【完】再会した幼馴染オカルトマニアちゃんにお薬飲まされて何やかやあった後の話 作:いらえ丸
誤字報告ありがとうございます。感謝しています。
キリノ編は一旦ここで終了。
気絶からの覚醒は、眠った後の起床とは比較にならない程に気持ち悪いものだった。
目が覚めると、そこは自分の部屋だった。
部屋にはヘリアンと医務室の先生がいて、先生は意識を取り戻したアタシを診察した。
診察の結果、異状なしとなって先生は帰って行った。
部屋にはヘリアンと、その相棒であるトリミアンが残っていた。
「訊いていい?」
「どうぞ?」
「1、ライム・ラップはまだ流行ってる? 2、サメハダーネードは何作までいった? 三つ目、ポケウッドファンはいつになったら声を上げるんだ? 151の図鑑は古いって」
「元気そうね」
脳の調整の為に無意味な質問を飛ばしてみる。頭の回転数は未だに低く、思考回路はクラッシュ寸前だった。
昔々、遠い地方の戦争で絶望的な状況に置かれた人たちがいた。その中で、生き残った人たちが共通して持っていたものがあったらしい。ユーモアだ。
そんな、アタシにはそれほど持ち合わせのないモンを引っ張り出さないといけないくらい、今のアタシは弱っていた。
「で、何があったか聞かない方がいい奴? 聞いてほしい奴?」
「……言語化しないとパンクしそう」
「話したいっていいなさいよね」
それから、ヘリアンに気絶する直前にあった事を話した。
ヘリアンはトリミアンの背を撫でながら聞いていた。それいいなと思って、アタシもハバタクカミのタクちゃんを抱っこしながら話した。
「それで、頭がぐちゃぐちゃになって……」
「気を失ったのね」
頷くと、ヘリアンは何とも言えない顔になっていた。
呆れているような、蔑んでいるような表情だ。相変わらず、アタシの人間に対する観察力はさほど養われていない。
「そうよね……あんたって一応11歳だもんね」
「12歳になりました」
「あっそ。どっちみち子供じゃない」
小さく息を吐くと、ヘリアンは他人事の様に云った。事実他人事である。
「そりゃ、友達のこと頭からつま先まで好きって奴なんかいないでしょ。どんなに好きでも、どっか気に入らないトコくらいあるものよ。それが表に出てるかどうかってだけで。多少友達を憎たらしく思うくらい普通よ」
「アタシは家族の事まるまる大好きだよ」
「あんたは普通じゃないの。自分を基準にするもんじゃないわ」
「……わかった」
分かっている。いや、分かっていたつもりではあった。
他者と自分は違う。思想も、価値観も、ちょうどいい距離感というのも。パパやママ、姉や兄がアタシに合わせてくれていただけだ。
今のこれも、アタシが勝手に傷ついて、勝手に気絶しただけなのだ。
「ロモジちゃんは、何でアタシを憎いと思ったんだと思う?」
「さぁ? 知らないけど、今あんたが考えてる事、多分それ全部あんたの思い込みよ」
「……そうだね」
これもまた、自分の基準で物を見ている証左だ。
ロモジちゃんにも、マント君にも、アタシの基準を押し付けてしまっていたのだろう。
まだ脳がバグッている。今アタシ自身がどうしたいのかも分からない。分かったところで、どうだとも思うが……。
とにかく、勇気を出して、お話するしかないと思った。
「スッキリした? じゃ、あたし帰るからね」
「あ……」
言って、立ち上がったヘリアンの手を、アタシは反射的につかんでいた。
タクちゃんもトリミアンも何事かと見てきた。自分の行動が自分でも予想外だった。
「なに? あたしもう眠いんだけど」
「あ、えっと……」
お嬢様フォルムのヘリアンはともかく、素のヘリアンは思った事をずばずば言う。だから、その発言に嘘はないんだろう。
建前も虚飾もない。自分の感情を垂れ流しにして、どうなってもいいと諦めている。
今は、そういう人といたかった。
「い、一緒に寝てほしい……」
「……はぁ?」
お嬢様の口から、心底ピュアな「はぁ?」が出てきた。
言ってはなんだが、今のアタシはかなり変だ。社会的にどうのでなく、今のアタシはいつものアタシじゃない。
