺されると知ってむざむざ差し出すだろうか。いや、それは考えられない。恐らく彼なら、私では到底真似できない方法でこの場を脱し、華麗にドラメシヤを救ってみせるだろう。
そうして一人で全てを解決し、大人たちに褒められ、そして……。
手の届かない遠くまで、行ってしまうのだ。
気づけば、私はドラメシヤを抱えたまま逃げだした。
後先考えず、荷物も投げ捨ててドラメシヤだけ抱えて逃げた。追ってくるユキノオー。けれどその足は遅い。警戒しているのか、そもそもそんなにやる気がないのか。とにかく好都合だった。
だが、危険は去らなかった。今度はニューラの群れに襲われてしまった。
ニューラは生存の為に獲物を狩る。しかも集団でだ。逃げても逃げても追ってくる。
ニューラは脚が速いし、狩りが上手い。私はあっという間に追い詰められ、ニューラの群れに囲まれてしまった。
万事休すという時に、件のユキノオーが現れて、今度はニューラと戦いはじめた。
ニューラの群れを圧倒しつつ、ユキノオーはドラメシヤから意識を外さなかった。やはりユキノオーはドラメシヤに執着している。差し出せば、私は助かる。けど、それは絶対にしない。
ただのムクノなら、逃げた。ドラメシヤを投げ捨てて、逃げただろう。
醜い心根で、不気味でグズで怖がりな私なら、絶対そうした。
けれど、ケヤキくんなら違うだろう。彼は例え同じ状況でも、ドラメシヤを見捨てたりしない。なら、ケヤキくんの友達の私も、ドラメシヤを助ける。
彼なら、彼の友達なら、そういう選択をするのだと、無根拠にそう思えたから、私は絶対にドラメシヤを見捨てなかった。
覚悟が伝わったなんて事はないだろうが、だからどうしたとばかりに、ユキノオーは最後のニューラを殴り飛ばし、今度こそこちらに歩み寄ってきた。
逃げ場はない。追い詰められているのだ。身をかわすにも、どうすればいいのか分からなかった。疲労で意識がぼんやりして、怖くて脚が震えていた。どうすればいいか、どうしたらいいのかが分からなかった。
ユキノオーが立ち止まる。今度は逃がさないとばかりに、慎重になっていた。大振りな攻撃はこない。確実に、ドラメシヤと私を始末するつもりだ。
ユキノオーが足を動かした、次の瞬間だ。
一閃、ユキノオーの首に強烈な“ふいうち”が炸裂した。
強烈な攻撃だったが、ユキノオーは健在だ。飛びのいて戦闘態勢を取るユキノオー。その眼前には、仲間を傷つけられて怒り狂うマニューラが立っていた。
マニューラが爪を研ぎ、威嚇する。
ユキノオーが腕を挙げ、威嚇する。
傷ついたニューラたちがフラフラと立ち上がって、彼らの戦いに参加しようとする。
野生の戦いが始まったのだ。
私とドラメシヤは蚊帳の外に追いやられていた。
とはいえ危機を脱した訳ではない。私の足はもう限界だし、緊張が抜けて意識も散漫になって来た。
帰り道も分からず、ただ歩く。腕の中のドラメシヤから私を心配する声が飛んできた。それに大丈夫だと返すと、とにかく危ない場所から離れるべく脚を動かした。
「だいじょうぶ……だいじょうぶだからね……、私が……守るから……」
そして、どうやってかは分からないが、私は狭い洞窟へと身体を隠した。
子供か、あるいは小型のポケモンしか入れないであろう小さな洞窟。元々夜というのもあって洞窟は暗闇に満ちていた。
私はドラメシヤを抱えたまま、倒れ込むように座り込んだ。
緊張の糸が切れ、これまで無視できていた疲れがドッと身体を駆け巡った。身体の節々が痛い。どこかで切ったのか、口の中は血の味がした。
ドラメシヤもボロボロだ。だが、さすがポケモンというべきか、さっきの逃亡中にいくらか回復したらしい。私の腕から抜け出したドラメシヤは、私の周りをふわふわと浮いていた。
「あぁ……よかったぁ」
それを見て、私は心底安心した。
もう、捨て鉢だった。ドラメシヤさえ生き残ってくれたのだから、もう十分だと思えた。
多分、私は死ぬだろう。いや、どのみちケヤキくんと離れ離れになった後の未来に未練はなかった。なら、別れが早まっただけで、死ぬ事自体は怖くなかった。
ふと、防寒着のポケットの中に変な感触がある事に気づいた。
何となく探ってみると、それは“きのみ”だった。昨日、おやつ代わりにとケヤキくんが採ってくれたものだ。気温のせいでほとんど凍っていたが、ポケモンなら食べられるだろう。
