【完】再会した幼馴染オカルトマニアちゃんにお薬飲まされて何やかやあった後の話 作:いらえ丸
誤字報告、感謝です。
リュウキ編は今回でおしまいです。
次は妹編です。
あと、今回ちょっと時代錯誤な表現が出てきます。
「はい。リュウキくんは、ドラゴン使いとして素晴らしい才をお持ちですよ!」
「もちろん、小生が保証します! どんなドラゴンとも話ができ、どんなドラゴンとも友達になれる、とても素敵な素質だと思います!」
「……ええ。そういった才は子に遺伝する事が多いのは確かです。実際、ドラゴン使いの一族はそのようにして力を継承してきた訳ですから」
「リュウキくん、何かあったのですか……?」
「……そうですか。何か、困った事があればいつでも相談に乗りますよ。はい、お気をつけて」
ハッサク先生曰く、俺にはドラゴン使いの才能があるらしい。
それも、外部の血を欲しがっているドラゴン使い一族からすると、是が非でも取り込みたくなるような才能が。
普段なら、そんな訳あるかと一蹴していただろう。
「ええ、この方が我ら一族のとある分家の次女様になります。歳はリュウキ様よりも上ですが、同世代です。気立てが良く、しっかりとした教育を受けております。リュウキ様のご負担になるような事は絶対に致しません。如何です、お美しいでしょう?」
怪しい女性から教えられた、怪しい情報。いかがわし過ぎる縁談とやら。
普段なら鼻で笑ってスルーしていたところだったが、事はそう軽く収まるものではなかった。
「……もちろん。未だ男を知らぬ生娘にございます」
縁談があると言われ、お見合い相手の写真を見せられた。当然ながら知らない少女だった。歳は俺の姉と同じくらいに見えた。
そして、その娘はドラゴン使いの才能が皆無であり、次代を受け継ぐ役目を負っていると……。
「そうですか。それは残念です」
おかしな話だ。映画じゃあるまいし、今時そんなんあるかと思って断った。一度として会いたくなどなかった。
すると、使いの女性はあっさりと引き下がった。「また会いましょう」と言い残して。
「あー、もしもし? リュウ、ちょっと今いいか?」
その晩、俺のスマホに着信があった。父だった。
要件はシンプルで、俺にとある家から縁談が来ているとの事。
反射的に吐き気がした。現実感のない事だと思っていた俺の血目当ての縁談とやらが、聞き馴染んだ父の声で伝えられると急に現実味を帯びて迫ってきた気がした。
俺は、その縁談を断るよう言っておいた。写真の女性は美人だったが、そういう問題ではなかった。
とにかく、一族とやらのやり口が気色悪かった。
「お初にお目にかかります。私の名はヘリアン。ご自由にお呼びになってください、リュウキ様……」
翌週、縁談を断ったはずの娘がアカデミーに入学してきた。
彼女は、俺がいつもの三人で飯を食べている時に現れ、シンラとアニスを威圧するように挨拶してきた。
その意図は、馬鹿な俺にも理解できた。
「ええ、ご当主様からはパルデアでよく学んでくるよう仰せつかっております。その為に、入学をお許しいただけたのです」
ヘリアンという女性は、温和そうな笑みをしながら冷めた眼をする女性だった。
挨拶の後の会話も無難そのもので、まるでお役所仕事かの様に感じた。
また、楚々とした振る舞いの中に、強く共感できる諦観があるようにも思えた。
「リュウキ、あの人は誰?」
「わたくし、あの方どこかで見た事がある気がするのですが……」
ヘリアンが去った後、二人の言葉に、俺は明瞭な答えを返せなかった。
実際、何といえばいいのだ。
俺の血を狙ってやってきた、色仕掛け要員とでも言えばいいのか……。
「あ……」
その時、ふと思った。
ヘリアンの諦めに満ちた瞳。当然だろう、顔も人となりも知らない相手と子を成すように命じられ、篭絡してこいと送り出されたのだ。間違っても自主的な行いではあるまい。
それは、一族が俺の血を欲したが故であった。彼女の意思などではない。親の、家の、一族からの外圧による命令だ。そこに、個人的な感情が挟まる訳もない。
ヘリアンは、そのような家に生まれ、そういった事を是とする教育を受けてきたのだ。
シンラと、アニス。
よく分からない理由で旅行に行った、二人の故郷。
この二人は、その家は、どうなのだろう?