相変わらず脳が低回転で、心臓が小さくなってる錯覚があって、誰かと何かを話してないと不安がどんどん強くなる気がする。
あぁなるほど、これが自己肯定感が低い状態か。あと、今のアタシには自信と自尊心もないのか。
これは辛い。心が風邪を引いてるみたいだ。
「ダメ、かな……?」
掴んでいた手から力が抜けていく。言った後、アタシの中のエゴがどんどん薄れていくのが分かった。普段なら、強引にでも自分の意思を貫くものだが、今は何をするにも勇気を要した。
第一、ヘリアンは兄の嫁候補……色仕掛けのアレやコレやの要員だ。アタシといても、兄に近づけこそすれ大したメリットはない。それより、一刻も早く寝て健康を維持する方が色々と有意義だろう。
アタシといても、大したメリットはない……と思う。
手を離し、恐る恐るヘリアンの目を見た。
超能力なしでも分かる。ヘリアンは、物凄くめんどくさそうな顔をしていた。
ごめん、今のなし! と言おうとした、その時だ。
「仕方ないわね」
ため息交じりの言葉。
それは了承の意であった。
「い、いいの……?」
「今のあんた放っとくほど薄情じゃあないのよ」
瞬間、アタシの心に安堵が広がった。
普段アタシ自身の自己肯定感によって守られていた聖域が、あろうことか家族以外の同衾の合意程度で満たされるなど、半刻前の自分では信じられなかっただろう。
「言っとくけど、あたし寝相悪いからね」
「う、うん。大丈夫……」
言いつつ、ヘリアンはトリミアンをボールに戻した。アタシもポケモンをボールに戻す。
電気を消すと、月明かりが部屋唯一の光源となった。宵闇の中、青白い光がヘリアンの身体を照らしている。
そして、ヘリアンはその場で脱衣した。
「へ?」
脱衣、脱衣であった。
するすると、ヘリアンは部屋着であろう服を脱いでいく。脱いだ服はぐしゃぐしゃにして座ってた椅子にポイッと置いていた。
名家出身のお嬢様は、何でもないかのように下着姿になった。
「ちょっと隅行きなさいよ」
「え? あ、はい」
言われるがまま位置をずらすと、自分じゃない温度がベッドの中に入ってきた。
アタシのパーソナルスペースは、いとも容易く侵略された。いや、主自身が許したのだが……。
「なによ」
「いや、あの……何で脱いだの?」
「ん? あぁ……あたし寝る時は基本全裸なの。今はさすがに下着付けてるけどね」
「そうなんだ。寒くないの?」
「平気よ、慣れてるもの」
ヘリアンの顔が近い。息も近い。体温も近い。思わず、凝視してしまった。
表情を作っていない素リアンの目には普段の凛々しさやたおやかさはなく、諦観と倦怠が満ちている様に見えた。白い肌にはシミひとつなく、すっと通った鼻筋は芸術品みたいだった。
あと、着衣状態では分からなかったが、ヘリアンはおっぱいがデカかった。さすがにシンラの様な胸部600族には及ばないが、その形の美しさはギルガルド的な魅力に溢れていた。
ていうか、めっちゃ良い匂いする。香水の匂いじゃない。お風呂上りの石鹸の匂いだ。それに混じってヘリアンの体臭が香ってくる。
アタシは視覚と嗅覚、それから皮膚感覚からもたらされる情報に脳リソースの大半を持って行かれていた。
ほんと、いいおっぱいだ。
「……今のあんた、やっぱおかしいわよ」
「そうかな……?」
「ええ。弱ってるってのもあるけど……」
「うん」
「……スケベなおっさんみたいね」
生まれて初めておっさん呼ばわりされた。
「それも赤ちゃんプレイにハマッてる系のおっさん」
しかも上位職にされた。
心外だ。誠に遺憾である。断固抗議したいところだが……。
「なにそれ」
「ふふっ、嘘よ。言ってみただけ」
小さく笑うヘリアンを見て、心が穏やかになる自分がいた。
実際、さっきまでのアタシはおかしかった。まさか自分の弱点がおっぱいだとは知らなかった。
心が安らぐと、次やるべき事が見えてきた。
その為の勇気も、少しだけ湧いてきた。
「……明日、二人と話してみる」
「ええ、そうしなさい」