これを食べれば、ドラメシヤは回復するだろう。私はそのきのみをドラメシヤに渡した。
「たべて……」
これを食べて、生き残ってほしい。逃げて、ちゃんと生きて欲しい。
そう思念を飛ばすと、ドラメシヤから強い拒否の声が返ってきた。
それどころか、私の持っていたきのみを半ば無理矢理私の口に押し込んできた。残念ながら人間の子供である私の口はきのみを丸呑みできる構造にはなっていない。
なんとか荒ぶるドラメシヤを落ち着けて、仕方ないので少しだけかじり、残った分をドラメシヤにあげた。ドラメシヤはしぶしぶきのみを食べてくれた。凍ったきのみが染みて口の中が痛かった。
だが、私はポケモンではないので、きのみを食べても回復しない。防寒着越しの寒さに、私の身体は震えていた。
そんな私を暖める為か、ドラメシヤがさっきまでと同じように私の腕に収まった。ドラメシヤの身体は冷たかったが、伝わってくる心は暖かかった。
ドラメシヤを抱きしめながら、洞窟の中で座り込む。
見れば、洞窟の入り口が雪で覆われていた。
もう、誰も助けになど来れないだろう。
死ぬのは怖くなかった。
生まれ変わり、オカルト雑誌に書いてあった。ポケモンの為に死ねば、ポケモンとして生まれ変われるのだと。
本当なら、私もソッチに行けるのではと思っていた。
だから、人間から離れる事がむしろ嬉しかった。
「ケヤキくん……」
弱った心と、疲れた身体は、私の頭にありもしない妄想を広げた。
楽しくて、希望に満ちた理想の世界を。
もし、私がポケモンに生まれ変わったら、ケヤキくんの手持ちポケモンになりたい。
イーブイみたいに、ウーラオスみたいに、彼の為に戦い、彼の近くでずっと暮らしたい。
ケヤキくんと一緒に旅をして、彼と共に眠り、彼の命令に従って、頭を撫でられたい。
ずっと一緒にいて、何度も戦って、彼の役に立って……。
ケヤキくんに看取られて、死にたい。
そうしたら、恐らく彼は涙を流すだろう。彼を守って死ねたのなら、尚の事ひどく泣いてくれるのではないだろうか。その涙は、どれほど綺麗だろうか。どれほど私の心を満たすだろうか。
そして、彼の心に一生残るポケモンとして生き続ける。彼の中の、彼の一部になる。
なんて、素晴らしい死に方だろうか。
「ふ、ふへへへ……」
かつて、気持ち悪いと言われた笑みが溢れた。
妄想だった。妄想こそ、私のいるべきところだった。
現実は、いつも苦しくて悲しい。だから、妄想の中でくらい彼と一緒にいたかった。
「ふへっ、ふへへへっ……ふへへへへ……」
ずっと、離れたくなかった。
あのままずっと、彼と一緒に冒険ができればと、そう思っていた。
けれど、時間は残酷だ。現実は最悪だ。ここで、私は終わる。
だから、せめてあり得ない妄想などしながら、死にたかった。
「ふへへ……ありがとう……ケヤキ、くん……」
そう思いながら、眠りに堕ちた。
願わくば、二度と目が覚めませんように。
胸の中はケヤキくんでいっぱいだ。このまま死ねば、幸せだと思った。
ふわりと、嗅ぎ慣れた幸せの匂いがした。
柔らかくて、暖かい。
起きて、起きて……と、ゴーストタイプじゃないポケモンの声を、初めて聞いた。
目を開けると、二匹のイーブイがいた。
ぼんやりした意識が、現実と妄想の境目を曖昧にしていた。
まだ、意識が定まっていなかった。けれど、分かる事はあった。このイーブイたちは、ケヤキくんのイーブイだ。
「ムクノちゃん!」
ケヤキくんの声が聞こえた。反射的に、身を震わせてしまった。
脳内ではない。鼓膜を通して、はっきりと彼の声が聞こえた。
少しずつ、妄想の靄が晴れていく。大好きな声を鍵に、心の扉が開かれていった。
「ムクノちゃん! 良かった! 生きてるな! 生きてるよな!?」
もう一度、彼の声が聞こえた。大好きな声が、私の心を蘇らせた。
意識を取り戻すと、今まで見たことない必死な表情をしたケヤキくんがいた。
暗い洞窟の中、私を見つけ、喜んでくれる人がいた。
「助けに来たぞ!」
その、男らしい表情に。
強く、頼りがいのある面立ちに。
雄々しく見える笑顔に。
真っすぐ私を見てくれる瞳に。
魂の在り方に。
不安を覆い隠し、折れてしまいそうなほど弱った心を騙す、人としての輝きに。
彼という存在の全てに。
――私は、恋をしたのだ。
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