シンラは言わずと知れたフスベのドラゴン使い一族の娘だ。
アニスの祖父が言うには、シンラの家も後継者問題には頭を悩ませているとか。
シンラの父は、あるいはその近くにいる一族の人間は、シンラに対し何も望まないものだろうか。彼女個人の自由より、一族全体の繁栄を望む者はいないのだろうか。
アニスはソウリュウを代表する一族の娘だ。
聞いた限り、アニスの一族はシンラの家よりも逼迫した事情を持っている様だ。実際に分家からは一刻も早くアニスが婿を取るよう催促を受けているらしい。
アニスの祖父は、アニスに自主的な恋愛を望んでいた。だが、件の分家の人たちはどうだろうか。一族に仕える家人の中に、あるいはアニスの姉は、アニスより一族を優先しないものだろうか。
――こいつらも、命令をされたんじゃないのか?
そう思うと、納得のいく心地であった。
なんだかんだ、成り行きでつるんでいた俺たちだったが、何も考えずに友達付き合いをしていたのは俺だけなんじゃないか?
俺とシンラとアニス。そこに、彼女達からの友情なんて存在していないんじゃないか?
俺は、俺がしょうもない人間なのを知っている。
優秀な姉妹に挟まれ、子供っぽい劣等感に満ちたコンプレックスの塊だ。何事にも自信がなく、自己肯定感も低く、向上心も社交性もなく、何の魅力もない人間なのだ。
俺は、それでいいと思っていた。自己評価も自己肯定感も低い俺だが、自尊心はあった。そういうダメな自分を、別にそれでもいいじゃんと思える余裕があった。
そこに、突然明かされた特質。
ハッサク先生お墨付きの、“ドラゴン使いの才能”とやら。
それが、一部の人を強く引き付ける程魅力的なのだとしたら……。
「リュウキ様?」
フスベのお嬢様が。
「リュウキ?」
ソウリュウのご令嬢が。
「あぁ……いや、何でもない」
俺なんかを、構う理由が出来てしまう。
人の気持ちなんて、分からない。
二人の本心など、分かるはずもない。
だが……。
だとしたら……。
本当に、俺が考えた通りなのだとしたら……。
――シンラとアニスが可哀想だ。
● 〇 ●
妹のキリノが、アカデミー主催のバトル大会で優勝したらしい。
今や、妹はアカデミーが誇る期待の星だ。すごいと思った。
俺なんかとは違って、本当に凄い妹だ。願わくば、自由に幸せに生きてほしい。
時折、アカデミーでヘリアンと話をする機会がある。
最初は軽い世間話程度の付き合いだったのが、今ではたまに趣味の事を話すようになっていた。
ヘリアンは話術が上手く、そうと分かっていても俺はいつの間にか彼女に気を許しかけていた。
「あら、リュウキ様? 寝癖が立っていましてよ? ふふっ、おかわいらしい」
ヘリアンは美人だ。好みはあるだろうが、綺麗か否かで言えば間違いなくそうだろう。
シンラの様な派手な美しさではない。アニスの様な守ってあげたくなる愛らしさではない。
まるで小さな造花の様に、美し過ぎて触れるのをためらってしまうような美しさがあるのだ。
そんな女性が、表面上俺に好意を向けてくれているのだ。普通なら、すぐ勘違いしてしまうのだろう。
「まあ、リュウキ様は力持ちなのですね。頼りになります」
だが、これは違う。
作り物の、意思のない、哀れな造花だ。
一族によって羽を捥がれた、従順にならざるを得ない道具なのだ。
彼女に罪はない。
彼女の一族にも罪はない。
シンラにも、アニスにも、俺にだって何の罪もないだろう。
悪者なんていない。悪の組織の陰謀とか、裏で糸引く黒幕なんてのもいない。
ヘリアンも、シンラも、アニスも。
俺なんかの血の為に、心を殺す羽目になったのだ。
可哀想に。
そんな中、ポケモンたちを洗おうと水浴び場に向かっている時、苛ついてるらしい男たちの話し声が聞こえてきた。
それは、俺への陰口だった。
曰く、俺のドラパルトとジャラランガは父から譲ってもらった特別な個体なのではないか。
曰く、手持ちのドラゴンが従順なのも別口から入手した調教済みのポケモンだからなんじゃないか。
曰く、俺が四天王戦まで行けたのは、他人からもらったポケモンにおんぶにだっこされたお陰なんじゃないか。
とか、その他色々……。
それを聞いても、特にムカつきはなかった。まあ、あながち間違ってないのだ。
事実、ドラパルトとジャラランガは両親からもらったタマゴから生まれて来た個体だし、特別と言えば特別だろう。