男の人の中には、えらく巨乳にご執心な層がいるのは知っていた。
今宵アタシは、その意味が分かった。
――おっぱいは、心の健康に良い。
世界の真理に触れた気がした。
● 〇 ●
翌日の放課後、アタシはマント君を呼び出した。
場所は人気のないところ。テーブルシティの端にある、小さい公園の隅のベンチだ。
ロモジちゃんのいない、アタシとマント君のタイマンだ。
やがて、件の彼がやってきた。
彼はいつものマントを着ておらず、ロモジちゃんとデートする時みたいな服装をしていた。
「待たせたかな」
「……ううん。呼び出したのこっちだから」
話は簡便に。そう思って隣に座るよう促すと、ロライマ君はちょうど人ひとり分の距離を空けて座った。
「昨日、ロモジちゃんが泣いてた。理由知ってる?」
「……ああ。その話だと思ったんだ」
半ば確信を持って、訊いてみた。
ロライマ君は、承知していたのだと神妙に頷いた。
「何があったか、教えてほしい」
「そうだね。そうすべきだと思う」
神妙そうな顔。真摯に見える目。その心に、多くの人は共感して、感情が動くものだろう。
けど、アタシは違った。内心では「はよ言えよ」と思っていた。意識していなければ、この男にはそう言っていたと思う。
相手の感情など、考慮せずに。
いや、言わなくても、そうか。
多分、今こうしてるだけで、アタシはこの男を傷つけてるんだろう。
理解もできないし、共感もできないが。
傷つけてるという自覚だけは、持つようにした。
「……彼女には、とても失礼な事をしてしまった」
そうして、彼は心情を吐露した。
アタシの方を見ずに、テーブルシティの狭い空を眺めながら。
「僕が、以前君に交際を申し込んだ時の事を覚えてるかい?
ああ。その時……いやその後の事だね。
試しに、ロモジさんと一度付き合ってみるといい……そういう風に、君に言われたよね。
間違ってないとは思うんだ。一見嫌そうな人でも、話してみたら気が合ったみたいな経験くらい、僕にもあるからね。
だから、ロモジさんからの誘いを受けて……君に勧められた通り、付き合ってみる事にしたんだ。
その時の複雑な気持ちは、隠したままだったけれどね。
それから彼女とは何度かデートをしたよ。
僕の家は知って……なさそうだね。まぁ、とにかく古い家なんだ。男尊女卑というか、それ以外も色々と……。
入学当初なんかは、僕はそうは思ってなくて、自分と自分の家が古い価値観を持ってると気づいたのは、割と最近の事なんだよ。
昔の価値観自体を悪いとは思わないよ。けど、今と昔じゃ摩擦が起きるのは分かってた。それから……いや、これはいいか。
……話が逸れたね。
そんな古い僕だから、男女関係の価値観も現代パルデア的ではなかった。
だから勉強した。最近は何処に出かけるのが流行りなのか。どういう恰好をして、どういった話をすれば“正解”なのかを。
お陰で、上手くいった。勘違いじゃなければ、彼女は喜んでくれてたと思う。
僕も、楽しくなかったと言えばウソになる。学びが多かったから。
付き合ってるうち、彼女の事を好きになる。それは本当だった。お世辞じゃなく、ロモジさんは素敵な女性だと思う。
話す度、デートの度に、僕はロモジさんの魅力に気づく事ができた。
何というか……ロモジさんは純粋な女性だ。僕の家が裕福だからとかじゃなく、僕がドラゴン使いだからとかでもなく、単に僕の事を好きでいてくれるのだと……そう感じる事ができた。
ああ、君の言う通りだった。僕はロモジさんに惹かれ始めていた。努力家で、純粋で、僕を好きだと言ってくれる女性に。
……それでも、君の方が好きだと思った。
彼女と話す時、どうしても君と話す事を想像してしまった。彼女と歩く時、君がいれば歩幅を合わせないといけないなとか思っていた。彼女といながら、僕は君の事ばかり考えていた。
優劣とか、良い悪いじゃない。君と彼女は別人で、僕にとっての彼女と、君にとっての彼女は違うんだ。
彼女の中に、僕は君を見出してた。君といられない時間を、ロモジさんで代用していたんだ。
不誠実、だとは思わないかい?
事実を伝える事が優しさとは言わないだろう。時に嘘を吐くのもアリだろう。大人しく、心にしまっておくべきだったのかもしれないが……。
結局、僕はロモジさんに、心の奥底の全てを伝えた。
……途中で、彼女は逃げ去ってしまったけれどね。
そうか、泣いていたのか……。
僕には、涙を見せたくなかったんだろうか……」
話し終えると、ロライマ君は額に手を当てて俯いてしまった。
後悔してるのかもしれない。懺悔しているのかもしれない。あるいは、アタシに怒っているのかもしれない。
「ねえ」
「なんだい?」
相変わらず、彼の気持ちに共感できない。
これまでの経験から、類推する事しかできない。
多分、正解を知ったところで、それでもアタシは彼に共感できないだろう。
ふぅん、で終わりだ。
「ロライマ君は、今でもアタシの事が好きなの?」
「ああ」
この問いも多分、彼の心を傷つけてるんだろう。
空気読むとかできないし、気になったモンはすぐ調べたくなるし、他人傷つけても何とも思わない。
いくらなんでも、アタシがそういう奴って事くらい分かってるだろうに。
悪趣味な男だ。
「……うん、付き合えない」
「そうか」
承知していた感じの返事だった。
「根本的な理由言ってもいい?」
この際――恐らくこういう思考回路が人の心を傷つけてるんだろう――なので、ちゃんとした付き合えない理由を言っちゃおうと思う。
かつて、アタシが彼に云った事。園長先生に教えてもらった事。
そうなる為の、前提を。
「生理的に無理だから」
「……手厳しいね」
そうなのだ。この男、なんか生理的に無理なのだ。
顔が良いというのは社会的にそうというだけで、アタシにとってロライマの顔面の美醜などプラスにもマイナスにもならない。家柄も能力も性格の相性も関係ない。
まず、関係構築に至るまでに、そもそも生理的に嫌なので近くにいたくないのだ。
大切な存在を作るには、時間がいる。
時間を費やすなら、デフォルト状態で一緒にいて苦じゃない相手が望ましい。
ロライマ君は、デフォルト状態で一緒にいるのが嫌なので、彼に時間を費やしたくないのである。
「……きっとそれは、僕がどれだけ努力しても改善できないんだろうね」
「うん。気に入らないモノは気に入らないよ」
はぁ……と、ロライマ君は深い深いため息を吐いた。
そして、一言呟いた。
「今度こそ、フラれてしまったな……」
それは一年前からそうだぞ、と言いたかった。
言うと傷つけそうだったので、言わなかった。
何も、誰も彼もを傷つけたい訳ではない。
● 〇 ●
ロライマ君と話し終えて、アタシはとうとうロモジちゃんの部屋の前までやってきた。
生まれて初めて、どこかに行くのに足が重いと思ってしまった。小説などで使われる表現そのままだった。
ノックする寸前、心拍数が高くなっているのに気が付いた。
この板を叩いて、いるかいないかを確かめるだけだ。何も恐ろしい事などないはずなのに、この中にロモジちゃんがいるのかもと思うと、やるべき課題を実行できない。
不合理な不安。あるかもしれない怖い未来が見えてきて、横隔膜が不規則な伸縮をはじめた。
これが、緊張なのだろうか。
「あれ? キリノちゃん?」
「ぬお!?」
背後から声。これまたこんなに驚いたのは初めてだった。びっくりしても心拍数に変化のないアタシが、初めて全身ビクンとなった。
振り返ると、目の前にはロモジちゃんがいた。
「ど、どうも……」
何を言えばいいか分からず、アタシはロモジちゃんから目を離して他人行儀な態度を取ってしまった。
精神を強く保つ必要があると思った。くれぐれもロモジちゃんの感情を読まないようにしなければ。
「たはは~、んな他人行儀な~。ってまぁ、しゃあないよな~」
視線の外、ロモジちゃんは乾燥した笑いを零していた。
憎い……と少しくらい思っているアタシに、本心を悟らせまいとしているのかもしれない。