四天王戦まで行けたのはドラゴンポケモンの地力のお陰なんてのは、今さら言うまでもない真実だ。
けれど、セグレイブやカイリューが従順な理由が調教済みのポケモンであるからというのは……明確に違う。事実無根だ。
ドラパルトが戦ってくれるのは、俺がずっと世話をしてきたからだ。
ジャラランガが勇んでバトルをするのは、戦いが好きだからだ。
空腹のフカマルに肉を与えたのは俺だ。
寒がるハクリューに毛布をかけたのは俺だ。
ピンチだったセビエを助け、セグレイブに進化させたのは俺だ。
賢いシャリタツと話をしていたのは俺だ。
そうして生まれた関係を。
そうやって育まれた感情を。
俺の相棒たちを。
見下されて黙っている程、俺は腑抜けじゃない。
ドラゴン使いの一族とか。
周囲からの評価とか。
個人の意思とか伝統とか。
縁談だの血の継承だの跡取り問題だの外圧だの命令だの友情だのなんだのと……。
そういうの、全部どうでもいい。
俺は、こいつらと旅に出る。
全部から逃げて、世捨て人になってやる。
だが、その前に、やり残した事を清算する。
パルデアリーグチャンピオン。
相棒の強さを証明し、それからアカデミーを去る。
絶対に、チャンピオンになってやる。
チャンピオンになって、胸を張って卒業してやる。
後の事など、知った事ではない。
一族が届かぬ所まで、凱旋したまま逃げてやる。
● 〇 ●
チャンピオンになって、卒業する。
そう決意した次の日から、俺はポケモンリーグで勝つ為の訓練に勤しんだ。
バトルに活かすべく、これまで興味のなかったバトル関連の資料を片っ端から読み始めた。
並行し、手持ち達を鍛え、いっそう己が肉体を鍛え上げた。
休日は朝から晩までトレーニングに励み、近くでテラレイドバトルができるとなれば積極的に参加した。
バイトで貯めた金で栄養剤を買ったり、ポケモンたちにけいけんアメを舐めさせたり、健康に良いとされるペパーさんの店にも通った。
「リュウキ様、最近はよくお出かけになっているそうですけれど、何かあったのですか?」
「ん、今度シンラと映画に行く予定。リュウキも一緒がいい」
「……あぁ、行くか」
前以上に距離の近くなった二人だったが、シンラとアニスには俺に影響がない範囲で好きにさせた。
もしかしたら、二人には監視が付いていて、工作を怠っていないか見張っているかもしれないと考えた為だ。
だから、俺は各々の実家からの彼女等の印象を悪くしないよう振る舞った。表向き、上手く行ってると思われるように。
長期休暇になると、実家に帰って父に頼み込んでバトルの手ほどきを受けさせてもらった。
妙に浮かれている父だったが、いざ指導となれば流石のS級レンジャーであり、適格なアドバイスで俺の腕を上げてくれた。
「ドラゴンの意思を尊重して力を発揮させるっていうリュウの方針は間違ってないと思う。ただ、たまにポケモンが張り切り過ぎて無駄が生じてるな。リュウは、それを上手く制御すればいい。大丈夫だ、練習すればできるよ」
なるほど、と目からハートのウロコであった。
ドラゴンに任せるのでなく、使いこなすでもなく、手綱を握るのだ。
強すぎるドラゴンの力を無駄なく運用し、本能以上の力を発揮させる。
言われて気づいて、納得できた。あとはこれを身に馴染ませるべく訓練するだけである。
「てなわけで! お姉ちゃんもアカデミーに入学しました!」
そんなある日、なんと姉がアカデミーにやってきた。
久しぶりに会った姉は、背こそ高くなっていたが中身はそのままだった。相変わらず人の世話を焼きたがるし、姉弟の距離が近くべたべたと鬱陶しい。
「だから、アカデミーでは話しかけんなって言っただろ……!」
「えぇ~! お姉ちゃんもリュウ君とご飯たべた~い!」
とはいえ、俺には関係のない事だ。
俺は来る課外授業に向け、ひたすらに牙を磨き続けた。
姉ほど強くなれるなど、最初から考えていない。俺は、俺のドラゴン達が“本物”であると証明したいだけだ。
俺なんかが、彼らの輝きを霞ませてはいけない。
● 〇 ●
そして、三回目となる課外授業当日。
俺は誰より早くテーブルシティを出て、混みあう前に各ジムをガンガン攻略していった。