「ま、立ち話もアレやし。上がって上がって。お茶くらい出すし、淹れるモン持ってないけどな!」
「は、はい。失礼します」
誘われるまま、ロモジちゃんの部屋に入る。
彼女の部屋は以前とほとんど同じだった。何度も入った部屋だ。お泊りだってした事ある。内装も、頭にある。
その中で、初めて見るモノもあった。机の上の真新しい写真立てには、アタシとロモジちゃんとロライマ君で撮った写真が飾ってあった。
「ほい、麦茶しかなかったけどええよな?」
「ありがとうございます」
お茶――ミニペットボトルの奴だ――を受け取り、前みたいにアタシの定位置に座ろうとして……。
やめておいた。せめて了解を得るべきだ。
「……座っていい?」
「ん、座って座って。かぁ~! こりゃ重症やな!」
部屋主の了解をもらい、アタシはいつも座っていた椅子に腰を下ろした。
座り慣れた感触が、懐かしく思えた。
「んーっと……」
見ると、ロモジちゃんはベッドに座って腕組みして唸っていた。
その眉間には皺が寄っており、難しい顔をしていた。
やがてパシンと大腿を叩くと、ロモジちゃんは口を開いた。
「先に言っとくとな。ウチそんな気にしてへんねん」
「え?」
言葉の意味が分からずにいると、ロモジちゃんは気楽そうな声音で続けた。
「いや、気にしてへん言うか、いつもの事言うか……。ほら、ウチってアホやろ? んでもってぶきっちょや。これまで生きてきて、上手くいった事なんてそうそうなかったんやな」
うんうんと頷くロモジちゃん。
確かにロモジちゃんの頭の出来は良くないし、要領は悪いし、運動能力も高くないけど……。
「けど諦めは悪いねん」
根気はある。
諦めが肝腎というが、諦めたら試合終了という名言もある。
ロモジちゃんは、納得いくまで出来る類の人なのだ。
「えっと……」
まあ、それは知っている。
けれど、今アタシが“気にしてる事”と、ロモジちゃんが“気にしてない事”はちょっとズレてるような感じがあった。
「キリノちゃんはさ、恋ってした事ある?」
そんなアタシを置いてけぼりに、声音に真剣みが増したロモジちゃんから問いが飛んできた。
ズレてる気がするモヤモヤは放っておいて、先に答える事にした。
「ないよ」
「へっ、恋愛童貞め」
なんか凄い煽られた。
不快じゃなかったし、露悪的に笑むロモジちゃんからは、これがいつものおふざけの延長であるのは分かっていた。
そして、ロモジちゃんは「ウチはあるで」と続けた。
「ロライマ君、顔がな……ええんや」
「はあ」
自慢げに、それから陶酔したように云うロモジちゃんだったが、それこそアタシはどんな顔をすればいいのだと思ってしまった。
ロモジちゃんは麦茶で喉を潤すと、アニメとかゲームとかを語る姿勢になった。
何度も経験している。オタク特有の早口だ。
「見てくれオンリーで恋。おかしい思うか? 思っとるな。
初恋やったんよな、ロライマ君。え、こんな人実在すんのーって。
なんやの顔、あの声……二次元から飛び出て来たみたいやんってな。
んで、会いたい会いたいって気持ちが爆発してな。ウチもパルデア行くーってなったんや。
ほら、昔クラスにおったやん? キバナファンの子、覚えてへん? あの子、キバナさんがパルデア来た時、すんごい気迫でチケット手に入れようしとったやん。アレに近い感情やな。
恋のはじまりなんて、そんなもんよ。興味ないジャンルのゲームの広告でエロい女の子おったからそのゲームはじめてみて、それからそのジャンル自体にドハマりするみたいなもんや。
で、アレや。キリノちゃんに勉強見てもろて。まぁまぁ頑張って此処来ました。
まあ、当のロライマ君がキリノちゃんラブで、当のキリノちゃんがロライマ君振ったん聞いた時は、正直ウチの心を深い“絶望”が覆ったけどな。ま、過ぎた事や。
んでキリノちゃんのお陰で実際会わせてもろてんけど……。
まぁもう実物はヤバいな! かっこ良すぎる。ビジュアルこれで性格も良いなんてそんなん惚れるしかないやん!