父の編み出した新戦術は、想像以上に上手くハマッていた。二周目とあって本気で戦ってくれたジムリーダーたちを倒していって、俺はすべてのジムを誰より先に制覇したのである。
とはいえ、すぐにリーグ本部には向かわなかった。
今のままでは、絶対に勝てないと思ったからだ。
オージャの湖、ナッペ山、色んな場所でのテラレイドバトル……。ジム巡りを終えた後も、俺は色んな場所に行って鍛錬を続けた。
やがて、そろそろ課外授業が終わるという時期に、リーグ本部へと乗り込んだ。
四天王戦は、去年ほど苦戦する事なく超える事ができた。
去年敗北したハッサク先生にも、何とか勝つ事ができた。ハッサク先生は複雑そうな顔で俺を見ていた。
「リュウキさん、貴方の存在には去年から注目していましたよ。いつか戦える事を願っていました。さぁ、始めましょう」
そうして、チャンピオンとの戦いが始まった。
オモダカさんは、事前に手加減をしない事を宣言し、バトルを始めた。
なんというか、大人げない人だなと思った。
チャンピオンとのバトルは、一進一退の様相を呈していた。
どこまで行っても、俺は凡百のトレーナー。相棒は一流でも、司令塔は三流だ。どちらも一流のオモダカさんに、俺とポケモンたちは次第に押されていった。
けれど、これまでの積み重ねが俺というド三流に大物食いのド根性を与えてくれていた。
最終盤、俺もオモダカさんも残り一匹。最後の力を振り絞って、シャリタツがエースにバトンを渡してくれた。
万全のドラパルトと、万全のキラフロル。
地力では勝っている。調子も最高だ。タイプ相性だって問題ない。
これは、勝てる戦いだ。
「あぁ……負けたか……」
けれど、俺は負けた。
後から振り返っても、ミスをした訳ではなかったと思う。
ドラパルトも実力以上の力を出してくれた。他のポケモンたちも、最後の最後まで踏ん張ってくれたのだ。
それでも、俺は負けた。チャンピオンに負けた。ミスもなく、言い訳の余地もなく、負けた。
敗因は、俺だ。
リーグ本部から出ると、空から雨が降り始めた。
服が濡れるな、とか。傘差さないと、とか考えていた。
でも、そういうのも面倒臭くなって、ずぶ濡れになって寮に帰った。
寮に帰ると、姉に慰められた。
どう返事をすればいいか分からず、無視をしてしまった。
無視をしたかった訳ではない。
ちょっと遠くから、シンラとアニスが俺を見ていた。
その隣に、ヘリアンもいた。
三人が、敗北に濡れた俺を見ていた。
俺は部屋に戻ると、泥の様に眠った。
諦めるなど、慣れている。
翌日、教室に入るといつものようにシンラとアニスに話かけられた。
あんまり覚えていないが、なんか映画がどうのとかモトトカゲカップがどうのとか話していた。
多分、俺がチャンプに負けた事に触れないように会話をしていたように思う。
そこにヘリアンもやってきて、三人はことさら明るく話していた。
あぁ、可哀想に。
その歳で家の運命を背負って、感情を押し殺して、俺なんぞの為に時間を使っている。
好きでもない男に、気を遣っている。
本当に、可哀想だ。
● 〇 ●
姉がアカデミーのバトル大会で優勝したらしい。で、生徒会長になったらしい。
ホント、姉さんは凄い。多分、何があっても幸せになれるんだろう。
素直に羨ましい。
俺は、来年アカデミーを卒業する。
卒業後は、旅をする予定だ。行き先は決めていない。とにかく、パルデアから離れるつもりだった。
両親には課外授業の前に話しておいた。誰にも言わないようにと付け加えて。
けれど、ドラゴン一族関連には手を出してほしくなかったので、旅に出る理由は話さなかった。
両親が出張ると、各方面に迷惑をかけてしまうかもしれない。それは嫌だ。
前向きな旅ではなく、後ろ向きな気持ちで旅に出るのだ。
まあ、シンラやアニスの為に自主的に手の届かないところまで行こうという話だ。
一族の人らはともかく、二人……いやヘリアンも、ほっとするのではないだろうか。
少なくとも、俺と結婚させられる未来はなくなるのだから。
ただ、そう納得していたつもりの俺だったが、どうにも自分で思っていたよりも心中穏やかではなかったらしい。
気が立っていたというか。自分にそんな一面があるとは今の今まで知らなかったのだが……。
ある日、アカデミーの廊下を一人で歩いていると、変なマントを付けた男子生徒に話かけられた。
シンラやアニスがつけてるようなダサマントだ。つまり、こいつもドラゴン使いなのだ。どこの一族なのかはさっぱりだったが。
そんなドラゴン使いくんが何用かと思っていると、突然「シンラから手を引け」とか言われた。
はあ? と思ったが、続いて新たなダサマント君が出現し、先の男に続くように「アニスから手を引け」とか何とか言ってきた。
何が何だかわからんが、とにかく話を聞いて見ると、こうだ。
シンラは由緒正しいフスベの名家であり、そこの次の当主には自分――先に話しかけてきた方のマント君――が相応しいとか。
アニスはソウリュウの跡取り候補であり、我が家の血――後から現れた方のマント君――を入れて家同士繋がりを強化するのだとか。
だから、二人のお家にとって俺は邪魔であるとか何とか、借り物のドラゴンで調子に乗るなとか……。
まぁ、そういった旨の話をされた。
ぶっちゃけ、好きにしろよと思ったし、俺は卒業したら両方の一族の目から逃れるつもりだったので、その事を説明しようとした。
そう、説明するつもりだったのだ。
「……なんなんだ、お前ら」
言い分を聞いて、事情を説明して、それで終わりにしようと、思っていたのだ。
けれど、俺はその時、生まれて初めて“怒り”の感情に飲まれていた。
自慢じゃないが、俺は割と穏やかな心の持ち主で、全然キレない性質だ。
声を荒げる事はあっても、そこに本気の怒りはない。たまにキレそうな時があっても、キレる寸前で冷めてしまって怒るに怒れないタイプのストレス溜め込み人間なのだ。
要するに、俺は生まれてこの方怒った事がなかったのだ。
なるほど、キレるってのはこういう事かと、俺の冷静な部分が暴走する自分を俯瞰していた。
で、何でこんな事でキレてんだよと、同じく俺の冷静な部分が呆れていた。
ドラゴン使いの血とか。
家の跡取り問題だとか。
家同士の繋がりがどうとか……。
そうじゃないじゃん。
こいつらは、シンラの事も、アニスの事も、全く頭に入っていない。
二人の事を知らない。シンラが何を見て感動して、アニスが何を食べて喜んだとか、そういうのを全く全然知りもしない。
二人を、ただの道具としか見ていない。
そんな奴が、二人の身体を狙っている。
仮でも偽でも何でもいいが、俺の友を蔑ろにしている。
それが、どうにも、腹が煮える。
「あぁ……ま、いっか」
別に、卒業時期に拘りはない。
将来何をしたいとかも、特にない。
だから、今からアカデミーで俺がどうなろうと、知った事ではなかった。
「じゃあ……殴るぞ」
結局、俺は二人のマント君を殴った。
喧嘩じゃない。というか、喧嘩をするつもりだったのだが、二人とも殴り返してこなかったのだ。
軽く殴って、殴り返せよと挑発しても殴ってこなかった。打たれた頬を庇って、後ずさりしかしていなかった。
で、何もしてこなかったのでもう一発ずつ殴ったら、二人とも気を失ってしまった。こういう時、手持ちポケモンと信頼を結べていたら自主的にボールから出てきてトレーナーを守ってくれるんだが……別にそんな事はなかった。
それから、俺は二人を担いで保健室に行った。
そんでそのままの勢いで退学届を書きたい旨を先生に伝えると、とにかく何があったか話せと言われた。
話をしたら、なんか大事になった。そこにハッサク先生も現れて、詳しく事情を話す事になった。
ハッサク先生には、俺にドラゴン使いの一族から縁談が持ちかけられた事も話した。先生は眉間にシワを寄せて、難しい顔になっていた。
結局、俺の暴力事件はもみ消された。
もみ消されたというか、ハッサク先生が責任持つとかで色んな所に電話をかけていた。
目が覚めたマント君二人組は、ハッサク先生に連れて行かれた。少ししてマント君二人から謝罪を受けた。
俺こそ先に殴ってごめん、だからお前らも俺を殴れと言ったら拒否された。
で、それでおしまいという流れになった。
アカデミーってのも、意外とアバウトなもんで。
寮への帰り道、ふとスマホを見て見ると、そこには一通のメッセージが届いていた。
まぁ後でいいやとスマホを仕舞うと、少し先で見知った顔を見かけた。
俺は、何か気まずくなって、目を伏せた。
一歩、踏み出す事をためらっていた。
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