なんか本人曰く、ちょっと神経質なトコとか、ちょっとキレやすいとか何とかあるらしいけど……ま、欠点なんて誰にでもあるわな。ホンマに一つも弱点なかったら怖いわ。
そっからはキリノちゃんの知っての通りや。
ウチはロライマ君が好き。ロライマ君は今でもキリノちゃんが好き。キリノちゃんは恋愛興味なし!
やー、複雑やわ。やけど、気持ちに嘘は吐けへん。
見た目で好きなって、話してもっと好きなって、お出かけする度もっともっと好きなってったわ。
それから、まぁ……ウチかてちょっとは察しとったけどな。お付き合いさせてもらえるんなって、色々アレやけどとにかくヨシ! ってな。
オシャレな街で、イケメンのロライマ君と、ウチなんかがデートとかしてもらえたわ。夢みたいやった。
ほんま、ロライマ君はええ男やで。
顔が良い、頭が良い、おまけにエスコートまで上手い。
そのうち、ロライマ君自体が好きになった。顔とかやのうて。存在そのものな。
あぁ……。
……ふぅ、そんでぇ。
んでもって、誠実なんも知っとった」
流石に疲れたのか、ロモジちゃんは残りの麦茶を一気飲みした。
そして、ポイと投げたペットボトルはゴミ箱を外した。アタシはそれを、超能力でインさせた。
「フラれた……んかなぁ? ウチ、途中で逃げてもうたし、そん時にキリノちゃんに会うて……」
そこで、ロモジちゃんは何かに気づいたようにゴミ箱のペットボトルを見た。
次いで、アタシの目を見た。
「あぁ……キリノちゃん、あん時もしかして……ウチの感情読んだ?」
恐る恐るの問いに、アタシは首肯した。
ロモジちゃんは、「あちゃー!」と言って天井を仰いだ。
「はぁ~! タイミング悪いな! あん時はウチも頭おかしなっとったから! はぁ~、道理でキリノちゃんがショック受けとる訳や。ごめんな~」
「ろ、ロモジちゃんが謝る事じゃない。アタシが全面的に悪いし……」
にしても、とロモジちゃんは視線をアタシに戻した。
「まさかキリノちゃんがこんな傷つくとは思ってなかったわ。何気にレアなんちゃうか?」
「……アタシ自身、初めての体験で驚いてる」
「せやろな。キリノちゃんゴッツ頭おかしいから、そういう感情無い思とったわ!」
「アタシが変なのは自覚あるけど。ロモジちゃんも変だよ」
「ウチはネジ数本抜けレベルの変人! キリノちゃんは全抜けしたネジでギギギアルの模型作っとるレベルのサイコ! 自覚しいや!」
「はい……」
「あぁ~! 責めてへん責めてへん!」
すると、立ち上がったロモジちゃんはアタシに歩み寄ると、おもむろに膝に手を置いてきた。
「読んでもらってええよ、ウチの心」
「う、うん……」
言われた通り、超能力を使おうとした。
けど、その寸前でストップがかかった。意図せぬ急ブレーキだった。「ん?」とロモジちゃんが首をかしげている。
発動の寸前、アタシの脳裏に“恐怖”が過ったのだ。
また前みたいに、アタシへの憎しみが感知できてしまったら。そう思うと、使用をためらってしまった。
「キリノちゃん、大丈夫? おっぱい揉む?」
「うん」
「わっ、ホンマに揉みよった」
了承を得たのでロモジちゃんのおっぱいを揉む。
ママのともカヤ姉のとも違う。むっちりと重みのある感触が返ってきた。これがロモジちゃんのおっぱい。個性がある。
すると、手のひらから伝わる触感がアタシに勇気をくれた。
「よし、いくよ」
そして、アタシは超能力を発動し、ロモジちゃんの感情を探った。
表面の心理。困惑、憂い、喜び。
潜る、潜る、潜る……。
好きな人への想い。望郷の念。恋の不安……。
さらに潜る。感情の奥の方。ロモジちゃん自身さえ知らないであろう、深層心理……。
深い深い心の奥、一番強い熱があった。アタシは納得と共にそこを去った。
「……なかった」
「せやろ?」
意識を戻す。目の前には、ニッコリ笑ったロモジちゃんの顔。
ロモジちゃんの中に、アタシへの憎悪や嫌悪感はなかった。多少の嫉妬や羨望の気持ちはあっても、そこに攻撃的なモノはなかったのだ。
「な? ウチ、キリノちゃんの事大好きやろ? あん時のは、アレや! 対戦ゲームで負けまくった後の怒りみたいなもんや! お風呂入れば全部のうなる!」
確かに、強い負の感情はなかった。
確かに、強い正の感情がいっぱいあった。
けど、ちょっとムカつく事実を知ってしまった。
「……ロモジちゃん、マント君の事、アタシより好きじゃん」
「にゃはは! そらロライマ君は世界一ええ男やからな! いくらキリノちゃんでも勝てへんわ!」
そうケラケラ笑うロモジちゃんだったが、アタシの精神はぐちゃぐちゃのへなへなだった。
マジでNTR食らった気分である。いやそそのかしたのアタシなんだけど……。
それはそれだ。やな感じである。
「はぁ~、でも……そっかぁ……」
ロモジちゃんは再度ベッドに腰を下ろすと、両肘を膝に立てて顔を覆った。
見えない表情の奥で、ロモジちゃんが小さく呟いた。
「……ウチ、まだロライマ君の事大好きなままなんやな」
ロモジちゃんの語りを聞けば、みんな気づく事だとは思う。
彼女曰く、ゴッツ頭おかしいアタシでも分かる。
「諦められへんよなぁ……」
改めて言葉にして、改めて自分の感情と向き合って……。
ロモジちゃんはまた、自分の中にあった宝物を見つける事ができたのかもしれない。
「キリノちゃんはさ、こういうの時間の無駄や思う子やろ?」
「うん。非合理的で効率悪いと思う」
嘘は吐かない。正直に生きる。
こと、友達に対しては。
「考えるなら、次の恋見つけた方がええ思っとるやろ?」
「うん。無理なら次行った方がいいと思う」
「やんなぁ……」
もう一度、ため息。
「けど、まぁ……」
そして、頬杖ついた姿勢になったロモジちゃんは、アタシににんまり顔を見せて、云った。
「追っかける恋ってのも、ええモンなんやで」
その笑顔は、記憶にある中で一番幸せそうな顔だった。
これまた、生まれて初めての経験なのだが……。
アタシは生まれて初めて、どうでもいい存在に“嫉妬”をした。
ロモジちゃんにこんな顔をさせる、あの男に。
すごく、悔しいけど……。
それでも、親友の幸せが一番だ。
● 〇 ●
ある日の放課後。
なんて事のない日常の中。
アタシのスマホロトムに、一通のメッセージが届いた。
めんどくさかったので一旦無視した。
寮の自室、アタシはムウマージを撫でながら他愛もない思索に耽っていた。
シンラ、アニス。
ロモジちゃん、マント君。
それ以外にも、アカデミーのあちこちで。
沢山の人が、楽しそうに恋愛をしていた。
観察して分かったのは、観察しても分からないって事だ。
「恋って、何なんだろうね。ムウマージ」
「むまぁ~」
まあ、どうでもいい事だ。
ベッドに倒れ込んで、目を閉じた。
少し眠ろう。
感想投げてくれると喜びます。
アンケートは終了しました。ご協力ありがとうございました。
そのようにします。